第3話
連れて来られたペントハウスは、使いやすく整えられ、何の不自由も感じさず申し分ない。
待遇はかなり優遇され、欲しいと願った物はすぐに用意される。
でもそこは、自分の意志では自由に出入り出来ない美しい檻だ。
僕にはこの身を守ると言う名目のSPが絶えず付き添い、監視されている。
その目をかいくぐり外に出ようとしても、扉はロックされているし、あちらこちらに監視カメラが設置されていた。
バースについては学校で教えられていた程度の知識しかなかったけれど、それだけ厳重に囲われると言う事なら、きっと僕は思った以上の希少動物なのだろう。
僕はバースについて甘く考えていたのかもしれない。
「まるで動物園の珍獣だな………」
あのカメラの向こうでは、何人もの人が僕の一挙一動を見張っているはずだ………。
ここに捕らわれてから数日、最初は自分の身に起こった事を嘆き、悲しんでいたけれど、今はそれすらも諦めに変わっている。
どう足搔こうとも、もう僕には自由は与えられないのだろうから。
親は10日に一度は、僕の下に会いに来てくれた。
「体の調子はどう?」
「ん、普通、いつもと変わらない…」
僕が眠っているうちに、僕の体は徹底的に検査され、適した抑制剤も割り出されていた。
そして毎日行われる身体検査と体調管理により、僕の体には何の不調も無い。
「そう、良かったわ。そう言えば先日、お友達から連絡が有ったわ。体の具合はどうかって。いずれ分ってしまうかもしれないけれど、取り敢えず体調を崩して入院する事になったとだけ伝えておいたわ」
「そっか…」
きっと武史にも、もう会えないんだろうな…。
そして僕の存在は皆の中で徐々に薄れて行き、やがて忘れ去られるのだろう。
バース持ちが現れた事は、国、いや世界中に発表される。
それは自国にとって誇らしい事であり、他国への牽制にもつながるからだろう。
しかしその詳細は、本人が同意したプロフィールしか公表されない。
加えてオメガのプロフィールは、所有者の合意も必要となるらしい。
つまりそれは、番となったアルファが、自分のオメガについて許可した事柄しか公表を許されないのだ。
「家に帰りたいな…」
「…ごめんなさい」
いや、母さんが謝る事じゃないんだ。
「ねぇ、母さんたちもここに住んでよ」
すると母さんは下を向いて目元を抑え、父さんは目を逸らす。
それは、叶えられないだろう僕の望み。
そして一分の望みを掛けた願望。
「嘘だよ。言ってみただけだから。ここではみんな気を使ってくれるし何の不便も無いしさ。きっと家にいるより我儘にしているんじゃないかな」
そしてこれも嘘。
確かに此処には何の不自由も無い。
食べたい物やほしいものは、可能な範囲ですぐに用意してもらえるから、確かにそれは我儘と呼べるのかもしれない。
だがそれは、まるで自分がプログラミングされた機械の中に置かれているような気がするんだ。
毎日行われる検査、管理され尽くした生活。
夜更かしすら許されない時間割。
外部からの情報も遮断され、季節も感じない一定の室温が、いつからここにいるのかも忘れてしまいそうで、不安が重く圧し掛かる。
でもそんな時は薬を投与され、僕は強制的に眠りにつく。
両親が帰り、また念入りに組まれたスケジュールをこなす日々が始まる。
だがその日は医者から思わぬ話が有った。
「もし結樹様がお望みであれば、ご両親をここにお招きいたしましょうか?」
「両親には仕事が有りますから、それは無理でしょう」
「ご希望であれば、ご両親の生活の保障は国の方でする事も可能です。もちろん結樹様が嫁いだ後も」
なるほどね。
でもそれって、両親を人質に取られるような物でしょう?
つまり僕は、国にとってそれほど価値が有ると言う事か。
「いえ、きっと両親はそんな事は望まないと思いますので、お断りします」
父さんは自分の仕事に誇りを持ち、まるで生き甲斐の様に取り組んでいる。
母さんだって僕のために非正規雇用になっているけれど、それは僕を育てるための一時的な物であり、いずれ僕に手が掛からなくなれば、元の正規社員に戻るつもりだと知っている。
僕の我儘で、そんな両親から仕事を取り上げる訳にはいかないし、何より自由を奪うような真似をしたくない。
だから僕はその話は辞退した。
軟禁された生活の中では、学生としての勉強と共に、バースについての座学が追加された上に、上流社会で必要となる知識やマナー、ダンスなど覚えなければならない事は沢山あるようだ。
しかしそれが負担となる僕の精神的なケアとでも思っているのか、僕の我儘は可能な範囲で通る。
本でもゲームでもお菓子でも何でも。
最初は気を紛らわすため、それを利用させてもらったが、やがて空しくなり、欲しい物も頭に浮かばなくなっていった。
きっと本当に僕の欲しい物はそんなものでは無いんだろう。
ポッカリとあいた僕の胸の空虚は、何物にも埋める事は出来ないんだ。
それでも僕がオメガとして役目を果たすための準備は着々と進んでいたようだ。
「今日の検査の結果も異常は無さそうです。結樹様、何か必要な物が有りますか?お食事等食べたい物はございますか?」
「テレビが…情報が欲しいです。ニュースとか…。それと携帯を。友達と話がしたい」
「申し訳ございません。外部との連絡は取る事は許されておりません。結樹様にいらぬ事で心労を掛けないよう、あらゆる情報も制限されております。そうですね…娯楽のためだけでしたら、ビデオなどは用意する事は出来ます。内容については検閲が必要ですが…。何かご希望する物は有りますか?洋画?邦画?アニメなども調達できます。それともゲームなどはいかがですか?ご希望でしたら発売前の物でもご用意できますが」
違う、僕はそんなものが欲しいんじゃない。
「もういいです……」
何不自由のない生活?
そんな事を言われた所で、結局僕の欲しいものは手に入れる事は出来ないんだ…。
「僕はいずれアルファの下に嫁ぐ事になるんでしょう?」
「えっ?はい、今あなたに合ったアルファの選出中です。そうですね、そろそろ具体的なお話しておきましょうか」
そう言い、医者は僕の向かいに腰を下ろした。
「現在、我が国のアルファは11名。そのうち独身とされているのが4名です。その4人の中から、結樹様と相性がよさそうな方を選出しておりますが、それが終わり次第、順次マッチングを…まあお見合みたいな事ですが、アルファの方と会っていだだきます。出来ればその4名の方のうちどなたかに嫁いでいただきたいのですが、もしその方達とうまくいかないようでしたなら、すでに結婚されている方とお会いしていただく可能性も有ります。そしてもし既婚者の方のどなたかとうまくいくようならば、その方と結婚をしていただくのも吝かでは有りません」
「既婚者と結婚?それって重婚になるのではありませんか?それとも僕が側室になるとか……」
「あぁ、失礼しました。バースをお持ちの方には、我が国の一夫一婦制度は当て嵌まらないのです。それも全て、希少な方々を守る制度なのです」
僕達のため?笑ってしまうな。
それって稀な体質を持った人間を囲うための制度なんだろう?
「事実そう言う前例も記録されております。もちろんどうしても折り合いがつかない場合は、他国の方も候補として挙がる事も有りますが、ほとんどは国内の方と結ばれますね。やはり他国の方とは相性が良くないのでしょう。とにかく皆様はあなたの事を聞き、心待ちにされているようですよ?何せあなたは9年ぶりに発見されたオメガ種ですから。きっとどなたと結婚なさっても大切にしてもらえますとも」
「あの…もしアルファの方と相性が合わなければ、ベータの下に嫁ぐと言う話を聞いた覚えが有るのですが…」
そうだ、確かに学校の授業で、オメガのフェロモンはアルファとべーターを引き付けると教えてもらった。
「えぇ、確かにオメガとべーターは番う事が出来ます。しかし二人が子を成す場合、その因子はアルファよりかなり劣っているようです。確かにべーターも凡人と違い優秀では有りますが、結樹様はせっかくオメガとして生まれたのです。できれば番う相手はアルファの方をお勧めしますね。そうすれば生まれる子供はバースを発生する可能性も高くなりますし、バースを持たなくとも、かなり優秀な子供が確実に生まれますので」
ほら、やっぱり。
結局僕は、国に飼われる家畜同然。
あなた達は自国の利益しか考えていないんだ。
でも既に番のいる人の下に嫁げば、その相手の人はきっと悲しみ傷つくだろう。
だから既婚者の下に嫁ぐなど論外であり、僕は何としても、その四人のうちの誰かと結婚するしかないんだ。
「分かりました…、何か進展ありましたら、また教えて下さい………」
そう言い残し、僕は寝室へと向かった。
倒れるように寝ころんだ僕は、今の話を思い返す。
僕はその四人のアルファの事は何も知らないけれど、でもそのうちの誰かに嫁ぐ事になるだろう。
嫌だ嫌だ嫌だ。
その事を考えただけでも嫌悪感がする。
誰か助けて、僕をここから連れ出して!!
僕はシーツを握り締め、唇をかみしめる。
洩れそうになる嗚咽を噛み殺し、流れる涙をそのシーツが吸う。
そして僕は、この行き場のない悲しみと虚しさを抱きしめる。
僕の心などいっそのこと壊れてしまえばいいのに。
何も感じない空虚な心なら、全ての人にとって都合がいいに違いない。
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