第4話

ここからは何をしようと逃げだす事は出来ないのだろうと、安易に予想が付く。

でも何かせずにはいられない。

自暴自棄になり、力任せにドアを開けようともびくともしないし、窓は殴っても蹴っても、ひび一つ負わせる事は出来なかった。

どの部屋にもあらゆる角度で監視カメラが付いているし、僕が暴れても、くしゃみ一つしても、すぐに誰かが駆けつける。

僕がただのくしゃみだと言っても、念のためにと検査が始まるし、あまり抵抗するようならば、体に影響のない物ですと言われ、薬が投与される。

僕には抗う事すら許されないのだ。


「きっと僕は、死ぬ事すら許されないんだろうな……」


全てを諦めた僕は、ただの無気力の塊だった。



ある日のある朝、毎日行われる診察を終え、いつも通り家庭教師が来るとばかり思っていた僕の下に、見慣れない男性が現れた。


「初めまして結樹様。私はこのプロジェクトの総指揮をとっております桂と申します。この後少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


よろしいでしょうか?

それを拒否する権限が僕に有るのだろうか?


「結樹様、二日後にお客様がいらっしゃいますので、よろしくお願いします」


僕にはとうとう来たかと言う予感が有った。


「ようやく未婚のアルファの方々の調査が終わりまして、お会いしていただく順番が整いました。明後日いらっしゃる方はあなたとの相性が一番良いとされた方です。取り敢えずこれを……」


そう言い差し出されたのは4冊のファイルだった。


「一番上の資料が最初の方の物です。そのファイルは適性検査の結果順にナンバーが振ってあり、その順番通りにお会いして頂く事になっております。ですが、もし途中であなたが気に入った方が現れ、後の方を受け入れられないと仰るならばそれでも結構です。こちらはあなたの意見を尊重いたします。もちろん相手の方のご意向も確認済みです。四人すべてがあなたとの婚姻を望んでいらっしゃいますよ」


僕の気持ちを尊重する?

ならば僕をここから出してよ、家に帰してよ。

そんな事を思っても、叶えられないのは分かり切っていた。


「四人とも、会った事も無い僕との結婚を望んでいると?」

「オメガであれば誰でもいいと言う訳では有りません。あなたの事は全てお伝えし、それを踏まえ考慮しての返答ですよ」

「そうですか……」


その言葉を信じろと?

もし僕がただの人間であったなら、その答えは違っていただろう。

変わった事、つまり僕がオメガに目覚めた事が、この話の判断材料となった筈だから。


でも桂さんは僕の言葉を尊重すると言った。

途中で僕の眼鏡にかなった人がいたなら、後の人と会わなくともいいと。

愛を伴わない結婚相手との面談。

必要なのは僕の体と、優秀な子供を設けるための苗床。

きっと四人ともそう思っているに違いない。

ならば嫌な事は少ない方が良いに決まっている。


「もし僕が、最初の方が良いと言ったなら、後の方とお会いしなくてもいいんですよね?」

「もちろんです。その件はアルファの方にも伝えてありますし、了解も得ております。それにヒートを抑えている今ならば、お互い冷静な判断が出来るはずですから、自分の思う通りにゆっくりと判断なさって下さい」

「分かりました。ありがとうございます」


そう言われた所で、どうせ僕には拒否権など無いのだし、この四人のうちの誰かを受け入れなければならないのだ。

誰と結婚しても結果は同じ。

ならば最初の人が気に入ったと言い、嫌な事は最小限にした方が良いだろうな…。


「もしよろしければ、その資料を見ながら四人の方のご説明をいたしましょうか?」

「いえ、一人でゆっくりと見させていただきます」

「分かりました。では今日のスケジュールは全てお休みにさせましたので、ごゆっくり目を通してください。もし不明な点などございましたら、すぐに駆け付けますのでご連絡ください」

「はい、お気遣い感謝します」


桂さんは、僕がファイルをチェックする様子を見て、いろいろな判断材料にしたかったんじゃないかな。

でも僕はファイルを見る気はなかった。

どうせ会うのは最初の人だけだろうから。


しかし考えて見れば、見合いの席で相手の事を何も知らないと言う訳にはいかないだろう。

だから僕は、一番上に置かれたファイルだけを手に取り、ソファに沈み込んだ。

『No、1』

そう記されたページをめくる。

まず目に入ったのは、こちらを見つめる男性の写真だった。

途端にブヮッと鳥肌が立つ。

本能がこの人では無いと警鐘を鳴らし、僕はとっさに表紙を閉じた。



息を大きく吸い、気を落ち着かせてからもう一度ファイルを開く。

嫌悪感を覚えながらも、その写真をもう一度見る。

確かにアルファの特徴をよく表している写真だ。

整った容姿に、賢そうな眼光。

そんじょそこらのタレントともかけ離れた、圧倒的な存在感。

だけど違う。

この人は僕を愛してなどくれない。

オメガなど自分より劣った道具としか思っていない。

ただ、優秀な自分の子供が欲しいだけだとこの目が訴えている。

だがもう一度それを思い知らされた所でどうだと言うんだ?

最初から分かっていた事じゃないか……。


山ノ内優雅、男性、年齢29歳、本籍地……………。

つらつらと文字を目が追う。

僕にとってどうでもいい情報だけど、一応礼儀として覚えなければならない事だけ記憶する。

この人が、僕との相性が一番いい人……。

こんな気持ちが悪いのに、僕と一番合うと思われている人。

ならば他の三人はどういう人なのだろう。

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