二世俳優 須藤浩二
「舞台とテレビの一番の違いはなんだか分かりますか?」
大志の問いかけに四谷は丁寧に話し始めた。
「観客がいるがどうかじゃないんですか?」
即答する大志に対して首を四谷は横に振った。
「確かにそれもあります。しかしそれだけでは無い。テレビは景色、衣装、天候、編集全てを用意してくれる。舞台が用意するのは衣装だけだ。雨が降れば音を出す事は出来る。しかし観客にどんな雨が降っているのか伝えるのは演者です。演者の演技一つでその雨が気分を表す程度の小雨なのか、目も開けられないほど大粒の雨なのかが決まるんです。大志君の演技はオーバーなだけで気持ちしか伝わってこない」
四谷はそう伝えると、大御所であり、自身と同じ2世俳優の須藤浩二の台本を借り、大志に見せた。
その台本には自分のセリフの部分にはビッチリとどういった感情、表情を出すのかが記されていた。
「須藤さんですらここまで緻密に演技を組み立てている。だから君の演技には軽快さも無ければ奥行きも無い」
稽古を終えた大志は心が折れてしまった。何が駄目なのかは分かりつつあるが、その場で変える事など難しく、その日は計10度四谷に台本で叩かれ続けた。四谷に演技を酷評されるが、大志は今まで与えられた仕事をこなすだけで、この台本に記されてあるような一つ一つの演技に向き合った事がなかった。
せめて注意された事だけは忘れないようにとメモをする事だけで精一杯だった。
「今日は稽古初日だ。この後飲みに行くぞ」
須藤が大志の肩を抱き、全員に飲み会の開催を促すと、四谷組一番の古株である風原がすぐ様反応して居酒屋に予約の電話を入れた。
「おら、飲めよ」
末席で大人しく飲んでいた大志の横に須藤がお酌をしに来た。
「凹み過ぎだ。四谷さんは気に入らない奴には演技指導はしない。今のおめぇさんは、昔の俺と同じだ。二世と言う事実は消えねぇ。だったら二世と言われないようになりゃ良いだけだ」
須藤が江戸っ子口調で大志を慰めた。
「でもよ。おめぇさんの演技見てたら、おめぇさんの親父さんを思い出しちまった。どっちかって言うとおめぇさんの演技は父親譲りだな」
「えっ⁉︎」
「何だ知らなかったのか?いい男だったんだぜ。あの、何てったかな?おめぇさんの母親のデビュー作」
「先輩、好きです・・・」
「そうそう、その何たら好きですだ。あの時の洋介はいい演技してたなぁ」
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