2-3

「この、くそぼけどもが」

 おれのすぐ近くから、ものすごい台詞が聞こえてきたので、びっくりした。

 アメショーさんだった。

「アメショーさん!」

られたくなかったら、お前らのテリトリーに帰れ!」

 アメショーさんが威嚇しただけで、黒猫たちは、びびったみたいだった。

「お、おぼえてろよ!」

「そうだ、そうだ!」

 遠くから、にゃーにゃー言っている。

 アメショーさんの答えは、「うせろ」だった。

 かっこよかった。

 やっぱり、イケメン……。

 ほれぼれとして、アメショーさんをながめているうちに、黒猫たちはいなくなっていた。


「大丈夫か」

「はいにゃ」

「お前な。そんな短い足じゃ、逃げられないだろ。こんな危ないところを、ひとりでうろちょろするんじゃない」

「あい……」

「帰るぞ」

 アメショーさんが、しっぽをゆらして後ろを向いた。おれは、すごすごとついていった。


 公園に戻るとちゅうで、立ちどまった。

「どうした」

「聞きたいことがあるにゃ」

「なんだ」

「アメショーさん。『耳かけ』って、なんにゃ?」

「どこで聞いたんだ」

「黒猫の三兄弟の、兄ちゃんが」

「去勢されると、耳に印がつく。耳の先をカットされるんだ」

「カット?」

「切るってこと」

「いたそうにゃー」

「お前も、切られてるぞ」

「そうにゃ?」

「そうだよ。雄は右耳、雌は左耳をカットされる」

 そこまで言って、はっとしたような顔をした。

「どうしたんにゃ?」

「なんでもない」

「ふうん?」

「ついてくるなよ。長老のところにでも、行ってろ」

 アメショーさんは、つめたかった。

「はいにゃ……」

 すたすたっと、歩いていってしまう。アメショーさんの後ろ姿を見ていたおれは、あれっと思った。

「アメショーさんは、『耳かけ』じゃないにゃ……」

 ふたつの耳は、ぴんと立っていて、どこもかけてはいなかった。

 いいなあ、と思った。



 公園には、シャムがいた。

 長老は、ベンチの下でねていた。


 シャムが、おれに近づいてきた。

「ごはん、来てるぜ。俺は、これから見まわりだ」

「境界よりもこっちに、黒猫たちがいたにゃ」

「マル。また、境界に行こうとしたのか。

 あぶないって、言っただろ」

 シャムは、けわしい顔つきになった。

「ごめんなさいにゃ」

「いいけどさ……。すごい度胸だよな。

 よく、ここまで戻ってこれたな」

「アメショーさんが、助けてくれたんにゃ」

「あいつか」

 シャムは、にがいものでもかんだような顔をした。

「アメショーさんのこと、きらいにゃ?」

「そんなこと言ってない。俺たちがふがいないから、ボスが探してきたんだろうし」

「戦争になると思うにゃ?」

「そうだな。このままだったら、いずれ、そうなるだろうな」

「ふうん……」

 いやだなあと思った。キジトラさんの前では、いせいのいいところを見せようとしているけれど、おれはべつに、たたかいたいとは思っていなかった。

「お前は、たたかわなくていい」

 おれの心を読んだみたいに、シャムが言った。

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