第7話 ワーム✕狼+ヤマト

「ギャオォーーー!」


少しの間、火花を散らす様に睨み合っていたワームと狼だったが、またもや先に仕掛けたのは狼だった。


狼は唸りながらワームの回りを軽快に走り回ると、果敢に飛びかかったのだ。


「ヴォオーー!」 


ワームも唸りながら狼を捕まえようと追いかけ回す。だが捕まえられない。


明らかにスピードは狼に分があった。


狼は何度も何度もワームに飛びかかり、その牙でワームの体を引き裂いていく。


その度にワームは身をよじって逃げ、体を地面にこすりつけて噛みついてくる狼を叩き潰そうとする。


しかし狼は深追いせずに一太刀浴びせるとすぐにワームから離れる事で、攻撃を避けている。


ワームの攻撃が狼を捉える事は一度も無かった。


俺は予期しない狼の善戦に息を呑む。


(狼ってこんなに素早いのか?もしかしたら狼がこのままワームを・・)


一瞬期待に胸が膨らむ。だがやはりそれは難しいと頭を振る。


何しろサイズ差がありすぎる。


確かに狼の牙はワームを何度も切り裂いているが、致命傷になっていないようだ。


逆に狼はワームの一咬みで致命傷だろう。


狼だっていつまでも走り続けられるわけじゃないはずだ。


つまり狼の体力が無くなれば・・・


なら、やはりワームの目が狼しか見ていない今のうちに逃げるべきだ。


俺はそう決めると、足音を殺して場を離れる事にした。



「ギャオォーーー!」


「グルルルル」


俺がワームと狼の戦いの場から離れ、視線を2匹から外しても、後ろから聞こえてくる争う声は止まらない。むしろ荒々しさを増している。


一体どうすればあのワームを倒す事が出来るのか。


あの巨体を昼間に先に見つければ、不意打ちは可能だろう。


しかし不意打ちの一撃で、あの巨体を倒せるだろうか・・


倒せなかった後の事を考えると身がすくむ。


なら、やはりしびれ薬か?猪や鹿を狩って罠を仕込む手もある。


しかしあそこまで大きな図体に、この小瓶一つの量で足りるのか・・・


そこで俺は不意に自分の不注意に気がついた。考え事をしていたせいで、ワームと狼の戦いの音が意識の外にいっていたのだ。


そしてそのツケはすぐにやってくる。


「ヴォオウゥーー!!」


「ギャン!ギャン!」


先程の狼がワームに追われて俺のいる方に走ってきたのだ。


狼はなぜか俺を目がけているかのように一直線に向かってくる。


そしてその直ぐ後ろには、その巨体をうならせながら、ワームが大きな口を開けて狼に迫っていた。


「げっ!!」


俺はその様子を見て小さく悲鳴を上げると同時に周囲を見渡した。


しかし今居る場所は幾つかの木が生えているだけで、完全に隠れる事が出来そうな物は無い。


狼を追っているワームが俺にいきなり標的を変える事は無いだろうが、戦いに巻き込まれたりするかもしれないし、ワームが狼を倒した後の事は分からない。


つまり、どうにかワームの視界から消えなければ!そこまで考えて、俺は自身の後ろに立っている木から蔦が何本も垂れている事に気づいた。


「ヴォオウゥーー!」


「キャン!キャン!」


心なしか狼の声に力が無い。俺はその狼の悲鳴の様な鳴き声を背に、急いで蔦を使って木に登る。


「グルルルル」


「・・・・」


かなりの高さまで登って下を見れば、狼は木の手前でワームに追いつかれ、声も出さずに立ち尽くしていた。


一体どうしたんだ?たとえ進行方向を塞がれても、あの見事な敏捷性なら逃げる事は出来るはず。しかし狼はその場から動こうとしない。


ワームはそんな狼をなぶる様に、持ち上げた首を左右に振って口から出した舌を狼に近づけている。


(怪我したのか?)


狼は後ろ足を引きずっているようにも見えた。と言う事は、狼はワームに食われてしまうのか・・・


(ん・・?)


俺がその後どうやってワームに気づかれずに逃げるのか考えていると、ふと狼と目が合った気がした。


いや、確かに狼は俺を見た。そうじゃなければ目の前にワームがいる状況で、後ろに生えている木に隠れて居る俺を振り返って見上げる訳がない。


なぜだ?今俺を見てもどうにも・・いや、そういえばあの狼、さっき逃げ込んだ俺を襲わなかった。


俺は先程の事を思い出す。


あの時、中にいた狼は俺を追い出そうとしなかった。追い出せば、ワームは俺に気を取られて狼はやり過ごす事が出来たかもしれないのに。


一体なぜ?この狼の行動はまるで・・


気がつくと俺は木の棒を握り締め、幹を伝って枝の先まで移動していた。ここからなら、思い切りジャンプすればワームの真上に落ちる。


なぜわざわざ危険を?


自分でもよくわからない。しかし・・体が動いてしまった。


だから後は、ジャンプする瞬間にワームが気づかない事を祈るだけだ。


(フーー フーー 良し!)


しかし俺が深呼吸をして足に力を込めた瞬間、ワームはピタリと首を動かすのを止めた。そしてゆっくりと首を上に動かした。


(嘘だろ!?)


絶望に顔が引きつる。もう足は木から離れているのに!


「ギャォオオオーー!!」


その時、狼がまるで自分に注意を引くかのように咆哮した。ワームはその攻撃的な声に注意を引かれ、視線を狼に戻す。


「!!」


空中で泣き出しそうになった俺は安堵と共に体に力がみなぎる。


既に目はワームの頭を見据えていた。


そして・・・!!!


「ドキャッ!!」


無言のまま渾身の力を込めて振り下ろした木の棒が、狼を睨み付けていたワームの頭頂部に叩き込まれた!


俺の手にはまるで岩に叩きつけた様な感触が残る。と、同時に木の棒が根元から折れるのがわかった。


「クオーーー!」


突然の攻撃にワームが弱々しい悲鳴を上げる。


(どうだ!?)


俺はひっくり返った様な態勢の中で、必死にワームを見た。


だがワームは気絶して倒れる事無く、目を覚ます様に2、3度首を振った後、目をぎらつかせてその痛みの原因を探し始めた。


(くそっ!)


ワームを気絶させられなかった!絶好のチャンスだったのに!


しかし今は急いでワームと距離を取らなければならない。


だが俺は体勢を失ったまま、ボールの様にワームの体にバウンドした。地面に落下しないよう、なんとかワームにしがみつくので精一杯だ。


そしてワームは自身の上を転がり落ちている俺を見つけた。


「グォオオーー!!」


先程の悲鳴とは違う、怒りの声が森にこだまする。


同時にワームは巨体をうねらせて俺を吹き飛ばした!


「ぐわああああ!!」


勢いよく投げ飛ばされた俺は先程登っていた木の幹に叩きつけられる。


「がっっっ!」


電撃の様な痛みが全身を襲う。更にその反動で地面に投げ出された。


早く逃げなければ。


しかし全身を襲う激痛で息も出来ず、すぐには立つことも出来ない。


「グルルルル」


だがワームはそんな事お構いなし近づいてくる。そこに立ち塞がったのは、怪我をしている筈の狼だった。


「ギャオォーーー!」


狼は力を振り絞るように叫ぶと、まるでワームの標的を自分に変えさせる為に、敢えて正面からワームに飛びかかっていった。


「狼・・!」


「ヴォオーーーー」


ワームは今までは一度も無かった突然の正面からの攻撃に驚き、身をよじった。


狼の牙は空を噛む。


「ぜえっ ぜえっ ぜえっ」


俺はその様子を驚きで見ていた。


まだ息は荒く全身が痛む。だが、ようやく息が出来るまで肺は回復していた。


1撃でワームを倒せなかったのは自分の実力が無かったせいだ。なら、後始末も自分でつけなければならない。


俺はもう一度戦う為に奥歯を噛みしめながら立ち上がり、残った唯一の武器、インパクトボムが入っている袋を確かめた。そして地面を漁り、小石をかき集めてズボンのポケットに入れる。


「はぁー はぁー」


歩きながら息を無理矢理整える。


今、ワームは狼に気を取られている。恐らく、これが最後の機会だ。失敗は出来ない。


俺はワームに見つからないように隠れながら木の背後に回り込むと、再度蔦を頼りに登り始めた。


先程とは違い手足に力が入らない。だが弱音を吐く猶予は無い。狼がワームの気を引いている内に登りきらなければ!



「ギャオォー!」


「グルルルル」


狼は大声を上げてワームの注意を引きながら、それでもどうにか致命傷だけは負わないように必死に戦っていた。


ワームの表皮は硬く、噛み砕こうとしても奥まで牙が届かなかった。


まして足を怪我してしまった以上、逃げ切る事も難しい。


後はあの人間がどうにかしてくれるまで、時間を稼ぐしかない。


あの人間なら、きっと何か考えがあるはずだ。


狼は確信に近い思いを胸に、大木や岩をワームとの間に挟むようにして走り続けた。




「はぁ はぁ」


俺は歯を喰い縛りながら、ようやく先程と同じ所まで登ってきた。


狼が下でまだ走り回っている姿を見てほっとする。


そして先程ポケットに詰め込んだ小石を取り出して、インパクトボムの入った袋に入れて慎重にかき混ぜる。これで準備は整った。


後はこの賭けが成功するかどうかだ。覚悟を決めろ。




「こっちを見ろ!くそワーム!!」


俺は枝の上に立ち上がり大声を上げた。


ワームは声に気づいて視線を狼から俺に移す。


(こ、こわくない!)


思わず心の中で叫んだ。ワームの赤い目が、まっすぐに自分を捉えている。


「グルルルル」


俺に気づいたワームは嬉しそうに声を上げた。そして視線を外さずに、ゆっくりと近づいてくる。


俺はそれを、微動だにせずに待ち構えた。


やがてワームは俺のいる木の下に着くと、口を開いて舌を出しながら俺に向けて鎌首を持ち上げた。そしてそのまま迫ってくる。


(まだだ、もう少し・・)


俺は近付いてくるワームの目を見ないように、それでもタイミングを逃さないように、高くなる胸の鼓動を無視して目を見開いていた。


早ければ避けられる。だが遅ければ喰われる。チャンスは1度。


俺は今だかつてない程集中力を高めた。


そして・・・!


覚悟と共にタイミングを見極めると、膝を折って体を縮めながらゆっくりと前に体を投げ出した。


ワームは獲物が自分に向かって落ちてくるのがわかって、嬉しそうに上に向けて口を大きく開く。


その瞬間、俺は最後まで枝に残していた足の指先に力を込めて、少しだけ方向をずらしながら枝を蹴った。右手には小石とインパクトボムが入った袋を持っている。


「うぅぉおおお!!!」


獣の様な声が出る。


下に向けて枝を蹴って落下しているから、速度が速い。回りの景色なんて見えない。


見えているのは、ワームの口の中の暗闇だけだ。


「しねぇーー!!!」


俺は落下しながらワームの口をギリギリで避けつつ、振りかぶった右手に持っていた袋を大きく開いたワームの口の中に投げ込んだ!


「ババババババ!!!!」


狙い違わずワームの口の中に飛び込んだ袋は、ワームの喉にぶつかった瞬間に凄まじい爆発と衝撃を連続で発した。袋の中でインパクトボムと小石がぶつかり合って爆発したのだ!!


「ギェーーー!!!」


ワームの悲鳴がガレジ山に木霊する。


(気絶してくれ!!)


俺は落下しながら空中で祈る。


これでもまだワームが動けるなら、狼も自分も食われるだろう。もう打つ手は残っていない。だから頼む・・・!


だが皮肉にも、俺はワームの動向を確かめるよりも先に気を失ってしまう。


先程とは違い、勢いをつけて落下し、更にワームを避けて落ちたから、途中で木を横蹴りして、地面につく瞬間に受け身を取っても、とても全ての衝撃は吸収しきれなかったのだ。


「ぐわっっっ」


俺は地面に叩き付けられて悲鳴が出ると同時に意識を失う確信をした。だからその瞬間に祈った。どうかワームよりも先に目覚めるようと。


しかし俺が再び目を開けたのは、ワームと戦っていたガレジ山の森の中ではなく、想像もしない場所だった。

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