大志、前と上を見る

「往復ビンタか・・・血は争えんな」

梢に事件の原因を聞いた洋介は過去を振り返り苦笑いをした。

「えっ⁉︎何か言った」

「何でもない」

「姉さんは悪くないよ。僕TAKAHUMI好きだったのに・・・」

好きだったアーティストの醜態に健吾は溜息をついた。

「いいか、相手がどうあれ暴力はダメだ。しかも、相手は歯が折れている。梢は誠心誠意、謝罪しなさい」

 優しくたしなめる様に二人の方を見た。すると健吾は反省したのか、洋介に謝った後、視線をずらすと、先程から一言も喋らない大志に話しかけた。

「兄さん、さっきからどうしたの?」

大志は自分のせいで梢が暴力に至った事に心を痛めていた。

「梢、ごめんな。僕が不甲斐ないせいで、辛い思いをさせた」

今にも泣き出しそうになりながら声を振り絞り、梢に一言謝り二階へと上がっていった。


 4人での話し合いが終わると既に日付が変わっていた。健吾も梢も二階に上がり、洋介が晩御飯の片付けをしていると、予定では今月帰ってこないはずの芙美が帰宅した。スタッフに事情を説明して、謝罪し、2日休暇を貰って帰ってきたのだった。

 洋介は芙美に事の顛末を話をした。

「良くやった!梢、えらいっ!」

大志を馬鹿にしたTAKAHUMIへの暴行を称賛した。

「いや、暴力はダメだって」

健吾をたしなめた時と同じように芙美にも注意をするが、芙美は止まらない。

「自分の為に暴力を振るうのはダメだけど、梢は大志が馬鹿にされて兄の為に叩いた。歯が折れたのは結果でしょ」

 洋介の注意をどこ吹く風と笑い飛ばした。この二人は仲がとても良いが性格は真逆である。失敗知らずで頂点をとったイケイケの大女優と、夢を諦め家庭に入り家族の為に尽くしてきた洋介。仲野家では両極端の二人は、まるでシーソーのようにうまくバランスが取れていた。

「Explorerの社長って確か・・・」

洋介が芙美に尋ねると、芙美は一瞬名前を出すのを躊躇ったが、

「・・・うん。原島だよ」

Explorerの社長である原島とは二人は若い頃面識があった。

「明日、僕が謝ってくるよ」

「私もついて行こうか?」

 芙美と一緒に行けば話は簡単に着くだろうが、過去のこともあり、洋介一人で会いにいく事になった。



 翌日、洋介が朝食の準備をしていると、大志が一番に降りてきた。

「パパ、舞台俳優やってみるよ。昨日一晩考えて、今のままじゃダメだと思った」

 梢にまで迷惑をかけて、不甲斐ない自分になり振りなど構っていられないと決心した。

「そうか、パパの若い頃の友達に舞台の演出とか監督してる人がいるから紹介するよ」

 洋介が若かりし頃に寝食を共にした刎頚ふんけいの友とでも言う存在の加良健太、現在は四谷演劇という名義で舞台から大河まで幅広く活躍している演出家兼脚本家がいた。その男を紹介する事にした。

 演技の師と謳うようになる男と大志は出会う事になった。


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