第6話 ガレジ山の戦闘

「もう帰りたい・・・」


意気込んで道具屋を出て、そのままガレジ山に向かったのに、山に入った事を早くも後悔していた。


たどり着いたガレジ山は、草木が剥げて赤土が露出した血だまりのような大地の他は、見上げる様な大きな木が所狭しと乱雑に生えていて、更にその大木の根が土の至るところから付き出している。


おまけに大小様々な大きさの岩がばらまかれた様にあって、歩きにくい事この上なかった。歩くだけでも息が上がってしまうような場所だったのだ。


挙げ句にたどり着いてすぐに日が暮れたせいで、夕食に出来るような物を探す暇すらなかった。手持ちは革袋に入れた水だけだ。


俺は仕方なく水を腹に入れると、大きな2本の木の根に挟まれる様にして寝る体勢を取り、大人しく明日の朝を迎えるつもりだったが・・・


「ギィーーッ ギィーーッ」


「ヴゥゥゥ」


「カロロロ」


夜の帳が下りると、静かになった夜の森のあちこちから恐ろしげな獣の声が聞こえ始めたのだ。


その声は息を殺して木の根に潜む俺に不意に近づき、あるいは遠ざかって俺の神経をすり減らしていく。とても呑気に寝ていられる状況では無い。


「どうしよう・・1度帰るか・・?」


思わず弱音が口から出る。


「ガゥゥゥゥ」


無理だ。バリルにたどり着く前に獣に見つかってしまう。


頭の中で、実際にいるかもわからない恐ろしい魔獣を想像して震える。


しかしこのままここにいて、もし魔獣に見つかれば逃げるスペースも無い。少しでも逃げやすい場所に移動するべきだろうか・・


「ヴォオウゥーー」


よし、移動しよう。


俺は獣の声に追い立てられる様に腰を上げた。



ザザッ ザザッ


色の無い風が木の枝を揺らし、枝の先の葉が鳴る。


その音に紛れる様に、少しでも動きやすい広がった場所を求めて歩いていく。


暗闇の中を用心しながら少し歩くと、小さな尾根に出た。尾根には岩が少なく歩きやすい。俺はそこで方向を変えて尾根伝いに月の照らすガレジ山の中心に向かって歩き出す。


しかし、昨日行った湖の近くの森からした嫌な気配とは違う、何か奇妙な気配を感じる。遠くから誰かに見られているような、近くから監視されているような・・



「ギャオゥーー」


すると、感じる視線とは全く違う方向から獣の咆哮が聞こえた。


「グルルル」


「ギャオウ ギャォゥ」


耳を澄ます。声の主は2種類いるようだ。低いうなり声と、若く、高い声。


そして争っているみたいだ。


「バキバキ」


「キャン キャン」


どうする?離れるべきか?だが出来ればどんな獣がいるのか見ておきたい。


もし争っているのがワームなら、捕まえる時の為に是非その行動を把握しておきたいところだ。


「ギャオ! ギャオゥ」


「ズリュ ズリュ ズリュ」


足を止めて迷っていると、音が近づいてきた。


俺は慌てて辺りを見渡して、近くにある木によじ登る。


すると森の影から尾根に出て来たのは、蛇の化物のような生き物だった。


「ズリュ ズリュ ズリュ」


それは地を這うような音と共に姿を現すと、首をもたげて赤い目をキョロキョロさせ周囲を窺う。ヤバい。デカすぎる。あれがワーム?


思わず首を引っ込めて、手で口を覆って息を殺した。


家一軒?いや、長さは5軒分はある。胴体も牛や馬を丸呑み出来そうなくらいの太さだ。あんな化物、一体どうしろっていうんだ。


しかし・・・


俺はワームを再度観察するために、極力身を隠しながら頭を上げる。


どうにかしてあいつを倒さなければならない。



「グルルルル」


俺が息を殺して潜む森にワームの喉の奥から出る低い音が響く。ワームは首を左右に振って何かを探している様だ。


そう言えば、先程聞こえたもう一つの獣の声の主は何処に行ったのだろうか?


声音からしてワームとは別の獣だと思ったけど・・てことは、ワームが探しているのも、先程争っていた獣か。一体どんな獣があのワームと・・?


「ヴォオウゥ!ヴォオウゥーー」


「バシッ バキバキバキ」


俺がワームと同じようにもう一種の獣を探していると、ワームは苛立ったのか、周囲の木に尻尾を当て始めた。


恐ろしい。尻尾を当てただけで木の幹が乾いた音を立ててへし曲がる。もし自分が喰らえば1発でお陀仏だ。なぜあんなに・・


「ぅわっ!?」


俺は思わず声を出していた。


突然こちらを見たワームと目が合ってしまったのだ。まずい!


最悪の予感が身を固くする。そしてその予感は的中した。


「グルルル」


ワームは声を上げながら一直線に近づいてきた。


「くそっ」


俺は舌打ちをして素早く木から飛び降りた。目が合ってしまうのもアホだが、声を出すなんて。とにかく逃げなければ。


「ズリュ ズリュ ズリュ」


走る背中に重苦しい音が迫ってくる。


月は薄く空間は暗闇に近いのに、ワームはジグザグに走る俺を真っ直ぐに追いかけてくる。くそっ、なぜこの暗さで俺の姿を捉えられる?そういえば、なぜか俺の隠れている事もばれていた。


「ヴォオウゥ」


「バキバキバキ」


必死に走る。しかしワームの方が速い!


「ヴォオウゥーー」


「げっ!」


とうとうワームに追いつかれてしまった。いや、ワームは敢えてヤマトを横から追い抜き、前に回り込んだのだ。そして俺を見下ろしながら舌を左右に動かした。まるでどう料理すれば美味しく食べられるのか考えているみたいだ。


どうしたらいい?!一体どうすれば逃げ切れる?足はワームの方が速い上になぜか居場所までばれてしまう!


「ヴォオ--!」


俺が必死に頭を働かせていると、ワームはそんな事お構いなしに口を大きく向けて突っ込んできた。


「ぐわっ」


俺は思わず後ずさって避けようとした。すると木の根につまずいてそのまま後転する形で後ろに転がった。


「バクッ」


転けて仰向けになった俺の目の前で、ワームの口が噛みしめられる。大きな口からは白い牙が飛び出し、ぬらぬらとよだれが垂れている。


「うわああああああ」


思わず絶叫した。そして這いつくばったまま我武者羅に逃げまわる。だが少し走るとそこには既に回り込んだワームが待ち構えている。


「なんだよ!賢く無いんじゃねえのかよ!あのアホじじい!」


余裕無く道具屋の店長を毒づく。このままでは食われる!何か、何かないか!


走りながら袋を漁る。するとしびれ薬のビンの他に、小さな袋が出て来た。


「インパクトボム!」


そうか、そう言えばこれがあった。これを使って・・・


どうしたらこれでワームを止められるんだ!?


俺はインパクトボムを握ったままなおも走る。


道中乾かしてきたとは言っても、爆発と煙だけで殺傷力の無いインパクトボムじゃワームに当てても意味が無いどころか更に怒らせるだけかもしれない。


一体どうすれば・・そうか、当ててワームが混乱してるしている最中に上手く隠れる事が出来れば・・!


インパクトボムの使い道を思いついた俺は、走りながら隠れる事が出来そうな場所を探す。すると大木の木の根が盛り上がり、下に空間が出来ていそうな場所があった。


「よし!」


俺は敢えてスピードを落とし、細かく方向を変えて目的の大木の裏に回り込む。


するとワームも予想した通りに、ヤマトの前に躍り出た。


「喰らえっ!!」


瞬間、ヤマトは袋から10発近いインパクトボムを握り出し、ワームに投げつけた。


「バッバババン!!」


「グオオオオ」


俺の手から放たれたインパクトボムは、その多くがワームに命中して激しい音を出した。まるで銃を乱射した様な破裂音だ。


そして威力もあったのだろう。ワームは態勢を崩して大きくのけぞった。痛がっているようだ。


俺はその隙を逃さずに木の根の下に滑り込む。今はインパクトボムの煙で俺の姿は見えないはずだ。これなら上手く隠れ・・・


「ぐあっ!!お、狼!?」


そこで俺はまたもや大声を出してしまった。隠れた木の根の下に、先客がいたのだ。しかも、狼が。


頭が真っ白になる。せっかくワームから隠れたのに、木の根の下に狼がいるなんて。


挙げ句に今の叫び声でワームに場所がバレてしまっただろう。背後にワーム、目の前に狼なんて、これじゃゲームオーバーだ!


俺は一瞬黒くなったゲームの画面を思い浮かべると、そのまま膝を落として座り込んだ。


狼は暗闇の中、青い瞳で突然現れた俺をじっと見つめている。


あぁ、俺はこのままどっちかの獣に食われるんだ。一体、何の為にこの世界にやってきたんだ・・・?


俺は虚ろになった目で狼を見つめる。すると狼は立ち上がって近づいてきた。


白く、綺麗な毛並みの所々が赤く染まっていた。ワームの血だろうか。開けた口から見える鋭い牙も赤く染まっている。


あぁ・・終りか。


そう観念して目を閉じた。せめて痛くないように一瞬で殺ってくれ。


そう願った。


しかしなぜか狼は俺の横を速度を上げながら駆け抜けた。


「ギャォオオオーー!」


そして咆哮を上げながら穴から駆け出て、薄れつつある煙の中でこちらを窺っていたワームに飛びかかった!


「ヴォー!」


一瞬遅れて狼に気がついたワームは、首に噛みついた狼を地面に押しつぶそうとする。しかしワームが大きく首を振ると、狼は無理をせずに口を離して飛び退いた。


「グルルルル」


「カロロロ」


2種類の獣は距離を取って睨み合う。体格差ではワームが圧倒的に有利な筈だが、ワームは狼を警戒して飛びかからない。


もし狼がワームを倒せば、意図せずワームが手に入る。しかしワームが狼を倒してしまえば、今度は俺を探すかもしれない。いや、そもそも狼が俺の敵になる可能性は無いのか?


必死に自分が成すべき行動を思案する。だがその鍵を握るのは、やはり狼だった。狼が弱ければ、俺と一緒にワームの餌になるに違いないのだ。

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