3-2

「次は、俺だな」

「茶トラ。行ってこい」

「行ってくるぜ!」

 自信まんまんで、茶トラ猫の兄さんが飛びだしていった。

 敵からは、黒猫の弟がでてきた。

 たぶん、まん中のやつだ。

「かかってこいよ!」

 茶トラ猫の兄さんが、黒猫の弟に向かって、大声で言った。

 黒猫の弟が、じろっと茶トラ猫の兄さんを見た。ばかにしたような目つきだった。


 にらみあいがはじまった。

 さいしょはいせいがよかった茶トラ猫の兄さんの様子が、だんだん、おかしくなっていった。

「強気だな。向こうが」

 シャムが、ひとりごとみたいに言った。

「茶トラのやつ。なめてかかると、負けるぞ」

 黒猫の弟が、頭つきをしはじめた。けっこう、強めにあたってきてる感じだった。

 茶トラ猫の兄さんは、ぐるぐる体をまわして、逃げまわってる。

「たたいてやれ!」

 シャムがさけんだ。茶トラの兄さんが、右の前足をふりあげた時だった。

 黒猫の弟の体が、いっしゅん、見えなくなった。

 次のしゅんかんには、茶トラ猫の兄さんの、のどぶえに、がぶりと噛みついていた。

 あわれな悲鳴が聞こえた。黒猫の弟じゃなくて、茶トラ猫の兄さんの。

「だめだ」

 シャムが、がっかりしたように言った。


「負けましたあ」

 茶トラ猫の兄さんは、べそをかきながら戻ってきた。

 キジトラさんは「よくやったな」と言った。おれたちのボスにふさわしい、やさしい態度だっだ。

「すいません。ボス」

「俺がけりをつけてくる」

 そう言うと、キジトラさんは、のったりのったり歩いていった。

 向こうからは、サビ猫がでてきた。


 敵のサビ猫は、へんな猫だった。

 体のもようは、黒猫と茶トラ猫がまざったような、まだらもようだ。

「すごい、首が曲がってるな」

「曲がってるんじゃないにゃ。曲げてるんにゃ」

「いや、わかるけど。すごい角度じゃないか?」

 たしかに、猫の目から見ても、おかしい感じだった。

 ななめになってる顔で、ものすごく威嚇してくる。首を曲げて、にらんでいる。

 キジトラさんを下からのぞきこみたいらしい。顔の向きが、ものすごく左にかたむいていて、ななめについてるみたいになっていた。

「きしょくわるいな……」

 シャムが、げんなりしたように言った。

「猫じゃないみたいにゃ」

「だよな」


 キジトラさんは、動じてなかった。

 顔を正面に向けて、サビ猫をじっと見ている。

「サビ猫って、『ぞうきん猫』ともいうんだぜ」

「……ぞうきん?」

「そう。人間には、人気がない。体のもようが」

「そうなんにゃ……」

 それで、ひねくれてしまって、首も曲がってしまったんだろうか?

「捨て猫には、サビ猫が多いんだよ。

 俺やお前は、捨てられてることがめずらしいんだけどな」

「おれも、捨てられたの?」

「そうだろ。なんで?って思うけどな」

「きっと、いらなくなったんにゃ」

「かもな」


 おれは、キジトラさんと出会ったころのことを、思いだしていた。

 すごくひもじくて、死にかけてた気がする……。

 そんなおれを口にくわえて、どこまでも歩いていく猫がいた。それが、キジトラさんだった。


 あのころのおれは、まだ、目もあいてなかったかもしれない。

 ずいぶん歩いてるなと思った記憶がある。

 こわくはなかった。

 たべられるんだとしたら、拾いあげられる前に、たべられてるはずだ。

 どこかへ、つれていかれてる。

 おれのうなじのあたりを、やさしく噛まれて、はこばれている。

 のったりのったり歩いている。


 じめんにおろされた。心ぼそくなって、きいきい鳴いた。

「なんと、かわいらしい」

 あれは、長老の声だった。その時には、おじいさんの声だとしか思わなかった。

「となりの街で、死にかけてた」

「さて。困った。育つかの」

「食べさせてみよう」

 つるっとした、お皿の上に、おれの頭をのせてくれた。

 お皿には、やわらかいごはんが置いてあった。

 むちゅうになって、食べた。

「食欲は、あるな」

「短い足だの」

「マンチカンだ。俺も、これまでにほとんど見たことがない。

 飼い猫の中でも、高級な品種だろう」

「そうさの」

「おいちい」

 お皿から顔をあげて、みーみー言うと、長老とキジトラさんが笑った。

「この公園で、わしと暮らすがいい。きっと、愛される猫になるだろう」

「名前をつけてやってくれ」

「わしが?」

「そうだ」

「ちいさくて、まるい。『マル』としよう」

「そうか。『マル』か」

 こうして、おれは、マルになった。

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