にゃんというイケメン

福守りん

1-1

 攻めこまれている。

 すこし前から、うっすらと、感じとってはいた。


 今夜は、猫会議の日。

 くらい空には、まるい月がでていた。

 ひとけのない公園に、おれたちは集まっていた。

 ペルシャの長老が、おもおもしく口をひらいた。

「攻められておるぞ」

「しってるにゃ」

 おれが答えると、シャムが「ぬいぐるみがしゃべった」と言った。皮肉っぽい言いかただった。

「おれは、ぬいぐるみとちがう」

「わかってるさ。マル」

 誰よりもちいさくて、まるいので、おれは「マル」と呼ばれている。

「この公園で、黒猫の三兄弟を見かけた。偵察してるつもりみたいだ」

 茶トラ猫の兄さんが、ぺらぺらと話した。その横で、白猫の兄さんが頭をふって、うなずいている。

「餌場を死守せねばならんぞ」

 長老が言った。毛が長すぎて、ほとんど目が見えない。

「はいにゃ」

 返事をしたのは、おれだけだった。

「今さらだろう。俺はたたかってるぜ。

 見ろ。この、名誉の負傷を」

 茶トラ猫の兄さんが、みんなに背中を向けた。たしかに、背中から左のわき腹にかけて、傷が走っていた。

「背中に傷があるってことは、逃げるさいちゅうにできた傷だよな」

 シャムがあざわらった。……たしかに。

「なんだと!」

 茶トラ猫の兄さんの毛がさかだった。体の大きさが二倍になった。

「やめろ」

 すこし離れたところから、キジトラさんが声をあげた。

 おれたちのなわばりのボスだ。太すぎるってほどじゃないけど、肉づきがいい。

「長老。全面戦争になってもいいか?」

「いたしかたなし」

「そうか。ほんじゃあ、お前ら、気合いを入れておけよ」

「はいにゃ!」

「うーっす」

「はいはい」

「今夜は、これで解散だ」


 みんな、ばらばらと帰っていった。


 おれは、長老のそばにいた。

 長老が、よぼよぼと歩いていく。いつもねているベンチの下に入って、ねそべった。

「長老。ごはん、たべてますか?」

「案ずるな。たべておる」

「そうかなあ……。おれ、みっちゃんのところへ行って、おねだりしてくるにゃ」

「そうか。気をつけるのだぞ」

「はいにゃ」


 みっちゃんの家は、公園の近くにある。

 庭から入りこんで、リビングの、大きなガラス窓をばしばしたたいた。

 中から、みっちゃんが窓をあけてくれた。

「マルちゃん。おなかすいたの?」

「はいにゃ」

「ねえ。うちの子になってくれれば、もっとおいしいごはんが、毎日たべられるよ。

 そのかわり、お外には行けなくなるけど」

「それは、こまるにゃあ」

「かわいいね。ちょっと、待ってね」

 みっちゃんが、いったんいなくなった。


「誰? マルちゃん?」

「うん」

「つかまえられない?」

「むりだと思う。いつも、あばれるから。たいへん」

「去勢してるし、本当は、家猫になったほうがいいんだけどね……。

 もう、ほとんど増えてないでしょ」

「みたいだね。つかまえるのは、大仕事だったけど。やってよかったね」

「じゃあ、これ。あげといて」

「はーい」


 みっちゃんが、魚のきりみを、ふたつも持ってきてくれた。

「ありがとにゃ」

「はいはい。かわいいね。

 車に気をつけるのよ」

「はいにゃ」


 公園にもどって、長老に、魚のきりみをひとつあげた。

「ありがたや」

 ぶるぶるふるえながら、たべはじめた。

「おいしい?」

「美味なるぞ」

「よかったにゃ」


* * *


 次の日は、いつもの散歩がてら、見まわりをしていた。

 ひとっこひとり……じゃない、ねこっこひとりいない。

 今日は、おれたちのなわばりには、だれも入ってきていないみたいだ。


「マル」

 キジトラさんが、あいかわらずのふてぶてしい顔つきで、のったりのったりと近づいてきた。

「どうだ」

「かわりないですにゃあ」

「助っ人をつれてきた」

「えっ?」

 灰色の猫が、キジトラさんのかげからあらわれた。

 きりっとした顔の猫だ。体つきが、すらっとしている。

 かっこいい……。

 思わず、見とれてしまった。

「うわー。イケメンさんですにゃあ」

「顔でたたかうわけじゃねえ。男の顔なんざ、かざりよ」

 キジトラさんは、しぶい顔をしていた。

「そうですかにゃあ」

「こいつは、アメリカンショートヘアだ」

「はじめましてにゃ。おれは、マルですにゃ」

 アメリカンショートヘアさんは、だまっていた。

 まわりを、ぐるっとまわってみた。

 どの角度から見ても、かっこよかった。

 にゃんというイケメン……。

 うっかりすると、ふらふらっとついていってしまいそうなくらいの男前だった。

「アメショーさんって、呼んでもいいですかにゃあ?」

「好きにしろ」

 ぼそっとこたえた。声もイケメンだった。

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