第14話 雪白の令嬢、追憶の鏡

「うーーーーーーーん…」

『何唸ってるんだ』

『イヤ、ヒト型デさいくろぷすヨリ強イ生キ物ッテナンダロウッテ思ッテ…』

 すっかり夜も更けて、8時ほどになった。二人は無事帰宅したが、明日への不安が募り寝る気が起きない。ビッグケットは窓際のチェアで辞書を眺め、サイモンはその向かいのソファで分厚い本を広げていた。

『何読んでるんだ?』

『もんすたー図鑑。次ノ対戦相手、ドウニカワカラナイカナッテ』

 これはサイモンの私物の一つだ。子供の頃買ってもらった物で、気に入っていたのでつい独り立ちする時にも持ってきてしまった。それがこんな形で役立つ日が来るとは驚きだ。今は二足歩行生物の項を見ている。

(巨人…昔神々が調伏してから脅威とみなされなくなったけど、悪用すればアリか…?でもサイクロプスが檻から出てくる時、ちょっとくぐってたよな…最下層の地面と観客席の高さ、入り口の大きさを考えると中に入らないし、そもそも連れてくるのが困難か…?)

 あくまでモンスターではなく人類のくくり。後処理係はそう言ったが、単純にサイクロプスより強い人類なんているんだろうか。モンスターだけど分類的に人類にかすめる…みたいな解釈の抜け穴を使って出そうとしているのでは?こちらには人間ですよと油断させておいて、ゲロ強な相手を用意してるんじゃなかろうか。

『「分類的には人類、でもサイクロプスより強い生き物ってなんだろウ…」』

 より正確な意味合いを伝えるために。サイモンがなんとなしにセクメト語でつぶやくと、ビッグケットは猫耳をぴくりと震わせた。

『それ、一つしかないじゃんか』

『ワカルノカ?』

『…オーガだ』

『!!!』

 思わず顔を上げた。二人で見つめ合う。…まさか、だけど、そうか。人類で、ヤバいくらい強くて、サイクロプスを越える存在。あまりにタブー、あまりにアンタッチャブルで頭に上がってこなかった。

『「はは、まさカ。獰猛すぎて誰も制御出来ないだロ。サイクロプスやギガンテスみたいなおつむ弱い奴らと違って、狡猾さも持ち合わせてル。跳躍力だってすごイ。どうやってビッグケット一人だけと食い合わせるんダ、ほっときゃ観客まで襲うゾ」』

『さぁ、魔法でどうにかするんじゃないか?サイクロプスもそうだった、戦う寸前にちょっと光ったんだ。意識かなんかを入れたり切ったりする魔法があるんじゃないか』

『ソレハ…マァ、』

 サイモンも見た。それまでのそのそ歩いてただけなのに、試合が始まった途端急に覚醒したようにビッグケットを襲いにいった。意識を操る魔法ならいくらでもある。それを使えばなんなく…。そこまで考えて、サイモンはあることに気がついた。ぱたんと図鑑を閉じる。

『…………。ビッグケット、おーがニ勝テル?』

『あーーっ、正直かなり厳しいな。死なないように立ち回ることは出来ても、勝つとなると…。まぁ、やると言ったからにはやる、次は手足全部捧げてでも勝つ』

『…死ナナイヨウニ時間ヲ稼グコトハ出来ル?』

『それならまぁ。余裕とは言えないけど、命なら多分守れる。多分』

 多分。と繰り返されるも、一応勝算はあるようだ。そんなビッグケットを見て、サイモンも確信する。それなら…いける!

『…見エタゾ、勝ツ方法』

『えっ、あるのか劇的な作戦が!?』

『「…相手の不正を証明しテ、失格敗退を狙ウ」』

『しっかく、はいたい??』

『「ごめん、言葉探すのめんどくさいからセクメト語で一気に行くナ」』


 サイモンが思いついたことはこうだ。

 まず相手側になんらかの魔法がかけられていることは間違いない。昨日ビッグケットの、そしてサイモンの目の前でサイクロプスがうっすらだが光った。その後すぐ咆哮を上げ、ビッグケットに攻撃的な素振りをみせたのだから、なんらかの行動を操る魔法がそこに存在すると言っていいだろう。

 なぜ魔法をかけられているのか?それは安全のためだ。暴れないように。運営側が管理出来るように。また、闘技場というショーを成立させ、観客を襲わないように。運営が定めた「敵」だけを狙うように設定している。それはわかる。が…


『「それってサイクロプスの行動は運営の思うままってことだよナ。じゃあ、強制的に出場者を操って試合展開を変えることも出来るよナ?」』

『あっ…』

『「そんなの公正な勝負と言えるのカ?なんなら狂化バーサクとカ、それこそバフを盛って強くさせることも出来るよナ?それは普通にズル、不正なんじゃないのカ?」』

『確かに…』

『「最初に読んだ規定の紙にハ、不正が発覚し次第強制敗退扱いって書いてあっタ。これ、運営側は免除って事はないよナ?じゃア、運営側が魔法で出場者、俺たちの敵を操ってる証明さえ出来れバ、俺たちがその場で勝利判定もらえるってことじゃないのカ??」』

『うん…ちょっと待って…』

 そこまで話したところで、ビッグケットが軽く頭を押さえた。うーん…と唸るので、サイモンは説明に何か不備があっただろうかと思ってしまった。

『「何かわからないとこあっタ?それとモ…セクメト語でわからない単語とかあっタ?」』

 そういえばこれは一応彼女の母語じゃない。通じない箇所があっただろうか。

『いや…何言ってるかはわかる。わかるけど、セクメト語になった途端ホントにぺらぺら情報が流されて…ちょっと、理解が追いつかない』

 ああ、今までケットシー語話してる時って速度的にちょっとたどたどしかったもんな。よし、ゆっくり話せということだな。サイモンは気持ち区切るように、ゆっくり次の言葉を続けた。

『「まぁ要ハ、明日ビッグケットが試合に出て時間を稼いでる間、俺が運営の不正を客の前で暴ク。具体的には運営が試合展開を操る可能性、つまり試合中リアルタイムで出場者に対して魔法を使っている証明をすル。これで俺たちは判定勝ちを狙えル」』

『うーーんと、私はとにかく時間を作ればいいんだな』

『「思考を放棄すんナ」』

 やはりビッグケットは戦闘担当ということか。黒猫がふんぞり返るように脚を組み、チェアの背もたれに身体を預けて、両手を頭の後ろで組んだ。

『まっ、頭を使うことはお前に任せるよ。私は私のやるべきことをやる』

『マー間違ッテナイケド…』

 サイモンはため息をつきつつ、さらに思考を展開させる。

 仮に誰か魔法使いが出場者に魔法をかけてるとして。その魔法使いはどこに居るんだ?そいつに直接働きかけて、自白なりなんなりで魔法の証明をするには、まず居場所がわからなければならない。

 サイモンの記憶にある限り、魔法の鏡の下。観客席より一段低く、そこだけ周囲を囲ったいかにも「特別な場所」と言いたげな場所。合理的に考えて運営本部と思しきスペースには、アナウンス担当の女性1人と貴族6人しか座っていなかった。その気になれば顔立ちも服装も思い出せるが…豪奢な椅子に横柄な態度で座る、高価そうな服を着た男たち。その中に確実に主催者がいる。シャングリラの闇闘技場はかつてとある1人の貴族の思いつきで生まれたと言われているので、数は1人。誰だと予想するまでもなく、アナウンス担当の隣、最も高価そうな椅子に座っていた年重の男がそうだろう。

 この際替え玉の可能性などは排除する。その上で、主催者以外の貴族はなんなのか。恐らく賭博システムの運営を支える出資者だ。あるいは貴族たちの知人友人。ゲスト的な存在かもしれない。それもまぁどうでもいい。何が言いたいかというと、そこに魔法使いらしき人物の姿はなかったということだ。

(じゃあ、観客の行動を監視する意味も含めて観客席か?)

 あの闘技場はとんでもない額の金が動く。一般客一人ひとりだって確実にそれなりの金を持っている。スリなどの犯罪を犯すには丁度いい空間だ。加えて、賭博場という人生を踏み外しがちな場所。自暴自棄になった客が暴れてもおかしくない。もっと言えば、高額出資出来る貴族が何人も集まっている。テロをするにも向いた場所だろう。ならば警備が要る。

 元々、あの場にいる運営側の魔法使いは一人きりだと思っていない。巨大な魔法の鏡に試合状況を映す係がいる。あるいは映像を撮る係と鏡に投映する係で2人。合計3人、以上の魔法使いがいてもおかしくない。例えば出場者を制御する係、試合を撮る係、投映する係、更に何人かが観客席に配置され、会場の警備係と兼任してるとしたら?常に4万を越える客が入っている観客席。そこからたった一人(あるいは数人かもしれない)の制御係を探し出すのは至難の業だ。どんなにビッグケットが粘ってくれても詰み。サイモンたちに勝利をもぎとるすべは潰えてしまう。

(でも…警備係に魔法使いっておかしいんだよなぁ)

 ただ会場の暴動を抑え込みたいだけなら、わざわざ魔法使いを駆り出す必要はない。もっと単純に戦士や騎士など、物理的に強い人物を用意すればいい。そもそも魔法使いという職業自体、大方が王族貴族金持ち出身だし、知識技術どれをとっても肉体労働の戦士より格上。雇うコストが半端ない。…全員ボランティアで無償タダ?可能性はなきにしもあらずだが、普通に考えて「ない」だろう。

(それに、結局主催者の護衛はどうした?って疑問が残る)

 もし仮に運営側の魔法使い全員が観客席に居たら。鏡の真下、観客に囲まれた主催者、そしてゲストだか出資者だかの貴族達の身の安全はどうやって守るんだ。魔法使いだから遠隔でなんとでも出来る?いや、暴徒の鎮圧だけならそうだとしても。客全員が逃げ惑うような大掛かりなトラブルが起きた時、護衛すべき対象がすぐそばに居ないってのはおかしい。避難にせよ誘導にせよ、やっぱり護衛係はすぐそばにいるべきだ。そしてそれは、武器がないと役に立たない物理戦闘員より、身軽で柔軟な活躍が出来る魔法使いこそふさわしい。以上のことから…


(少なくとも運営サイドの魔法使いが一人、主催者のそばにいるはずなんだ)


 となると、出場者が…今回のように暴れる可能性がある化け物が出ているなら尚更、制御係が主催者のそばにいるはずで、つまり主催者の護衛と兼任してると考えるのが自然だろう。

 あの場にわかりやすく魔法使い然とした人物はいなかった。貴族の一人のふりをしている?姿を見えないようにしている?そもそも、超高レベルの魔法使いだから本当に側にいる必要はない?だとしたらどんなに探しても見つからないのでは??もう考えがまとまらない。たら、れば、を繰り返したら1から全てが崩壊する。その程度の理論展開だ…こんなのにビッグケットの命を賭けるのか?

(うーーーん、でもなーーーんかひっかかるんだよなぁああ…)

 何かを見落としている気がする。既に正解を掴める状況にいるのに、思考を上手くまとめられないばかりにうっかり辿り着けないような。すぐそこに、「制御係の居場所」ピタリの解答がありそうなのに。


『…サイモン、私もう寝るぞ?』


 …はっ。俺は、何をしていたんだ。


 気がつけばビッグケットが辞書を机に置き、寝間着と呼んでいたワンピースに着替えていた。時刻は9時を回っている。知らぬ間に1時間近くうんうん考えていたようだ。

『お前、さっきまで話してたと思ったのに、突然ピターッ!と動かなくなっちゃうんだもん。石像になったかと思ったよ』

『悪イ…』

『タイトルは“考える人”。なんてね♪』

 茶化したように笑うビッグケットの視線が痛くて、手の甲に置いていた顎を上げた。頭の重さは手の甲から腕を伝わり、肘を支点に太ももに叩き込まれていたようで、肘も太ももも痛い。ついでにずっと前傾姿勢だったので腰も痛い。馬鹿か俺は?

『…ワカッタ、オレモモウ寝ル』

 はぁ。ため息をついて立ち上がる。とりあえず、明日の作戦が判定勝ち狙いなら、明日試合開始までにやらねばならないことがある。

『明日。俺ノ代ワリニナル人間ヲ探シニ行クゾ』

『なんで?』

『ビッグケットガ時間ヲ作ッテル間、対戦相手ヲ操ッテル魔法使イヲ探サナキャイケナイ。デモおーなー席ニ居タラソレガ出来ナイカラ、俺ノ役ヲスル人間ガ必要ナンダ』『「最低限俺と背格好が似てテ、出来ればケットシー語を話せテ、ビッグケットと意思疎通出来る人間……。あれ、もしかしテ…」』

『ジルベールじゃない?』

『アッサリ言ウナヨ!ツマンナイダロ!!』

 …ま、ケットシー語を話せて…の下りでほぼ決まったようなもんだけどな。思い返せばジルベールは180センチ前後で細身、髪こそ長いが顔立ちも優しげだし、サイモンと似ていなくもない(サイモンの顔が優しげかと問われると疑問が残るが、骨格や遠目なら充分似てると言える)。恐らく髪の長さをなんとかして、カラーリングもそれっぽく弄れば立派に代役が務まるだろう。にしても…ったく、買い物の借りも返してないのにまた手を借りることになるとは。

『ジャ、トリアエズ明日起キテ飯食ッタラジルベールノ所行クカラ。ヨロシク』

『わかった』

 黒猫はもう寝る準備を済ませたらしい。すたすたと奥の寝室に向かってしまった。なんとなしにサイモンがそれを見ていると、くるりと振り返る。

「さいもん」

 お、共通語のイントネーションだ。

「…スキ。」『おやすみ!』

「ッ…!!」

 咄嗟に何も言えないサイモンを置いて、笑顔の黒猫は寝室に消えた。お前っ…お前さぁ!!

(わざと!もてあそびやがってぇええ…!!)

 恐らくツッコんだら負け。ツッコんだら負けだ。だがむしろ、明日本気でどちらか、あるいは両方死ぬかもしれないのだ。それくらいの戯言許してやらなくては。

(…上手く行けば無傷。…けど、最悪俺が秒で爆散する…)

 明日、ビッグケットにこの事実も伝えなくてはならない。だが諦めない。明日中に居場所のヒントくらいは掴みたい。…俺が。次こそ俺があいつの役に立つ。あいつを救う番なんだ。












 翌朝。二人で簡単な食事を作り、せっせとかっ込んで身支度を整えた。向かうは3度目の来訪、ジルベール骨董品店だ。

「って…」

『『客がいる〜〜〜!!』』

 小さな民家のような店舗、朝日が差し込む骨董品店の店内。ゴンゴンとノッカーを鳴らしても出てこないから勝手に入り込むと、実に珍しいことに他の客が買い物をしていた。この骨董品店、ちゃんと店やってるんだ!正直何度か来ているサイモンですら、他の客を見るのは初めてかもしれない。

「失礼だねーー、ここはちゃんと店です!お得意様だっています、ほらここに!!」

 ぷりぷり怒るジルベールが手で指し示すのは、とても小柄で子供のように見える男…だが、耳にタグがついてるから成人したハーフリングのようだ。タグの色は青と黒。中年以降の年齢(25歳以上)という印がついている。何も知らずに見たら12歳前後の人間ノーマンの子供にしか見えないんだけどな…。亜人の見た目詐欺すごすぎる。

「この方は毎週土曜になると来てくれる骨董品マニアの方です!面白い物が入荷してたら買ってくれるんです!だからいつも閑古鳥ってわけじゃないんですぅ!!」

「…!」

 『こないだのケットシーのお金も買ってくれたんだよ!』『へぇ〜』なんていうジルベールとビッグケットの会話が聞こえるが、サイモンの頭はそれどころじゃなかった。…今日、土曜?土曜日だって?

「ジルベール、今日土曜なのか?それって新暦の話か?」

 数年前、国策で暦ががらっと変わった。旧暦が月陰歴げついんれき、現行の新暦が太陽暦と呼ばれている。突然日付が変えられて国民はあたふたしたものだが、それも昔の話。特に若者はすっかり新暦に馴染んでいる。頭の硬い年寄りは未だに旧暦で物を言うが…一応確認しておこう。いや、ジルベールは年齢3桁と聞いたがエルフの中では若者のはず…一応、一応な。

「新暦の話だよ、こないだ改正したじゃない。めんどくさいけど一応客商売だからね、それに合わせて店を動かしてるよ。…それがどうかした?」

「………いや………なんでもない…………」

 やっぱり新暦。てことは何か。何か引っかかった気がするんだけど、その具体的な理由がわからない。…いや…あれ…?サイモンは自分から声をかけたくせに、その理由が説明できず戸惑った。なん、だろう。何か大事なことを知った気がするのに。

「なんでもないなら驚かさないでくれる?人騒がせだな〜」

「ごめん…」

 いや、そんなことよりこいつに頼み事があったんだ。ハーフリングのお得意様とやらへの応対が終わるのを待ち、再び話しかける。

「ありがとうございました〜」

「あのさ、ジルベール!また頼みたいことがあるんだけど…!」

 その瞬間、ジルベールが客から受け取った金を床に落とした。チリンチリン、チャリリ…。銀貨と銅貨が床を転がる。ジルベールは表情一つ変えずにしゃがみ込み、サイモンを見つめながら硬貨を拾った。

「…また、今度は何…?ものすごい悪い予感がする」

「俺の、替え玉になってくれ!!」

「はぁ!?」

「てゆかお前セクメト語わかるか、ビッグケットと三人で話したいんだけど!」

「…わかるけど…すごい…嫌な予感…」

「頼む!!金ならいくらでも積むから!!」

「えーーっ金持ちムーブあざとーい!!」

 ジルベールからは散々嫌がられたが、なんとかカクカクしかじか説明して。


『…僕がサイモン君の替え玉〜!?』


『「頼ム、頼めそうな男がお前しか居ないんダ、このとーーリ!!!」』


 サイモンがパンと両手を合わせる。それを見たビッグケットもぺこりと軽く頭を下げる。ジルベールはぱくぱくと口を震わせた。

『やだぁ、それ最悪僕が殺される奴じゃん!つーか目の前オーガで、暴走するのを見てろって!?ビッグケットちゃんがそれを止めてるって?!やだやだ怖い!』

『「頼むヨーー、これ替え玉なしだと成立しない作戦なんだヨ!頼ム、お願イ!!」』

 店の奥、日当たりのいい一角。以前来た時三人で話し込んだのもここだった。小さな丸テーブルに椅子が三脚。テキトーに囲むように配置し、真ん中に茶器を置く。三セットのティーカップ、そして温かいポット。見た目だけなら優雅なモーニングティーだが、話す内容はすこぶる不穏だ。

『大体何その穴だらけの無謀な作戦!?ビッグケットちゃん、よく乗る気になったね!その魔法使いとやらが見つからなかったら詰みだよ!?死ぬんだよ!?そもそも主催者相手にごねようって時点でギルティじゃん、あっという間にひっ捕らえられてジ・エンドじゃない?!』

『「いやだかラ、それを今日中に目星つけたいのも山々だけド、とにかくお前の協力がないト…」』

『やだね、やだやだ!そんな危ない橋渡りたくない!!』

 子供のようにブンブン首を振るジルベール。予想より本人の抵抗が強いようだ。…どうしたもんだか…これが無理なら全部パァだ。他の勝てる方法なんてないぞ…。サイモンが眉間にシワを寄せたところで、ビッグケットが口を開く。

『…ジルベール、忘れたとは言わせないぞ』

『えっ?』

『お前、私の手をぎゅっと握って言ったじゃないか。「君を死なせるなんて嫌だ、絶対止めて見せる」って。あれは嘘だったのか?私…いい奴だなって思ってたのに…』

『『!!!』』

 珍しくたおやかな素振りで指を口元にあてるビッグケット。それは悲しみを堪える仕草に見えた。サイモンが思わずゆっっっくりジルベールを見ると、ジルベールも軋む音がしそうなぎこちない素振りで視線を反らした。…おい、おいおい。

『「ジルベールさん、ちょっト。うちの猫を口説くとは大した度胸だナ」』

『いや、あれは。あれはね、言葉のアヤですよ。だからね、』

『嘘、だったのか?』

『ぐぅ…ッ!!』

 今にも泣き出しそうな震えた声を出すビッグケット。お前前も言ったけど演技派かよ。勝負強さ半端ないな。二人で黙ってジルベールを見つめる。すると、

『あっいや…あの、えと、違います!違いますぅ、あれはあれで本心ですぅ!!!』

 観念した。ジルベールは悔しそうながら、ぎゅっと両膝辺りを握りしめた。よし、なら。

『「協力。してくれるよナ?」』

『協力、しますけど!じゃあせめて魔法使いの居場所に今から当たりつけて下さい!完全当てずっぽうから始めるなんて怖すぎるからぁ!!』

 条件を提示された。魔法使いの居場所。恐らく主催者の護衛を兼ねた存在の居場所。さて、運営本部にいないとなるとあとはどこへ………ん?

 あっ!

『「わ、わかっタ!魔法使いの居場所!!」』

『『えっ!?』』

『「多分、だけド…ちょっと待っテ」』


 今日は土曜。だとするとビッグケットと出会ったのが月曜。闇闘技場一回戦は火曜だ。ひっかかる。

 アナウンスの女性。やたら綺麗な人だなと思った。特に最初のカトリーヌはエルフだった。あんな血なまぐさい場にそぐわない品の良さ。

 魔法っていうのはサイモンが知る限り大きく3種類ある。魔法陣及び物質に書かれた呪文を駆使する「紋章術(符術含む)」。口から呪文を発する「口頭詠唱術」。完全に意思の力だけで発動できる「無言詠唱術」。後者になるほど高等とされる。

 途中聞いた貴族の男の言葉。「これ以上は金じゃない、純粋に魔導師が捕まらん!」「どいつもこいつも倫理がどうの、何に使うんだどうの言ってかけてくれなかった!」…つまり、高レベルの魔導師はあそこに関わりたがらない。てことは、

 貴族がどんなに金を積んでもあそこにいる魔法使いは中流程度ってことになって、てことは、


『「俺が狙う魔法使いは……………ダ…!!あいつが試合をコントロールしてたんダ、なんですぐ気づかなかったんだろウ!あーっスッキリしタ!!」』

『……ごめん、順を追って説明してくれる?そこに至った推理の道筋を』

『「だからナ、」』

 ごにょごにょ、ごにょごにょ。

 二人にざっくり説明すると、ビッグケットは明後日の方を見つめ、ジルベールは神妙な顔をした。

『…確かに、ただの当てずっぽうと呼ぶには正解に近いと思う…。けど、例外はいくらでもあり得るよ?うっかり邪悪な価値観を持ったとんでもないツワモノだったらどうする?超高レベルの魔導師だったら、近づいただけでシュッと死ぬよ』

『「それは恐らくなイ、マメに交代してらっしゃるからナ。めちゃ強だったら一人でずっと出来るじゃン」』

『弱者を装ってたら?魔法使いなんて騙し合ってなんぼだ。罠張ってそこに誘い込むのが常套手段だよ。完全完璧な推理とは言えないな…』

『「だからそこは賭けダ。最後、本人をひねり上げて脅しても俺が死ななかったラ。チェックメイト、俺たちの勝ちダ!」』

『うわーーーっ、最後は命がけのギャンブルじゃんか!そんなのに僕達の命を託さなきゃいけないのー?!』

 頭を抱えるジルベールを横目に。サイモンがビッグケットを見据える。

『…ビッグケットハ?オレノ作戦、危ナイト思ウカ?絶対生キ残リタイナラ辞退スルノガ一番ダ。おーが相手ニ辞退ナラ誰モ責メナイト思ウケド…ドウダ』

『…やる。やるよ。もしお前の読みが外れても私はお前を恨まない。助けに行ってやるよ、可能な限り』

『「即死コースだったらごめんナ」』

『…そんときゃそんときだ。ジルベールを連れて逃げてやる』

『うわぁん、力強いお言葉〜〜』

 へたれた泣き顔のジルベールと対象的に、サイモンと猫は力強く頷きあった。大丈夫。やれる。きっと…絶対!

『「そういやジルベール、カトリーヌって女の人知らなイ?エルフでアヴァロンの裏社会に居るなんて相当ダーティーだゾ、もしかして有名人だったりしなイ?」』

 そこでふと思いついたことを口にした。あの人の素性がわかれば、少しは推理の補強になるかもしれない。なんとなく話題を振ると…

『…エルフの、カトリーヌ?どこで見たのその人』

『「えっ?だかラ、闘技場の実況係だヨ。真っ白な髪で薄青の瞳で…必要なら似顔絵だって描けるゾ」』

『お前似顔絵も描けるのか、すごいな』

 サイモンは立ち上がり、店内から紙とペンを探し出した。たった2日だが、鏡を通して何度も見た。よく覚えている…長く絹のような白髪、薄氷に似た艶めく薄青の瞳、お嬢様然とした品のある顔立ち、薔薇色の頬、紅も要らない血色のいい唇…。さらさら描き出すと、それぞれ脇から覗き込んでいた二人がほぅ!と感嘆の声を上げる。

『私そいつの顔知らないけど!すごいな!!』

 まぁ、戦ってたもんな。

『わーーっ、綺麗な人だね!てゆーか上手いねホントに、すごい!でも………こんな人だったかなぁ』

 なんだそのコメント?サイモンがジルベールを振り返ると、優男はやおら顎に手を当てた。

『僕が多分カトリーヌ…を見たのは百年以上前、絵画の中なんだ。当時ある貴族のパーティーに出てね。その時ホールに飾られてた綺麗な女性の絵のタイトルが…カトリーヌだった気がする。あとで聞いたんだけど、その家の一番上の娘がある日失踪したんだって。だから娘の姿を絵に残したとか…そんなことを言ってたような…』

 ……えーと、ツッコミ所が山ほどあるんだが。サイモンはこめかみを押さえつつ、順に質問する。

『「百年以上前?お前当時何歳なノ?」』

『家を出る前だから200歳になる頃かな〜その前だっけな〜』

『「で、貴族のパーティーに出てたっテ?」』

『今までナイショだったんだけど、僕地方貴族の息子だったんだよねぇ。もう勘当されたから家に帰れないけど』

『『えっ…』』

 なんかウルトラすごい情報飛び出した。これはあまり深堀りしない方が良さそうな…

『なんでそんなことになっちゃったんだ?お前こんなにいい奴なのに』

 ……猫ーーーーーーッ!!!!!!眉間のシワを深く深くするサイモン。きょとんとした顔で素直すぎる質問をぶつけるビッグケットに、ジルベールは。少し寂しそうに微笑わらった。

『これも初出し情報なんだけどさぁ、僕……ダークエルフなんだ。エルフの社会にも魔法にも興味なくて、骨董品ばっか集めてたから。お前みたいな出来損ないはこの国に要りません、出てって下さいって追放されちゃった』

『『………!!!!』』

 ほらーーー、言わんこっちゃない!ウルトラ弩級やべーバックグラウンド飛び出したぞ!!!あーっここまで聞くつもりはなかったんだけどなー!!!

『ごめんサイモン君、今とっても困らせてるよね。こんなこと言わない方が、さらっと仲良くしていけるんだろうね…ごめん…』

『イヤッ、謝ルナ!大丈夫!モウ言ッチャッタカラ!オレハ受ケ止メル!!』

 慌てた様子で返してしまって、余計気を悪くさせるかなと思ってももう遅いけど。ジルベールは静かに頷き、やがて決意を秘めた眼差しで顔を上げた。隣のサイモンをじっと見つめる。

『もし君が本気でカトリーヌについて知りたいなら、力を貸そうか。僕も少しでも確証が得たい。君の推理が本物か。僕らの命を懸ける価値があるのか。ここまで来たんだ、曖昧なままじゃ向き合えない。だから僕も本気でやらせてもらう』

『モシオレガ本気ナラ…ドウナルンダ?』

『エルフの国、本国と連絡を取る。もう百年音信不通だけど、恐らく僕と今でも会話してくれる友人が一人だけいるんだ』

「……………友人」

 家から勘当され、ダークエルフとして追放されたジルベールの、たった一人の友人。

『誰ナンダソイツ』

『カミーユっていう家族ぐるみの付き合いをしてた家の息子でね、まぁ当然貴族で、幼なじみみたいなもんかな。彼ならきっと…今でも僕を…覚えてると思う……』

 少しずつ失速する言葉。百年連絡を取ってないならそりゃあ不安だろう。けど、もしジルベールがその不安を乗り越えてカトリーヌの謎に迫ってくれるというなら。

『「…頼ム。俺たちのために、頑張ってくれないカ」』

『…私からも、頼む!それで少しでも私達の勝ちに繋がるなら!』

 サイモンがその目を見据え、ビッグケットも拳を握りしめた。ジルベールは困ったような笑みを浮かべたが。

『…いや、これはもう自分のためなんだけどさ。カミーユなら今でも貴族社会にパイプを持ってる。僕が昔見た令嬢の絵画について調べることも出来るし、なんならサイモン君の絵を見て情報を交換することも出来るかもしれない。

 …じゃあ、やろうじゃないか。謎の美女の正体を解き明かす推理の旅!』

『『おーっ!!』』

 三人で拳を上げ、決意を新たにする。では次に向かうべき場所はどこだ?…恐らくだけどあそこだ。
















『はい、冒険者ギルドです』

『…冒険者ギルド?これとエルフの国に連絡するの、何が関係あるんだ?』

 サイモンたち3人は、連れ立って冒険者ギルドにやってきた。昨日来たばかりだから道順は覚えている。そして内装も昨日と同じだ。

 入ってすぐ、明るく開放的なロビーが広がっている。玄関横には冒険者向けに仕事の依頼を貼ったボードがあり、わんさかメモが貼られている。サイモンが貼った物は早くもなくなっていた。誰かが受注したのだろう。何せ、本一冊買うだけで金貨3枚の報酬をつけた。破格の値段故、きっと急いでこなしてもらえると思った。狙い通りだ。

 奥には木製の大きなカウンターがあり、受付嬢他、何人かのスタッフが働いている。各々帳面をめくったり、何かを書き連ねたり、事務仕事に忙しい。そして手前に視線を移せば、いくつものテーブル、たくさんの椅子。ここは冒険者たちが歓談し、情報交換する場になっている。一階は主にこんな感じだ。

『「エルフは基本他の種族と交流しなイ。交流が許されてるのは王族、外交官、首長と冒険者のみ…だっケ?」』

『さすがサイモン君、詳しいね。そういうわけで、人間ノーマンの国からエルフの国に連絡を取るなら、冒険者ギルドの力を借りるのが一番早いんだよ』

『へぇーー』

 ジルベールは話しながら、迷わず奥へ進んでいく。二人も慌ててそれを追いかけ、やがて3人はカウンターに辿り着いた。ジルベールが緊張した様子で受付嬢に話しかける。

「…あの、エテルネルフォレに連絡をとりたいんです。鏡を貸して下さい」

「わかりました、呼び出したい方はいらっしゃいますか?」

「 …北方グランドルに領地を持つ、デュ・ベレー家。カミーユという男性を呼んでください。マルブランシュ家のジルベールが待っているとお伝え下さい」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 そこで会話が途切れ、無言が落ちる。…エテルネルフォレ、エルフの国。さすがのサイモンもほとんど関わったことがない。さっき説明したように、意図的にひどく閉鎖的な環境を構築している。噂なら聞いたことがあるが、一般的な人間ノーマンの前に出るエルフがいたとしてほとんど冒険者。都会に暮らすサイモンには、なかなかお目にかかる機会が訪れなかった。

 実のところ、初めてジルベールを見た時はかなり興奮した。何度も絵本で見た、とんがり耳を持った美しい姿。しかし確かに、彼はなぜ人間ノーマンの国にいたのか。道具好きだし、てっきり冒険者から流れてああいうのをやっているんだと思ってた。貴族の実家から追い出されるとかいう、ハードな過去があるとは思ってなかった。

(いつもへらへらして何も悩んでなさそうだったからな…)

 それもこれも「そう振る舞ってただけ」なんだろうが。今、ジルベールは緊張した様子で連絡鏡の応答を待っている。あんな硬い表情初めて見た。美しさと相まって酷く冷たい印象だ。…だから、あえて笑顔を貼り付けていたんだろうか。エルフも大変なんだな。

 やがて。

ージルベール!?お前、ジルベールなのか…!?ー

 目の前に置かれた鏡に一人の男が映し出された。いかにもエルフの貴族といった感じの、耽美で優美な外見。抜けるような白い肌、ウェーブした長く淡い金髪。それを肩から流し、ゆるく三編みにしている。睫毛の長い、凛々しげな紫の瞳。こっちでは珍しいが、あっちではポピュラーなんだろうか。高い鼻、すっと引き結ばれた唇。彫像のような完璧な美がそこにあった。

ージルベール…!お前、元気に生きてたんだな!良かった、良かった…!ー

 鏡の向こうで美丈夫がぱたぱたと涙を落としている。百年ぶりの再会。スケールの大きさに目眩がしそうだ。長い間連絡を取らなかったのは後ろめたさからだろうか。だが、カミーユと呼ばれたこの男性はこんなにもジルベールのことを心配していた。ちゃんと覚えていた。…良かったな。赤の他人だが、思わずサイモンの目頭も熱くなる。さて、当のジルベールを見ると…あまりに感極まって、言葉が出てこないようだった。こちらも目元を真っ赤にして唇を噛み締めて。長い長い歳月を想っているのだろうか。しばらくじっと黙り込んでいた。

ーおい、ジルベール…?ー

「「ごめん、へへ…久しぶり。ずっと連絡しなくてごめんな。僕、ずっとアヴァロンに居たんだ。シャングリラって知ってる?父様や母様が聞いたらひっくり返りそうなとこで。毎日楽しく暮らしてるよ」」

ーそうか、シャングリラ…!ハハハ、確かに年寄り連中が聞いたら激怒しそうだな!だがすこぶるお前らしい。それに毎日楽しいなら、元気で暮らせてるなら…私は言うことないよー

 ふふふ、へへへと二人が笑みを交わす。そうだな、人間ノーマンだってシャングリラに入り浸ってるなんて言ったらかなり煙たがられるのに、エルフがそうなんて驚天動地の出来事だろう。けど、カミーユはそれをあっさり受け入れた。昔からエルフ社会の中で異端だったジルベールの友人だっただけはある。

「「あっ悪い、今日は世間話するために連絡したわけじゃないんだ。君、カトリーヌっていうエルフを知らないか?白髪、薄青の瞳でとても美人だっていうんだが」」

 そこでジルベールが本題を切り出す。サイモンとビッグケットはそっと鏡の中を窺った。人間ノーマンと獣人が堂々と映り込むのは申し訳ない。だが、カミーユが何を言うか知りたいから。するとカミーユは、ふむ。と顎に手をやった。

ーそれは…もしかして、ブラッディローズのことか?血まみれカトリーヌ。こっちの国に伝わる怪談…に近い話だが…ー

「ブラッディローズ…?!なんだそれ」

「「今、こっちの友人が彼女について知りたがっているんだ。カトリーヌってなんか失踪した令嬢じゃなかった?僕、百年以上前に絵画で見た気がするんだ」」

ーああ、多分それで間違いないと思うぞ。薔薇を家紋に戴いた名家ギヴァルシュ家のご令嬢…カトリーヌ。清廉なエルフでありながら残虐な殺しを好み、血を浴びることを喜びとした…そしてある日さらなる殺戮を求めて失踪した…押しも押されもせぬ極悪ダークエルフだー

(ダークエルフ…!そんなこったろうとは思ったけど、ドンピシャじゃねぇか!!)

 目を丸くするサイモン。ジルベールがその肩を叩く。

「「で、その友人がシャングリラの闇闘技場、賭博場で彼女を見たんだって。似顔絵を描いてくれたんだけど、一応見てくれないか?」」

 そこまで話すと、ジルベールはサイモンに目配せして先程の似顔絵を手に取った。連絡鏡に映るよう軽く持ち上げる。

「「こんな顔だっけ。僕、細かい顔立ちまで覚えてなくて」」

ーああ…!間違いない、あまりに可憐で美しいその姿!数多のエルフが騙され、文字通り血祭りに上げられたという…そうか、あいつ人間ノーマンの国に…。…くそ、面汚しが…!ー

 カミーユは口惜しそうに歯噛みし、それきり黙ってしまった。エルフは矜持プライドを重んじる。同族が他の国に行って犯罪を犯す、あるいはその片棒を担ぐなどとんでもない!と思っているのだろう。しかし…あのカトリーヌがダークエルフ、そして元ご令嬢だったとは。…てことは、やっぱり。やっぱり、闘技場の魔法使いは…



(実況係の女性たちで決まりだ…!)



 もちろん、机上の空論を積み重ねた結果にすぎない。けれど、一つ確信を得た。あそこに座っている女性たちは一般人ないし身分の低い人物ではない。二番目の実況アビゲイルにしたって、アヴァロンの女王ヴィクトリアと同じ、赤みがかった金髪。今王族や金持ちの間で、人間ノーマンの中で最も美しいともてはやされている髪色だ。たまたまそう生まれついた?それはあり得る。だが、一般人以下の中から「偶然その色に生まれた」女性を探すより、「意図的に流行最先端を目指し、実行出来る」財力を持つ貴族の令嬢を探す方が早い。端的に言ってあれは恐らく染めたもので、アビゲイルも金持ちの家の娘だ。

 エルフに人間ノーマン。どちらも魔法の才能に長けた人種。そして2日スパンで実況が交代した。つまり今日も変わる可能性がある。そこで魔法の一切使えなさそうな人種が来たら推理はパァだが、もし今日も魔法の得意な人種で高貴そうな女性が来たら…それは魔法使いである可能性が高い!

 そもそもエルフの時点で平均的に魔法が使えるはずだけど…仮に魔法が使えるとして、なんで人間ノーマンに手を貸すんだって疑問が残る。他種族とただ話すのも禁じるような国だからな。あんな容姿じゃ冒険者の線も薄い。じゃあ何か強制的に従わされている?…ない。それより倫理を踏み外したダークエルフと考えるのが自然だ。そして、それは証明された。殺しが好きな残虐なエルフ。なら喜んで運営に関わり、魔法だって使うだろう。

(ここまで来たら、今日の実況が魔法使いっぽかったら急襲のち判定勝ちを狙う案を決行して…駄目そうなら逃げ出す案を考えておいて…うーん、最後はその場その場で考えないとだな…事前に準備出来るものは…)

 この間数秒。連絡鏡の横、サイモンが必死に頭をフル回転している隣で。ジルベールは沈黙を破り、カミーユに話しかけた。要件は済んだ。もう話すことなど…ない。

「「そうか、…じゃあ。それを聞きたかっただけだから、もうさよならだ。今日は話してくれてありがとう。百年ぶりに君に会えて嬉しかったよ」」

 別れの挨拶を紡ぐジルベールに、カミーユは。

ーまっ、待て!ジルベール、今度…一度でいい、こっちに帰ってこい!追放がなんだ、来てくれさえすれば必ず私が迎えに行く!ー

「「何言ってるんだ、僕はもう国境を超えられない。検問で引っかかってしまうよ」」

ーどうせもうダークエルフなんだろう、密入国しろ!みんな寂しがっているぞ…ジェラールだって…ー

「「嘘だよ、ジェラールが僕に会いたがってるわけない。勝手に置いてかれて苦労してるだろう、きっと僕を恨んでる…」」

ー馬鹿者!そんなことを言うな、兄弟だろう!?今でも家のことを手伝いながらたまに口に出すんだ、兄さんはどこかで元気にやっているだろうかって…!ー

 会話はそこで途切れた。ジェラール…ジルベールには弟がいるのか。貴族の家に置いてきた弟。兄が追放されてなお、今でもその身を案じている…。

 サイモンが思わずジルベールの顔を伺うと、ジルベールは、泣いていた。今度こそ涙を溢して、ぽろぽろ泣いていた。

「「あいつ………はは。そうか、今でも僕のことをそんなふうに…。まいったな。ちょっとだけ…帰りたくなっちゃったじゃないか…」」

ーもちろん、リリアーヌもヴィオレーヌも…妹たちだって会いたがってたぞ。エルフの道に外れる!なんて怒ってるのはお前の両親やら年寄りだけだ。若い連中は複雑な気持ちの奴もいるけど、概ねお前のことを気にかけていた。会いに来るくらいバチは当たらないと思うぞー

「「へへ…そうか、そうか。でも密入国なんて大掛かりなこと、僕には出来ないよ。連れてってくれる人もいないしな」」

 鼻を赤くして笑うジルベールに。動く影があった。まさかの…

「「イコウカ」」

 黒猫。ビッグケットだ。ずっと黙っていると思ったら、まともに会話を聞いていたのか。そういや少しエルフ語わかるって言ってたな。会話の内容をわかってなお、なんとかエルフ語を駆使して。

「「イコウ、イツカ。ワタシタチト、イッショニ」」

 金の目を煌めかせて、真っすぐに。いつもなら何を言い出すんだ!と驚くところだが、今日は違う。目を丸くするジルベールに、サイモンも笑顔で頷いた。

「「俺たちで良ければ手助けするぞ。俺たち、まだしばらくシャングリラにいるけど…そのうち旅に出る予定なんだ。そのどこかでいいなら、一緒に行こう。もちろんお前が良ければ…だけどな」」

「「二人共…!!」」

 サイモンはエルフの国と縁遠い存在だった。しかし人間の国、アヴァロンにとっては身近で、それ故エルフ語を学ぶ教材は山ほどあった。これは父の影響というより彼自身の趣味。サイモンは独学でエルフ語を覚えた。いつか…いつかエルフの国に行ってみたかったから。

ーなんだ、聞こえたぞ。件の友人たちだな?そこに居るということは人間ノーマンかもしくは…しかし、いい。ぜひ来てくれ歓待しよう。…ジルベール、どうだ。これでもこちらに来ないつもりか?ー

 にやりと口角を上げるカミーユ。ジルベールはそれを見た瞬間、顔を両手で覆って俯いてしまった。言葉にならない。両肩を震わせている。

「「みんな…っありがとう…!僕、僕…ここまで一人で頑張ってきて良かった…良かったよ…!」」

 しゃくりあげて子供みたいに泣き始めるジルベールの背中を、サイモンが軽く叩く。…そうか、エルフは寿命が長い。確か平均千歳だ。その長い長い人生、早いうちに国から追放されて他所よそで生きていけと言われたら…そりゃあ寂しいし苦しいだろう。元々他の国に興味があって言語だって覚えたとしても、故郷を失った孤独を埋めるのは並大抵の苦労じゃないはず。…もっと早く気づいてやれれば良かったな。

「「わかった、きっと行く。いつか行く。みんなの所へ…挨拶くらいはしにいくよ…ッ」」

ーああ、わかった。では前向きな約束も出来たところで今日はお開きとしよう!…なぁ、ジルベールの友人諸君!ー

 ん?話しかけられている。サイモンは一応あまり鏡に映らないようにしつつ、静かに耳を傾けた。

ー気を遣ってくれてありがとう。しかし同じエルフの国の中でも、思想は様々。私は自分を比較的寛容なタイプだと思っている。そうじゃなくとも、人間ノーマンとちょっと話したくらいでけがれるだの、エルフの恥だの言うのは本当に限られたエルフだけだー

 ふぅん、そうなのか。あまり詳しく知る機会がなかったけど、実情はそんな感じなんだな。

ーだから、もしジルベールを伴ってこちらに来てくれるというなら…ぜひ頼む。いつでも、いつまでも待っている。百年後だろうと待っているぞ。ぜひ会いに来てくれー

「「いや、こっちは人間ノーマンなので…そんなに経ったら死んでしまう。大丈夫、遅くても数年内にはそっちに行くと思う」」

 ビッグケットを見ると、小さく頷いている。かまわない。の意だ。

ーなんと!数年内なんてあっという間じゃないか!楽しみにしているぞ!では明日にも支度を始めなくては!ー

 …そうなんだ、エルフの時間感覚…。明日から始めていつまで待つんだ…。知らんけど。

ーではジルベール、いつまでも泣いているな。良い友人に巡り会えたじゃないか。顔を上げろ。…近くまた会おう。その時を楽しみにしているぞー

「「ああ…また、いつか!」」

 最後は顔を上げた。涙に濡れてくしゃくしゃだったけど、確かに笑顔で。ジルベールは別れの挨拶を交わした。やがて鏡に波紋のような揺らぎが生まれ、映像が消える。鏡での通信が終わったようだ。

「…てか、あっち冒険者ギルドと言えど密入国しろとか言ってて大丈夫か…?」

「…わかんない…けど…まぁ、うん…あそこまで堂々と言ってるなら許される空気なんじゃない…??」

 サイモンが呟き、ジルベールが答える。二人はしばしの間のあと、各々小さく笑った。

「しっかし…まさかこんな展開になるとは。…なんかごめんね、ありがとう」

「あー別に。そもそも言い出したのビッグケットだし。そんで俺もかまわないし。気にすんな」

『私がなんだって?』

『アッゴメン』

 うっかりケットシー語を使うのを忘れていた。サイモンは改めて、ビッグケットにもわかるよう会話を続けた。

『マ、ビッグケットガ言ッタコトダシ、俺モ大丈夫ダシ、イツカ絶対。えるふノ国マデ一緒ニ行クカラ』

『…ありがとう。じゃあ準備が整ったらそのうち。声かけてね。僕も支度するから』

『アア』

 気がつけば、冒険者たちがギルド内に集まってきた。日も高くなってきたし、仕事の時間なんだろう。依頼オーダーのメモを物色する者、それを受注するためカウンターに向かう者、椅子に腰掛けて他の冒険者と話す者など、ギルド内は賑やかだ。

『「…じゃ、俺達はもう出るカ。カトリーヌがダークエルフだってわかったところデ…さっ、協力してもらうゾ、ジルベール」』

『あっ…そういやそんな話だったね…』

 そう、本題はジルベールの百年ぶり、涙の再会じゃない。…今夜の闇闘技場。その判定勝ちを狙うために、ジルベールに替え玉になってもらうって話だ。

『ぐぅ…仕方ない、国に連れてってもらう約束もしちゃったし、一肌脱ぎますか…!』

『「そうこなくっチャ!」』

 サイモンが笑い、ビッグケットも口角を上げる。ジルベールは涙を拭い、パンパン!と両頬を叩いた。

『よし、じゃあ僕がとっておきの人脈を駆使してあげよう!』

『ナンダソレ』

 ジルベールは会釈しながら鏡を受付に返し、そして二人に向き直った。

『替え玉ってことは容姿がそっくりな方がいいんだよね、それならうってつけの知り合いがいます!』

『へぇ?』

『変身魔法の使い手。そして…彼女が本気を出すと、』

『『出すと?』』

『僕達の容姿が…完全に入れ代わります…!』





 なっ、なんだってーーーーー!!??

 

 




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