第10話

限られた時間の中、彼との話はあまり出来なかった。


「全てをユウキに伝えるべきなんだろうが、今はあまり時間がない。取り敢えず自己紹介をしようか」


彼は僕をソファに座らせ、自分もその向かい側に腰掛けた。


「俺はフロレンツ・レオ・コンシャンス。肩書はいくつかあるが、表向きはペンタクルナイトと言うコンッェルンを一つ任されている。見ての通り性別は男性、バース種はアルファで、ユウキももう気が付いているかもしれないけれど、俺は神が定めたもう君の唯一の番だ……と、思っているけれど………ユウキは…」


自信たっぷりだった彼が、尻すぼみに自信なく話すそのギャップが何となく楽しい。

でもようやく腑に落ちた。

この心を搔き乱すような動揺は、彼が僕の運命の番だったからなんだ。


「泣かないで……」


身を乗り出すように、彼の親指が僕の目を拭う。


「俺が嫌?統計的にも科学的にもそれは立証されたんだけど、いきなりそんな事を言われても受け入れられないよね……もし結樹がそんな気になれないのなら仕方が無い…。出来れば少しづつでいいから僕に慣れてほしいけれど、それでもダメなら君の目に触れない所でいい、傍に居させてくれないか?」


この人は、僕の話も聞かないうちに、何を自己完結しているのだろう。

そう思い、彼の手に自分の掌を重ね頬ずりをする。


「ユウ……キ」

「ありがとう……僕を見つけてくれて……」



僕達に定められた30分と言う時間はあまりにも短すぎた。

と言うか、僕達はお互い触れていたいと言う感情が先走り、大した話はしなかったような気がする。


「あの国でオメガが現れた事は世界規模で公表された。まあそれは、バースが現れれば、どの国でもする事だけど」

「でもオメガの情報は秘密にされると聞いたけれど……」


彼はベッドヘッドに背を預け、僕は投げ出したその膝に頭を乗せる。

そして二人、まるで夢物語をするように話を続けた。


「そうだね。でも自国の立場や力を誇示するため、バースが現れた事は公表するのさ。例えそれがオメガであっても。だが必要が有ればアルファやベータは表に出るが、オメガの情報は絶対に流出させない。バース保持者を守るため、世界バース保護協定なんて物が制定されているけれど、そんなの有って無い様なものだ」


バース保護協定?初耳だな。


「聞いての通り、貴重なバースを守るために制定されたものだ。バースには不合理な危害を加えてはならない。意思を尊重しなければならない。番相手を強制してはならない。世界規模で保護するため、バースを国単位で扱ってはならない。エトセトラエトセトラ。一応きれい事を並べているが、それを守っている国など無いだろうな。ほとんどが暗黙の了解だ」

「それなのに、それが分かっているのに、なぜあなたは僕の事を調べたの?」

「最初は…感のような物かな?俺は若くても一応独身だし、そう言う情報は嫌でも耳に入る。たとえユウキの名前やプロフィールが臥せられていても、君の存在を知ってからはひどく惹かれ、恋焦がれたんだ」

「でもオメガの事を調べるなんて、容易では無かったでしょう?」


世界に向け、”我が国にオメガが誕生した”と発信されたとしても、僕の個人情報は超機密事項とされていたはずだし、あの建物も特殊であり、僕が発見された原因であるバースの持つ強烈なフェロモンなどの特徴すら、漏れない造りになっていると聞いた。

ならばどうやって、この人は僕の情報を知ったのだろう?


「どの国も秘密漏洩に対し厳重になっているけど、秘密にしたいがため新しい物に対し用心深くなり、周りが見えなくなるものさ。例えば一度信用が置けると思った者は疑いもせず、それ以外に対しては疑心暗鬼になる。情報も人もね。ユウキがいたところも万全な警備を敷いていたけれど、実はあそこには、設立当時から色々な国の諜報部員がゴロゴロ入り込んでいるんだ。たとえ人が入れ替わったとしても、信用のおける人が、新しい人間を信用が置ける人だと推薦すれば、信頼感は高くなるしね。そしてその入り込んだ奴も従順なふりをすれば疑われる事はそう無い。物理的な物は無理としても、情報ぐらいなら流したい放題さ。ただ今回、彼は少々深入りし過ぎた様だ。疑われる前に引き上げさせた方が良いだろうな」


きっと田口さんの事なんだろうな…そう感じる。

彼は僕に対し、命じられた事しかしていなかったはずなのに、あの最後の時の言葉がずっと引っかかっていたのだ。

あれは彼自身の言葉であり、彼の本心なのだろう。

その証拠に、田口さんはこの国に僕が必要とは言わず、世界には僕が必要だと訴えていたから。

以前の僕は、一応結婚に憧れを持っていた。

いずれ愛する人と一緒になる……だがそれもただの義務となり、希望も愛情も消えたと思っていた。

だけど彼に会い、再び憧れが湧き上がった。

以前より数万倍も。

番う相手は彼しか考えられず、もし他の人を宛がわれるなら、僕はきっと死を選ぶだろう。


僕の頭を撫でていた彼の手を取り、そっと口元に運び、その甲に口付けをする。


「ユッ、ユウキ!」


彼が慌てて、僕の唇から手を引く。

まずい!やらかした!?

きっと僕は今、彼の嫌がる事をしてしまったのだと後悔した。

彼に対しあまりにもなれなれしすぎたんだと思い、慌てて身を起こし彼から離れた。


「ごめんなさい。嫌だったよね…」

「違うユウキ、ごめん。その…俺には自分で決めた誓いが有って……」

「えっ?」

「俺は…その……。見ての通りユウキより子供だろう?でも父親も母親も背は高い方だったんだ。だから…きっと俺も背も体も大きくなるはずなんだ。だからせめて俺がユウキと並んで見劣りしなくなるまで…一人前になるまではそう言う事は……我慢しようと思って………」


この人は、僕と会う前から僕の事を考え気遣ってくれていたのか。

見合い相手の山之内さんとは全然違う。

やはりアルファと言う共通点があっても、タイプはそれぞれ違うのだな。


「あ~コホンッ。もっと早く言うべきだったが俺はいま15歳だ。普通の人の基準なら、まだまだ子供だろう?」


まぁ、確かに15歳と言う年齢はまだ子供なのかもしれないけれど、この人の醸し出す雰囲気は、子供だと言って信じる人はそういないだろう。


「だが俺は小さい頃からIQも高かったし、運動神経も良かった。だから大学は既にスキップで卒業しているし、今は会社の運営と共に、その中の一社の研究所でバースについての研究をしている。尤もそっちは始めたばかりでまだ趣味程度だけどね」

「すごいね。そんなあなたが僕のために……」


忙しいのに、僕を求め助けに来てくれたんだ。

だけど僕にそんな事をしてもらう資格なんて、本当にあるのだろうか。


「それと、どうやら俺は早熟だったらしく、11歳にはバースを発症した。元々特別視されるのが嫌だったのに、更にアルファだと!と自棄になった事も有ったけれど、今思えば早熟で良かった。だって今、ユウキは俺の物だと言え、こうしてユウキと一緒に居られる。ユウキを他の奴の手に渡さずに済んだんだから」

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