第3話 バリルの町・北の湖

その後俺は川を目指して歩き、日が昇る頃には目的の川に到着していた。


変態の言った通り、その川は確かに大きかった。


幅は30メートルはあるだろうか。大きいのに流れが速く、もし泳いで渡れば死にかねない。


しかし今回は川に沿って下ればよかったから、眠気を我慢して勢いそのままバリルの町を目指す事にした。


その結果、昼を過ぎる頃には町に着いていた。



(なんだか騒がしい町だな)


それが第一印象だった。


大きく蛇行した川の中州に造られた町は決して大きくはないものの、通りにはいくつもの飲食店や道具屋が立ち並び、威勢の良い声の中を多くの人が行き交っている。


「取れたての魚だよー!焼いてよし煮てよしだよー!」


「昨日仕入れたばかりの盾だ!兄さん見ていかないかいー?」


「カッコいい剣だよー!あんた!そんな木の棒じゃ役に立たねえだろう?良かったらこの剣を振ってみな!音にびっくりする事請け合いだ!」


道具屋の前を通ると店の店員から次々に威勢の良い声が投げかけられる。


俺はその声を受けてさっき使ったばかりの匂う木の棒を見つめると、思わず道具屋に入って並んだ剣たちを眺めた。


「お兄ちゃん振ってみな!剣は振らなきゃわかんねえだろ!」


俺は更にぐいぐいくる店員の言葉に押され、並んだ剣の中から一つを握り、ゆっくりと振ってみる。


「ヴゥン」


剣は圧迫感のある音を出して空を切る。重い。木の棒の5倍はありそうだ。これはちょっと扱えない。


「ほら次!」


「あ、ああ」


「ブンッ」


今度は短く鋭い音が出た。重さも扱えなくは無さそうだ。木の棒よりはこっちの方が幾らかましか。


「おっちゃん。これいくら?」


「おっ!気に入ったかい?それは切れ味はイマイチだが音は100点なんだ!毎度あり!」


「えっ!?ちょっとまって!切れ味悪いのか?」


「そら悪いよー、いい音を出すために鉄じゃなくて鉛で造ってあるからな!」


「ならいらねえ!なんで音重視なんだよ?!」


「ええっ!?だって振っていい音が出ればテンション上がるだろ!」


「それ別に武器じゃ無くていいじゃん!俺は自分の身を守れる物が欲しいんだよ」


「えぇ・・・」


「いやテンション下がりすぎだろ・・ほら、剣を振れ剣を」


「ブゥン!ブゥン!」


「よっっしゃ!!なんだっけ?身を守れる物!?ならすごいお薦めの鎧があるぞ!」


「ホントにテンション上がるのかよ・・・鎧かー。俺あんまり金無いんだよな・・・あれ?」


俺はそう言いながら懐を探って驚いた。財布を開くと、なぜか昨日宿屋に泊ったときより金が増えていたのだ!


「なんだ?けっこう持ってんじゃないか!」


「そう言えば昨日雑魚モンスターを倒したんだった。よし、どんな鎧だ?」


「これだ!」


店員はそう言って店の奥に飾られているシルバーの鎧を指さした。


「これは防御力に特化して造られた一品でな、打撃斬撃は勿論、多少の魔法なら跳ね返しちまう逸品だ!」


「すごいな!買った!」


「問題は重すぎて1人じゃ着脱出来ないし、着たら身動き出来なくなるくらいだな」


「やっぱりいらねえ!そんなん着てどうしろっていうんだ!?」


「だめかー。これずっと売れねえんだよ」


「当たり前だろ!よくお薦めとか逸品とか言えたな!?」


「俺は尖った商品が好きなんだよなあ」


「知らねえよ!ったく・・他に何か無いの?せっかく金あるんだ、何か1つくらい・・ん?これなんだ?」


俺は店の中を見渡して、片隅に置いてあるホコリをかぶった袋を取り上げた。


中には梅の実程の大きさの、茶色いボールの様な物が20個程詰められている。


「それはー、そう、インパクトボムだな」


「インパクトボム?」


「強い衝撃を与えると、爆発して煙が出る。けっこう威力はあるから、子供のおもちゃの大人バージョンだな」


「爆竹みたいな物か。子供のおもちゃの大人バージョン・・・?それはもう大人のおもちゃでよくないか?」


「それだとなんか・・・」


「・・・そうだな」


俺達はそう言って同時に目を逸らす。


「どう?買うなら安くしとくぜ?まぁ旅の役には立たないだろうけど」


「うーん、使い所によっては役に立つんじゃないかな?例えば獣に襲われた時にぶつけて混乱させて逃げるとか」


「なるほど!いやあんたお目が黒い!中々の冒険者だな!」


「いやいや、そんなこと・・おい、今バカにしなかったか?」


「んでどうする?!買う?それとも購入する?!」


「違いはなんだよ?!・・まぁ貰っとくよ。いくら?」


「2000エニーだ!」


「ん。じゃこれ丁度な」


「毎度!」


代金を受け取った店員は嬉しそうに金を握りしめる。


「あぁ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」


「ん、なんだい?お安くしとくよ!」


「商魂逞しいなこのヤロー!売れ残ってたの買ったばっかりなんだからタダで教えろよ!」


「ちっ・・。まぁいいよ、んで何を聞きたいんだ?」


「目の前で舌打ちすんなよ・・・!この町近くの湖に占い師がいるって聞いてきたんだよ。どこにいるか知ってる?」


「諦めちゃだめだ!!」


「えっ?!」


「何十回振られても、きっとこの世界のどこかにはアンタを受け入れてくれる物好きな女はいるよ!だから諦めるな!ほら、押してダメならぶっ壊せって言うだろ!」


「なんの話してんだ!誰が自分を受け入れてくれる女を見つける為に占い師探してるって言ったんだよ!」


「あれ?違うの?」


「違う!ついでにそのことわざも違う!ぶっ壊せってなんだ?!盗賊の流儀?!」


「そ、そうか。それは悪かった。てっきり自分の顔に希望が持てなくて


「おい!買ったばかりのインパクトボムの威力確かめてやろうか?」


俺は袋を持って投げるポーズを取った。


「それ湿気ってるから多分爆発しないよ」


「ふざけんな!」


思わず袋を放り出して叫びながら店員に掴みかかる。


「ぐぇっ!なにする!」


「不良品売りやがって!金返せ!」


首元を掴んで前後に揺さぶる。


「か、乾かせ、ば、だ、大丈夫!」


店員はそう言いながら俺の腕を叩く。顔色が青くなっている。


「本当か!?爆発しなかったらお前を爆発させるぞ!」


「だ、だい、だいじょぶ」


「占い師はどこだ!」


「ま、町の、北に、あ、あら、あららぁ」


「なんだと?どこのラッパーだ!ちゃんと答えろ!」


「は、離してくれぇ!」


店員はそう言いいながら口から泡を吹く。


俺が忌々しそうに手を離すと、店員は座り込んでゲホゲホ咳き込んだ。


「それで!占い師はどこだ!」


「町の、北にある、荒れた小屋に、住み着い、てる」


店員はぜえぜえ言いながら答えると、怯えた目で俺を見る。


俺はそれを聞くと店員をひと睨みして、身を翻して店を出た。




「失礼過ぎるだろ!」


本当に腹が立つ!どうもこの世界は美的感覚がずれている気がしてならない。


これでも元の世界では、そこそこモテていたのだ。こっちで色物扱いされるのは我慢できない。だいたい、俺には好きな・・・


「くそっ!!」


思わず足元の石を蹴り上げる。すると石は勢いよく転がって川に落ち、すぐに見えなくなった。



しばらく歩くと、谷にたどり着いた。見渡せば至る所にゴツゴツとした黒い岩肌が露出し、険しい崖が両側から迫っている。


木や植物の緑は全く見えず、所々に霧のようなもやが掛かっている。


まるで昔やったダークファンタジーのゲーム世界だ。


化物が飛び出してきそうで、あまり長居はしたくない。


占い師はなぜこんなとこに住み着いているんだろうか。



更に歩くと、狭い道を抜けた先が青く見えた。


あれが変態の言っていた湖か。


俺は小屋を探しながら、その湖を目指した。



「ピューーー ピューーー」


谷間を歩くと背中に風がぶつかる。どこか、悲しげに聞こえた。


少し感傷的になっているんだろうか。


それとも、一向に進まない捜索に焦っているからだろうか。



「ふぅーーー」


湖を前にして大きく息を吸った。すると体がふらついた。そういえば昨日から歩きっぱなしだ。食事もろくに取っていない。


(魚でも釣ってみるか)


俺は背負っていた袋から金属の返しが付いた紐を取りだすと、木の棒に巻き付けてから先っぽに餌になるパンくずを固めた。


そして高低差のある場所まで移動して糸を垂らす。すると殆ど時間を掛けること無く、糸が引っ張られた。


「おっ!よしっ!」


糸はぐいぐいと水面に潜る。それを上手く受けながら、丁寧に糸を絞っていく。やがて魚は抵抗する力を弱めて釣り上げられた。


「良い湖だな」


これなら食い物には困らなそうだ。


俺は手に取った魚を捕りだしたナイフで捌いた。


そして魚を焼く為に枯れ木を探しに行こうとして、湖の端に老婆が座り込んでいるのを見つけた。


こんな所に1人で?


首を傾けて凝視する。すると老婆は俺に気づいたのか、手招きをした。


「どうした?ばあさん」


近づいて声を掛ける。近くで見ると、老婆は思ったよりも老婆だった。


白髪でしわくちゃの顔と頭。70は超えていそうだ。手に釣り竿を持っているのを見ると、自分と同じように釣りをしていたのだろうか。しかし近くに釣られた魚は見えない。


「お若いの。魚を釣るの上手いのう、儂は朝からしておるのに全然釣れんぞ」


「あ、ああ。コツがあるんだよ。あんまり気配を出すと・・朝から??」


もう時間は夕方になろうとしている。どんだけ魚釣るの下手なんだ?


「気配?うーむ。そんな難しいこと年寄りにはわからんわい」


「そ、そうか。まあツキとかもあるから」


「うむ。そこでどうじゃろう?儂にその魚をよこさんか?」


「そこでどうじゃろう?どこでそうなるんだ!?」


(いきなり何言ってんだこの老婆!)


「無論タダでよこせとはいわん。お主が知りたがっている事を教えてやろうぞ」


老婆はそう言うと不敵に微笑む。


「俺が知りたがってる事・・?本当に?」


なぜ俺の知りたがっている事がわかるんだ?こいつ、もしかして・・・


「うむ。メモの用意はいいかの?儂のスリーサイズは上から


「待て待て待て!!なんで会ったばっかりの老婆のスリーサイズをメモらなきゃならないんだ!?」


「でも儂、まだまだいけるじゃろう?」


「いけねーーよ!自分の事を儂って言うババアはいけねーーよ!!」


俺は思わず絶叫する。


「そうか・・しかし、私に何か聞きたい事はあるんじゃろう?」


「今更儂を私に変えても遅いぞ」


「遅いか・・・」


「50年遅い」


「ロリコンめ・・」


「なんでだよ!お前何歳なんだ!?」


「女性に年を聞くな馬鹿者!恥を知れ!」


「自分からスリーサイズを発表しようとしたババアが恥を知ってくれ!」


2人は声を上げて威嚇し合う。


「ぬうう。こんな老婆が飢えてるんじゃぞ。可哀想だと思わんのか?」


「なっ・・」


「うう・・このままでは儂、死ぬかもしれん・・」


「絶対死なねえだろ・・」


「さ、魚を食えばなんとかなるのに・・」


「たちが悪過ぎる・・くそっ、俺だって腹減ってるのに!」


俺は仕方なく釣ったばかりの魚を老婆に放った。


老婆は今までの弱った姿はどこへやら、ジャンプして魚をキャッチする。


「元気じゃねえか・・・」


「若い者にはまだまだ負けんわい!晩飯ゲットじゃ!」


そう言って老婆は魚を高く掲げた。


「くっ・・何してんだ俺は」


(ハムをやってパンをやって魚をやって・・どこの○ンパンマン!?)


「ふふふ。じゃがおぬしは中々見所がある。よし、何か聞きたい事があるんじゃろう?言ってみよ」


「いや、別にあんたのスリーサイズなんか知りたくない」


「そっちじゃないわい!他に何かないのか!?」


「えっ?・・・ああ!そうだ!占い師がここらへんに居るって聞いて探しにきたんだ!」


「占い師?」


「そう!ばあさん、この辺りに占い師がいるらしいんだけど・・知らないか?」


「知っておるぞ」


「ホントに!?」


「うむ。お主、運が良いのう。会わせてやろうか?」


「まじか!有り難い・・。是非頼む!」


「よし。では10万エニーよこせ」


「何だと!?」


「タダで教えるとは言っておらんじゃろ」


「魚やったじゃねえか!」


「なら9万9900エニーじゃ」


「こ、この野郎!」


「誰が野郎じゃ!乙女に対して一体どんな口の利き方しておる!」


「乙女でもねえだろ!」


「心は永遠に二十歳なんじゃ!」


「知らねえよ!」


「ふん!素直に払った方がいいぞ?占い師の奴はあっちこっちふらふらしておるからな。道案内が居なけりゃ簡単には会えまい」


「ぐぅ・・・」


俺は悩んで財布を開ける。10万エニーだと有り金の大半を渡す事になる。


せっかく小金持ちになったのに。


「ほれほれどうする。さっさと決めい。じゃないと儂は晩飯を食いに帰るぞ」


「わかったよ!払う!その代わり絶対会わせろよ!」


「よし。では付いてこい」


老婆はそう言うと、軽い足取りで湖の裏の森へと進み始めたのだった。


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