異世界戦記ー弟を取り戻せ!剣道部ですがなにか?

梅ちゃん

第1話 騎士の国

「ドン ドン ドン」


不意に部屋の扉が鳴った。


俺は灯りを消した室内の、ハムのように薄っぺらな布団の中でそっと目を開く。


寝てはいなかったが既に夜も深い。当の昔に晩飯の時間は過ぎている。


とは言っても安眠の為になけなしの金を払って宿に泊まったせいで、晩飯は抜いていた。


迷惑な音が腹に響く様に感じたのは、きっとそのせいだろう。




「ドン ドン ドンッ」


また音が鳴る。最初の音は様子を見るような、今度の音はやや怒りを含んだように聞こえた。


こんな夜更けに一体何だろうか。嫌な予感しかしない。


知り合いなどいないこの世界、夜中の来訪者の要件など、良い事であるはずが無いのだ。


「ドンッ ドンッ」


うるさい音は続く。しかし俺に扉を開ける気は無い。開けて良い事なんて無いだろうし、きっと無視していれば諦めるだろう。


最近までいた元の世界でも、貴重な休日に無作法にやってくる○HKの訪問を、こうやって躱していたのだ。


「ドンッドンッドンッ!」


・・だが期待に反して音は止まない。どころか、激しくなってくる。


こいつら手強い。どうしたものか。


「ドンドンドン!」


「おい!開けろ!」

「起きているだろう!さっさと開けた方がいいぞ!」


そして今度は怒鳴り声まで重なった。


一体なんなんだ?こんな夜中に。


部屋の鍵は閉めているが、念の為にベットの脇に置いていた木の棒をたぐり寄せた。


すると次の瞬間。


「バキャッ!!」


扉が脆い音を立てて割れ、部屋の中に足音が入ってきた。



「なんだ、やっぱりいるじゃないか」


上半身を起こしていた俺と目が合った瞬間に忌々しそうに言い放ったのは、こんな夜更けにも関わらず鉄製の鎧を着込んだ兵士だった。


デカい。身長は180センチを越えているだろう。


若そうに見えるが、付けている鎧は古めかしい。腰には重そうな剣を佩いている。


「ボロい部屋だな」


兵士は手に持ったランタンで部屋を照らしながらそう言うと、問い詰め始める。


「貴様、なぜさっさと開けないんだ!」


「そうだ!とっくに起きていただろう!」


続いて喚く男も同じように鎧を着込んでいる。


こいつら礼儀も知らないのか。しかしそれでも俺は不満を出さないように答えた。


「疲れて寝てたんだよ」


こいつらは随分無礼だが、それでも余計なトラブルは起こしたくない。


きっと何か聞き込みでもしているんだろう。なら、さっさと答えて帰って貰おうと。


「寝てただと!?」


「ああ」


「ふん!ごまかされないぞ。お前がゾンビだな!」


「ん・・?」


兵士の予想外の問いに首を傾げる。


こいつは今ゾンビと言わなかったか?


「答えろ!このゾンビ野郎!」


「ゾンビ野郎!?」


思わず立上がる。こいつら、俺の一体何処を見てゾンビだと思ったんだ?


こんな活き活きしたゾンビが居るわけねえだろう!


「誰がゾンビだ!俺はヤマト!人間だ!」


「嘘をつけ!黒髪黒目の人間なんてこの国にはいない!おまけに死んだような目をしやがって!」


「ほっとけクソ野郎!誰の目が死んでるんだ!」


思わず握っていた木の棒を突き出して叫ぶ。人が気にしてる事を大声で言いやがって!金髪で青い目だからって調子に乗るなよ!


「お!?なんだ、やろうってのか?死なない事しか取り柄の無いゾンビ野郎!」


兵士2人も剣を抜いて構える。


「だからゾンビじゃねえっていってんだろうが!こんな夜中にわざわざ喧嘩売りに来たのかてめえら!」


売り言葉に買い言葉だ、このままでは斬り合いが始まる。その時。


「うるっせえぞ!騒ぐなら外でやれ!」


隣の部屋から、バカみたいにデカい男が、これまたバカみたいに大きな斧を担いで部屋をのぞき込んで怒鳴った。


そのあまりの迫力に部屋の中にいる俺達3人は思わず首をすくめて黙り込む。


「おら、さっさと外に出ろ!」


大男は黙り込んだ3人に向けて斧を振って促した。


「お、おい」


「お、おお。おい、お前、外にこい」


兵士2人は明らかにびびっていたが、それでも虚勢を張って俺にそう促すと、身を小さくしながら大男の脇を通り抜けて出入り口に向かった。


(なんで俺まで・・・)


俺は出来れば行きたくなかった。しかし大男がまだ俺を睨んでいて、とてもその場に残れずに、仕方なく兵士に続いて宿を出た。



宿を出ると、兵士は坂を下って平地まで歩いた。


道は月明かりでぼんやりと照らされ、冷たい風が頬をなぞる。その冷気に当てられ、俺の頭は冷めていく。



「びびらないでよく付いてきたな」


兵士は平場に着くと、改めて剣を構えて言う。


「お前が大男にびびったからここまで来たんだろ」


俺がそう答えると、兵士は目を見開いて


「ぶ、無礼な!あんなとこで騒いだら他の人間に迷惑だろうが!」とのたまう。


こいつら、自分達が扉を蹴破って入ってきたの忘れたのか?


俺は呆れてため息をつき、頭を横に振った。


「それで?こんな夜中に一体なんの用なんだ?言っとくがおれはゾンビじゃないぞ」


(誰がどう見てもゾンビじゃない筈だ)


「ふふん。誤魔化されないぞ。このあたりにゾンビが逃げ出したのはわかっているんだ。そして普段は見かけない男が一人で宿に泊っていた・・・わかるか?」


「わかる。お前、バカってよく言われるだろ?」


「ぶっ殺すぞ!下手に出てればいい気になりやがって!こうなったら殺してゾンビかどうか試してやる!」


一体いつ下手に出たのか。兵士は剣を振りかぶると俺に突進してくる。


「おっと」

「うおっっ」


俺は兵士の大振りを躱すと、すれ違いざまに足を掛けた。すると兵士は勢い余って木に激突し、鈍い音を立てた。


「ぐうっ・・やってくれたな。久しぶりだぞ、俺が血を流すのは」


兵士は鼻血を出しながら睨む。


「俺は初めて見たぞ。木に抱きついて鼻血を流す変態は」


「ぶっ殺す!」


兵士は俺の言葉を聞いて更に激高し、ブンブンと剣を振るう。


俺は軽い足捌きで剣を躱しながら、もう一人の兵士にも注意を払う。2人がかりで来られると面倒だ。


「くそ!やる気あるのかこの野郎!かかってこい!」


兵士は叫ぶ。


やる気モリモリで掛かってきてるのはそっちだろう。


しかしここでこいつらをぶっ倒すのは簡単だが、そうすると後々面倒な事になりかねない。どう始末をつけるべきか。とりあえず、こいつらが動けなくなるまで避けまくるか。適当に挑発すればそんなに時間は掛からないだろう。


「お前ら相手に本気なんて出すまでもないんだよ!」


「なんだと!?なら逃げないで掛かってこい!」


「避けてればまた勝手に自爆するだろ」


「ふざけるな!お前それでも男か!正々堂々と戦え!」


「うるせえ!突然寝込みを襲っておいて何言ってんだ!」


「ねっ、寝込み!?変な事言うな!俺には美人の許嫁がいるんだぞ!」


「おりゃあ!!」


「がっ・・?!」


意表を突く口撃をしてきた兵士を、俺は見事に一太刀で仕留める。


兵士はその場に崩れ落ちた。


そして残ったもう一人の兵士に向き直り、目をぎらつかせて木の棒を突きつける。


先程まで余裕を見せて俺達の戦いを観戦していた兵士は、状況が一変したことに驚きを隠せず、慌てて剣を抜いた。


「おい、お前も美人の許嫁がいるのか?」


俺はじりじりと距離を縮めて問いかける。


「い、いや、いない」


兵士は首を横にぶんぶんと振った。その答えに俺は手の力を抜く。


「そうか・・じゃあ見逃してやるからこいつ連れて帰れ」


「え?いや、しかし・・」


兵士は戸惑っていた。戦っても勝てないとわかっているんだろう。いつの間にか立場も趣旨も変わっていた。


「気にするな。俺は夜が明ければこの町を出る。他の奴には逃げられたとでも言えばいいだろ」


どのみち、この町からは出るつもりだった。無駄に倒して恨みを買う事もない。


「そ、そうか。・・なんか悪いな」


兵士は少し考えると頷いた。


「いいさ。俺だって戦いたいわけじゃないからな」


「そ、そうか、実は俺も気乗りはしなかったんだ。だって美人の嫁が家で待っているってのにこんな


「しねぇ!」


「ぎゃーーー!」


俺の鋭い一振りに兵士はまたも地面に崩れる。悪は滅びた。


それから俺は倒れた2人の兵士の手足を縛ると、迷惑料として有り金を頂き、宿に帰る。


もう大男も寝ているだろう。さっさと寝直そう。



「お、おかえりなさいやし」


宿に帰ると、騒ぎで起きてきていたのか宿屋の主人が待っていた。


主人はお湯を入れた器を俺に手渡すと、しげしげと俺の体を眺める。


「お怪我どころかかすり傷も無いとは。お強いですなあ」


「いや・・相手が強く無かっただけですよ」


そう答えてお湯をすする。そう言えばあの2人は自分達が蹴破った扉をちゃんと直すだろうか。身なりからして家に帰れば金はありそうだけど。


「しかし・・」


「ん?」


「騎士を倒してしまったとなれば、恐らく追っ手がきますぞ」


「騎士?・・あいつらが?」


騎士って弱くてもなれるのか?


「はい。若いですが、血筋が良くこの町では将来を約束された方達です」


「この町大丈夫?」


「い、いや、あれでも普段は優しい方ですので・・」


「ふーん・・」


優しくてもあれじゃなあ・・


「しかし追っ手かー。面倒だな」


こちらは一人なのだ。囲まれるのは避けたい。


「騎士がやられたとあれば大勢やってきますぞ。早めにここから発たれた方が・・」


「はぁ・・・」


俺はため息をついた。せっかくなけなしの金を払って宿を取ったのに、朝が来る前に出て行かないといけないとは。


「じいさん。どっちの方に行けば追っ手は来ないかな?」


「そうですな、ひとまず西の森でしょうか。地元の者でもあまり近づきませんし」


「わかった。じゃあこのまま出るよ。何か食いもんをくれないか?」


「はい。少々お待ちを」


主人はそう言って料理場の方に行くと、パンと干し肉を入れた布袋を持ってきた。


「これをどうぞ」


「ありがとう。じゃあこれ。扉の修理もしてくれ」


俺は布袋を受け取ると、気前よく金を払った。俺のせいじゃないけど、迷惑料だ。


金を受け取った主人は目を細めて嬉しそうに何度も頷いた。


「世話になった。またな」


そう言って受け取った布袋を肩に絡ませ、宿屋を出る。まだ夜は深く、足元はおぼつかない。


「はい。ご無事を祈っております。お気を付けて」


歩き出した俺に向けて、主人はそう言って手を振った。


俺は手を振り返すとその言葉を背に、1人暗闇の中を西へと向かうのだった。

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