第6話

ベッドにもぐり目を閉じても、今読んだファイルの事が気になる。

寝なくちゃと思えば思うほど、瞑った瞼の裏で神経が昂る。


最初の人に決めたところで、この先の人生の全てを山之内さんと共に送る自信がない。

あの四人のうちの誰かを選ぶなら、三番目の鳳さんが良いと思うけれど、やはり結婚対象とは違う気がする。

それにあの人は僕にはもったいないよ。

まあ全ては僕の想像の産物かもしれないが。

そして空が白んできた頃、ようやく僕は眠りに落ちる事が出来たようだ。



「……様、…き様、結樹様」

「あ………、は い……」


しまった、もう朝か。

今日は大切な日なのに。

何の意味も無い大切な日なのに。


僕の心は、昨日の今頃とは違うものに変わっていた。


今日会う山之内さんの事は、多分受け入れられないだろう。

しかし彼とは礼儀的にも会わなければならない。



昨日説明を受けた通りのお膳立て。

ロイヤルブルーのスーツにフリルの付いた純白のシャツ。

ポケットには共布のチーフを飾る。

ベルベットのような光沢のある緋色のネクタイを締め、プラチナクロスなどの装飾が付いたネクタイリングをされて出来上がり。

着た事も無い上等な服、僕はこんなアクセサリーが有る事すら知らなかった。

本当に僕は違う世界に来てしまったんだな……。


連れて行かれたのは、今まで入る事が無かった広い応接室だった。

既に到着していたのか、僕が部屋に入ると何人かの人が立ち上がり僕を迎えた。


「初めまして結樹君。私が山ノ内です。私の資料はご覧になっていただけたかな?」


そう言い手を差し出された。

その手は握手を求めたのだろうが、僕は一瞬のためらいを覚える。

それでも諦め、その手を握らざるおえなかった。

だってそれも、僕に与えられた仕事の一環なのだろうから。


だけど僕は、すぐにそれを後悔した。

手を合わせた途端、背筋を冷たい物が駆けた。

体全ての毛穴が開くように、肌が粟立つようだ。

やはり僕の第六感は間違っていなかった。

たとえ山之内さんに非は無くとも、僕は絶対に彼を受け入れられないだろう。


「初めまして山之内様。僕は結樹、月守結樹です」

「いや…、君には苗字は無い。新しい君が目覚めた時、苗字は無くなったんだよ。と言うか、どうせ嫁いで新しい物になるのだから、以前の苗字は必要無いんだ」

「でも、嫁がない可能性もあるし……」

「そうだね、数パーセントの確率で有るかもしれない。だがオメガは引っ張りだこだ。ただでさえ希少な種が、ここしばらく表れていなかった。現に君一人に対してアルファは4人。君が独身のまま放っておかれる事は無いだろうね」


何故か山之内さんから苛立ちを感じる。

どうして?

最上位のアルファが、底辺であるオメガのご機嫌を取らなきゃならないから?


「聞いたかい?私と君は相性がとてもいいようだ。年齢が近いぶん話も合うだろうし、ここで決めれば余計な手間を掛けずともいいんじゃないか?君が自分に有益となる人脈のため、他のアルファと会いたいのなら止めないが、どうせ金持ちの知り合いを作ったところで、結婚すればそんな物は何の役にも立たなくなるんだがね」


確かにあなたの言う事にも一理あります。

結婚すれば、きっとここよりも頑丈で閉鎖的な檻に入れられ、外部とはいっさい切り離された生活をする事になるのでしょう?

だから今更つながりを持ったとしても、そんな物は無駄だと言うのでしょう?


「いい事を教えてあげようか。相性というのは、この国では遺伝子レベルを重視しているんだよ。いかにこの国の利益となる子孫を残すかが大事とされているんだ。もちろん血統の次は、性格や共通性など二人がいつまでも円満に暮らせるからしいけれど。とにかく彼らの目的は、僕らの遺伝子がいかに金を産むかが大切なのさ」


そう苦々しそうに僕に告げる。

ああこの人も、きっと僕と同じように苦しんだのだろう。

だけど途中の分岐点で、僕の考えとは違う道を選んだのだろう。


「いいじゃないかそれでも。そのおかげで僕達は何の不自由もなく、思うがままに生きる事が出来る。違うかい?」

「僕には…分かりません……」

「君の遺伝子はとても優秀らしいよ。そして私の物と相性がとてもいい。ならば考える必要なんて無いだろう?もし君が僕の事が気に入らず、他のアルファと会うとしても、そいつらは私以下だ」

「そんな事………」


結婚は数学じゃない。

お互いの考え方や、性格や共通の話題や、それから……。

とにかく連れ添うならば、仲良く一生を送れる事が大切だと思うんだ。


「若いね、そりゃ誰にだって夢は有るだろう。沢山ね。だがすべてが叶う訳じゃない。僕達には国に対して恩義や義務が有る。そのためには夢の一つや二つ犠牲になっても仕方ない事じゃないかい?」


でもそれが、僕が望む一番の夢だったなら?

それでも諦めなければならないの?


「まあいい、とにかく国は僕達の縁組を一番望んでいるんだ。百歩譲って君が他のアルファとも見合いをし、誰も受け入れられないと我儘を言ったところで、国は君を放しはしない。いずれ薬を使ってでもこの国のアルファと番う事になるのさ。ならば少しでもいい子孫を残すため貢献すべきじゃないかい?」

「だって、だって……。もし国内でどうしても見つからなかったら、他の国にも声を掛け探すって……」

「ハッ、そんなのは建前さ。誰が自国の宝を他の国の利益のために差し出す物か」

「そんな…そんな事………」


僕の気持ちを尊重すると言ったのは嘘だったの?


「だからよく考えてごらん。なに、簡単な算数みたいなものだよ。プラスとマイナス。誰だってプラスが多い方が良いだろう?それに私と番えば不自由はさせない。君の望むものは何でも買ってあげる。もし望むなら、特別に年に数回は両親にも会わせてあげよう」


でも一人で外に出たり、自由に振る舞う事はダメなんでしょう?

しかし考えて見れば、山之内さんの言う中にも納得出来るところが有った。

結局僕はどう足掻こうと、自由を奪われた鳥になってしまったんだ………。

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