第12話

それでも弱い僕は、彼に伝える事が出来なかった。

彼に手を引かれ両親の待つ部屋へ向かう。

その間も何とか伝えようとしたけれど、何度も躊躇いその口を閉じてしまう。


「あそこ。あの部屋だ」


その声に目を向ければ、正面のドアの小窓から光が漏れていた。

このまま逃げていいのか?

愛する人に心を砕けなければ、この先ずっと二人の間に壁が出来てしまうぞ。

心の奥でそう何かが叱咤する。


「ちょっ、ちょっと待って」


繋ぐ手をぐぃっと引き寄せる。


「僕ね、あなたに伝えたい事が有る」


そう言い彼をじっと見つめた。


「…ん、分かった」


彼はちらっと廊下を見渡し、一番近いドアに手を掛けた。

するとピッと音がしドアが勝手に開く。


「見てくれは普通だけど、この建物全てが最新の技術で出来ているんだ」


そう話しながら一歩足を踏み入れればパッと明かりが灯り、それが徐々に光度を増す。

それも眩しすぎず、心地の良い光が。


「ドアのロックは生態認証で解除されるようになっている。だから各々の部屋は許された者しか入室できないんだ。例えばこの建物内を歩いたり、食堂に入るだけでも部外者はチップを組み込んだカードが必要になる。尤もそれは表向きなんだけどね。俺達はカードなんて信用しちゃいないのさ。全ては何重にもなっている高性能の生態認証。客人には分からないよう登録させてもらいプログラミングしているんだ。だからコックが調理室や食糧庫に入るにも、許可された者しか入室できないのさ」


この国の科学はそこまで進歩しているのか。

彼は僕の手を引き、近くに有った椅子に座らせた。


「まあ俺はもちろん、ドクなど信用できる一部の人間はどこにでも行けるけどね。もちろんユウキも」

「そんな…ダメだよ。僕なんて会ったばかりなのに、そんなに簡単に信用しちゃぁ」

「ユウキだからだよ。ユウキは俺を裏切らないし、万が一、何かが有っても俺はユウキになら裏切られてもかまわないと思っている」


そう言い、片膝をついて、下から僕を見上げる。


「ダメだよ。そんなにお人好しだとすぐ騙されちゃうよ?」


目をこすりながらそう言い、微笑んで見せた。

やだな、彼に会ってから僕の涙腺はぶっ壊れ通しだ。


「お人好し?そんな事言われたのは初めてだな。ドク達が聞いたら腹を抱えて大笑いするだろうな」


楽しそうにそう笑う彼が、あぁ、僕は本当に好きだな。


「おっと、それはまた後で詳しく教えてあげる。今はユウキの話を聞かなくちゃ」

「あ…ありがとう」


彼に正直に話すと決めたはずなのに、僕の口はなかなかその言葉を伝えられずにいた。


「あ、あの…」


ただ一つの単語を言うだけ。

それだけなのに、それを言うだけで良いのに。


「僕はあそこに置いたままで来てしまって……」


正確には毎日一錠ずつ貰っていたんだけれど。


「あれが無いと困るんだ…」

「うん…」

「僕はあなたに嫌ってほしくないし…」

「何が有ろうと、そんな事にはならないよ?」

「でも…あなたにみっともない姿をさらしたくない」

「そうか…それで?」

「あれを最後に飲んでからかなり時間が経っていし…、できれば早めにほしくて……」

「薬の事かな?でもユウキに持病は無いはず……あーー!」


突然焦りだす彼は、慌ててポケットから何かを取り出す。


「ごめんユウキ、俺が悪かった。これを君に渡すのを忘れたせいで、君にいらぬ心配を掛けた」


差し出されたそれは、とても小さなスプレー式のボトルだった。


「抑制剤だよね?」

「そ、そうなんだけど…これは?」


渡された物は、とても薬には見えない。


「ユウキ専用抑制剤。俺が作った」

「え?」


あれは僕の体質に合うように作られたものだったはずなのに、更に研究してくれたのだろうか。


「データーは受け取っていたから、それに沿って作ろうと思ったんだけど、あれにはとんでもない欠陥が有ったんっだ」

「でも、その…ヒー……トはちゃんと抑えられていたし、具合も悪くならなかったのに?」

「ああ、今までユウキが飲んでいた薬はヒートを抑えるもの。新しく作った物は緩和するものだ」


抑える物と緩和する物。

どう違いが有るのだろうか。


「ヒートを抑える薬は、体に働きかけ文字通りヒートの切っ掛けとなるものを抑える。簡単に言えばヒートが貯まってしまうようなものなんだよ。あいつらの狙いは、もしユウキが他のアルファと結婚した場合、その薬を切れば当然ながらとんでもない反動が来る。つまりユウキが嫌だと思った相手でもそのアルファが欲しくてしょうが無くなるんだ」


ショックだった。

つまり今まで与えられていたあの薬は、相手が誰だろうが僕が躊躇いも無く体を開くようにするための物だったんだ。

やはり僕はあそこでは、子供を作るための道具だったんだ。


「嫌な話だったよね。ごめん。これからは何があろうと俺がユウキを守るから」

「あ…あり…がとう……」


彼は立ち上がり、震える僕を抱きしめた。


「うん、やっぱりこっちの方が良いな」

「えっ?」

「何でもない。で、俺はそれが嫌だから違うやつを作ったんだ。ヒートはアルファにとって自然な事だ。だけどユウキを極力苦しめたくない。だから症状を緩和するやつを作った。ユウキの体にはほんの少しだけ負担が掛かるかもしれない、軽いのぼせや体温の上昇、情緒不安定になるかもしれないけれど、あれよりはよっぽど良いと思う」


うん。

あなたのためなら、僕はいくらでも我慢する事が出来るよ。


「これは副作用がほとんどないから、必要が有れば量を増やしても大丈夫だ。吸入式で即効性が有って…………」


彼は薬についていろいろ説明してくれた。

そして最後に…。


「それと、ユウキに聞かなければならない事が有ったんだ」

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