終わりではない
第51話 【最終回】終わりではない
「紗絵羅、大丈夫?」
薫の通夜の後、瑠奈と南が、紗絵羅の元へ行く。
「うん。もう、怪我も殆ど治ったし、私は大丈夫。ただ……」
3人とも紗絵羅の弟、
少し離れたところから、供花に隠れるようにして、母親の棺を見ていた。
「たあちゃんはね、泣かないの。まだわかってないみたい」
「そっか……」
「でも良かったの。これ以上、本当の母親に育児放棄されて、辛い思いをさせるくらいなら、『大好きなママ』の間に死んでくれて良かった」
瑠奈と南には、紗絵羅の言葉が悲しかった。こんなに優しい紗絵羅に、「母親が死んで良かった」などと言わせる存在がいたことが。
「たあちゃんは、私が育てる。大丈夫。私、強くなる。体も、心も」
「そっか……」
本当は強がっているのだろう彼女を、二人はギュッと抱きしめた。
宿には、家宅捜索が入り、女将が世に隠れてやっていたことが、総て明るみに出た。
しかし、そこで行われていた拷問のような殺人については、たった一人に対する殺人未遂という形で処理された。殺そうとしていたのも宿の従業員で、女将に命令されたと泣いた。それは、あの屈強な男たちではなかった。彼らも、屋台の店主が連れてきた者たちは皆、姿を消していた。
夕子が殺人が行われていたと言った中庭から、血の跡は全く検出されなかった。庭に埋められていた大量の骨は、宿で代々飼われていた犬の墓だと女将は言った。調査の結果、本当に犬の骨だった。
この宿で殺人事件は起きていなかった。返り血に見えたのは、夕子の着物の柄。誰も殺されてはいない。そういう結論にいたったのだ。
ただ、違法な賭博をしたり、犯罪者を
女将は首謀者として逮捕され、夕子も犯罪に加担した者として捕らえられた。
こうして、宿は潰れた。
「さっむう〜。この時季に自転車は辛いわ〜」
私はいつも通り、沢田さんにお薬を届けに行く。今日は
「ごめんなさいねえ、雨宮さん。こんな寒い日に届けていただいて。上がって温かいお茶でもどう?」
「あ。ありがとうございます。でも、今日は急いでるので」
「あら、ごめんなさい、『雨宮さん』じゃないのよね、もう。『
「あ、はい」
まだ「真田葉月」と言われると、くすぐったい気分になる。
「じゃ、失礼します」
そう言って、沢田さん宅をあとにする。途中、右側に商店街の駐車場。もうここには近寄りたくもない。
「え?」
私は、不思議な光景に、自転車を止めて駐車場を見た。
あの老人が立っていたのだ。
「あの……」
恐る恐る声をかけた。
「おお、あの時の」
「えっ? やっぱり、あの時のおじいさんなんですか?」
「おじいさんは人聞きが悪いな。わしはまだ185歳。人生これからだ」
「ひ、185歳??」
「医学の進歩でな、人間がなかなか死ななくなったのさ。わしの時代の平均寿命は250歳くらいだな」
「あ、あなたはどこから? だって、会ったのは夢の中ですよね?」
「なに、ここには時間と空間の歪みがあったのさ。わしがいる時代の人間の中には、それが見える奴がいる」
「もしかして、あの、屋台の……」
「いかにも。わしはあいつと組んで、その時空の歪みから過去に忍び込み、捨てられても仕方ないヤツだけの肉を売っていたのさ」
「なんで私がそこに?」
「時空の歪みがある場所だからな。時々、そこに繋がっている時代の『夢の中』から迷い込んで来る者がいるのだ。お前さんみたいにな」
「だからって殺さなくてもいいじゃないですか?!」
あの恐ろしい体験は、今でもはっきりと覚えている。
「あいつに気に入られると厄介だよな」
老人は、ふう、とため息をついた。
「ここで、何を?」
「迎えをな、待っているのだが……」
「迎え?」
「わし一人では、時空は飛べん。あいつが迎えに来るのを待っているのだ」
あいつ……屋台の店主のことだろう。
「もうすぐ令和4年も終わる。この歪みも消える。昭和40年と令和4年としか繋がっていないからな。翌年になると、この歪みはなくなる。」
そうか……、そういう空間だったのか、ここは。
「じゃあ、もう、あんな怖い夢を見ることはないんですね?」
私の問いかけに、老人は笑った。
「時空の歪みなど、どこにでもある」
「え?」
「令和5年と繋がっている歪みも、世界中どこにでもな。そういう場所を狙って、俺らみたいなのが巣食う」
「今度は、歪みに迷い込まぬように気をつけろよ」
「あの、次の……」
私が老人に、次の歪みの場所を聞こうとした次の瞬間、一瞬、目の前を閃光が走った。
「わっ!」
反射的に目を閉じて腕で庇う。
そうっと目を開けると、老人の姿は消えていた。
老人の話によれば、これは、「終り」ではない。
次は、いつ、どこで、誰が囚われるのだろう……。
囚われる 緋雪 @hiyuki0714
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