第14話

「そんなにがっかりしないで。ユウキを守るためには必要な事なんだよ。何たって俺が一番の危険人物なんだから」

「そんなわけ……」

「そうなんだよ。君が無防備に可愛い顔でぐっすりと眠っているのを見て、襲い掛からない自信がない。自制心が粉々になる未来が見える」

「ふっ………くっくっくっ」

「冗談じゃないぞ」

「僕は構わないよ?」

「冗談言うな」


冗談じゃないんだけどな…。

既に心はあなたでいっぱいだし、もしあなたが望むならそれでも構わないと思っているんだ。

でも、彼にも思う所は有るのだろう。


「分かった。寂しいけれど我慢する。安全面は大丈夫なんでしょう?」

「大丈夫だけれど、不測の事態を思うと居てもたっても居られなくなる。その時俺がいればと後悔したくなくて、だから俺はユウキの傍を離れたくなくて………」


ならば離れないで。

そう言いたいけれど、そうすれば別の面で我慢を強いてしまう。

どちらに転んでも、彼は苦しまなければならないのか。


「それは困ったね」


首を傾げ、にっこりと笑う。

どちらを選んでも同じ事。

彼は取り越し苦労だと分かっているんだろうけれど、その心配を拭い去る事が出来ないのだろう。

まあその悩みのどちらとも、僕の事を思い悩んでくれているんだもの、嬉しくないはずが無い。


「やっぱり僕が答えを決めるのは得策じゃないね。あなたが決めて?僕はそれに従うから」

「そんな……」

「ただ、どちらにしてもあなたが苦しむのは嫌だな。だからできればその苦しさが少ない方を選んでほしい」

「少ない方…」

「うん、例えばあなたは毎晩目一杯の自制心を持たなければならないのと、僕が一人で居たために危ない目に合うのでは、どちらが辛い?」


やっぱり僕は卑怯な奴だ。

自分で選べと言った口で、僕に都合のいい答えを誘導したようなものだもの。

案の定、彼は大きくため息を付き僕から目を逸らした。


「酷いな。これじゃあ答えはもう決まっているじゃないか」

「そう?」

「分かった。ユウキの言う通りだ……ドク、聞いた通りだ。急がせて悪いが、取り敢えず最低限の物だけでいい。ユウキの部屋を整えてくれないか?」

『OKボス。予感がしてましたからね、15分もあれば用意は出来ます。細かい物は明日以降になりますが構いませんね』

「あぁ、頼む」


その声の向こうで、慌しく動き出す気配がし通信は切れた。

やはりここもプライベートなど無く、僕達の行動は全て把握されているのだ。

そう思ったが、国で受けた印象とは掛け離れていて、何も嫌な感じはしなかった。


「すまないユウキ、盗み聞きされているようで嫌かもしれないけれど、俺達には必要な措置なんだ」

「うん分かっているから気にしないで」


あちらでは僕達を束縛し逃がさないため。

でもここの人達は、僕達を心から心配しているって感じるよ?




「ボス、ベッドはどうします?ダブルですか?それともクイーンにします?あぁそれよりいっそシングルにして落ちないように抱き合って………」

「こんな時間に、お前の冗談に付き合っちゃいられないだがな…」

「さーせん。でもまじベッドは一つでいいですか~」

「二つだ!」


”それこそ一睡も出来なくなるだろうが”そう聞こえた気がした。


ドクさんが15分ほどだと言っていたけれど、ベッドの位置を決めるだけでもかなり時間を要した。

その時間も後からすれば、あまり意味が無かったけれど。


彼は、僕を守るためには部屋のどこにベッドを配置すれば良いのかと頭脳をフル回転させ、悩みに悩んだ。


「侵入者から一番遠い窓の近く。いや、侵入口がドアとも限らない。それなら裏をかいてドアの……。だが予言などできない以上その両方に対処しなければならない。いっそ窓の無い部屋で寝た方が安全か。窓の無い部屋のドアから離れた場所へ………いや?かえって死角になるようドアの近くに置いて、侵入されたらすぐにそのドアから脱出出来るようにし……」

「ボス、スパイごっこを邪魔してすいませんが、ここのセキュリティを甘く見ていませんかね。窓からこの建物全てが対ミサイル仕様になってますし、第一建物の設計、セキュリティシステムに至るまで組み立てたのはボスですよ。あなたの自信作を破りたいなら時間のある時にしてもらえませんか」


結局ベッドは部屋の中心に置かれ、僕のベッドから50センチほど離した所に彼のベッドを並べたけれど、僕にとって、その50センチがとても寂しかった。



支度が整って早々、彼は追い立てるように人払いをする。


「ユウキの事は全て俺がやる」

「はいはい、分かっていますよ」


その言葉に違えず、彼は僕のやる事全てに手を貸そうとした。

それこそ、顔を真っ赤にしながら僕の背中を流そうとまで言ったが、自分で出来る事は丁重に断った。


「ユウキ、俺が付いているから、安心してぐっすり寝ろ」

「……ん、ありがとう。お休みなさい」


そうして閉じた瞼に優しい口付けを感じた。


とは言え、隣に大好きな人がいる事を思えば、眠れと言われ眠れるものでは無い。

何度も寝返りを打つ彼も、きっとそうなんだろう。


”ん~、一晩眠れないぐらいなら何とかなるかもしれないけれど、これが何日も続けば彼の身が持たないな……”

とは言えこの状況を打破するためには、一体どうすれば良いのだろう。

”やっぱり二人は別々の部屋で寝た方が良かったかな…。いや、そうしたところで彼は安眠出来はしない。困ったな、何とかしなくちゃ”

だけどどう考えようと、いい考えは浮かんで来ない。

きっと彼が安眠するには、強い薬を盛るしかないだろう。


「いや待てよ?」


どうせ眠れないなら、眠る事など考えなくてもいい。

それなら僕は何の縛りも無く、自分のしたい事をやってもいいんじゃないか?

そう思い立ち、僕は短くて遠い50センチに一歩踏み出した。

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