原島と言う男
翌日洋介はExplorerの事務所に訪れた。港区青山にある駅前という一等地に居を構えるExplorerの事務所は外観から既にお洒落な佇まいでその力を見せつけるかのようだった。事務所の中にはトレーニングルーム、ダンススタジオ等が併設されており、そこを抜けるとエスカレーターが備え付けられている。ショッピングモールや駅などの公共の建物以外でエスカレーターを洋介は見た事が無かった。そのエスカレーターを登っていくと2Fの突き当たりに社長室がある。
社長の原島は若かりし頃の洋介と芙美の因縁とでも言うべき相手だった。
「お待ちしていました、仲野さん」
椅子を手で回し、立ち上がると今にもはち切れんばかりのダブルのスーツを直して、洋介をソファーへと案内した。原島はソファーに腰掛けると、足を組み、首を斜めにして洋介を睨みつけた。
「大変な事をしてくれましたね」
まるで任侠物の映画に出てくるような金の指輪を指にいくつもはめて成金振りを発揮して威嚇をしてきた。
洋介はソファーに腰掛ける前に梢の件の詫びを入れ、ソファーに座った。エースであるTAKAHUMIの歯を折っている以上、簡単には許してもらえないだろうと覚悟をして事務所に訪れていた。
「往復ビンタですか。血は争えませんね。聞いた瞬間、昔を思い出しました」
原島は過去を思い出し左頬をさすりながら苦笑いをした。
「今回の件はTAKAHUMIにも非があるとYAMATOから報告を受けています。しかし、歯が折れたと言うのは立派な傷害だ」
原島は冷静に、しかし的確に梢の非を訴えた。
「今回の事が大事になれば、TAKAHUMIの名前にも傷がつく。だから敢えて告訴は取り下げさせてもらう。民事も示談で済ませたい」
洋介からすれば、願ってもない申し出だった。しかし、洋介は安心できなかった。相手は原島である。示談の要求に何を言ってくるのかが不安だった。
「要求は、TAKAHUMIの歯の治療代を含めた慰謝料と山本梢の2年間の芸能活動休止、そして休止の理由をマスコミに発表しない事。あくまで体調不良による芸能活動休止にしてもらいたい」
「えっ⁉︎」
まさかの申し出だった。TAKAHUMIの歯を折る程の殴打はマスコミに格好の餌を与える事になる。話を盛り、何を言われるかわからないし、TAKAHUMIのファンからは酷く恨まれるだろう。それを敢えて発表しないで欲しいと言われると驚きしか無かった。
「Explorerは子供達の憧れでなければならない。その憧れの存在が、酒を飲む場に未成年を連れ込んだ以上、そこで起きた責任の所在は、道徳的にはExplorerにある。それに、事が公になればTAKAHUMIには噂に
そう言う原島は、洋介の知る20代の原島とは違い、これだけの事務所を携えるトップと思えるだけの温情と危機管理を考えられる知性が垣間見えた。
洋介は原島側の作成した誓約書にサインをして帰宅する事にした。
「最後に梢さんのTAKAHUMIへの謝罪はいりません。2年間の芸能活動休止を謝罪の意として受け取らせてもらいます」
(23年か・・・)
洋介は時の流れは人を変える事を実感した。
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