第11話 大熊と狩人
「にゃーーにゃーにゃにゃー」
機嫌良さそうに鼻唄を口ずさむリルと俺は北へと向かっていた。目指す場所は高級食材の生息地、ベネビス山だ。
俺は勿論、リルもベネビス山には行ったことはないらしい。しかしおおよその道はわかるらしく、俺がリルに付いていく形になっている。
ベネビス山は行ったことの無い場所だし、準備をせずに出て来たのは少し不安だが、今回は危険は余り無いだろうと、急ぎたい事情もあって着の身着のままの出発になった。
つまり俺は相変わらず分厚い肌色のズボンと、茶色の上着。それに黒いコートを羽織っている。こちらの世界ではかなり一般的な服装だ。
それに比べてリルは出掛けにリオンさんからさすがにその服じゃまずいと、勝手に着ていたコックの服と交換する形で別の服を貰って着ていた。
その服はリオンさんの物だけあって、白や薄い青の綺麗な色合いで、リルでさえ着ていると上品に見えた。最初は嫌がっていた帽子も意外に似合っている。
最も、リルはぴょこぴょこ跳ねるように歩くから全然お嬢様には見えないけど。
「にゃーにゃーにゃにゃーご主人様はー遅いにゃー」
「悪かったな。まだ体中が痛いんだよ」
自分では急いでいるつもりで歩いても、まだ普段の速度すら出ない状態だ。
「だーらしなーいにゃあー」
「ほっとけ。俺はお前と違って普通の人間なんだ」
しかし・・リルの怪我も中々だった筈なのに、それがもう全快とは。
半分狼なだけあって、野生動物の治癒回復スピードは半端じゃないみたいで少し羨ましい。
「でもそのスピードじゃー3日じゃつかないにゃー」
「んなこと言ってもな・・」
走れば体が痛むし・・どうしようもない。
自動車とは言わないから、せめて自転車くらいあればと思う。・・でもこっちの世界ではまだ見た事ないんだよな。
うーん。自転車って自作出来ないのかな?そんなに複雑なギミックはないんじゃなかろうか。ギア無しでいいし。
もし出来れば金も稼げそうだよな。よし、暇になったら考えてみよう。
「ご主人様ー」
「んー?」
「狼になって背負ってやろーかにゃ?」
「えぇー・・・いや、いい」
少し考えて断った。
歩かなくていいのは楽そうだけど・・リルがスピード出して振り落とされる未来しか見えない。あげく置いてきぼりになりそうだし。
「にゃー。にゃーにゃっ?!」
「ん?」
「にゃっー!」
「どうした?」
リルが吼えた。
「蛇にゃ!捕まえてくるにゃ!」
「お、おい!やめろ!」
しかしリルは俺の制止を聞くこと無く、あっという間に側の林に入って消える。
えぇ・・・?背負って貰わなくても置いて行かれるのか・・・
思わず頭を抱える。
どうすればいいんだ・・?
先に行く訳にも・・いや、リルがいないと道がわからないんだった。
てことは、ここでリルが帰ってくるのを待つしかないのか。
はぁ、とため息が出る。
・・・帰って来なかったらどうしよう。
俺は道端に座りこんだ。
空を見ればまだ日は高いが、北へ向かっているせいか気温が下がってきた。
早く戻ってきてくれないと、今日の寝床を確保する時間が無くなってしまう。
うーん・・頼む。早く戻ってきてくれ。俺はそう願いながらリルの消えた辺りを眺める。
「にゃーー!!!」
「リル?!」
すると予想より大分早くリルの声が聞こえた。
よかった。ちゃんと帰って来た。これでなんとか・・
「ご主人様ー!大熊にゃ!逃げるにゃー!!」
「なあっ!?」
全然なんとかならなかった。
林から飛び出してきたリルは、全速で俺に向かって来る。そしてその後ろになんかいる!この光景どっかで見た!!
「ちくしょー!またこんな目にー!!」
俺は立上がって走り出す。後ろからは激しい足音が聞こえてくる。
「ご主人様もっともっと速く走るにゃあ!」
「これでも精一杯だーー!」
俺は痛みを堪えて必死に足を動かす。
だが当然ながら、怪我をする前と同じ速度は出ない。
なのに後ろを見れば、すぐ後ろまで追いついたリルの、更に後ろに現れた獣が距離をどんどん縮めてくる。
「リルー!なんとかしろー!!」
「無理にゃあ!」
「なんでだー!」
「蛇食べられたから思い切り噛みついちゃったにゃー!」
「」
ワームと一緒じゃねえか!学習能力ゼロか!!
「くそおっ!追いつかれる!」
「ご主人様!その木に登るにゃ!」
「どれだ?!」
「これにゃ!」
「うおっ!?いたたたたた!!」
俺が逃げ込んだ林の中であたふたしていると、リルが俺の腕を掴んだまま太い木にかけ登った。
俺は悲鳴を上げながら、途中で地面に落ちないよう木にすがり付くようにしてリルに付いていく。
俺を掴んだリルは8メートルくらい木を上に登ると、横に伸びた枝に移動して腰を下ろした。
「ふー。あぶにゃかったにゃ」
「あぶにゃかったじゃねーよ!」
「痛っ!にゃんで叩くにゃ!?」
「ドアホ!どうすんだよ!?武器なんて持ってないんだぞ!」
「にゃんとかにゃるにゃ!」
「なら早くなんとかしろー!」
「ガヴガヴガウー!!」
俺とリルが木の上で言い合っていると、追いついた大熊は唸りながら木の幹をかじり始めた。
「おい!このままじゃ木が倒されちまう!」
「そしたら隣の木に飛び移るにゃ!」
「結局木から下りられないじゃねーか!」
「ガヴガヴー!!」
大熊はかなり怒っているみたいだ。ちくしょう!なんで俺までこんな目に!?
「ご主人様ご主人様」
「なんだよ!?」
「リルは良い方法を思い付いたにゃ」
「良い方法?!」
「リルが狼になってご主人様を背負って逃げるにゃ!」
「おぉ!・・いや、それさっきも聞いた!」
「だめにゃ?」
「ダメじゃないけど・・」
振り落とされて俺たけ喰われる事になりそうで決心がつかない!
「じゃあリルが狼ににゃってあいつをやっつけるにゃ!」
「そんな事出来るのか?!ワームとは比べ物にならないけど、こいつもでかいぞ!?」
「大丈夫にゃ!狼ににゃったリルは無敵にゃ!」
「昨日ワームにやられてたじゃねーか!」
「じゃあどうすんだにゃ!!」
「逆ギレすんな!」
言い争いばかりで解決策が出てこない!
だが下を見れば大熊は持久戦を選択したのか、木をかじるのをやめて根本に座り込んで俺達を睨み付けている。
俺とリルはその様子を見て、とりあえず直ぐさま襲われる事は無くなったと気持ちを落ち着けた。
「大丈夫にゃ。しばらくしたらどっか行くにゃ」
「だといいけどな・・」
俺とリルは木の上で大熊が消えるのを待つ。
しかし大熊は時間が経っても木の下から一向に動こうとしない。
もしこのままの状態が続けば、ベネビス山に行くどころか、町に帰ることも出来ない。
「くそっ・・身動き取れないじゃねえか」
「どうすんだにゃ!?これじゃ晩御飯たべられないにゃ!」
「そんときはお前を大熊の晩御飯にしてやるよ!」
「そんにゃの嫌にゃあーー」
「泣きたいのは俺だ!」
「ふにゃあーー」
「泣くな!」
「大丈夫かい?!」
「?!」
俺とリルは突然聞こえてきた人の声に驚いて息が止まる。
慌てて回りを見渡して声の主を探すと、10メートルくらい離れた別の木の上に男が立っていた。
年は30くらいだろうか。金髪をオールバックにして、金色の顎ひげを生やしている。
「助けてあげようか?」
男はそう言うと、素早く背中に背負った筒から矢を引き抜いて弓につがえ、大熊に狙いを定めた。
そしてすぐにビュンッと音がして、矢は見事大熊の首に突き刺さる。
「当たったにゃ!」
「おぉ!いやでも矢が一本当たっても・・」
大熊の分厚そうな表皮や体の大きさから考えて、矢では大きなダメージを与える事は難しいと思った。
だがその予想に反して、大熊は自分に刺さった矢に気づき、矢を放った男を睨み付けた瞬間、そのまま横に寝転ぶように倒れて動かなくなったのだ。
「えっ!?なんで!?」
思わず男に問いかける。すると男は身軽に地面に飛び降りてから答えた。
「この矢じりには細工がしてあってね。しばらくは起きないから大丈夫だよ」
男はそう言って大熊に刺さっている矢を抜くと、血を払ってから背中の筒に戻した。
その間に俺とリルも木から降りて恐る恐る大熊に近寄る。
「でかい・・そして怖い」
「にゃー」
近くで見ると、大熊と言ってもかつて元の世界で見た事のある熊とはいくつも違う点があった。
まずデカい。テレビで見た熊よりもふた回りどころかさん回りよん回りはでかい。
そして左右の鋭い牙が口から突き抜けるように生えている。まるで猪だ。こんなのと戦うことになっていたら・・
思わず体が震える。すると男が心配そうに尋ねてきた。
「怪我は無いかい?」
俺は一応自身の体を見渡して答える。
「はい、大丈夫です。えっと・・」
「僕はロキだ。君は?」
ロキと名乗った男は爽やかに聞き返した。
「俺はヤマト。こいつはリルです」
「リルだにゃ!」
「にゃ・・?」
「あ、気にしないで下さい。こいつちょっと頭があれなんで・・」
「そ、そうなんだ。大変だね」
「どういう意味にゃ?」
「そんな事よりホントに助かりました。改めてありがとうございます!」
俺は深く頭を下げる。もしこの人が現れなかったら・・
「そんなに畏まらなくていいよ。困っている人がいれば助けるものだろ?」
「いやいや、こんなにあっさり大熊を倒すなんて凄いですよ」
自分だったら見て見ぬ振りをしていたかもしれない。
「あはは。そうかい?まあ僕は狩人でもあるからね。しかし君たちはこんな所で何してたんだい?」
「あー、実は
「ベネビス山に行くとこにゃ!」
「そ、そうか。ベネビス山か。じゃあ目的は食材探しかな?」
「そうです!ロキさんも?」
そうなら是非この人に付いていきたい。
「いや、僕は自分の家に帰る途中なんだ」
「あー、そうなんですか・・」
うーん。残念。
「僕の家はこの林を抜けたとこにあってね。近道なんだ」
ロキさんはそう言って東を指さした。
「へぇー。じゃあ俺達は運が良かったですね」
「どうだろうね。でもベネビス山まではまだ獣が出る事もあるからね。気をつけて行きなよ」
「ありがとうございます」
「ついたら美味しい食材が色々あるからね」
「やったにゃー!お腹空いたにゃ-」
「ま、まだベネビス山までは何日かかかるけど」
「にゃ・・」
「ほらリル、立て。行くぞ」
俺は不満そうに座り込んだリルを立たせる。
「もう行くのかい?」
「はい。今のうちに大熊から離れないと」
俺はそう言ってもう一度頭を下げた。
「そうだね。またどこかで会うかもしれない。元気でね」
「はい!ロキさんも」
「ばいにゃ!」
「ばいにゃ・・?」
ロキさんはリルの挨拶に不思議そうな顔をして、俺とリルに手を振りながらベネビス山とは反対の道に向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます