四谷の鬼演出
『あと一ヶ月の恋』のオープニングは第二次世界大戦を生き残り、初老を迎えた和泉が息子とその婚約者に蒲田と言う男がどういう男だったのかを話し始める回想シーンから始まる。
「彼がいてくれたから、私の今がある。私は自分の幸せの為に1人の素晴らしい友を見殺しにしてしまった」
真っ暗闇の中、和泉の座るソファーにライトが当たり、重厚な雰囲気の中、台本合わせが始まった。
そして次のセリフを大志が発しようとすると舞台全体の電気が付いた。
「ストーップ!!」
四谷が舞台横の階段を登り、大志の元に駆け寄ると持っていた丸めた台本を大志の頬に目掛けて叩きつけた。
「お前さ、演技が下手なんじゃねぇよ。演技舐めてるんだよ」
そこには、先程まで大志相手に丁寧に喋りかけていた四谷の姿はなく、まるで鬼の形相で怒鳴りつけられるが、大志には何が悪かったのかがまるで分からない。
「いいか?舞台はその程度の発声量じゃぁ、客席まで届かない!素人の分際で台本合わせだと思って手を抜くんじゃねぇ」
素人扱いされた事に苛立ったのと同時に何も叩くことは無いんじゃないのかと、四谷を睨みつけるが、その瞬間大志のお尻に蹴りが飛んだ。
「使えねぇ癖に文句があるならとっとと帰れ!文句ならここにいる全員が納得する演技をしてから言いやがれ!」
そして大志は我に帰り、喧嘩をしに来たわけでは無いとテイクを四谷にお願いした。
もう一度、今度は手を抜かず、リハ並みの声量でオープニングに入った。
物語は進み、許嫁の茜との結納が決まった矢先に和泉と蒲田の元に臨時召集いわゆる紅紙が届いてしまう。お国の為と意気揚々と背筋を伸ばし、敬礼をして受け取る蒲田とは正反対に、掴みかけた幸せが逃げていき、膝から崩れ落ちる和泉。
「何でだ!何で俺なんだ!他にも沢山いるだろ!
今じゃなきゃ駄目なのか!」
地面を叩き悔しがり、大声で叫ぶ大志。だったが、
「ストーップ!」
四谷がまた大声で台本合わせを止め、舞台に上がってきた。今度は台本を大志目掛けて力一杯投げつけた。その台本は大志の顔に当たってしまう。
「この下手くそが!だから、テメェは視聴率ブレイカーなんて呼ばれたんだよ!この七光りがっ!」
二度目の大志は今度こそ引くものかと食ってかかった。
「何が駄目なのか言ってくださいよ!下手くそなのはわかってるんだ!下手くそだけじゃ何を治せばいいのかわからない」
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