4-1

 なわばりあらそいがおさまった日の、次の日。

 公園に、アメショーさんがあらわれた。

「アメショーさん」

 もう会えないんだろうと思っていたので、びっくりした。

「なんで、ここにいるにゃ?」

 アメショーさんの答えはなかった。

 おれを、上から見おろしてくる。

 しばらく、見つめあっていた。

 アメショーさんが、ふっと笑った。

「俺についてこい。大事な話がある」

「はいにゃ」

 どこに行くんだろう?

 長老は、ベンチの下にいる。あまり遠くに行ってしまうと、心配されそうな気がした。

「どこまで、行くにゃ?」

「このへんでいいか」

 公園のすみっこの草むらで、アメショーさんが足を止めた。

 あちこちを見まわしている。まわりを気にしてるようなそぶりだった。

「……アメショーさん?」

「マル」

 鼻先が近づいてきた。あれっと思ってるあいだに、鼻がくっついていた。

「なーに?」

「うつぶせで、伏せて」

「なんでにゃ?」

「いいから」

 わけがわからなかったけれど、言うとおりにした。

 アメショーさんが、おれと同じ向きになった。

 それから、おれの背中にのった。

「こわいにゃ」

「大丈夫だから」

「あっ、あっ……」

 体が、びくっとした。

 おれの中にいる。後ろから、入られてしまった。

「動くぞ」

「いやにゃ。いたいにゃ……」

「じっとしてろ。すぐに終わるから」

「あ、あーん」

「かわいい」


 されてしまった。たぶん、交尾だった。

 アメショーさんは、まんぞくそうだった。

「これで、俺のものだ」

 おれは、ぐったりしていた。

 あおむけになって、体をのばしていた。人間がねる時のようなかっこうだ。

 ねる時のおれは、こういうかっこうでねることが多い。このかっこうでいると、他の猫たちはびっくりするけど、おれにとっては、これが楽なしせいだ。

 おれの顔や体を、アメショーさんが、ねっしんになめてくる。

「ひどいにゃ」

「どうして? いやだった?」

「赤ちゃんが、できちゃうにゃ……」

「できないよ」

 アメショーさんが、あきれたように言った。

「どうしてにゃ?」

「お前は、もう去勢されてる。子は生めない」

「そ、そんにゃあ……」

 しらなかった。去勢って、そういうことだったんにゃ……。

 いつかの、夏の日だった。

 みっちゃんに、せまいかごに入れられて、かごの中にあったおいしいものをたべていたら、いつのまにかねていた。

 目がさめた時には、長老がいる公園に戻されていた。

 あの時に、おれは、去勢されたんだと思う。

 ひどい。ねてるあいだに、赤ちゃんが生めない体にされていたなんて。

 そんなこと、おれは、のぞんでなかったのに……。

 おれは、はじめて、みっちゃんをうらんだ。


 めそめそしていると、アメショーさんは困った顔をした。

「ごめんな。痛かったか?」

「それなりにゃ」

「どっちだよ」

「でも、きもちよかったにゃ」

「……そうか」

「また、してもいいにゃあ」

「ちょろい女だな」

 ため息をつかれてしまった。

「俺が好き?」

「はいにゃ」

「軽いんだよな……」

「アメショーさんは?」

「好きだよ。はじめて、お前を見た時から」

「うれしいにゃあ」

「フェロモンが出てないから、わからなかったんだ。最初は。

 お前が雌だって。

 左耳のカットを見て、やっと気づいた」

「そうだったんにゃ」

「うん」

「おれ、雌なの?」

「……そっちか。そうだよ。

 お前は雌だ。知らなかったのか?」

「誰も、教えてくれなかったにゃ」

「どういう育て方をされたんだ」

 アメショーさんは、あきれてるみたいだった。

「とにかく、俺は、お前が好きになったんだ。

 俺のパートナーになってくれ。いいよな?」

「えっ」

「いいよな?」

 圧がすごい。鼻先と鼻先がくっついた。

 「パートナー」っていう言葉の意味はわからなかったけど、きっと、もっと仲よくなろうとか、そういう意味なんだろう。

 アメショーさんみたいなイケメンに言いよられて、悪い気はしなかった。

「返事は?」

「はいにゃ」

「よかった」

「ところで、『パートナー』って、なんにゃ?」

「わかってなかったのか。俺の奥さんになるってこと」

「えぇえええーっ」

「今日から、俺の家に住んでもらうから」

「それは、こまるにゃ。ごはんとか……」

「俺が獲ってくるから」

「えっ?」

「スズメとか。ネズミとか」

「い、いやにゃー!」

「まいったな」

「おれは、長老のそばでくらすんにゃ」

「まあ、そうだよな……。

 わかった。とりあえずは、別居でいい」

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