まだまだ18歳

 スタジオに入ると梢の隣にはMCであダンス&ボーカルグループ『Explorer』の明石が立っている。梢は無意識にさりげなく明石の匂いを嗅いでしまった。

(ヤバっメッチャいい匂いする)

 梢の推しメンはダンス担当の明石ではなく、ボーカリストで帰国子女のTAKAHUMIなのだが、Explorerと言うだけでテンションが上がってしまう。

国民的女優の階段を登り始めた梢だが、まだまだ一般人の10代と変わらなかった。

 番宣で出演したにも関わらず、番宣の事など上の空で明石の方ばかりを見ている梢にスタッフが紹介文を書いたカンペを大きく目立つ様に動かすが、そもそも梢の目には明石しか入ってこない。

 CMに入ると大志が寄ってきて注意をするが、尊大な梢に大志の言葉は入ってこない。

うるさいって!私は私の好きな様にやるの!」

 大志の胸を押し退けてスタジオに戻っていった。


 収録が終わり、撮影の合間に食べ損ねた朝食を梢が食べていると、控え室の扉がノックされた。マネージャーの大志が確認に行くと相手は明石のマネージャーで、要件は初共演した梢への付け届けだった。

「明石さんからの付け届けだって」

 中身は何の変哲もない折り菓子で、大志は天下の紅白出場歌手にしてはショボいと思いながらも、まだまだ梢の芸能界での立ち位置はこんな物なんだろうと、少しでも梢がこたえてくれれば嬉しいと思いながら、折り菓子を手渡した。

 梢は折り菓子の中身を確認してすぐに蓋をしてしまった。

 この後大志はしっかりと折り菓子の中身を確認しなかった事を後悔する。


「お兄ちゃん、今日はここまでで良いよ」

「えっ⁉︎」

「いつも私と一緒だと疲れるでしょ。たまには午後休みなよ」

 大志からすれば傲岸不遜ごうがんふそん唯我独尊ゆいがどくそんの言葉がピッタリくる梢がまさかそんな優しい言葉をかけてくると想像していなかった大志は泣きそうになりながら、心の底からマネージャーになりつつある事にも心が沈んだ。

「いいよ。午後暇だし、付き合うよ」

「休みなよ。私一人で大丈夫だから」

 こんなやりとりを何度か投げ合うと、みるみるうちに梢の表情がこわばっていった。

「私が帰れって言ってんの!マネージャーの分際で言い返さないで!」

 遂に梢の堪忍袋の尾が切れ、先程までの珍しく優しい梢はあっさりと消えてしまった。もうこうなってしまうと大志には手に負えず、言われるまま楽屋を後にした。




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