第36話 ホストクラブ
困ったことになった。
ミエの一番の「お気に入り」が、長次になってしまったのだ。ミエは、最初に長次を見たときに、一目惚れしてしまったようだった。
長次は、単なる「案内役」で、奥の広間に客を案内してしまえば、それで役目は終わる。ただ、行き帰りにチップ代わりの小遣いを、たんまりと戴いていた。それに、特別な仕事だからと、宿からも沢山の手当が出る。長次の懐は、それだけで十分に潤っていて、これ以上の仕事をする気はなかった。
しかし……
「長次、中の仕事も手伝うように」
女将直々に命じられたのだ。
中の仕事は、
「
男の一人がそう言うと、ソファに座った加奈子と呼ばれた女の前に
そうか、こうやって吸い取っていたのか……。長次は気付いた。
「おい、長次、そんな安っぽい格好でウロウロすんな。着替えてこい」
近くにいた男に小声で指示されて、裏に用意されていた服を着、靴を履く。髪型を決めてポマードで固める。
支度ができて、外に出ると、丁度、ミエが来る時間だった。
「お迎えに行ってきます」
「あら! 長次!! 今日はどうしたの?凄くカッコいいわぁ〜!」
ミエが長次に抱きつく。まだ、辰夫の目の前だ。
長次は、ミエの腕をそっとほどいて、彼女の右手を自分の手の上に乗せる。
「お預かりいたします」
にっこりと辰夫に会釈してから、
「ご案内いたしますね」
そう言って、ミエを中に連れて入った。
「え? え? 今日は、長次も一緒に中に入ってくれるの?」
「ええ、女将から、許しを貰いました」
「え〜、嬉しい〜!!」
ミエは、長次の売上のために、一番高い酒を頼んだ。
「あら、長次は、時計もしてないの?」
「ええ、私はまだ下っ端なので」
「あら、じゃあ、あたしが買ってきてあげる。どんなのがいい?」
そんな会話が続く。金持ちはケチだと聞いたが、こういう金はバサバサ使うんだな。まあ、自分の金じゃない、自分の男の金だからな。長次はそう思った。女は皆そんなものなんだろうか。いや……、妙子は違う。彼女は……。
一方、妙子が働く表側の宿の方の、一番奥の部屋は、所謂VIPルームだ。他の部屋の倍の広さがあり、芸者を呼んで楽しむこともできる。
いつもは、そんな高級な部屋担当にはして貰ったことのない妙子だったが、その日に限って人手が足りず、部屋担当の下で、料理を運んだり、客の世話をすることになった。
「
女将がそう言って、部屋担当の
「そうか。まだ2年目か。初々しいな。幾つになる?」
「丁度20歳になります」
「ほお……」
気付いたように、良子が高木に言う。
「それでは、お料理をお持ちいたしますので」
妙子に、早く支度を、と、部屋を出て行かせた。
調理場では、まだ仕上がっていない、数分待てと言われた。そこへ良子がやって来る。
「あんた、気をつけた方がいいよ」
良子が妙子に言う。
「高木様が、どうやらあんたに目をつけたらしい」
「目を? つけられた?」
「ここじゃ、お客様第一だからね。何が起こっても、女将は助けてくれないと思いな」
「はあ……」
まさかな。と、いま自分の中にある不安を首を振って取り除く。それでもその日は、常に良子について歩くように気をつけた。
「随分と長次がお気に入りのようで」
門の外で、老人が辰夫に声をかける。
「まあ、珍しくもない。目の前で抱きついたのを見るのは初めてだったがな」
辰夫はため息をつきながら言う。
「最初はな、いい女だと思ってたんだ。美人で気もきいてな。身体がまた良くてな。そんな女に、辰夫様だけですから、尽くしますから、と言われれば悪い気はしないだろう?」
「左様でございますね」
「それが、俺がいない間に若い男を連れ込んでな。俺がピシャリとあいつの頬を叩いたのがきっかけさ。『あなたがあたしを囲っていることを言いふらします!』と言ってきた。……まあ、本性を現したんだろうな。俺が黙っているのをいいことに、何人もの男を代わる代わる……」
「そうでしたか」
「本当に、あの女を捨てられるのかね?」
「焦られてはいけません。もう少し時間とお金はかかります。……が、あの方の場合、意外と早いかも知れません」
「できるだけ早く始末してくれ」
「……かしこまりました」
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