第2話 変態

宿屋を出た俺は微かに足元を照らす心細い月明かりの中を西へ西へと歩く。


まだまだ夜は深く、気温も低い。凍えながら吐く息が空中に白く延びていく。


「さささささむいっ」


思わず溢れ出る言葉も、震える歯を通しているせいで傷が付いたCDを再生したようになっている。


全く、何の因果でこんな目に。


こうなるんだったらあと1発づつ殴っておくべきだった。


先程の騎士2人を思い出して毒づく。


大体、俺がゾンビだなんて言いがかりはむちゃくちゃもいいところだ。一目見ればそんな疑いなんて晴れるだろう!


そう言いながら、確かめる様に指で自分の目をなぞる。



「ゾンビか・・」


歩きながら、昔映画で見たゾンビを思い浮かべる。デロデロの皮膚をして、窪んだ目、青白い顔。この世界に来て、まだ見た事が無い生き物の一つだ。


いや、生きているのかどうかも怪しいから、生き物なのかは微妙な所だけど。


そもそも死なないのか、生き返るのか、どっちなんだ?と言うか、死なない事と生き返るって同じ事なんだろうか。


「ううぅ・・」


寒いし、眠い。


それに考え事をしながら歩いていたせいか、いつの間にか森に入っていた。


(もうここら辺でいいか・・)


辺りを見渡すと、大きな岩を囲む様に木が何本も生えている所が見えた。


俺はそこに陣取り、朝まで休憩する事にした。夜に余り森の奥には行きたくないし、帰り道の心配もある。


ここまでくれば追手にも見つからないだろ。



「ザザーー ザザーー」


大きな木に寄りかかり、上着を前から羽織って一息つく。すると風が吹く度に波の様な音が回りの木から聞こえてくる。


そう言えば、元の世界では今は桜のシーズンだ。残っていれば部活の連中と公園で花見でもしていただろうか。


「は・・は・・はくしゅん!」


想像した元の世界と温度差がありすぎてくしゃみが出る。


そもそも今居る場所は、日本よりだいぶ北にある気がする。


空気が乾燥しているし、雨じゃ無くても曇りの日が多い。そのせいか、どこかしら憂鬱な雰囲気をいつも漂わせている。


まぁ、それ自体は今の自分にお似合いと言えなくもない・・


◇   ◇   ◇   ◇   ◇  


「ヤマト!何とかしてよ!お兄ちゃんでしょ!?」


眠気で朦朧とした頭に悲しげな声が響く。


あさぎが俺の腕を掴んで喚く。


俺はその手を苛立ちながら面倒くさそうに振り払った。


あの時、泣きそうなあさぎの顔に向かって、自分がなんて言い訳をしたのか思い出せない。


なぜ苛立っていたのか、今ならわかるのに・・・


◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 


「ガサッ」

「!?」


不意に何かの音が聞こえて意識が覚めた。


近くじゃ無い。だが・・遠くでも無い。


「ザッ ザッ」


「・・・」


息を殺して耳を澄ます。今度は足音だ。


1人・・それか1匹。追っ手なら多人数のはず。なら、獣だろうか?


「・・・」


「ガサッ ガサッ」


木の陰に隠れている俺の姿が見えている筈は無い。なのに足音は何度か立ち止まりながら確実に近づいてくる。


なぜ?人間の匂いを追ってきた獣だろうか。


しかし獣なら何かしら息遣いが聞こえてもいいのだが。


「!」


そこで俺は、自分の心臓が跳ねる音を聞いた。


そう言えば、ゾンビは息をしなんじゃなかったか?まさかそんな・・・


ホントにゾンビが・・?しかし、なぜゾンビが俺を・・まさか、食うために?


首筋を冷や汗が流れる。


ゾンビ・・本当に人を食うのか?しかしあれは映画の中の・・・でも、この世界で違うのかなんて確かめてる時間は無い。


「ズリ ズリ ズリ」


足音が近づいてくる。すり足をしているような音だ。


まずい。このままでは見つかる!もし噛まれたり、かすり傷を負うのすらアウトなら、戦えない。


「ザザッ ザザッ」


だめだ!見つかる!こうなれば全速で逃げるしか無い!


ゾンビは足が速くないはず。逆に自分は100メートルなら11秒かからない。逃げ切れるはずだ。


スー フー スー フー


口を開けて音を出さない様に呼吸を整える。

そして・・・!!


「ダダッッッッッッ」


俺は無言のまま窪みから飛び出して、そのまま来た道を駆け戻った。


足音は気にしない。振り切ってしまえばいい。ダッシュに成功すれば、ゾンビに追い付けるはずが・・・


「待ってくれぇーー」


気づかれた!!


男のゾンビか!追いかけてくる!?


「ううぉおお!!」


俺は足音どころか、声まで解放して全力で走る。ちくしょう!おっかない!!


「はぁっ はぁっ」


「待ぁてーーー!」


(待つ訳ないだろ!)


「なんで逃げるんだよぉーー!」


(お前が追っかけてくるからだよ!)


走りながら心の中でツッコミを入れる。でもおかしい。全然引き離せない?


「おぉーい!」


むしろ近付いてくる?!こっちのゾンビってこんな体育会系なのか?!やばい、捕まってしまう!


「はあっ はあっ はあっ」


「待てってぇーー!」


心臓が痛い、も、もうこうなったら、一撃を入れて気絶させるしかない!ゾンビでも気を失う事はあるだろう!よし!振り向きざまに!!


「ぬおぉー!」


「おわー?!」


俺は急停止をして振り向きざまに木の棒を構えた。しかし視界に飛び込んで来たのは恐ろしいゾンビではなく、なぜか全裸になっている男だった!


全裸男は急停止した俺に驚き、大声を上げながら自分も止まろうとしてつんのめってしまい、勢いそのままに地面を転がってくる。


「うわああぁーー」


「ぎゃっー!!」


今度は俺が大声を上げる番だった。


ゾンビだと思っていたら人間で、変態だったのだ。そしてその変態が転がりながら凄い速度で自分に迫ってくる。


「し、しねぇーー!」


「んぎゃあああ!!」


俺はなんとか変態を避けながら木の棒を叩きつけた!


すると変態は悲鳴を上げながら体をビクンビクンさせると、倒れて地面にうずくまった。


「はあっ はあっ はあっ」


一撃で倒せたのか?ゾンビを木の棒で。


いや、こいつはゾンビじゃない?!


「・・・!?」


俺は警戒しながら恐る恐る倒れた全裸男に近づいて観察する。


・・・見た感じは普通の人間の様だが


・・・いや、普通の人間なら服を着てるよな?


「うぅ・・・ケ、ケツが・・」


しゃべった!?気を失って無かったのか!あれだけ思い切り叩きつけたのに!?


「うぅぅ・・・痛いよ・・」


泣いてる・・?


確かに手加減なんてする余裕はなかったから、思い切り叩いてしまったけど・・


「うぅ・・・凄く痛い・・」


そんなに痛いのか・・・うーん、なんだか申し訳なくなって・・こないな。原因こいつだし。むしろ今の内に止めを差すべきか?


「なぁ」


話しかけられた!?


「なぁ!」


「な、なんだよ?」


「ケツ大丈夫?」


「ケツ・・?」


「おいらのケツ、割れてない?」


「いや、ケツは最初から・・あぁ?!」


俺は叫びながら手に持っていた木の棒を見る。まさかケツに?!


「ぎゃーー!」


なんか匂う!土の匂いがする!?


「ぶっ殺すぞてめえ!俺の武器に何しやがる!」


「うぅ・・襲ったのはそっちじゃないか・・」


「お、襲ってねぇよ!お前が追いかけてくるから・・・なんで全裸なんだよ!」


「・・聞いてくれる?」


全裸男は上半身を起こして俺を振り返る。


20歳半ばだろうか、丸刈りでつぶらな瞳をしている。


「拒否する」


「なんで!?可哀想だと思わないのかよ?!」


「可哀想なのは現在進行形で変態に絡まれてる俺だ!」


「変態に・・?それは大変だな。よし、おいらが力になって


「おめーだよ!!」


俺は叫びながら全裸男を指指した。すると全裸男は立ち上がって拳を握る!


「おいらのどこが変態だ!」


「フルチンで立つんじゃねぇー!!」


すると全裸男はようやく自分の身を振り返り、手で股間を隠した。


「・・見た?」


「見たくなかった・・」


なんで俺がこんな目に・・・


「これには深い訳があるんだ!」


「もうなにも聞きたくない・・」


「じゃあ代わりに服をくれ!」


「じゃあってなんだ!?やらねえよ!」


「おいらにこのままの姿でいろって言うのか?そんな事したらどうなると思う!?」


「なにを!?どうなるっていうんだ!?」


「おいらが風邪引くだろ!」


「しらねーよ!もう帰れよお前!」


「こんなカッコで帰れ・・・」


全裸男は言葉途中でうずくまった。


「お、おい?」


「は、腹が・・減った・・」


「・・・そうか。じゃあ、達者でな!」


「うおおおおい!!」


全裸男は逃げ出そうとした俺に後ろからしがみついた。


「た、助けてくれよー」


「やめろおおお!おれに触るな!」


「ハ、ハムを、ハムをくれ」


「わかった!わかったから離せ!」


「ホントか?ホントにくれるのか!?」


「やる!なんでもやるから離れろー!」


俺の言葉に全裸男は羽交い締めを解いてまた地面にうずくまった。


俺は仕方なく袋からハムを出して男に渡す。


「ほら・・・これ食えよ」


「あぁ・・ありがとう、ありがとう」


全裸男はそのままの姿勢でハムを受け取ると、美味そうに食べ始めた。


その様子を見て、何だかアホらしくなり、俺もその場に座ってパンを取り出した。


「ん?!パンの匂いがする!」


「・・半分やるよ」


「ありがてえありがてえ。アンタは命の恩人だよ」


「変態に感謝されてもな・・」


俺はそう言いながら水を取り出して口に含み、パンと一緒に胃に流し込む。


「いや、これには深い深い訳があるんだよ。聞きたいだろ?」


「全然」


「聞いてくれよ!じゃないと、どうやってハムとパンのお礼をすればいいんだよ!」


「なんでお前の変態話を聞くのがハムとパンのお礼になるんだ!」


「身の上話だよ!・・しかし、今のおいらにはホントにお礼出来るものが何もないんだよ」


「見たらわかるよ・・・」


「そ、そう?」


「おい、頼むからもじもじするな」


「う、うん」


「はぁ・・・わかったよ。それで?なんで変態になったんだ?」


「それがさ、おいらは別に悪気なんて全然無くて・・・いや、変態にはなってねえよ!裸の方の理由を聞いて!」


「そう言えば聞きたい事がある」


「おいらの話はどこいった!?」


「お礼したいんだろ?いいから聞けって」


「おいらが聞くのか!?」


「俺は弟を探して旅してるんだ。名前はハヤトって言って、俺の二つ年下なんだけど・・知らないか?」


「いや、全然知らない」


「そうか・・・」


(まぁ期待して聞いた訳じゃない・・)


「この国にいるの?」


「いや、それもわかんねえ」


「それじゃ探しようが・・・・」


「だよな・・・」


「うーん・・あ!」


「ん?」


「北の湖の近くに、占い師が居るって聞いたぞ」


「占い師?」


「かなり凄腕らしい。もしかしたら、弟の行方も占ってくれるんじゃないかな?」


「いや、でも占いなんか・・・うーん」


元の世界では占いなんて当たらないか、インチキ扱いだった。しかしこの世界でも同じかどうかわからない。


何より、今他に打つ手が無いのだ。行くだけ行ってみるのもありかもしれない。


「北の湖まではどうやって行けばいいか知ってるか?」


「勿論!いいかい?この森を東に抜けると川があるんだ。大きな川だ。その川を下って行けば、バリルって町に着く。後は町の奴に聞けば教えてくれる」


「そうか。・・行ってみるよ。ありがとな」


「恩返しが出来て嬉しいよ。弟、見つかるといいな」


「ああ・・・そうだな。・・・なぁ、服いるか?」


「いいのか!?」


「そのままじゃ町に降りれないだろ。まぁ大したもんはやれないけど・・これでいいか?」


俺はそう言って袋から古びたシャツを取り出して手渡した。


元の世界に居た時から着ていたやつだけど、今やれるのはこれしかない。


「ありがとう!これで寒さも少しはしのげ


「あっ!?なんで履くんだよ!大きめのシャツなんだから普通に着ろよ!」


「だ、だって、下を隠さねえと町に行けない!」


「シャツを逆さまに履いてるから結局チ○コ出てんだよ!」


「あれ!?」


「もう・・普通にゾンビと戦った方がダメージ少ない気がする・・」


なんだか涙が出て来た・・こっちの世界に来てまだ泣いたこと無かったのに・・


「あれ?もう行くの?まだ暗いぜ」


「これ以上ダメージを負ったら再起不能になる・・・」


俺はそう言って荷物をしまい込む。


「そ、そうか・・なんかごめんな?じゃ、じゃあ気をつけてな!」


「お前もな・・・」


俺は力無くそう答えると、1度も振り返る事無く北の湖へと歩き出した。

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