3-4

 スフィンクスがいた。目があった。

 たたかいもしないで、おれを見ている。

 いらっとした。

 そもそも、おれたちは一対一で勝ったんだ。

 倍の数の敵に、もみくちゃにされるすじあいはない。


 おれを叩こうとした猫の顔を、アメショーさんが、するどい爪で引っかいた。

 うぎゃっという悲鳴が聞こえた。

 キジトラさんと、茶トラ猫の兄さんと、白猫の兄さんは、おれとアメショーさんを守るような位置にいて、たたかっていた。

 みんな、強かった。

 黒猫の弟の、ちいさい方が、はちわれを起こそうとして、やっきになっていた。


 たたかいは、はてしなく続いた。

 だんだん、敵も味方も、疲れてきた。

 へろへろの体で、たたかっていた。

 ばかみたいだと思った。

 おれたちは、猫どうしで、いったい、なにをやってるんだろうか?

 みんな、同じ立場だった。捨てられた猫たちだった。

 人間に捨てられなかったら、野良猫になることもなかったのに……。


「もう、やめるんにゃー!」


 おれのさけびが、空気を切りさいた。

 もみあっていた猫たちが、びくっとした。

 にゃーにゃーわめいていた声が、いっせいに聞こえなくなった。

「お前……」

 アメショーさんの声が聞こえた。

 おれは、一歩前に出た。それから、もう一歩。


「境界をこえてきて、らんぼうをするやつらに、言いたいことがある。

 よーく聞けにゃ。

 ここは、おれたちのなわばりにゃ。

 長い間、ずっと守ってきた、大事なところにゃ。

 これ以上、おれたちを苦しめようとするなら、みっちゃんにたのんで、お前らぜんいん『耳かけ』にしてやるにゃ!」

 どよめきがおこった。

「みっちゃんって、誰だ?!」

「『耳かけ』にするだって……。こええんだけど」

「逃げたほうがいいんじゃない? 兄ちゃん」

 敵は、こんらんしていた。

 味方は、落ちついていた。なんでかというと、みんな「耳かけ」だからだと思う。

「てきとうなことを言うな!

 人間が、俺たち猫の言うことなんか、聞くわけないだろ!」

「そうだ!」

「そうだ!」

「みっちゃんは、とくべつなんにゃ。

 みっちゃんには、おれが言ってることが、わかるんにゃ。

 だから、おれの言うことは、なんでも聞いてくれるんにゃ!」

「ほ、ほんとか……?」

「やべーな。みっちゃん……」

「おねだりすれば、いつでも、魚のきりみをくれるんにゃ」

「うらやましい話だな」

「しっ。だまれ」

 あたりは、そうぜんとしていた。にゃーにゃー言う、敵の声だらけだった。


「落ちつきなさい」

 りんとした声が、ひびきわたった。

 敵の猫たちの、奥のほうにいたスフィンクスが、しずしずと歩いてきて、おれの前までやってきた。

「マル。わたしたちも、そなたの隣人として、礼はつくそう。

 これにて、終戦とする。いかがだろうか」

「帰ってくれるんにゃ?」

「そうだ」

「それなら、いいにゃ。さっさと帰れにゃ」

「あいわかった。みなのもの。帰ろう」


 敵の猫たちは、おとなしく自分たちのなわばりに帰っていった。

 びっくりしてしまった。

 空き地には、おれたちだけが残された。


「おわったにゃ」

「みっちゃんに、感謝しないとだな」

 シャムが言った。

「けがはないか」

 キジトラさんが、みんなの様子を見てまわっていた。

「マル。お前は?」

「ぴんぴんしてるにゃ」

「そのようだな。

 負傷したやつはいないか。よかった」

「茶トラが、けがしてるぜ。ひとりだけ」

 シャムが、ばかにしたように言った。

「ち、ちがう! これは、塀にぶつかったんだ!」

「血が出ているな。自分で、なめとっておけ」

「ふあい……」

「公園に帰るぞ」



 公園に戻ると、長老が、心配そうな顔で待っていた。

「無事か」

「はいにゃ。おれたちが、勝ったんにゃ」

「なんと」

 びっくりしたみたいだった。

「マルのおかげだ。こいつがみっちゃんの話をしたら、向こうのボスが、『終戦とする』って」

 シャムが説明してくれた。

「おお……」

 長老が、おれにひれふした。

「やはり、マルは、とくべつな猫だったの」

「そんなことないにゃ」

「食べなさい。はらがへったろう」

 いつものごはんのお皿を、長老の顔がしめした。

 みんなで、少しずつ食べた。

「足りないにゃ……」

「そうだな」

「みっちゃんに、おねだりしてくるにゃ」

「俺も行く」

 シャムが、おれについてくることになった。

「俺も」

 茶トラ猫の兄さんもついてくるらしい。



「マルちゃん。イケメンに囲まれてるね」

 みっちゃんが、おれたちを見て笑った。

「いやあ。それほどでも」

 茶トラ猫の兄さんが、ひとりでてれていた。

「三匹でくるってことは、よっぽど、おなかがすいてるのかな。

 公園に持っていってあげようか」

「ほんとにゃ?」

「待っててね」


 みっちゃんが、玄関からでてきた。

 おれたちといっしょに歩いて、公園まで、ごはんを持ってきてくれた。

「あれっ?」

 アメショーさんがいなくなっていた。

「アメショーさんは?」

「帰った」

 キジトラさんの答えは、そっけなかった。

「せっかく、ごちそうで、おいわいしようと思ったのに……」

 がっかりしてしまった。

「助っ人の礼をしようと思ったんだが。餌の話をしたら、『俺がほしいものは、それじゃない』と言っていた」

「ほしいもの?」

「いずれ、わかることだ」

 さっぱり、わけがわからなかった。


 みっちゃんは、たくさんのごはんを並べると、「またね」と言って、帰っていった。

「食べようぜ。マル」

 シャムに言われて、ごはんを食べることにした。

 おなかいっぱいたべた。

 幸せな気分だった。

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