野本悠と灰原美玖

 午前中に謝罪に行き、午後には梢の休養が発表された。人気が上がり始めている状況での休業にマスコミは自宅にも押し寄せて、少しでも情報を引き出そうとしており、全く引き上げようとしない。

「パパ、大丈夫だった?」

 洋介は晩御飯の買い出しの為に外に出たが、数十人からなるマスコミに揉みくちゃにされて、家に帰って食材を取り出すと、色々潰れていた。

「私が言ってこようか?」

 芙美が外に出てマスコミに文句を言おうと立ち上がるが、これ以上騒ぎが大きくなってしまっては、堪らないと、洋介は芙美を必死に止めた。

「パパ、ママ、ごめんなさい。私のせいでみんなに迷惑かけてる」

 あれだけ傲慢だった梢が本気で反省していた。

「梢、やってしまった事は仕方がない。休業する2年間で成長して復帰すればいい」


「そう言えば、兄さん朝から見てないけど」

「ママにも言ってなかったけど、加良の所で演技指導してもらう事になったから」

「加良くん?懐かしい。今は四谷君だったっけ。そっか、彼なら大丈夫よね」

「加良君って誰なの?」

 初めて聞く名前に梢は二人に問いかけた。

「加良君はパパの若い頃の舞台仲間で、今は四谷演劇って名前で活躍してるのよ」

 梢は演劇という変わった名前は聞き覚えがあったがそれよりも驚いた事が耳に入ってきた」

「パパって俳優だったの?」

 驚きのあまり声を上ずらせながら叫んでしまった。

「姉さん、知らなかったの?」

 健吾が笑いながら入ってきた。

「健吾は知ってたの?」

 全く知らない梢に呆れ笑いしながら、仲野洋介と言えばこのフレーズとばかり呟いた。

「月曜は部活に女子が集まらない」

 梢もこのフレーズは聞いた事があった。

「それって、ママの代表作の『先輩、好きです』のキャッチコピーでしょ?」

『先輩、好きです』は、白血病の為に好きな人に対して前向きになれない芙美演じる灰原美玖とテニス部で全国優勝した男子生徒、洋介演じる野本悠の恋の物語で、瞬間最高視聴率45%を叩き出し、season2も放送されて、当時社会現象と視聴する為に風邪を理由に部活を休む女子生徒が多発して社会問題を引き起こした伝説のドラマで、その中の白血病の再発を恐れて目の前から消えた美玖に対して悠が後ろから抱きついて言ったセリフ「君を重荷に思った事はない。辛かったら僕におぶさればいい。僕はそれを幸せだと思う」は何度も名場面としてテレビで擦られ続けている。

「その相手役がパパだよ」

「えぇっー」

 梢もその場面は何度もテレビで見た事があった。

必死に野本悠の顔を思い出し、頭の中で洋介と重ねると、眼鏡を外してバンダナを巻くと野本悠そのものだった。

「うそっ!パパが野本悠になった!」

「今のパパも素敵だけど、あの頃は今と違う魅力があったんだから」

 隣でクスクスと笑っていた芙美がのろけて見せた。




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