第13話 植獣
「ザク ザク ザク」
柔らかい土を踏みながらくねった森道を歩く。辺りの空気には湿気が多く、呼吸する度に土と植物の匂いが肺に広がる。良い匂いじゃないけれど、健康には良さそうな匂いだ。しかし探しているのは、高級食材の匂いだ。
「リルー。ターゲットの匂いはするか?」
「全ー然しにゃいにゃー」
前を歩くリルが首を横に振る
俺達は既に半日は森の中を歩いているが、ここにもターゲットの気配は無いみたいようだった。
「そろそろなんか見つかりそうな雰囲気なんだけどな-」
「そうにゃん?」
「なんとなくだけどな」
「にゃんとにゃくかー」
「まあ、なんかこの森にいると寿命が延びそうな気がするし」
「なんでにゃ?」
「森林浴って知らないか?森にはそういうパワーがあるんだぜ」
「ちょっとなにいってるかわかんにゃい」
「!?」
「次はあっち行ってみるにゃ!」
「お、おう」
リルはぴょんぴょん跳ねるように左に曲がり、俺はその後を追った。
「はー、中々見つからねえ」
「にゃー」
「ちゃんと匂い覚えてるんだろうな?」
「勿論にゃ!でも全然匂わないにゃー。なーんかへんにゃ匂いはするんだけどにゃ?」
リルは不思議そうな顔をして鼻を四方に向ける。
「変な匂いか・・」
俺も同じようにして空気を鼻から吸った。しかし俺には匂いはよくわからない。
だが、妙な雰囲気は感じていた。
何かが近くにいるような・・・?何かの獣だろうか?
「しっかし、雷鳥はともかくリトュフは見つかりそうなもんなんだけど」
「にゃー」
「変な茸ならけっこう生えてるんだけどな・・」
俺は歩き回りながら生えている茸を取っては記憶の中のリトュフと見比べて放り投げる。
「簡単に見つからないから高級食材なんにゃ」
「そりゃそうだけどさ」
「ちゃんとリルが見つけてやるにゃ!大船に乗ったつもりでついてきたらいいにゃ!」
「大船なぁ」
泥で出来てなきゃいいんだけどな!
「むむっ」
「どうした?リトュフか?」
「池があるにゃ!」
「池?お、おい」
突然リルが走り出す。俺は慌てて追いかけた。
「やったにゃー、喉が渇いて・・」
「はぁ はぁ お前な、俺を置いてかってに・・どうした?」
リルを追って池に着くと、先に着いてたリルが目を大きく開いて池の端を眺めていた。俺も導かれる様に視線を重ねる。
「な、なんだあれ?」
そして口をあんぐりと開けた。
そこにあったのは、探していたリトュフ、雷鳥、そしてトリジンが大量に生えた大きな木だったのだ。
「お肉にゃあーーーーー!」
リルが大声を上げながら走り出す。
「これで大金持ちだあぁああーーーー!」
気づけば俺も走り出していた。
俺達2人は全速で池のふちを回って、抱きつく様にその木にたどり着く。
そして見上げてもう一度叫んだ。
「うははははは!リトュフ!雷鳥!!トリジン!!!」
「お肉お肉お肉にゃあ!!」
俺達は喜びの余り、頭をクラクラさせながら木の幹に足を掛けて登って行く。
「にゃあにゃあにゃあ!」
「わははははは!」
「こんな美味そうなお肉見た事無いにゃあ」
「高級なリトュフがこんなに!これで何でも買える!!」
「頂きにゃーす!」
「俺も!」
そして本来の目的を忘れてそのままパクつき始める。
口の中でじゃりじゃりと音が鳴る。
「うみゃい!この肉うみゃい!」
「リトュフうめえ!雷鳥も!あれ?トリジンも美味いぞ!」
「にゃはは!もうここで暮らすにゃ!」
「わはは!それいい!いつでも食べれるな!」
「にゃ!ここは天国・・・」
「おい?リルどう・・・」
◇ ◇ ◇ ◇
「やめるにゃーーー!!」
リルの絶叫が頭に響く。
「ご主人様起きるにゃああ!」
「リル・・・?」
なん・・だ?まだ眠いぞ・・
「放すにゃー!!リルを食べても全然美味しくにゃいにゃー!」
何言ってるんだ・・?
食材を探さないといけないのに、また遊んでるのか・・?
「ご主人様早く起きるにゃー!食べられちゃうにゃー!!」
・・食べられる?いや、俺達は食べる方だろ・・?
何をそんなにヤバそうな声で・・
「・・・えっ?!なんだこれ!?」
気がつくと同時に心臓が跳ねる。
なぜか俺の体には木の枝から垂れた数十本もの蔦が巻き付いていて、身動きが取れなくなっていた。
「あれ?!リトュフは?雷鳥は?!」
呆けた様に回りを見渡す。しかし先程あれだけ沢山あった高級食材達は、1つ残らず消えていた。
「えっ?!どういう事!?」
俺は起き上がろうと体中に巻き付いた蔦を引っ張る。しかし蔦は固く身動きが取れない。
「ご主人様!助けてにゃー!」
「お前もか!何がどうなってる!?」
見るとリルも同じように数十本の蔦によって身動きが取れなくなっていた。
「くそっ!こんな蔦!」
「ご主人様ーー!」
「わかってる!!なんでこんな事になってんだよ!?」
おかしい。さっきまでリトュフや雷鳥、トリジンが取り放題であれだけ喜んで・・
リトュフや雷鳥が取り放題?そんなバカな!あれは一体何だったんだ?
「にゃあにゃあにゃあ!」
リルも必死にもがいている。しかし抜け出せない。
「わーん ご主人様のアンポンタンー!」
「お前もだろ!そうだ、こうなったらこいつら燃やしてやる!」
俺は体を捻ってバックの中に手を入れた。燃やしてしまえば脱出出来る筈だった。しかし・・
「ご主人様!上にゃ!!」
リルが悲鳴の様な叫び声を上げた。
「分かってるから待ってろ!・・上?」
俺はリルの声に動きを止めて上を見上げる。するとそこには・・
「ぎゃああああああ!!」
自分の声かと疑う程の絶叫が森に響き渡る。
見上げたそこに、黄緑色の化物がいて俺をのぞき込んでいたからだ。
「な、なああ!?」
俺は見上げたまま後ろにのけぞった。
「な、なんだこいつ!?」
そいつはまるで木の化物だった。
数千年生きた大木が自分の意志を持って動き出してしまった。そんな風に見えた。
「グ グ グ」
その化物は俺をみて音を出した。まるで重い物同士がこすり合っている様な音だ。
「ご主人様あぶにゃいにゃー!」
「わかってる!!」
俺は今までに無いほどの渾身の力を出して蔦を引く。すると数本の蔦がちぎれて弾けた。
「よし!逃げれる!」
そう言った直後だった。その化物は、俺に向かって声を放ったのだ。
「逃・が・さ・な・い」
「しゃべった!?」
こいつ、植虫植物みたいな生き物だと思っていたのに、全然違うのか!?
食虫植物なら俺の言葉に反応なんてしないはず。ならこいつは一体!?
しかしその化物は喋っただけでなく、更に数十本の蔦を這わせて完全に俺の身動きを止めにかかる。
「なっ!?やめろ!なんなんだてめぇ!」
俺はもがきながら喚く。
しかしその化物は俺の叫びには答えずに、蔦で俺を締め上げる。
「くっ、くるしい・・」
「ご主人様!そいつは植獣にゃー!食べられちゃうにゃーー!!」
「植・・獣・・!?」
「逃げてにゃー!!」
「ぐうぅっ」
俺は蔦に絡まったまま転げ回ろうと動いた。だが動けば動く程俺の体に蔦が絡まり身動きが取れなくなっていく。
やがて俺はまともに声も出せず、指一本も動かせなくなった。
「グ ググ グググ」
「ち、近づく、な!」
化物は不気味な声を上げ、涎を垂らしながら近づいてくる
こいつはなんなんだ!?食うのか!?人間を!?
いや、こいつに口なんて無い。大丈夫だ。
しかし俺がそう思った瞬間、化物の顔の真ん中がぱっくりと横に割れた。
「げっ!?」
口はあったのだ。その証拠に、中にはどす黒い歯が数百本も生えていた。
まずい!こいつ、俺を擂り潰して吸収するつもりだ!
「やめろお!」
「グ・グ・グ・・」
くそおっ!こんな所で!?
今だにこれが現実だと思いたくない俺の目の前に、化物の大きく開いた口が迫る!
まじかよ!?食われる!!
俺が恐怖で目を閉じたその時!
「ヴゥウウォオオオーー!!」
ワームと戦った時に聞こえた、狼の雄叫びが聞こえた。
そしてブチブチッという音がしたかと思うと、何かが走ってくる音がする!
「ガォオオ!!」
「リルか?!」
狼は返事の代わりに、俺の体に巻き付いている蔦に噛みついた!そしてそのまま強靭な顎で引きちぎる!
「ブチブチブチッ」
「よし!足の方も!」
「ガルァアアア!」
リルは凄い勢いで俺の手足に巻き付いた蔦を噛みちぎっていく。
「ガァアアアッ」
「すまんっ!助かった!」
狼になったリルが、吠えながら俺に絡みついた蔦をどんどん噛みちぎっていく。
そのおかげで上半身に絡み付いていた蔦を取り払う事が出来た俺は、すぐにバックの中に手を突っ込んだ。
そして取り出したナイフで、力任せに足に絡みつけいている蔦を切り裂いていく。
「グ グ グ」
化物の口からくもぐった音が漏れる。
化物にも痛覚があるのだろうか?
しかし今は、一秒も早くこの場から逃げなくてはならない。
「よし!リル行くぞ!」
ナイフを振り回して足の蔦を取り払った俺は立ち上がり、リルにそう声を掛けた。
化物の出方次第では、とうとうリルの背中に乗ることになるかもしれないと覚悟する。
しかし肝心のリルからの返事が聞こえない。
振り返ると、さっきまで隣にいたリルの姿が無かった。
「リル!?」
何処に行った!?
「グッ グッ グッ」
代わりに聞こえたのは、化物の笑うような音だった。
俺は化物から目を逸らさないよう注意しながらリルを探す。
「リル!?どこだー!!」
「・・カルルル」
すると先程の雄々しい声とは全然違う、弱々しい声が聞こえた。だが肝心のリルの姿は見えない。
「リルー!!どこにいる?!もう一回声を出せー!」
「グッグッグッ」
「うるせえ!てめえは黙ってろ!」
化物が俺に向けた視線を外さない。
まずい、急いでこの場から離れなければならないのに!いったいリルはどこに?
「リルーーー!!!」
俺はのけ反りながら大声を出した。
するとそれが化物の勘に触ったのか、また触手のように蔦を延ばしてきた。
「くそっ!邪魔くせえ!」
俺は近寄ってくる蔦をナイフで切り裂く。
幸い、蔦が近付いてくるスピードはせいぜいハエくらいで、面と向かってなら捕らわれる心配は無かった。
だがリーチの無いナイフじゃ、切れる範囲は知れている。
真剣や剣でもあればもっと一度に切れるのに!
「リル!リルー!」
俺は蔦をかわし、切りながら何度も叫ぶ。しかしやはり返事は無い。
そうしてる内に、自分に延びてくる蔦の数が段々と増えはじめた。
まずい、このままじゃ捌ききれなくなる!
「くそっ!返事くらいしろよ!バカ猫!」
俺がいらついてそう叫んだ時だった。
微かに、上からリルの声が聞こえた。
「ねこじゃにゃいにゃん・・・」
見上げれば、そこには再び人間の姿に戻ったリルが、両足を蔦に縛られて逆さまに吊り下げられていた。
「なっ!?おい!大丈夫か!?」
しかしリルは反応しない。
「化物!リルを離せ!」
俺はリルを捕まえている化物に向かって吠える。
だが化物は返事の代わりに、数十本の蔦を俺に這わせてきた!
「くそっっ」
俺は呻くように呟いて蔦をかわす。
どうする!?まずはリルを助けなければ!しかしどうやって助ければいいんだ?
「くそっ!リル!なんとか抜け出せしてこっちまで来い!」
苦悩している間にリルの足に絡まっていた蔦が上半身にまで伸びていた。
くそっ!なんで俺はなんの準備もしてこなかった!?
噛み締めた口の中から血の味がし始める。
「グァッ グァッ」
まるで俺にたいして当てつける様に嗤う化物は、リルを完全に取り込んだ。もうリルの手すら見えない。
・・こうなったら一か八か飛び込んであの化物の顔を滅多刺しにしてやる!
俺はナイフを握り直し、足場を探した。
ひとっ飛びで化物の顔までたどり着かなければならない。
でなければ、飛びかかってる最中に蔦や枝で止められるだろう。
「ググッ ググッ」
しかし化物は俺を追いかけてくる。
何かで注意を逸らしてその間に隠れ無ければ。
俺はそう考え、動き回りながらバックから袋を取り出してその中に砂を集めた。
そしてタイミングを計ってその袋を化物の顔に投げつける。
「グヴヴ・・・・」
化物は砂を顔から被り、戸惑った様な音を出す。
俺はその瞬間に身を伏せてから化物の背後に回り込んだ。
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