事件の顛末

『今日はお疲れ様でした。夕方からExplorerの打ち上げがあるので参加しませんか?TAKAHUMIに梢ちゃんの事を話したら、ぜひ参加して欲しいと言っていました。』

 今朝、生放送の収録後に楽屋に届いた木箱に入った折り菓子の中に入っていた手紙である。普段なら相手にもしない梢だが、相手がTAKAHUMIでは正常な判断力が失われた。大志と喧嘩してまで早上がりさせて、自分一人でその後の撮影に挑んだ。

普段なら喉が渇いたら大志がドリンクを持っているし、日差しが強ければ傘を持ってくれる。しかし、今日は大志がいなかった為、全て自分でやらねばならない。大変だったが、その後に待ち受けるTAKAHUMIとの出会いに心躍らせながら、いつもよりテンションを上げて撮影に挑んだ。


「梢ちゃん、お疲れー」

仕事後、梢が向かったのはExplorerの行きつけのバーでExplorerが集まる際は早く開けて店は貸切になる。

店に入ると唯一会った事のある明石が梢を出迎えた。カウンターの向こう側にある個室へと案内される。

「もう、TAKAHUMI来てるから」

その言葉に一気に心臓の高鳴りが増してくるのがわかる。バクバクと動くのではなく、苦しいぐらいに締め付けられる。明石が個室の扉を開けて部屋の中に手招きをすると、中にはExplorerの面々が座って既にお酒を飲んでいた。噂には聞いていたが全員が生搾りライムサワーを飲んでいた。

リーダーのYAMATOにボーカルのTAKAHUMIとHIDE、ダンサーの明石に下部組織のサトル。子供の頃から好きだった面々が勢揃いしていた。

「梢ちゃんは未成年だからソフトドリンクね」

リーダーのYAMATOが梢に酒を飲ませるなと指示を出した。流石にこのクラスの芸能人は危機管理能力が高い。馴染みの店で貸切であろうが未成年に酒は勧めない。

「えー?梢ちゃん飲まないの?」

 下部組織のサトルだけがお酒を飲ませない事に残念がるが上下関係のしっかりしたグループは、サトルを一睨みすると完全に黙り込んだ。

梢の座った席の隣にTAKAHUMIがそっと座り込み、体に触れない程度に肩に腕を回した。

「テレビで見るより綺麗だね」

 綺麗と褒められた事よりも、TAKAHUMIが梢の事を認知していた事に、更に心がときめいた。


梢が店に入ってから1時間程すると、彼らの酔いも大分進み、高笑いも出る様になった。すると不意にTAKAHUMIが笑いながら梢に話しかけた。

「梢ちゃんも可哀想だよねぇ」

「えっ⁉︎」

 梢は自分の事を可哀想だと思ったことが無い。大女優の二世と叩かれる事はあったが、それでも実力で演技派女優と言われるまでになった。

「だって兄貴がアレだぜ!視聴率ブレーカー親の七光り大志だろ」

 TAKAHUMIが腹を抱えて笑い出した。

「母親は演技派の大女優で、妹も演技派女優。それなのに息子は大根役者って出涸でがらしじゃん」

大志への冒涜ぼうとくが止まらない。普段なら激昂する梢だが、相手がTAKAHUMIでは怒るに怒れない。

「お酒の席になるとさ、僕達のタニマチの社長さん達がみんな大志だけは、ドラマに使いたく無いってぼやいてたよ」

 梢は愕然とした。「視聴率ブレーカー親の七光り」をつけたのは佐倉では無く、業界では当たり前の通り名だった。

「あいつには芸能人向いてないんだよ。一般人に降りて、セコセコ金稼げばいいのに夢見て、頭わりーだろ」

 梢の中でプチッと音がした気がした。次の瞬間立ち上がった梢は、指輪の付いた右手を天高く振り上げTAKAHUMIの左頬を平手打ちにし、さらに帰す刀で手の甲で右頬に追い討ちをかけた。その帰す刀は頬を外れて、TAKAHUMIの目に当たってしまった。

「痛ってぇ」

 目を押さえながらTAKAHUMIが蹲った。怒りの収まらない梢が更にTAKAHUMIの胸倉を掴もうとした所で、慌ててメンバーが梢を後ろから押さえ込んだ。

TAKAHUMIが右目を押さえながら、立ち上がり梢に罵声を浴びせたが、怒りを忘れて笑ってしまった。

左側の歯が折れていてうまく言葉が喋れない。その容姿と今までの言動が相まって梢の恋心は一気に消え失せた。

リーダーのYAMATOが駆け寄り、梢に謝罪した。

「今のはTAKAHUMIが悪ノリしすぎた。でも俺たちは酒を飲ませて無いから警察には連絡させてもらうよ」


十数分後警察が到着し、梢は現行犯逮捕されたのだった。





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