第15話
「お休み、ユウキ」
「お休みなさい…」
そう挨拶を交わしたけれど、どうにも寂しくて僕はそっと彼のベッドに潜り込んだ。
そして多少すったもんだが有ったけれど、朝になり目が覚めれば僕は彼の腕の中で眠っていた。
今まで味わった事の無い満ち足りた気分で。
彼の温かさに身を寄せ、ふと見れば彼はまだぐっすりと眠っているようだ。
冷静になり考えてみれば、我ながらなんて大胆な事をしたんだと赤面する。
彼と会ってから、僕はまるでタガが外れた様に変わってしまった。
自分を押し殺す事はやめ、考えのまま行動しているような気持ち。
まるで重苦しい何かから解放されたように。
でもその行いに不思議と後悔はない。
だってこの思いを押し込められないぐらい、めちゃくちゃ彼が好きなんだもの。
”なんかすっごく幸せ……”
暖かい彼の胸に顔をうずめ、幸せをかみしめる。
でもこんな大胆な事をした僕を彼はどう思っただろう。
僕の事を慎みの無い、はしたない奴だと思っただろうか。
自分の言葉を聞かない我儘な奴と思ったかもしれない。
”嫌われちゃったかな……”
僕は彼の傍に居たかっただけなのに。
そう考える反面、こんな僕でもきっと彼は嫌っていないのだと分かる。
なぜだろう?
番だから?
本能的に?
それとも僕の都合のいいだけの思い込み?
も、もしそうだったらどうしよう?
彼の目が覚めて、こんな事をしている僕に、呆れた眼を向けるかもしれない。
「クッ、クックックッ」
「えっ?どうしたの?て言うか起きていたんだ」
「あぁ、……お早うユウキ」
「あ…お、お早うございます。………なんで笑っているの?」
「ん?さっきからユウキの百面相が可愛くて…それに目が覚めた時、こうしてユウキが俺の腕の中に居るのが幸せだなって」
そう言い、彼の腕が僕をギュッと抱きしめる。
あぁ、やっぱり彼は僕の……。
「頼むから、ユウキ…」
優しい手が、ほんの少し彼から僕を引き離そうとする。
「どうして?じゃま?」
「意地悪だね。分かっているくせに」
うん、ちょっとした意地悪。
彼が誓いを立てている事は百も承知だけど、もう少しこの幸せな気分を味わいたくて彼の胸に己の額をぐりぐりと擦り付ける。
『お早うございますボス。もう少しベッドに居ますか?そうですね…あと15分ぐらいなら大丈夫ですぜ』
「いや…起きる。このままだと神経が持たない…」
「え~~」
もう少し、このままゴロゴロしていたいのに……。
まあ彼も相応の責任を持つ人だし、仕事の邪魔をしてはいけないって分かっている。
と、思ったけれど、その彼の限り有る時間を、僕の身支度のために使っても良いものだろうか?
「ユウキ、今日着る服はここに出しておくから。あぁトップはボリュームネックのパーカーとケーブル編みのニットとどちらがいい?」
見れば、とても着やすそうでカジュアルな服がソファの背に掛けられている。
あちらでは格式張っていて、いかにも高級品そうな服ばかり着せられていたから、このチョイスがとても嬉しい。
「その白いのがいいな」
そう言い、ケーブル編みのニットを指さした。
しかしカジュアルそうに見えた服も、いざ着て見ると手触りがとても良く、全てが一級品だと分かる。
そしてそれは食事の時も続いた。
パンはロールパン?それともクロワッサンにする?そうだグーデールのバターが有ったんだ。あぁママレードも用意しておいたぞ。確か好きだっただろう?それともコメにするか?味噌汁が欲しければすぐに用意するが。
なんて、何から何まで僕の世話をやく。
「味噌汁って……」
「大丈夫だ、レシピ通りに何度か練習したから。こう見えてもなかなかの腕前だぞ」
「まさかあなたが作るの?」
「簡単な物だけだが、ユウキの好物はある程度作れるつもりだ」
「そんな……僕なんかのために………」
「ユウキのためだからこそだよ。俺の大切な番」
とろけるような微笑みを浮かべ、照れも無く言う彼に眩暈がする。
あぁダメだ。
僕の心の平静が保てない………。
その後、僕の日中の行動が問題として上がったけれど、それも彼と一緒に行動すると言う事で収まった。
「俺的にはユウキが傍にいてくれるなら言う事は無いが、ユウキは俺が仕事をしている間、退屈しないか?」
ここのセキュリティーは万全だから、建物内ならどこに居ようと安全だと分かっている。
分ってはいるが、やはり自分の目が届くところに僕がいないと、心配で仕事が手に付かないと言うのが本音らしい。
「退屈じゃないよ。むしろその方が僕も安心する。もしあなたに何か有れば僕が守れるから」
僕だってあなたに害が及べば、この身を盾にしてでも守るんだと言う覚悟は出来ている。
だけど僕の言葉を聞いた彼はすごく複雑そうな顔をして僕を見つめた。
「ん~、ユウキの気持ちは有り難いし嬉しい。その思いはきっと俺の気持ちと同じなんだろうな。だからその気持ちを否定はしないけれど、でも出来れば俺にユウキを守らせてもらえないかなぁ」
「普段はここが俺の場所だ。別にどこを使おうが同じなんだが、いつの間にかそうなっていた」
幾つもデスクが並ぶ大きな部屋。
その部屋の上座と呼ばれる場所にひときわ大きなデスクが有った。
デスクの上は幾つかのスイッチと数枚の書類、そして何故か1体のフィギアが座っていた。
デスクの上も思っていたのと違うけど、この場に不釣り合いのこのフィギアって…。
「……まさかと思うけど、これって…僕?」
「良く出来てるだろう?実はこれVRのキーボードなんだ。今までは何の変哲もない箱型の奴だったんだけど、面白味が無いから俺が改造した。一石二鳥だと思わないか?」
そう言いフィギアの背中の小さなスイッチを入れると、ディスクの上にキーボードが投影される。
「これならうっかりコーヒーを溢しても平気だし、なかなか便利だぞ。それからモニターもVRなんだ」
そう言いながら引き出しから取り出したメガネは、少し幅の広い銀色のフレームで作られている。
「これを掛けると目の前にディスプレイが浮かぶ。設定次第で思うがままさ。机の上に幾つもディスプレイを設置しなくても良いし、音はここの中に有る奴で聞こえるようになっている」
そう言い、メガネのフレームの部分を爪でコツコツとたたく。
凄い、僕の知っているPCと全然違う。
「これは骨伝導システムで、音が外部に漏れる心配がない。会話をしたければキーで打ち込んだものを相手のAIが読み上げてくれるし……」
生き生きと説明をする彼は、まるでお気に入りの玩具を自慢する子供みたいだ。
「あ…ごめん、こんな話してもユウキはつまらないか」
「そんな事無い。聞いていてとても面白いし勉強になる。でもこれって僕の姿にする必要なんてないと思うんだけどな」
そう言い、人形の頭をツンと突いた。
本当は嬉しいくせに。
「まあまあユウキ様、ボスの気持ちも汲んでやって下さい」
「気持ち?」
「あなたの存在を知ってからというもの、写真だけでは満足出来なかったようで、仕事そっちのけで何かやってんなと放っておいたら、いつの間にかそれを作っていやがったんです。あなたを救い出す迄はイライラの連続だったようで、そんな時には人形に話しかけたり頭を撫でたりして、心を落ち着かせていたようなんですよ」
「おっ、おま!何言って…!」
「いや~、そんな姿を見ると、ボスもまだまだ子供だったんだと思い…」
「やめろ!それ以上ばらすと………」
真っ赤になりながら掴みかかる彼の姿を見て、僕は久々の安寧をかみしめていた。
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