第5話

「どうかされましたか?」


次の日になっても僕の心は行き場がなく、行ったり来たりの心情を抱え、ずっと塞ぎ込んでいた。


「いえ…、ちょっと考え込んでいてぼうっとしてました。申し訳ありません」


そう、あの一冊目のファイルに目を通してから、僕はずっとこんな調子だ。


あの四人のアルファのうち、誰か一人を選ぶのは僕の義務だ。

だけど誰を選ぼうとも行き付く先は同じ。

ならば一番相性がいいとされる、最初の人と番った方が良いだろうと思っていた。

だがその思いに反し、僕は最初の人の写真を見ただけで嫌悪感がつのり、頭が拒否をする。

相性がいいと言われた人ともこういう状態ならば、きっと残りの人にも同じ反応をするんじゃないかな…。

こんな気持ちになると、いっそ既婚者との結婚も考えてしまうが、それは絶対に避けなければならない事だ。


「明日を控え、気持ちが高ぶっているのでしょう。もし何でしたら今日もお休みにしましょうか?」


僕にとって見合いなど無意味だけど、こんな様子なら来て下さった先生にも迷惑を掛けてしまう。

そう思い、僕はその言葉に甘える事にした。


「その方がよろしいでしょう。代わりにと言っては何ですが、午後に3時間ほどお時間を頂きとうございます。いえ、大した用事では有りません。明日に備えて少々準備したい事が有りまして」


準備したい事?どうせ僕には興味がない。

勝手にすればいいさ……。



顔合わせの段取りの説明。

衣装選び。

試しにと化粧までされた。

それを落とすついでだと全身のマッサージを受け、爪を整えられる。


「明日のコンディションを整えるため、今夜はお早くお休み下さい」


ニコニコしながら、一連の事を見守っていた女性が僕にそう声を掛けた。

普段しなれない事をされ、くたくただった僕は、きっとその言いつけを守れるだろう。



そうは思ったが、やはり明日の事を考えると、一向に眠りは訪れなかった。

やはり明日会う人を思うと、どうしても受け入れる事が出来ない。

にこやかに微笑むあの写真の向こうから、オメガと言う存在を見下し、蔑んでいるように感じる。

自分の子供さえできれば、僕と言う存在などどうでもいい。

きっとそう思っているのだろう。

でもそれは僕が思っているだけであって、本当はそんな人じゃ無いかもしれないだろう?

会って話してみなければ、本当の事など分からないじゃないか。

でも話したところで、その口から出る言葉が本心かどうかも分からない。

結局は僕を人間ではなく、道具だと思っているのかもしれない。

そんな考えは僕の思い込みかもしれないし、本当の山之内さんは、そんな人じゃ無い可能性もある。

付き合って行くうちに、僕の事を本当に愛してくれるかもしれないじゃないか。

”かもしれない”

その言葉は可能性であって、僕の都合のいい願望じゃないか。


そんな事をいつまでも考え、自問自答を繰り返す。


結局眠れなかった僕は、のろのろとベッドから這い出て、他のファイルも目を通す事にした。


『No、2』

大胡田皐月、性別女性、年齢33歳、本籍地………。


「ふ~ん、女性もいるんだ……当たり前か」


写真を見る限りは、山之内さんのような嫌悪感は感じなかった。

嫌味の無い優しそうな顔。

アルファは美形が多いと聞いていたが、大胡田さんは綺麗と言うより可愛いと言う方が似合っているな。

でも何故かピンと来ない。

多分友人として付き合うならば何の抵抗も無いけれど、この人とは絶対に夫婦と言う関係は有り得ないと思う。


三冊目のファイルは男性だった。

何となくこの人には親近感がわいた。

鳳海翔、性別男性、年齢50歳………。

何故かその写真を見ていると、微笑みが漏れる。

多分父さんと近い年齢のせいかもしれないな。

きっとこの人は、僕…いやオメガを軽蔑などしない。

道具ではなく、一人の人間として扱ってくれる気がする。


『No、4』

東雲葵、性別男性、年齢39歳………。

明るい人だなと言うのが第一印象だった。

我儘とは思わないけれど、きっと自分の意志で全てを決め、思う通りに生きていく人じゃないかなと思う。

だけど、きっとこの人にはオメガを必要としない。

必要としないと言うか、自分が好きだと思った人なら、オメガだろうがべーターだろうが、普通の人だろうが関係は無いのだろう。



全てのファイルに目を通し、最後のページを閉じる。

目を瞑りソファの背もたれに体を預けた時、自分が思いのほか緊張し、体に力を入れていたことを自覚した。


「疲れたな……」


今日、いや、昨日か。

早く休むように言われたのに叱られてしまうな…。

まあ実際は、僕を叱る人など誰一人いないけれど。


『結樹様、失礼してもよろしいでしょうか?』


広いペントハウスの、あちこちに仕掛けられたスピーカーが声を発する。

そうか、夜中だろうと僕は見張られているんだよな。


「はい、かまいません」


するとどこからか、たまに僕の世話をしてくれる田口さんが現れた。


「お体に障りますので、そろそろお休みになった方がよろしいかと思いますが、眠れないのであればお薬をお持ちしましょうか?」


お薬、睡眠薬か…。


「いえ、そろそろ眠ろうと思っていましたので、睡眠薬は結構です」

「そうですか、ではミルクでもお持ちしましょう」


それから時間を置かず、飲みやすく温めたミルクが運ばれてきた。

僕が好む、ほんのりとした甘みの有る味。


「ありがとうございます」

「いえ、ではおやすみなさい」


それから田口さんは、僕の飲みほしたカップを下げ、帰って行った。

これからまた、僕を観察するため、モニターの前に座るのだろうが。

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