第5話 オーダー

「そんな仕事ねぇよぉ」


しかめっ面をした店主が、俺に向かってため息混じりに答える。


ここはバリルの仕事請負所。いわゆる、ロッジだ。


湖の湖畔で一夜を明かした俺は、バリルに戻ってその足で町の中央にあるロッジにやってきていた。目的は勿論、高報酬の仕事を探す為だ。


しかしロッジの掲示板には高額の報酬が出る仕事が貼り出されていなかった。


そこで仕方なく店主に良い仕事を紹介してくれと頼み込んでいたのだが・・


「この町には強い魔獣なんて出ないし、特殊な鉱石とか宝石が出る訳でもないからなあ。そんなに高い報酬の仕事がしたいなら都にでも行った方が良いんじゃねえかぁ」


都か・・この国の都にはまだ行った事がない。しかし仕事が多いならそれだけ競争相手も多そうなんだけどな・・


「都行ったことないんだよ。どの位で行けるんだ?」


「んー、馬車で1週間、歩きなら20日ってとこかな」


「遠い!」


それじゃあ往復で40日。稼いでこっちに戻ってくるまでに2ヶ月近くかかるかもしれない。あの老婆が2ヶ月も待っている保証なんて無いのにそれはきつい。


「じゃあ、1つの仕事で300万エニーじゃなくていい。とにかく稼げる仕事を紹介してくれ!」


「んな事言ってもよぉ、今ある仕事で高いのなんて・・」


店主はそう言って机の引き出しの中をごそごそ漁る。


そして3枚の紙を机の上に出した。


「えーと、{新薬の実験体 10日で50万エニー なお、ノークレーム厳守}、

それと{悪人の成敗 10万エニー 怪我については自己責任}、最後に{珍しい食材求む 報酬は品物次第}この3件くらいかなあ」


「新薬の実験体なんてリスクが高すぎるだろ。悪人の成敗・・?悪人ってどんな奴なんだ?」


「それは俺にはわかんねえよぉ。まあ依頼主にとって悪人なんだろぉ」


「うーん・・なんだか犯罪臭がする・・。最後は食材探しか。その依頼を出してる人はどんな人かわかるか?」


「えーー、カスタード・グロウナー・・有名な宿屋の名前だな。料理が美味くて今じゃ都ににまで名前が広まってるとか」


「へぇ。てことは店で使う食材か。報酬もそれなりに奮発しそうだな」


「まあ金はあるだろうなぁ」


「ならそこに珍らしい食材を持って行けば金になるな」


「かもなぁ。でも確かあそこのコックって騎士でもあったような・・」


「騎士がコックしてるのか?」


「よっぽど料理の腕が良くておまけに強いんだろうなぁ」


「うーん。でも今はとにかく金を稼がないといけないんだ。ちょっと行ってみる。その宿屋はどこにある?」


「町の南だぁ」


「わかった、ありがとう」


俺は店の場所を聞くと、ロッジを出てグロウナーという名前の宿屋へ向かう。




「いらっしゃーい」


町の南に向かい、遠目からでもわかる様なレンガ造りの大きな宿屋に入ると、丁度入口にいた若い女が元気よく挨拶をしてきた。


年は二十歳くらい。長い金髪を後ろで纏めている。身長は自分と同じ170くらいか?頬のエクボが可愛いらしい。店員さんだろうか。


「お泊まりですか?」


「いや、すいません。ちょっと聞きたい事があって」


俺がそう言うと、女の店長は不思議そうな顔をする。そりゃそうだ。


「なんでしょう?」


そこで俺はなんと言って切り出すか迷った。


いきなり高い食材はどんなのか教えて欲しいから店長さんを呼んでくれ。なんて言って、果たして呼んでくれるだろうか。


「えーーっと・・」


「?」


「実は色々な食材を取ったりしてきてるんですけど、高く買い取って貰えるような品物はあるかなと」


「まぁ、それはありがとうございます!」


店員はそう言って目を輝かせる。


「どんな物があります?」


「それは・・・」


まずい、言い方を間違えた。


「実は、今から取りに行くんですけど・・ここの店長さんが欲しがってる物ってわかりますか?」


「あら、今からなんですか?」


「そうなんです。すいません・・」


思わず後頭部の髪を掻いた。


「いえいえ。そうですねー、欲しい食材かー!」


店員は楽しそうにそう言うと、腕を組んで悩み始めた。


「あ、あのー」


「はい?」


「店長さん、今いらっしゃいますか?」


まずは店長さんに挨拶をした方がいいだろう。欲しい食材も出来れば直接聞きたい。


「あら、申し遅れました。私、グロウナーの店長兼料理長の、カスタード・リオンです」


店員はそう言ってニッコリと微笑む。


「えっ?!店長?貴方が?」


「そうですよー、意外でした?」


「い、いや、そんな事はないですけど」


そう言って首を横に振りながら、俺は驚きを隠せずにいた。こんな若い女が、店長で料理人だなんて。おまけに騎士?


「あはは。いいですよー、よく驚かれますから。ホントに料理なんて出きるのか?なんて」


「い、いや、ただ何となく自分より年上かと思っていたので・・。あ、自分はヤマトと言います」


「ヤマトさん。珍しいお名前ですね!異国の方ですか?」


「はい。リオンさんは、店長さんで、料理長さんでもあるんですか?」


「そうですよ。元々、母が始めたお店なんですよ」


「そう、なんですね」


深入りせずに、曖昧に頷く。


「でも丁度よかった。今から忙しい時期なので、色々食材が欲しかった所なんです」


「忙しい?」


「もうすぐデジージョーの時期で、お客様が増えるから。デジージョーって知りません?」


「デジージョー?知らない・・」


「この国の由緒あるお祭りで、皆でお祝いするんですよー。観光客も沢山来ます!なので、中々自分で良い食材を集めに行くのも時間無くて。良い食材持ってきて貰えば買い取りますのでお願いしますね!」


「は、はい、ありがとうございます」


「では待ってます!」


「あ、あの!」


「?」


「どんな食材が欲しいか、教えてくれませんか?出来るだけ高く買い取って貰えるような・・」


「あ、そうでした!そうですね・・例えば、ネビラルという茸とか、エメラルドフィッシュ、後はワームなんかだと、珍しいので高く買い取らせて貰いますよ」


「ネビラルって茸とエメラルドフィッシュ、そしてワームか。ありがとうございます。」


「ただ、ネビラルの茸は毒持ちで、ワームは凶暴です。それとエメラルドフィッシュはかなり用心深いので、充分気をつけてくださいね!」


「ありがとうございます。きっと持ってきますから、宜しくお願いします」


「はい!待ってます!」


店長のリオンさんはそう言って可愛く笑う。


昨日のババアとのギャップのせいか、天使にしか見えない。


俺はその天使の笑顔に力強く頷くと、捕まえる為の道具を揃える為にまずは道沿いにあった道具屋に向かったのだった。




「すいませーん」


早速、通りに並んでいる道具屋の一つに入った俺は、店員に声を掛ける。勿論、昨日湖への道を尋ねた店とは別の店だ。


よく考えれば道具もだけど、先程聞いた食材がどこで取れるのか聞き込みをしなければならない。


「はいよー」


出て来たのは、人の良さそうな赤ら顔で白髪のおっちゃんだった。


「ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいですか?」


「何だい?」


おっちゃんは気さくに頷く。


「大金を稼ぐ為に狙ってる食材があるんだけど、何処で取れるのか教えて欲しいんだ」


「はあ、食材」


「うん。まずはネビラルの茸。そしてエメラルドフィッシュ。最後にワームなんだけど、知ってる?」


「そりゃ勿論。有名な珍味だ」


「そうか!取れる場所も知ってる?」


「まあ聞いた話でよければ知ってるけどな」


「教えてくれ!」


「おいおい、知ってどうするんだ?」


「決まってるだろ、取りに行く!」


「取りに行くって・・まずネビラルの茸は火山や毒の草原なんかの危険な場所に生えるから、この近くには無いぞ。エメラルドフィッシュは元々擬態が上手くて何処に生息してるのか解明されて無いし・・ワームは西の険しい山にでも登ればいるかもしれねえけど、あいつら賢くはないけど狂暴だから危ねえよ?」


「ワームしかないじゃん!」


「えっ!?」


俺は思わず叫んだ。できればあまり危なく無さそうな、他の2つが良かったのに、必然的にワーム狩りになってしまった。


「いや、何でも無い。因みにワームってどのくらいの大きさか知ってる?」


「儂も生きてる実物は見た事無いけど、噂じゃ家一軒くらいの大きさはあるとか」


「・・・ありがとう」


想像よりデカい。


「おいおい、まさか1人で捕まえに行くつもりか?」


「まあ・・」


「そりゃ無理ってもんだ!よっぽど腕が立つ訳でも無い限り、普通5人くらいで行くもんだぞ」


「そう・・なのか・・俺も行きたい訳じゃないんだけど」


「じゃあ止めときなよ」


「でも、どうしても行かなきゃならない理由があるんだ」


「ワームの肉食っても賢くはなんねえぞ?」


「どういう意味だ?」


「それにやっぱり怪我なんかした場合を考えて、最低もう1人はいるぞ」


「仕方が無いんだよ。今から仲間を探す時間が無いんだ」


「そうか。なんか事情があるんだな・・・うーん。そうだ、ちょっと待ってろ」


おっちゃんはそう言うと棚から小さな瓶を取り出して目の前に置いた。


「これは?」


「痺れ薬だ。上手く餌かなんかに混ぜて食わせれば、ワームでもフラフラになる」


「おお!!」


「持っていきな」


「えっ?いいのか?」


「仕方ない。その木の棒だけじゃ結果が見えてるからな」


「おっちゃん・・・!」


「3万エニーです」


「くれる訳じゃないの!?」


思わず大声で突っ込んだ。


「タダでやるわけねえだろ!ここは道具屋だぞ!」


「そうだけどさぁ!なんかそういう流れだったじゃん!」


「儂は流れに逆らうのが好きなんだ!」


「知らねーよ!金なんかねーんだよ!」


昨日クソババアに取られたから!


「なにぃ?!てめえどんな了見で店に入ってきたんだ?!」


「それはそうだけど!この町はこんなのばっかりかよ!?」


「こんなのとは失礼な!そんな事より金無いなら痺れ薬返せ!」


「無理!」


「無理ってなんだ!」


「後払いにしてくれ!ワーム倒してくるから」


俺は両手を揃えておっちゃんを拝む。ここで引き下がる訳にはいかない。


「後払い?うーん・・でもお前がワームに喰われる可能性もあるからなぁ」


「そんな事なんねえよ!ちゃんと捕まえるし!なんなら捕まえたワームの肉もおっちゃんに持って来るからさ!」


「ワームの肉か・・悪くないな。よし、いいだろう。ちゃんと倒して来いよ!」


「おう!」


「ワームに負けるなよ!どっちが賢いか勝負してやれ!」


「おう!・・・なぁ、もしかしてさっきから俺をバカにしてないか?」


「ほら!銭は急げって言うだろ!行ってこいよ!」


「いや、善は急げだろ」


「一緒一緒!」


「一緒か?!因みに西の険しい山って名前なんて言うんだ?」


「ガレジ山だ。まぁ半分は鬱蒼とした森だけどな」


「ガレジ山か。よし、行ってくる」


「おう。ちゃんと帰ってこいよ!」


俺はどうにか受け取った痺れ薬を袋に入れて、足を西へと向ける。


目標はガレジ山。目的はワームだ。その足には自然と足に力が入った。

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