3-3

「おれの名前は、長老がつけてくれたんにゃ」

「びっくりした。なんで、今、その話?」

「キジトラさんとの出会いを、思いだしてたからにゃ」

「ああ……。そうだったな。

 マルは、ボスが拾ってきたんだったか」

「そうにゃ」


 サビ猫は、まだ、うーうー言っていた。

 キジトラさんは、うなり声ひとつあげなかった。

 勝負は、いっしゅんで決まる……。

 そんな気がしていた。

 ふしゃーっと、ものすごい迫力の威嚇を、キジトラさんがした。

 サビ猫が、顔を左にかたむけたまま、固まるのが見えた。

 べしっ。ばしっ。

 往復びんただった。サビ猫の顔が右に向いて、また左に向いた。

「へにゃー……」

 泣いてる。かわいそうだった。

 がっくりと頭を下げたサビ猫に、キジトラさんは追いうちをかけなかった。

 上から、ながめているだけだった。

「さすが」

 シャムが、感心したように言った。


 キジトラさんは、サビ猫がすごすごと戻っていくのを見おくってから、おれたちのほうに戻ってきた。

「すごかったにゃ」

「たいしたことない。これで、うちの勝ちのはずだが。

 お前らは、ここで待ってろ。油断するな」

 まるで、これでおわりじゃないぞと言っているような口ぶりだった。

 キジトラさんは、向こうに歩いていった。

「油断するな、だって。なんでにゃ?」

「あいつらの顔を見ろよ。てんで、納得してない。

 一対一じゃ、なわばりの力は比べられないとでも、思ってるんだろう」

「そんにゃあ……」

「三回やって、二回うちが勝ったんだから、うちの勝ちなんだけどな」

 シャムは、さめた顔をしていた。


 キジトラさんが、のったりのったり近づいてきた。

「助っ人どうしでやりたいそうだ。

 アメ。行ってくれるか」

「もちろん」

 おれのすぐ後ろから、アメショーさんの声がした。

 びっくりした。いつのまに、こんな近くにいたんだろうか。

「アメショーさん」

「マル。あぶなくなったら、すぐに逃げろよ」

「はいにゃ……」

 するするっと、前にでていった。

 アメショーさんのにおいが、おれの鼻をくすぐった。


「でかいな」

 アメショーさんの相手は、でっかいはちわれだった。

 黒と白のはちわれで、頭に、かつらをかぶってるみたいなもようだった。

「アメショーさん。勝てるかにゃあ……」

「勝つさ。あいつは、強いぞ」

 シャムは、おもしろくなさそうに言った。

「マル。あいつが好きなんだろ?」

「えっ?」

「なんだ。ちがうのか」

「そんなこと、考えたこともなかったにゃ」

 シャムから、アメショーさんに視線をうつした。

 きれいな後ろ姿だった。

 ぴんと立ったしっぽ。体のもようもいい。

 顔も、もちろんかっこいい。

 イケメンの猫だ。


 はちわれは、大きな猫だった。

 でっぷり太っている。

「野良猫なのに、なんで、太ってるんにゃ?」

「太客がいるんだろ」

「ふときゃく?」

「あのはちわれをかわいがってる人間のこと」

「へー」

 アメショーさんは、威嚇はしなかった。

 すらっと立っている。

「見ためなら、あいつの圧勝だな」

 シャムが言った。

「おれも、そう思うにゃ」


 長いたたかいになった。

 お互いに、ほとんど鳴かないまま、相手の様子をうかがっている。

 空き地は、しんとしていた。

 風だけが、そよそよと吹いていた。

 ぽかぽかしていた。もう、すっかり春だった。


 アメショーさんが、はちわれに取りついていった。

 するどい爪が、はちわれの顔のあたりを引っかくのが見えた。

「早いな」

 シャムが、感心したように言った。

 アメショーさんは、はちわれの反撃をひらりとかわすと、後ろから、飛びかかった。

 体を横に回転させながら、上から、げしげしとはちわれの大きな背中をけるのが見えた。

 猫ばなれした動きだった。

 おおーっと、敵と味方から、アメショーさんをたたえるような声が起こった。

 はちわれは、ぐったりとのびてしまった。

 アメショーさんが、はちわれの近くに座りこんだ。前足をふりあげたかっこうのまま、もっと叩くかどうかについて、迷ってるふうだった。

「はちわれのやつ、気を失ってるかもな」

 シャムが、同情したように言った。

「じゃあ、これでおわりってこと?」

「どうかな……。マル。お前は、公園に戻ったほうがいい」

 敵の猫たちは、いきり立っていた。

 向こうは、おれたちよりも、ずっと数が多い。倍はいそうだった。

 いらいらしてる様子だった。

 おれたちのことはなめてかかっていて、かんたんに降参させられると思っていたのかもしれない。

「もう、おそいにゃ」

 おれだけ逃げだせるような空気じゃ、なかった。


「乱闘になるぞ」

 シャムの言葉がきっかけだったみたいに、敵の猫たちが、うわっと襲いかかってきた。

 アメショーさんが、おれのところに向かってくる。

「マル。お前は、俺が逃がしてやる」

「おれは、逃げないにゃ」

「まいったな……。だったら、とにかく、俺のそばにいろ」

「はいにゃ」

 おれの横では、シャムがたたかっていた。シャムが、本当は強いことを、おれはよく知っていた。

 おれがからすに襲われたり、ふらっとよそからきた猫にからまれたりしていると、いつもシャムが助けてくれていたから。

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