おれが、アメショーさんの奥さんになってから、だいぶたった。

 だんだん、暑くなってきていた。

 季節は、春から夏にかわりかけていた。


 いつもの、夜の猫会議があった。

 アメショーさんも参加していた。

「マルと結婚したから」

 アメショーさんが、とうとつに宣言した。

 あたりの空気が、びりっとした。

「やっぱりな。そうだと思った」

 シャムが言った。

「うちの箱いり娘があぁー!」

 茶トラ猫の兄さんが、泣きくずれた。

「へんなこと言うにゃ。おれは、箱には入ってないにゃ」

「マルは、だまってろ!」

「ひどいにゃあ」

「泣かせてやれ」

 シャムが言った。

「あわれだな」

 白猫の兄さんが、めずらしく言葉をはっした。

「マルに、自分が雌だって教えなかったのは、お前だからな。

 ちゃんと教えてやれば、ちがう展開になったかもしれないのに」

「わ、わかってるよ……」

 茶トラ猫の兄さんは、まだ涙目だった。

「でも、俺は『耳かけ』だからさ。雌どうしみたいにしか、ならないだろ?」

「そうでもないぞ」

 白猫の兄さんが答えた。

「えっ? お前、発情すんの?」

「そこそこ」

「お前も『耳かけ』のくせに。なんでだよ!」

「個体差があるみたいだな」

「くそー。なんでだよ……」

 しょんぼりしている。

 なぐさめようとして、歩きかけたら、「行かなくていい」とシャムに言われた。

「そうかにゃあ」

「いいんだよ。ほうっておけ」

「はいにゃ……」


 長老が、よたつきながら、おれとアメショーさんのところにやってきた。

「では、みなで、結婚式をしてやろうぞ」

「いやだよ!」

 茶トラ猫の兄さんがさけんだ。

「見ぐるしいぞ。茶トラよ」

「結婚式って、なにをするんにゃ?」

「あれだ。ちかいの言葉をつげて、チューをするのだ」

「『チュー』って」

 シャムが、おなかをかかえて笑いだした。

「『チッス』のほうが、よかったかの」

「よくないよ!」

 茶トラ猫の兄さんが、またさけんだ。


 アメショーさんが、おれのところにきて、鼻先をくっつけた。

「幸せになろうな」

「はいにゃ」

 にこっとしたら、なぜか、茶トラ猫の兄さんが「ぎいぃー」と鳴いた。

 猫の声とは思えなかった。

 もしかしたら、泣いたのかもしれない。


「じゃあ、そういうことで」

「えっ?」

「行くぞ。マル」

「待て。つれて帰ろうとするな。まだ、会議は終わっとらん」

 キジトラさんが言った。

「お前ら、どこにひっこす気なんだ?」

 シャムに聞かれた。

「どこにも行かないにゃ。この公園に、ずっといるにゃ」

 おれが答えると、みんなが、ほっとしたような空気になった。

「……まあ、そうなるよな」

 アメショーさんが、おれの横でためいきをついた。



 長老とおれをのこして、みんなが帰っていっても、アメショーさんは、帰っていかなかった。

 おれといっしょに、公園にいる。

「帰らないんにゃ?」

「俺の家は、ここになったんだよ」

「ふえっ?」

「お前がいるところが、俺の家だ」

「そ、そうなんにゃ……」

「どうして、ここなんだ?」

「おれが育ったところだから、かにゃあ……。

 長老も心配だし。

 みっちゃんも、いるし」

「みっちゃんか」

「アメショーさんも、みっちゃんに会いたい?」

「いや。人間には興味ない」

「みっちゃんは、いい人間にゃ」

「そうなんだろうな」


 まるい月がでていた。

 あおむけにねそべって、じっと見つめていた。

「月を見てるのか」

「そうにゃ」

「たしかに、いい月だな」

「まんまるにゃ」

「そうだな。マルの目にそっくりだ」

「あそこまで、まるくないにゃ」

「まるいよ」

「……そうかにゃあ」

 アメショーさんの顔が近づいてきた。

「アメショーさん?」

「そろそろ、その名前はやめにしないか」

「えっ? ほかにも、名前があるんにゃ?」

「あるよ。俺の、本当の名前は……」

 アメショーさんが飼い猫だった時の名前を、こっそり教えてくれた。



 おれは、マル。

 よく日のあたる公園で、イケメンのだんなさんと、なかよく暮らしている。


「わしも、おるぞ」

「忘れてないにゃ」

「風景と同化してるけどな」

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