第2話 商店街
「
先輩社員に呼ばれる。薬剤師の
「はい?」
「
うちは、調剤薬局でもあるので、病院の薬を貰いに来る患者さんも多い。調剤薬局の方は混み合うので、「後で届けてほしい」というお年寄りも少なくない。
人数不足で、調剤薬局部の人達が出られない時は、ドラッグストアの人間が配達することも多いのだ。
「わかりました」
この辺だから、と説明を受け、地図を受け取り、自転車で走る。
「結構遠いな。沢田さん、いつもタクシー待たせてあるって言ってたよな、そう言えば」
ちょっと息が切れてきた。
「雨宮さん、方向音痴だから、裏道迷うでしょ? 大通りからの道書くね」
真田秀一郎さんは、わざわざ遠回りのわかりやすい地図をくれた。
そういうわけで、私はこんなビル街の大通りを走っている。こっち側は自宅からも駅からも反対方向になるので、殆んど来たことがない。
「確かに迷うわ。ええと、次の信号を右」
信号を渡り、大通りから一本入ると、いきなり住宅街になる。歩道もない、片側一車線の狭い通りだ。
「そこからさらに2ブロックほど行った右側のお宅、っと。ここか」
表札に「沢田」と書いてあった。
沢田さんにお礼を言われ、「遠かったでしょ、ごめんなさいね」と、冷たいお茶までご馳走になった。
さて、帰るぞ。と、来た道を引き返していると、大きい駐車場のむこうに、アーケード商店街があるのが見えた。
「へえ、こんなとこに商店街があるんだ。ちょっとだけ寄り道しようかな」
駐車場の向こう側に等間隔にポールが立ててあり、自転車があると抜けられそうになかったので、もう一度沢田さんの家の方に向かい、角を曲がった。
アーケード商店街に出る。古そうな商店街だったが、近くに大きなスーパーが出店してないこともあってか、そこそこ賑わっていた。
「ふーん。向こうの方に小さいスーパーはあるみたいだけど……」
沢田さんのように、歩いて買い物がやっとの人にはありがたい商店街だ。
酒屋さんの前はお花屋さん。隣は肉屋さん、印鑑屋さんや雑貨屋さんもある。そして左手にはずっと、さっきの駐車場。向こう側の通りから入るようになっている。商店街を利用する人のための駐車場なんだろうな。広い駐車場だ。そう思いながら、自転車を押す。駐車場を過ぎると、左手に八百屋さん……。ちょっと待って。
この風景は見たことがある。私は以前ここに来ている。いつだ? 軽いデジャヴを感じて、ちょっとふらついた。
ガシャン。
音を立てて自転車が倒れた。
「ちょっと! あんた大丈夫? 怪我はない?」
八百屋のおばさんが出てきて、私に話しかける。そうだ。私はこの人を知っている。
「あ……すみません。ちょっと目眩がしちゃって」
「暑くなってきたからね。よかったら、うちの店の中で休んでいきな。冷たいお茶いれてあげるからさ」
冷たいお茶は、沢田さんの家でご馳走になったばかりだったが、この人に話を聞きたかったので、素直に好意に甘えた。
「隣の駐車場って、凄く広いですね」
こんな小さな商店街には似つかわしくないほど広い駐車場だ。
「ああ、ここはね、宿があったとこなのさ。50年以上前のことだよ。うちの店ができる前のことさ」
「そうなんですか」
おばさんの入れてくれたお茶を飲みながら話を聞いた。こういう所のおばさんは、得てしてお喋りが得意なものだ。
「昔ね、ここは、普通の宿だったらしいんだけどね、潰れる数年前くらいからは、それは建前で、裏で特別な仕事をしてたんだって。この店の隣にね、細い路地があったのさ。そこから特別なお客が入ってさ、その奥に裏口があって、そこから入って、中で
「隠れてしないといけないことのための通路だったんですか……?」
「まあ、詳しくは知らないけどさ、奥方に知られないように、とか、法に触れちまうようなことが……とか、いろいろあったんじゃないかい?」
「そうなんですね」
すると、おばさんは、そっと耳打ちするように、
「ここだけの話だよ」
と言ってきた。
「ある日、宿に、今で言う、『ガサ入れ』があったのさ。そしたら、裏庭から骨がね……」
「骨……ですか?」
「そう、沢山の人骨が埋められてたらしいよ」
「えっ? そんなところの隣で、ご商売を?」
「なあに、昔の話さ。ホントかどうかもわかりゃしない。うちがここを買ったときには、もうとっくに更地でね。ここにアーケード商店街ができて、商店街のための駐車場ができるって聞いててさ。この土地も安かったからって、じいちゃんが買ったらしい。それだって50年近くも前の話だよ」
「そうなんですね……」
私は帰り道、本当にあった、その地のことについて考えていた。
夢の中で、私は、その宿の隣の通路……宿の裏口へと続く通路に囚われているのだ。どうしても、そこから逃げられずにいる。宿は確かに存在し、そこには、商店街側(その頃にはどんな風景だったのかわからないけれど)から出入りする通路があり、それは、私がいつも逃げていた(右手にトラップポイントの屋台がある)道に抜けていた。その通路が本当に存在していたらしいのだ。
私は、そんなところで何をしていたのだろう? 何でそこに囚われていなければいけないのだろう?
夢の中の事とは言え、ここまで来ると、さすがに気にせずにはいられなくなった。
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