第12話 ベネビス山


「ばーいばいにゃーー」


リルはロキさんの姿が見えなくなるまで手を振っていた。そして俺達2人は再度ベネビス山へと足を進める。


大熊に追い詰められた時はどうなるかと思ったけど、なんとか旅を続けられそうだ。


「にゃーーにゃーにゃにゃー」


「助かったなーロキさんがいてくれて」


「全くにゃー!一時はどうにゃる事かと!」


「ホントにな。まぁ全部お前のせいなんだけどな!」


「にゃっ?!にゃんでにゃ!」


「お前が大熊連れてきたんだろ。お前のせいじゃなかったら誰のせいだよ」


「世界のせいにゃ!」


「せっ!?言い訳が壮大過ぎるだろ!」


「じゃあ時代のせいにゃ!」


「じゃあってなんだよ!」


「だってこの世界はおにゃか減ってばっかりにゃ!」


いや、それはお前が食いしん坊・・・


「もっと獲物がいっぱいの世界がいいにゃ」


「・・どんな世界でもお前はダメだと思うぞ」


「にゃんでにゃ?」


「にゃんでもだよ」


「?!」


「獲物か・・・そう言えば腹減ったなー」


「減ったにゃ!蛇食べれにゃかったから」


「リオンさんが持たせてくれた食べ物はあるけど、出来ればまだ取っておきたいんだよな。・・なんか捕まえるか」


「そうするにゃ!」


俺達はベネビス山への道すがら得物を探して足を進めた。しかしなかなか得物は見つからない。


やがて日が傾き始めた。


「獲物がいにゃい・・」


「獲物もだけど、そろそろ寝る場所の確保もしないと」


「そこら辺でいいにゃ」


リルは泥だらけの道を指さす。


狼でもそんなとこじゃ寝ないんじゃないかな。


「いや、出来れば危険を避けられるような場所を見つけたい」


「そうにゃん?」


「夜の森は怖いだろ?」


「・・にゃっ」


深く頷いたリルと今夜寝る場所を探しながら更に歩くと、寝床を作るのに良さそうなほら穴を見つけた。


これならほら穴の入り口を枝で隠せば安心して夜を越せそうだ。


「よし。じゃあ今日はここで夜を越すぞ」


「にゃっ!」


「後は晩飯だけど、この辺りだと・・なんか捕まえやすい獲物いるか?」


「この辺りにゃらー、黒ネズミ赤ネズミ大ネズミとかかにゃ?」


「ネズミばっかりじゃねえか!ここはネズミの国!?」


「食えればいいにゃ」


「ネズミはダメだ」


「にゃっ!?ご主人様はネズミ苦手にゃ?」


「得意な人間なんていねえ。他にはなんかいないのか?」


「後はー、リスとかウサギかにゃー」


「リスとウサギかー」


可愛いけど・・背に腹は代えられないか。


「よし、リル。リスかウサギを捕ってきてくれ」


「わかったにゃ!」


「待てっ!!」


消えかけるリルを慌てて呼び止めた。


「にゃ!?」


「俺はここで寝床を作るから、ちゃんとここに戻ってこいよ」


「にゃっ!」


「待てっ!!」


こいつスタートダッシュが早すぎる。


「今度はにゃんだにゃ!」


「いいか?今度は絶対に獣を連れてくるなよ。もし連れてきたらお前を食わせて俺は逃げるからな」


「にゃんて事を!俺を食べても栄養にゃいのに?!」


「知らねえよ!わかったのか?」


「にゃっ!」


「その返事じゃわかってるのかわかんねんだよ・・まあいいや。いっぱい捕まえてきてくれ」


「にゃっー!」


リルは3度目の返事をすると、今度こそ俺の視界から消えた。


「さて・・寝床を作るか」


1人になった俺はほら穴を振り返り、寝床造り取りかかる。


ほら穴の中は広くなく、とくに掃除しなくても良さそうだ。


後は寝床だが、幸い近くに枯れ葉や枯れた枝が多くあったから、余り時間は掛からずに確保出来た。


リルが戻ってきたら直ぐに料理が出来るように、火でも起こして待つとしよう。


俺はリルが捕まえてくるはずの獲物を使った晩御飯を想像しながら、竈を作り始めるのだった。



◇  ◇  ◇  ◇



「ご主人様、ご主人様起きるにゃ」


「うぅ・・」


リルの声で目を覚ます。どうやら火に当たって温まったせいか、いつの間にか寝ていたらしい。


既に辺りは暗くなっていて、起こしていた筈の火も消えていた。


「おぉ・・寝てた・・なんか捕まえたか?」


俺は瞼をこすりながら尋ねる。


「でっかいの取れたにゃ」


リルは笑顔でそう言うと、両手で持った蛇を差し出した。


「げっ!?」


俺は差し出された蛇を払いのける。


「にゃにすんだにゃ?!」


「蛇じゃねえか!ウサギとリスはどうした!?」


「美味しかったにゃ」


「食った後!?」


なんでよりによって蛇を残すんだ!?


「好き嫌いはダメにゃ」


「じゃあお前が蛇食えよ!」


「頂くにゃ!」


「まてっ!」


食うのかよ!そう言う意味じゃねえよ!


「にゃ?」


「一人で全部喰う気か!?」


「だって今ご主人様が」


「くっ・・蛇喰うよ・・」


俺はしかめ面の顔をして、目をそむけながら蛇を受け取った。


「なんで蛇嫌いにゃ?」


「嫌いっつーか・・・」


なんだろう。ネズミとは違って食べるのが嫌とかではなく、気味悪さとでも言うのだろうか。本能が受付ない感じなのだ。


「蛇は美味いのににゃ」


「美味いっていわれてもな・・どうやって喰うんだ?捌いて焼くのか?」


「そのままでもいけるにゃ!」


「捌いて焼くわ」


「にゃん!?」


生で食えるか!


俺は恐る恐るナイフで蛇の皮を剥いでぶつ切りにする。そして再度火種を作って火を起こすと、拾ってきていた枝から真っ直ぐな物を選んで蛇の肉を挿した。


「美味そうにゃー」


「やらんぞ」


「ケチにゃあ」


お前さっきウサギとリスを食べたんだろ!


俺はうらめしそうな目を向けるリルをシカトして、枝を火の回りの土に突き刺し、炙るように焼いていく。


火の中の枯れ枝が弾けるパチパチという音がしだして少しすると、肉の焼ける良い匂いが漂ってきた。


俺とリルは火の前に座り込んでそれを眺める。


「もう少しかな・・」


「もう大丈夫にゃ」


「まだだ。ちゃんと火が通らないと怖いんだよ」


「にゃにが怖いんだにゃ?」


「にゃにって・・」


なんだっけ。ウイルス?


「そう言えばご主人様はなんでお金が必要にゃ?」


リルが踊る炎をぼーっと眺めながら尋ねる。


「なんでって・・・」


突然の質問に戸惑った俺は口を濁した。


こいつの素直な性格なら、最初の始まりから全部を聞いてきそうな気がするからだ。


でも上手く誤魔化せるような言い訳を思い付かない。


「にゃ?」


「んー・・・」


「にゃにゃー?」


「なんて言えばいいかな・・・」


「ご主人様ご主人様」


「ん?」


「言いたくにゃいなら無理に言わにゃくていいにゃ」


「えっ?」


「生きていればいろいろあるからにゃ!」


リルはうんうんと頷きながら言う。


「そ、そうか」


「にゃっ」


お前確かまだ三歳なのに・・


「なんか、リルにそう言うこと言われると思わなかった」


「ふふん。リルもたまには良い事言うにゃ」


「たまにはな」


俺はそう言ってリルと目を合わせて笑った。


「なぁ。リルはなんで俺に付き合ってくれるんだ?」


「ご主人様が助けてくれたからにゃー」


「いや、だからそれは違うだろ。もしそうだとしても、俺もリルに助けられた」


実際、ワームに止めを刺したのは自分だとしても、それ以外は全部リルと言ってもいい。それなのに・・?


「なんか他に理由があるのか?」


もしそうなら、ちゃんと聞いておきたい。


しかしリルは答えない。


「リル?」


心配になってリルを見たら、地面に大の字になっていた。


「おい、寝たのか?」


「・・・」


寝てる・・・


「子供か・・」


寝付きが良すぎる。それに人間は勿論、狼でもこんな無防備な寝かたはしないだろう。こいつよく今まで無事に生きてこれたな。


俺は妙な感心をしつつ、リルを抱きかかえて寝床に運んだ。




 翌日


「にゃー。よく寝たにゃ」


「起きたか」


リルが寝床から起きてきた。既に日は昇っていて日差しが温かい。


「おはようにゃ。朝ごはんは?」


「また狩りに行かないと無いな」


「にゃー」


あの後俺は蛇を食べ(意外に美味かった)、直ぐに眠りについた。腹が膨れると眠くなるのは狼も人間も一緒らしい。


「ベネビス山に行く途中でなんか捕まえよう。そろそろ出発だ」


「にゃっ!」


俺は帰り道でまた使うかもしれない寝床はそのままに、火の始末だけしっかりとしてベネビス山へと足を進めた。


ちゃんと栄養を取ってしっかり寝たせいか、昨日よりも足が軽かった。


これなら予定通りにベネビス山に着けそうだ。



◇   ◇   ◇   ◇



「えっ?ここがもうベネビス山なんですか?」


「ほらにゃ!俺の言ったとおりにゃ!」


リルが隣で偉そうに吠える。


「あ、いえ。いいんです。ありがとうございます」


俺はきこりに頭を下げると、改めて目の前の山を見つめた。



俺とリルがベネビス山を目指してバリルを出て7日目、散々迷ったあげくいつの間にか目的地についていたようだ。


迷った原因は俺の隣で自慢げにしているリルのせいだが、本人はもうそんな事忘れているみたいだった。


「大っきい山だにゃ-」


「そうだなー」


たどり着いたベネビス山は大きな谷を間に挟んだ双子山で、山頂に近づくほど太陽の光を反射して青白く輝いている。反面、その部分までは赤焼けた地肌と、黒さを内包した森が散在していた。


「じゃあ早速行くにゃ!」


リルはそう言うともう歩き出している。


「待てっ」


「にゃ?」


しかし俺はリルを呼び止めた。


目的地についた以上、これ以上リルに主導権を握らせる訳にはいかない。


早く食材を確保してバリルに帰らなければならないのだ。


「リル。俺達がここに何を取りに来たか覚えてるよな?」


「・・・?」


「おい」


お前の頭は定期的にリセットされてんのか?


「お、覚えてるにゃ。えーっと・・美味い茸と、なんか・・鳥と・・にゃ!」


「なんだそのふわふわした記憶は!何の為にわざわざリオンさんに食べさせて貰ったんだ!」


「だって食べたのもうずっと前にゃ!」


「1週間しか経ってねえだろ!お前の脳みそは鳥と同じ大きさしか無いんじゃねえのか!?」


「鳥さんバカにしたらダメにゃ!」


「お前をバカにしてんだよ!」


「にゃん!?」


「はぁ・・いいか?ターゲットは3つ。リトュフって茸と雷鳥、そしてトリジンって木の実だ」


「思い出したにゃ!」


「ホントに頼むぞ・・」


「リトュフは美味しかったにゃ!絶対見つけてまた食べるにゃ!」


「おう。その意気・・いや、今回は持って帰らないとダメだって言ってるだろ」


「み、見つけても食べれにゃい・・・?」


リルは膝から崩れ落ちた。


「た、沢山見つけたら食べていいから」


「にゃっ!」


立上がった。忙しい奴だ。


「お前の鼻が頼りなんだからな。しっかり頼む」


「お任せにゃ!」


リルは力強く拳を握る。


「よし。じゃあとりあえず山に向かうぞ。俺は今日の晩飯を探しながら歩くから、お前はターゲットに集中してくれ」


「にゃ!出発だにゃー!」


「おぉーー!」


こうして俺とリルは意気高くベネビス山に足を踏み入れた。


危険は少ない筈だし、たどり着いてしまえば後はなんとかなる。そう思っていたからだ。


しかしベネビス山には、ワームとはまた違った危険が蠢いているのをこの時の俺達はまだ知らなかった。

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