第14話 サラ


「グ グ グ」


化物は見失った俺を探しているのか、大きな音を出して周囲を窺っている。俺はそれを化物の背後の木の上から聞いていた。


音が出ないよう、浅く息を吸う。


今なら確実にあの化物の顔の後ろ側に攻撃出来る。


もし化物に後頭部があれば絶好のチャンスだけど・・・


俺は悩んだ。チャンスは一度だ、逃せない。


正面からよりも、後ろから確実に・・・


しかし、もし後ろ側を刺しても意味がなければ・・いや、元から一か八かなんだ。やっぱり顔を狙うしかない。


そう決めた俺がナイフを握りしめ、枝の上に移動した時だった。


「私が助けます。任せて」


「!?」


突然、化物の背後を取っていた俺の背後から声が聞こえた。


そこで叫び声を上げなかったのは俺の自制心が強かったからだろうか。


俺は口から飛び出そうな心臓を腕で押さえ込みながら、どうにか無言で振り向いた。


「!!!?」


そこで俺はもう一度声を上げかける。


そこにいたのが、明らかに人間じゃなかったからだ。


彫りの深い目に宿る緑色の瞳。白い顔に尖った耳。風になびく薄緑の長い髪。そして人と同じ形をした体から生えている羽の様な草花。


なん・・だ?こいつは!?俺は何も言えずに固まった。


するとそいつは俺に顔を近づけて、


「私がなんとかします。あなたは下であの人を受け止めて」


綺麗な声でそう言った。


俺はその瞳に敵意が無い事を感じて思わず頷く。


するとそいつは一瞬微笑むと、音も無く横の木に飛び移った。



「ググ ググ ググ」


化物は相変わらず周囲を窺いながらゆっくり移動している。


飛び損ねた俺の位置は、もう化物には届かない。


(信じていいのか?)


俺は頭では悩みながら既に姿の見えなくなった緑色のあいつを頼りに、隠れるようにリルの下に回り込もうとしていた。


あいつは一体何者なんだ?


いや、助けてくれるならなんでもいい!

だから助けてくれ!


俺がリルが無事に戻ってこれる様に祈りながら木の陰に隠れて化物を見ていると、その化物の背後にあいつが舞い降りるのが見えた。


(よし!気づかれてない)


体から生えた草を羽の様に広げたあいつは、気づかれる事無く化物の後頭部にたどり着き、そして手を伸ばす。


(何をする気だ?)


俺は目を細めてその動きを見る。


するとあいつは長く伸ばした手を化物の体の隙間に滑り込ませた。


化物はその事には気付かずに、相変わらず唸りながら周囲を見渡している。


(何してるんだ?攻撃してるようには見えないぞ)


化物にも変わった様子は見られない。


時間にすれば僅か数分だったかもしれない。


しかし俺は焦りで気が気ではなかった。


くそっ!リルはまだ無事なのか?!


そもそもあいつは一体何者なんだ?


更に数分が過ぎ、焦りが苛立ちに変わる頃、

事態は動いた。


(・・・ん?)


「ググッ ググッ」


化物の出す音が弱くなっている気がする。


(なんだ?)


見れば、音と共に動きも鈍くなっている。


(どうしたんだ?)


化物はとうとう立ち止まる。


「グ グ グ 」


そして化物から出る音が聞こえなくなった。


そして。


「ズサッッ」


化物は大きな音と土埃を立てながら、スローモーションのようにゆっくりと地面に倒れた。


「え?ええっ!?」


俺はそれを驚愕の眼差しで見つめた。


なんで!?


しかし直ぐに自分の役目を思い出してダッシュでリルの元に向かう。


リルは蔦から解き放たれると同時に、下に落下していた。


「リルーーー!」


俺は叫びながら落下地点まで全速で駆け寄る。


しかし距離がありすぎた。


このままでは間に合わない!


するとたった今まで化物の背後にいたはずのあいつが、木々の枝を飛びならがら近付き、右手を差し出した。


そしてその差し出された右手から草花が延びてリルの腕を掴む。


「んん!」


痛そうな声が漏れる。


掴んだあいつの腕からはブチブチと草花がちぎれる音した。


しかしそのおかげでリルの落下の速度が遅くなり、俺はリルが地面に落ちる前に受け止める事が出来た。


「リル!大丈夫か!?」


俺は腕の中でぐったりとしているリルに話しかける。


しかしリルは返事をしない。


「リル!しっかりしろ!」


俺は叫ぶ。すると横に来たあいつが


「私に見せて下さい」


そう言ってリルの顔や首を触っていく。


そして最後に体全体を見て安心したように頷くと


「大丈夫。締め付けられて気を失っているだけです。息はしてますし、外傷もありません。じき目を覚ますでしょう」と言った。


「ほんとか!?」


「はい。内臓にダメージもない様ですし」


「そ、そうか・・」


俺はようやく安心して腕の中のリルの顔を見る。


「良かった・・」


「はい・・ホントに良かったです。でもこの方が起きても、しばらくは安静にしてくださいね」


「はい!あ、あの、貴方は?」


「あ、すいません。私はサラです」


「サラさん。ホントにありがとうございます!命の恩人です!」


「い、いえいえ。そんな・・」


「なにかお礼させて下さい。今すぐはちょっと手持ちがないですけど、必ずなんとかしますから」


「そ、そんな事いいですよ!・・それよりこの方、オルガなんですね」


「え?、ああ、そうなんです」


「お仲間なんですか?」


「えっ?・・・まぁ・・・そう・・・なのかな」


俺は苦笑いしながら、曖昧な表現で頷いた。


「良いですね・・」


「んっ?」


「あ、いや、なんでもないです。それよりお2人はなぜこんな所に?」


「食材を探しに来たんです。でもまさかあんな・・そういえばあの化物をどうやって倒したんですか?というか、あの化物は一体?この辺りは危険な生き物はいないって聞いて来たんですけど」


俺は一度に気になっている事をまくし立てる。


「え、ええと、この辺りは基本的に危険は少ない場所なんです。でも最近、どこからかさっきみたいな生き物が現れてまして。私が通りかかったのも、調査の為だったんです」


「調査?さっきの化物の?」


「はい。あれは植獣の一種です。本来はあんなに攻撃的ではないのですが」


「植獣・・植物なんですか?」


「ええ。永く生きた植物に魔力が宿ると、自分の意志を持つ事があります。中にはああやって動き回ったりする場合も」


「はぁ・・・」


魔力・・・。こっちの世界に来てから何度も耳にしてはいる。でもいまいちメカニズムがわからない。


「今回は私の毒が効いたので動きを抑える事が出来ました」


「私の毒?」


「はい。私は


「にゃ・・・・」


話しているさなか、リルの目が開いた。



「リル!大丈夫か!?」


「リルさん。痛いところは無いですか?」


「・・痛いところはにゃいけど・・にゃんで俺は裸でご主人様に抱かれてるにゃ?」


「えっ!?」


「ご主人様・・?」


「いやっ!違う!」


「ご主人様、とうとうリルを食べる気にゃ?」


「食うか!あっ、サラさん!違うんです!そういう意味じゃなくて!リル!誤解を解け!」


「いたっ!にゃんで叩くにゃ?!」


「お前が変な事言うからだ!」


「ダメですよ!まだ安静にしなければならないのに」


「うっ・・すいません」


「まったく!ご主人様はすぐリルを叩くにゃ!」


「くっ・・・!」


「あれ?リルの服はどこにゃ?」


「知らん!」


「なんでにゃ!ご主人様が脱がしたにゃ!」


「おおお俺じゃねえよ!」


「なら誰にゃ!」


「あの・・・」


「にゃ?」


「狼になっていたから、その時に破れてしまったかと」


「あ・・そうにゃ!?あいつはどうにゃったにゃ!?」


「倒したよ。サラさんが」


「にゃっ!?」


「あ、はい・・一応」


「にゃーー、お前やるにゃあ」


「いや、全然そんな」


「良かったら俺の弟子にしてやるにゃ!」


「えっ!?」


「何言ってんだ命の恩人に!」


「いたっ!またぶったにゃあ!」


「ヤマトさん!」


「ご、ごめん。つい」


「全く!俺の頭が悪くなったらどうするにゃ!」


「手遅れだから大丈夫だ」


「にゃん!?どういう意味にゃ!」


「そのまんまだ!」


「うがーー!」


「いてててっ!噛みつくなバカ猫!」


「猫じゃにゃいにゃん!!」


「じゃあにゃあにゃあ言ってんじゃねえ!」


「猫じゃにゃいワン!」


「狼どこ行った!?」


「ぷっっ」


「「!?」」


「あははは!ごめんなさい、でもおかしくて!」


見ればサラさんがお腹を抱えて爆笑している。


ばつが悪くなった俺は、ひとまず上着を脱いでリルに渡した。


「にゃー、この服ダサいにゃ」


「文句言うな」


「じゃあ、これ良かったら」


サラさんはそう言って腕から草花を生やし、スカートを作った。


「おお!」


「凄いにゃ!」


「あ、ありがとうございます」


「これ貰っていいにゃ?」


「はい。使って下さい」


「わー、ありがとにゃ」


リルは嬉しそうにスカートを纏った。これならなんとか人前に出ても大丈夫そうだ。


「まだ食材探しされるんですか?」


「はい。ちょっと不安ですけど・・」


「にゃんで俺の方見るにゃ!」


「因みにどんな食材を探されてるんですか?」


そこで俺は探している理由と、3つの食材を伝えた。


「成程。でしたらお薦めの食材があります」


「お薦め?」


「リトュフの1種なんですが、洞窟の中に生える黒リトュフと呼ばれる物があるんです。これはまだ殆ど知られてませんから、高く売れるんじゃないでしょうか?」


「おお!」


「リトュフ好きにゃん!どこにあるにゃ?」


「はい。ここから東に半日ほど歩くと、切り立った崖が現れます。その崖の中腹に沢山の洞窟があるのですが、その洞窟の中に生えています」


「にゃっ!ご主人様これは行くしかにゃいにゃ!」


「そうだな・・行くか!」


俺とリルはうなずき合う。


「あ、でもサラさんは・・?」


「私は調査がありますから」


「でも・・1人で大丈夫ですか?」


「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ」


サラさんはそう言ってにっこりと微笑んだ。


「じゃあ出発にゃ!お腹空いたにゃ!」


「だから食ったらダメだって言ってるだろ、収穫して売るんだよ」


「わかってるにゃー」


「・・・」


「ほ、ほんとにゃ」


「ふふ。沢山取れると良いですね」


「はい!このご恩は一生忘れませんから」


「にゃん!」


俺とリルは深く頭を下げた。


「いえいえ、私も・・嬉しかったです」


「えっ?」


「ふふ。なんでもないです。ではお気をつけていってらっしゃい」


「行ってきますにゃ!」


「はい!・・じゃあまた!」


「ええ。また!」


俺達はその場に残るサラさんに手を振って歩き出す。


命を助けられた上に食材の場所まで教えて貰えるなんて、なんて幸運だろうか。


いつかきっとこの恩は返す。


俺は自分にそう誓い、黒リトュフのある東へ向かうのだった。

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