第8話 オルガのリル


・ ・ ・


チチ チチチチ


・ ・ ・ 鳥の声?


そう意識をした瞬間に、俺の目はゆっくり開いた。


体は横たわっていて、薄茶色の天井が視界に映る。


・ ・ ・ なんだっけ


一度目を閉じて、ゆっくり息を吸った。


冷たく気持ち良い空気が鼻から頭に抜ける。


(・・はっ!!?)


そして飛び起きた。急いで回りを見回す。


(どこだここ!?)


なんなんだ?屋根があり床があり窓がある。小さく小綺麗な部屋の中だ!?


あれ!?俺は森でワームと戦っていたはずなのに・・・?


脳が理解に追いつかない。まだ夢の中にいるみたいだ。


しかし飛び起きた時に体中が痛んだ。てことはこれは夢じゃ無い・・?


ええっ!?一体なにが起きた?俺は頭を抱えて必死に記憶を辿る。


だが暗い森で空中の俺に迫ってくるワームの口にインパクトボムを叩き込んだ所で記憶は途切れる。


あれから・・一体何が?ここは誰の家なんだ?いつの間に運ばれた?


体は・・拘束されてはいない。


つまり助けられた?あんな夜中の森で?


・・・俺はひとまずベットから降りようと、手足を動かした。すると・・


「むにゅっ」


(むにゅっ?)


手が何か柔らかい物に触れた!布団の中になにかいる?!


俺は恐る恐る布団をめくった。


(お、女だと!?)


目を見開いてぎょっとする。後ろ姿だが、そこにはなぜか女が寝ていた。


誰だ!?なぜ同じベットに!?


意味がわからない。もしかしてこの部屋の持ち主か?


ドクドクと波打つ自分の心臓の音を聞きながら、俺は更に少しづつ布団をめくっていく。


若い・・・自分よりも少し年下だろうか。15歳とか16歳か?


白く輝く長い髪、そして白い肌をして・・・


「げっ!!」


(裸!?)


めくっていた布団を慌てて掛け直す。


(ど、どういう事!?)


なぜ裸の女と一緒のベットに!?これはすごくマズい気がする!


冷や汗が首筋を流れる。これってもしかして俗に言う美人局か!?


やばい。逃げよう。俺は細心の注意を払いつつベットから抜け出した。


だって誰かに今の状況を見られたら、どんな言い訳も通じない。と言うか、記憶が無いから何もやっていないと言い切れない!


ひとまずこの部屋から抜けだして・・


「トン トン」


(!?)


しかしこのタイミングで部屋の扉がノックされた。


「ヤマトさん、起きてます?」


(今度は誰だ!?)


「開けますねー」


(ええっ!??)


しかし混乱して固まっている俺を横目に部屋のドアは開く。


開いた扉の前に立っていたのは、昨日食材の情報を聞きに行った、レストランーグロウナーの料理長、リオンさんだった。


「あ、起きられてましたか。よかった」


リオンさんはそう言って俺に微笑むと、部屋の中に入ってきた。


「体は痛みますか?」


そして首を傾げて尋ねる。


「い、いや・・・」


俺はまともに返事が出来ず、首を何度も横に振った。


「無理しないで下さいね。新しい包帯を持ってきましたから、取り替えましょう」


リオンさんはそう言って手に持った包帯を見せる。


「包帯・・?」


そう言われて俺は自分の体を見渡すと、自分でやった覚えの無い手当がいくつもしてあった。


「あの・・これをリオンさんが?」


しかし俺がそう尋ねた瞬間、視界の端の布団がむくりと持ち上がった。


(!?!)


「ふぁーーー。よく寝たにゃ・・・」


隣で寝ていた女は、あくびをしながらそう言って布団をどけると、眠そうに目をこすりながら、裸のままベットの上であぐらをかいた。


「・・・・」


「・・・・」


俺は固まったまま恐る恐る目だけ動かしてリオンさんを見た。


リオンさんは口を開けて絶句している。


どうしたらいいんだ・・?


どうなってるんだ?


しかし女はそんな俺の心境などお構いなしに、


「んにゃ?ご主人様も起きてたかー、おはよー」


と言って俺に向かって元気に右手を挙げた。


「ごしゅ・・?」


俺が突然のご主人様呼ばわりに固まった後ろで、包帯を持ったリオンさんが叫び声に近い声を上げる。


「すすすすいません!失礼しました!ししししかしここは私の部屋でして!そういうことは・・!」


リオンさんはそう言いながら涙目になっている。


「いや違うっ!!」


俺は慌てて言い返す。しかし説得力が無いのはわかっていた。


「ご主人様ーー昨日は凄かったにゃーー」


「うわっ!?や、やめろ、裸で飛びつくな!」


俺は飛び付いてきた女を必死に引き剥がす。


「どうしたにゃー?」


「どうしたもこうしたもあるか!お前誰だよ?!あっ、リオンさん違うんです!これは・・」


しかし振り返るとすでにリオンさんはいなかった。


「・・・」


「にゃー、お腹空いた。なんか食わせろ-」


「知るか!だからお前誰だよ?」


「にゃっ!?まだわかんにゃいのか?」


「わからん!そしてなんで裸なのかもわからん!」


「んー?そう言えば人間は服を着るんだったにゃ。うーー」


女はそう言うとベットから降りて歩き出した。


「お、おい、何処に行くんだ?」


「さっきのおんにゃに服貰ってくるにゃ」


「???」


「ちょっと待っててにゃ-」


女はそう言うとリオンさんを追って部屋を出る。



・・女はリオンさんと知り合いなのか?


えっ?!まさか知り合いに手を出したと思われた?!


俺は事態のまずさに血の気が引く。


せっかく助けてくれたのに、俺はとんでもない人でなしに・・なんとしても誤解を解かなければ・・


しかし今女の後を追って行っていいものか?また訳のわからない事を言われて跳びつかれでもしたら・・


そういえば、女は俺の事も知ってるみたいだった・・。昨日は凄かったって言ってたよな・・昨日?


だめだ、いくら記憶を辿っても裸女の顔は出てこない。あれだけ特徴のある見た目なら、一度見れば忘れる筈はない。てことは、やっぱりあの女の勘違いか・・?


苦悩していると、女が服を着て戻ってきた。


「これでいいにゃ?」


女はなぜかコックの服を着ていた。


「お前・・それ勝手に持ってきた?」


「んにゃ」


「どっちだ?!」


「さっきの女居なくなってたにゃー」


「あぁもう・・」


どうしたらいいんだ?手当てして貰ったのにお礼も言わないで勝手に出て行く訳にもいかないし。


「昨日は大変だったにゃー。最後のは魔法かにゃ?」


「最後・・魔法?何言ってるんだ?」


「最後ワームが中から爆発してたにゃ」


「えっ?!お前あそこに居たのか?」


「酷いにゃ!一緒に戦ってたにゃ!」


「一緒・・?あそこには俺とワームの他には狼しかいなかったぞ?」


「それが俺にゃ!」


「はぁ?何いってんだ?」


女の答えに首を傾げる。それが俺?どれだ?


「だから俺が狼だにゃ。ほら」


女はそう言うと、頭をばさばさと振った。


「ほらって言われ・・ええっ!?」


思わず大声を出した。なんとそこには白い髪の中から三角の耳が生えていたのだ。


「耳・・えっ?お前人間じゃないのか!?」


「狼人間だにゃー」


「狼人間!?」


「あとは尻尾もあるにゃ」


「尻尾・・?おい止めろ!脱ぐな!」


俺は女がズボンを脱ごうとするのを即座に止める。


しかし一瞬白いケツと尻尾が見えてしまった。


「これで信じたにゃ?」


「あ、ああ・・」


確かに、実際に人間には無い動物の耳や尻尾を見せられると・・


ここは異世界・・なんだから。


だけど昨日あれだけ強そうに見えた狼がこいつ・・?


女は床に座って後ろ足で頭を掻いている。


あの狼はもっとこう・・・かっこよかったのに。


「なあ、狼人間」


「にゃ?」


「・・狼人間ってことは、狼に変身出来るのか?」


「勿論にゃ。でも今は腹減ってるから無理にゃ」


「どういう事だ?」


「変身は体力使うにゃ」


「そうなのか・・しかし・・狼人間だとしても、ほんとにお前が昨日の狼なのか?」


「そうだって言ってるにゃ!ほら!」


女はそう言って左足を指さした。そこには包帯が巻かれている。


「あぁ・・」


そう言えば、確かに狼は昨日怪我をしているような素振りを見せていた。


「ほんとに・・昨日の狼なのか。じゃあ、あの後何があったんだ?なんで俺はここにいる?」


「俺が頑張ったにゃ-」


「頑張った?ちゃんと説明してくれ!」


「面倒だにゃあ」


「めん・・!?」


「私がお話します」


俺が女に問い詰めようとした所で、リオンさんが再び部屋に入ってきた。


どうやら部屋に様子を見に来ていたようだ。


「リオンさん!」


「先程はどうも・・その、事情も知らずに話し途中で出ていってしまってすいません。混乱してしまって」


リオンさんはそう言って申し訳なさそうな顔をする。俺と女の話を聞いていたんだろう。


「いえ、自分も事態が飲み込めず・・手当してくれたのもリオンさんなんですね?」


腕や足に巻かれた包帯を指さしながら尋ねる。


「はい。今朝の夜明け頃に、狼が貴方を背負って店の前に座り込んでいまして。怪我されていましたし、かなりボロボロだったので、そのまま部屋に運んで貰って手当しました」


リオンさんはそう言って女の方を見た。


「貴方が・・今朝の狼さん?」


「そうだにゃー」


「そう・・すいません。オルガとお会いするのは初めてだったので、びっくりしてしまって」


「気にしなくていいにゃー。俺も手当して貰ったにゃ」


「オルガ・・?」


「狼に変身できる人間の事です。人間に変身できる狼でもありますが、特にその中でも女性をオルガと呼びます」


「そうなんですか。オルガ・・。そう言えば、お前名前はあるのか?」


「勿論にゃ!俺の名前はリルだにゃ!」


「オルガのリル・・か」


「リルさん。お体は大丈夫ですか?貴方も傷があったでしょう」


「肉食ったら治るにゃ!腹ペコにゃー」


リルはそう言ってお腹をさする。するとリオンさんは楽しそうに、


「あら。ではお食事にしましょう。もうお昼の時間ですし」


と言って手を叩いた。


「やったにゃ!沢山食うにゃ!」


「ええ。じゃあこちらにお持ちしますね」


リオンさんはそう言って優しく微笑むと、部屋から出て行った。

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