第8話

それからほどなくして、小型のジェット機がもう一機到着する。

そしてそれを待ちかねたように、下部のハッチが開き、人が落ちてきた。


「危ない!!」


僕は大きな窓に張り付き、そう叫んだ。

何て事をするんだ!


しかし数メートルも落ちないうちに、その人の背から翼が現れる。

どうやら背負った装置の中から、折りたたまれた翼が開いたようだ。


「すごい………」


やがて彼は徐々に高度を落とし、僕の目の前で停止した。


ガラスの向こうのその人は、僕達の間の隔たりに手を当て、僕を見つめそっと微笑む。

そして僕は、その手に自分の手を重ね、まるで縋るようにガラスに頬を当てた。

こんなものが無ければ、この人にもっと近づけるのに。

抱きしめて、愛していると言えるのに。

でも、こうして出会えたのだ…ようやく………。


”ユウキ”


完璧な防音であるはずの向こう側から、そう呼ばれたような気がした。

顔を上げれば、ガラスの向こうの唇が ”離れて” と形を変える。

僕はその言葉に従い、瞬時にそこから離れ、影響が少ないだろう壁の陰に隠れ、じっと成り行きを見守った。

そしてその人は、分厚いガラスに粘土のようなものを張り付け、急ぎその場を離れる。

その情景が映画の一場面を思い起こさせ、これは物語のワンシーンなのかもしれないと少し混乱した。

だが僕の頭がこれは絶対に現実だと否定する。

そのとたん大きな爆発音と共に、強い爆風が僕を襲った。


「ウワッ!!」


窓際に有ったと思われる物が吹き飛ばされ、ガラガラと音を立てながら転がっていく。

ホコリ臭さや、小さく砕かれた何かが、その風と共に舞い上がる。

だがその音の中に、確かにあの人の足音を聞いた。


「大丈夫か!?」


そう言い、力強い腕が僕の手を引き立ち上がらせる。


「………あ…あぁ……うわあぁぁ………」


はっきりと姿を確認した途端、僕の目はまるで涙腺が崩壊したように涙があふれる。

ほんの少し背をかがめ、彼に抱き付き、声を上げながら僕は泣いた。


「ごめん、遅くなった。大丈夫かい?」


そう言いながら、優しく頭を撫でてくれる。

大丈夫、あなたが来てくれた、それだけで十分。


「出会いをゆっくり楽しみたい所だけど、まずはここから離れよう。割れたガラスに気を付けてね」

「えっ、あ、はい…」

『フロレンツ様、ここは私達が殿を務めます。早くユウキ様をお連れ下さい!』

『頼む!』


見れば何人かが、大きな打撃音がするドアに向かい銃を構えている。

きっとシステムが壊れて開かないドアを、誰かがこじ開けようとしているのか?


「あっ、あの、戦うのは……」

「分かっている。表向きこの国は平和主義国家だからな。面倒事は避けたいから殺しはしない」


良かった…。

だってあの向こうには、僕の知っている人がいるかもしれないから。


それから僕は彼に手を引かれ、大きく空に開かれた窓辺に立つ。

でも、ここからどうするのだろう?

まさか飛び降りるんじゃ…ないよね?


「さて、ユウキを落とさない自信は有るけれど、念のためこれを装着するよ」


彼が両脇から取り出したそれは、彼が装着している装置と繋がっていて、安全ベルトによく似ている。

彼は慣れた手つきで三か所接続し、キュッキュッと引っ張り、しっかりと留まっていることを確認した。


「さっ、行くよ。念のため俺にしっかりしがみ付いていて」


そう言い、彼自身も僕の腰をしっかり抱いた。



フヮッと足元が浮いた途端、体が下に落ちていく。


「ウワアァァァァ………!」


恐怖のため、彼にしがみ付いた腕に力が籠る。

だがそれも一瞬の事で、ゴォーッと言う音と共に体勢が立て治り、空に向かい進んでいく。

向かい風を受けながら宙を飛ぶ僕は、幸せでいっぱいだった。

ようやく生まれ変わり、自由を得て、こうしてこの人の腕の中にいる。

その感覚が当たり前のように、しっくりきた。




ジェット機の中は思ったよりコンパクトだった。

前方には操縦席と補助席が有り、それぞれに人が座っている。


「ご無事で何よりです。すぐに出発しますのでご準備を」

「頼む。ユウキ、おいで?」


その言葉に従い、手を引かれ機体の後部に移動する。

この機体には、僕たち四人だけなのだろうか。

他の人を待たなくてもいいのだろうか。

そう思い、機体の窓からペントハウスのあるビルに目をやる。


「他の隊員はもう一機が拾います。回収出来次第すぐに合流しますのでご安心下さい」

「あ…はい……」



椅子に座らされ、彼に安全ベルトを付けてもらう。

何から何まで、この人の世話になりっぱなしだ。

それから僕の隣の席に腰を落とし、自分もベルトを締める。


「安全が確保出来たら、すぐに楽にしてあげるから少し我慢して」


そう言い、自分の手を僕の手を重ねる。


「OKだ、やってくれ」

「了解。Go!」


途端に機体が加速する。

体に掛かるGが凄い。

だがそれだけ早く、ここから離れた方が良いのだろう。


「ごめんね、苦しいだろう?一応ハッキングしてシステム妨害をしているけれど、いつ追手が掛かるか分からないから、早急にこの国を離れたいんだ」

「うん、大丈夫だよ」


その気持ちは僕も同じだから。

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