第17話

「いい所を邪魔してすいませんね、ボス」

「それを分かっていて、俺をあっちから引っ張り出したんだ。ユウキに係る緊急事態なんだろう?一体何が有った」

「はい、ユウキ様の居場所があちらにバレました」


ふん、意外と早かったな。


「それで?」

「取りあえず我が国に対しユウキ様の返還要求。そして使者と称する団体さんが、既にこちらに向かっているようですよ」

「ばかか」

「ボスが悪いんですよ。浮かれているばかりで、やるべき事を先送りにするから」

「それは……まぁ俺のせいか」


バース持ちは、番となった場合、世界に向け宣誓しなければならない。

まあ格国それぞれに入り込んでいるスパイにより、ある程度の情報は漏れているはずだが、これは条約上必要な事だ。

そして宣誓が行なわれた以上、他のアルファは自分のアルファに手を出す事は否とされる。

ましてそれが運命であったと宣誓すれば、もう何が有ろうとその二人を引き離す事は絶対に出来ない。

それが国家間で決められた掟。


「なぜ俺達がこうも急いだ訳を、ちょっと頭を働かせれば理解できるだっろうに、なぜ分からないんだろうな」


多分あちらさんは、久々に現れたオメガを俺達が利益目的で無理やりさらったと思いたいのだろう。

ばーか。

こちとらそんな薄っぺらい気持ちで行動を起こしたんじゃない。

宣誓前のただのオメガを欲したいのなら、巨額の援助金や国家単位のプロジェクトを餌としてぶら下げれば、交渉次第でオメガをこちらに取り込む事も吝かでは無いのだ。

だが俺達はそれをしなかった。

なぜならユウキは俺の運命なんだ。

運命と分かっているのに、みすみす他のアルファに渡せるはずが無いだろう?

もし仮に、すでにユウキが他のアルファと番っていたとしても、運命の前にはその繋がりも霧散する。

だがユウキはまだ何も知らない無垢な子だ。

それを分かっている以上、みすみす他の男に渡すような運命の番などいない。

他のアルファの目に触れさるのさえ許せない。

だから早急にユウキを救い出し、俺のものにしたかった。

何より政府に番を強要され、ユウキの心が折れて、俺以外のアルファを前に首を縦に振るのが怖かった。

こんな奇襲のような俺達の行動に、あちらさんは違和感を覚えなかったのか?

まあ…とにかく今回の件は俺の落ち度か。


「まあ運命の可能性を疑いはしたけれど、その可能性はかなり低いとしたのでしょう。それにこちらも宣言をしてませんし、確たる証拠を提示していない以上、自国の権利を主張し何としてもユウキ様を取り返したいのでしょうね」

「やっぱり頭の足りない救いようのない国だな。早急にユウキを助け出して正解だった」

「で、早々にお帰りいただきますか?」

「…いや、帰れと言って、大人しく引き下がりはしないだろう。丁重にお迎えするとしよう。ドク、準備を頼む」

「了解。お客の到着までどれぐらいだ?」

「おおよそ1時間弱かと」


傍に控えていたドクの秘書が答える。


「ふむ、やれない事も無いか。まあ出来るだけご期待に添うよう頑張りますよ。ミシェル、まず第一部隊にプランDにて非常招集を掛けろ。第二、第三部隊はプランAで一階ホールに集合」


プランDは一見使用人風での完全武装。

プランAは戦闘員丸出しの装備だが、たかだか交渉人であるご使者様にやり過ぎじゃないか?


「格の違いを見せつけなければ舐められますから」

「それはそうだが、まぁ任せるよ」


とにかく俺はユウキの準備をしなければ。



奴らの前にユウキを出さなくて済むのならそれに越したことは無い。

だが万が一のために、心づもりをしていてもらわねば。

後の事はドクに任せ、俺はユウキの下に引き返した。


そして先ほどまでいた部屋の前で、軽くノックをしドアを開ける。


「ユウキ、急ですまないが、客が来ることになった」

「客?」


小首を傾げ、不思議そうに俺を見つめるユウキがすごく可愛い。

可愛すぎる!


「あな…ロ、ロンがそれを僕に伝えたのは、僕も同席すると言う意味だよね?」

「ん~、出来ればあいつらの前に出てほしくは無いんだけど、万が一相対する可能性がある…的な」

「そっか、あの人たちだね。……出来れば会いたくは無いけれど、この先ずっとロンの隣に立つためには、それを避けてはいけないと思う。大丈夫、会えるよ」

「ありがとう。それじゃあお出迎えの準備をしようか」


そうして俺は、ユウキに手を差し出した。




僕達の部屋に戻ると、再びロンが僕の世話を焼く。


「あまり時間が無くて済まない。まずは正装だな。この服を……」


そう言いクロゼットの奥から出されたのは、白かと見紛うほど薄い緑色の中に、細かい結晶が織り込まれている布の山。

広げて見ると、そのデザインはあまり馴染みがない服なんだけれど、もしかしてこの国の民族衣装なのかな?

丈の長いチュニックと細いパンツ。

金の糸で綺麗に刺繍されたサッシュのようなものを始めとした、それぞれの大きさの違う布。

これらは一体どういう風に使うのだろう?


「ごめんロン、服の着方が分からなくて、もし良かったら手伝ってもらえる?」

「えっ?あ、あぁ、そうだよね」


差し出された僕の手から服を受け取る。


「まずはこれを着て……。それが終わったらこれを履いて……」


ロンは次から次へと嬉しそうに僕を飾り立てていく。


「こうやってサッシュを縛って、次はこのケープを肩にかけて、そしてこれを」


そう言いながらポケットから無造作に取り出したのは、鎖につながれた二つの宝石。


「ケープの留め具だ。左のオニキスはユウキの瞳の色。右のロードライトガーネットは俺の色。ちょっと細工してあるけど、気にするほどの物じゃない」

「そうなの?分かった」

「ユウキは人を疑うって事をしないの?細工をしたと聞けば、それは何か気にならない?」

「気になるよ?でも言った人がロンだから大丈夫」


ニッコリし答えると、ロンも微笑み返してくれる。


「そして最後にこれだ」


残った1枚は、まるで蜘蛛の巣のように透き通るように薄く煌めいた布。

ロンがそれを、そっと僕の顔が隠れるように頭からかける。


「綺麗だ、とても……」

「そう?………」

「実はこれ、この国の花嫁衣裳をアレンジした物なんだ。使うのはもっと先になると思っていたけれど、あいつらに見せつけてやろうと思ってさ、思いのほか早く着てもらう事になった。だけどユウキ…嫌じゃないよね?」


花嫁衣装、それを既に用意してくれていた。

ロンはまだ会う前から、僕の事を望んでいてくれたんだ。


「うれしい」


僕達は見つめ合い、そっと抱き合って幸せをかみしめる。


「仕上げをしなくちゃ」


そう言うと、ロンは僕に口付ける。

左のあごの下に、それから右の首筋、そして喉仏の少し下に。

そして最後に唇に。

ぼぉっとしている僕を満足そうに眺め、満足そうに微笑むロンは、まるでいたずらに成功した子供みたいだ。


『ボス、準備はどうです?そろそろお客さんが着きますぜ』

「ああ大丈夫だ、今終わった」

『了解。では、ユウキ様を例の部屋までお願いします』

「分かった」


そして、通信は切れた。


「さてユウキ、どんな事が有っても俺が守るから、だから俺を信じて?」

「えぇ、もちろん」


だって、あなたを疑う方が難しいもの。

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捕らわれた花嫁、真実の愛-オメガバース はねうさぎ @hane-usagi

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