第18話 Hello,New  World



 我が名はテオドール。この度は大変失礼した。これ以降つまらん人間ノーマンの依頼は一切受けないと誓おう。では、さらばだ。



 銀髪赤目の魔導師はそう言って一瞬で消えた。残された主催者、貴族、そしてペルルは騒然となっていたが…まぁ、サイモンと猫にとっては関係のない出来事。









〈…えーーー、皆様大変お待たせいたしました。そして、この度は大変お騒がせいたしました。色々ございましたが、本日の勝者はビッグケット選手!そして殿堂入りを果たした勇敢な彼女に今!記念の王冠と賞金金貨50枚が贈られます!!〉

 わぁあ…!!

 円形のすり鉢状になった地下闘技場、最下層のステージにて。さっきブチ撒かれたビッグケットの血は、運営職員によって慌てて掃除され粗方なくなった。オーガの死体もせっせと運ばれて、大穴だけが残っている。これ、明日までに修復されるんだろうか。ご苦労なことだ。

 まぁ、そんなことは彼らの預かり知るところではない。人魚の実況ペルルがステージに降り、楽しそうに拡声器マイクを振り回している。ビッグケットには王冠、傍らに立つサイモンには金貨50枚が職員の黒服男から渡され、その様子が壁に掲げられた大鏡に映っている。嬉しそうに王冠を頭に乗せるビッグケット。猫耳が邪魔で実用性皆無だが、所詮記念品だし、被る機会など特に来ないだろう。そんな部分も含めて、観客は彼女たちを微笑ましく祝福した。割れんばかりの拍手が会場に響く。

〈では、今回特例ずくめの闘技場!勝ち残ってどんな気分ですか!?ビッグケット選手!〉

 ノリノリのペルルにマイクを向けられるものの、まずビッグケットは共通語がわからない。代わりにサイモンが極力小声でビッグケットに囁いた。

『勝チ残ッテドンナ気分デスカ?ッテ』

『うーーん、まぁ、本音を言えばマジで生きてて良かったなって!色々考えてたけど、思った以上にオーガ強かったな〜!こりゃ逝っちゃうかも!って本気で思っちゃったよな〜』

〈…本当に生きてて良かった。思った以上にオーガが強くて、これは死ぬかも!と本気で思ってしまった〉

〈なるほど〜、さすがのビッグケット選手でも死を覚悟しましたか!〉

 全力で恥ずかしいが仕方ない。サイモンがビッグケットの代わりにインタビューに答える。こんな大勢の前で自分の声が拡散されるなんて生き地獄だ…!と思ったが、ビッグケットは共通語を話せないから…仕方ない、なぁ!!!

〈これまで5戦、戦いましたけれど。一番印象的だった戦いはどれですか?〉

『5回戦ッタ中デ一番記憶ニ残ッテルノハ何?』

『うーーーん、2回戦かなぁ?コボルトの人を守りながら戦うのはやっぱ大変だったかな〜』

〈2回戦。コボルトの女性を守りながら戦うのはやっぱり大変だった〉

〈なるほど!私は当日担当ではありませんが、記録映像を見る限り楽勝!って感じに見えていました。あれで大変だったんですねぇ、意外です!〉

 大闘技場の中央、観客多数のど真ん中でペルルとサイモンが会話する。ビッグケットは王冠を外し、指でくるくる回している。嬉々として笑顔で拡声器マイクを持つペルルが大鏡に映し出される。

〈では、名残惜しいのは山々ですが、これで最後になります!ビッグケット選手は本日殿堂入りのため、もう闘技場に出場することが出来ません。そこで、今日詰めかけてくれた6万の観衆の皆様に何か一言!〉

 サッと拡声器マイクを向けられ、サイモンがビッグケットに向き直る。

『モウ闘技場ニハ出ラレナイ、今日来テクレタ客ニ何カ一言クレッテ』

 するとそれまで他人事のようにへらへらしていたビッグケットは、ふっとサイモンを見た。

「?」

 サイモンが心臓をドキリと鳴らす。ビッグケットは、至極真剣な眼差しで口を開いた。

『……長々話すのもあれだから、手短にするけど。ここに来てる客には亜人、獣人もたくさんいるだろ。だから、そのみんなに。

 負けるな。

 って伝えてくれ。私達は人間ノーマンの奴隷でも玩具でもない。それぞれの誇りを忘れないでくれ。たった一人でも、その血を受け継いだ事を忘れないでくれって…伝えてくれ』

「………」

 複雑な生まれの彼女だからこそ思うこと。言えること。サイモンはその言葉を噛み締めた。ペルルに視線を戻す。

〈ここに来ている亜人、獣人の皆さん。負けるな。私達は人間ノーマンの奴隷でも玩具でもない。えっと…それぞれの、誇りを忘れないでほしい。たった一人でも、その血を受け継いだ事を忘れないでほしい…だそうです〉

〈はぁそれは…〉

 ビッグケットの切なる願い。それを聞いたペルルが感想なりまとめなりの言葉を言おうとしたところで、ビッグケットがサイモンの肩を掴む。まだ言いたいことがあるようだ。

『あと、高みの見物をしてる人間ノーマン共!うじゃうじゃいるからってあんま偉そーにしてっと、私達がお前らを滅ぼすぞ!お前らは神でも王でもない、人種の一つでしかないってことを忘れるな!』

〈えと、あの。あとこの闘技場で高みの見物をしてる人間ノーマンの皆さん。たくさんいるからって偉そうにしてると、私達がお前らを滅ぼすぞ。人間ノーマンは神でも王でもない、人種の一つでしかないってことを忘れるな、と〉

 そこまで言うと、観衆がドッと沸いた。ウケた、ようだ。それは嘲笑だろうか、亜人たちによる賛同の意思だろうか。サイモンには一瞬測りかねたが、直後にわぁ…!という歓声と大きな拍手が降ってきたので、恐らく亜人獣人を中心に賛同の意を示してくれたようだ。見れば、ペルルも噛みしめるような表情をしている。…人間ノーマンは神でも王でもない。この言葉、ここに来ている人間ノーマンたちにはどう届いただろう。

〈…そう、ですか。その、ビッグケット選手にしか言えないお言葉、ありがとうございました!人間ノーマンの皆さんには申し訳ないですが……私ちょっと、感激しました!〉

 てへへ、と笑うペルル。そういえば彼女の脚は二本。普通に人間ノーマンと遜色ないものがついていた。魔法か呪いか。彼女はどこから来てどこを目指すのか。彼女の胸にもきっと、たくさんの想いが詰まっているのだろう。ビッグケットの言葉は、恐らくこの場にいる全員の胸に何かを残した。そして今日でここを去る。

〈では、本日の勝者!5戦連続勝ち抜いた、殿堂入りチャンピオンのビッグケット選手に盛大な拍手を!!!本日のプログラムはこれにて終了です!!〉

 高々と王冠を掲げるビッグケット。それは、ケットシーの女である私でも人間ノーマンたちに勝ったぞというアピールだろうか。ペルルのアナウンスが響き渡り、観客がいつまでも拍手を贈る。闇闘技場5日目。サイモンとビッグケットの挑戦は無事成功という形で幕を下ろした。

 …………表向きは。










「サイモンさん!猫ちゃん!無事か!?上、上見て!」

 エリックの声が上から降ってくる。サイモンが洞窟状のオーナー席に入ろうとして立ち止まり、上を見上げると、オーナー席のすぐ上の観客席にエリックとジュリアナがいた。ひさしのような屋根に邪魔されてよく見えないが、ここに来ると見当をつけて探し出してくれたようだ。大きく手を振っているので、サイモンも手を振り返す。

「おー、無事だよ!今そっち行くー」

「や、オレたちが下りるほうが早くない?」

「待って、なんか来た」

 そこでサイモンは見た。傍らのビッグケットが視線を移し、視界の先にいるジルベールも振り返った。暗がりの奥にあるオーナー席入口。控室に繋がる扉が開き、誰かが現れた。…主催者だ。

「…やぁ、主催者さん。俺たちにまだなんか用が?」

「……何、見送りだよ。なにせ5日間、君たちには大変世話になったからな。最後に顔くらい見てもバチは当たらんだろう」

 緊張した面持ちで笑みを浮かべるサイモン。静かに話す主催者の貴族。両者の視線が交錯したところで、双方の間の空間に揺らぎが現れた。

「…おい、これ以上この人たちに文句があるなら、オレたちが受けて立つぞ!オレは加護師バッファーだけど、こっちのジュリアナは凄腕 調教師テイマー!下手なこと言ったら即死だぞ、なめんなよ!!」

「エリックさん、私の魔法でドヤるのやめて下さい。恥ずかしいです」

 魔法使い二人だ。転移魔法で上から下りてきたようだ。サイモンとビッグケットを守るように立ち塞がる。それを見た主催者はふふ、と笑った。

「何、ここで彼らを殺してどうこうしようなんて意図はないよ。…もう勝ちを譲ってしまった。私には争う理由がない」

「はぁーーんわかんないね!ここで憂さ晴らしに殺しちゃうとかいう線もあるね!なんせ人質までご丁寧に用意してここに来させる、姑息な貴族様のやることだからな!信用ならねぇ!」

「……随分信用がないようだ」

 吠えるエリック。貴族が苦笑したところで、サイモンも口を開く。

「…じゃあ、アンタがわざわざここまで来た理由はなんだ?さっきまで俺たちのこと、少なくともビッグケットは殺す気満々で振る舞ってたくせに」

「なぁに、最後に。猫さんと握手しにきたのさ。さっきの言葉を聞いて、私なりに思うところがあった。それを伝えたくて」

(あっ…)

 偉そうにふんぞり返るなよ、人間ノーマン。さっきビッグケットが言った言葉。そうか、これだけの客を集めて、亜人獣人が殺し合う様を娯楽にしている人間ノーマンの張本人だ。…まさか、改心したからここを閉めるなんてことは言わないだろうけど。少しは何かが届いたんだろうか。

「通訳してもらえるな?」

「ああ、マトモなこと言うならな」

 一歩、貴族が前に出る。ゆっくり歩いていく。緊張した様子でそれを見つめるジルベール。魔法使い二人。そして、三人の先にいるあちこち血にまみれたビッグケット。彼女はすっかり元気になったが、周りの雰囲気からこいつが何か嫌な奴だ、格好からして運営側の何かだと察したのだろう。睨みつけるように主催者を見ている。

『ビッグケット、コイツ主催者ダ』

『ああ、だろうと思った』

 短く言葉を交わすと、主催者が立ち止まる。ビッグケットと主催者が向かい合う。でっぷりと肥えた身体。ジャラジャラ纏った貴金属。長く高価そのものの衣類。上から下までいけ好かない貴族って感じの見た目。その主催者は、ビッグケットを見つめてこう言った。

「私は、ここの運営を続ける」

 …?!喧嘩売りに来たのかな??さっきエリックが警告したにも関わらず、主催者は平然とビッグケットの神経に触るようなことを言った。そして。

「私は愚かな人間ノーマンだ。金にまみれ、怠惰な生活を送り、暇を持て余している。大概の娯楽は見飽きた。そこで、毎日変化するものをと思い、ここを始めた」

 ………なんの自分語りなんだろう、これ。着地点によってはマジで八つ裂き案件なんですけど?サイモンが妙な緊張をしつつ見守る。貴族の言葉は終わらない。

「ここで見る殺戮ショーはたまらなく面白いものだった。あらゆる人間が上げる悲鳴。怒号。醜い姿。私はこの魅力に抗えない。少なくとも、私が生きてる間は。しかし…」

 ビッグケットを見つめる。

「私が死ぬ時には全て閉めてしまおうと、さっきの言葉を聞いて思った。少なくとも私の方から誰かに引き継ぐことはしない。だがきっと、また誰かがここを引き継ぎたいと言い出すだろう。そしてこの闘技場は終わらないだろう」

「えーと、何の話なんスか?いい話しにきたの?喧嘩売りに来たの??」

 思わず横槍を入れてしまった。主催者がサイモンを見つめる。まぁ、最後まで聞いてくれと言いながら。

人間ノーマン人間ノーマンである限り、ここはなくならない。だが、私は思った。いつか、ここが無くなるといいなと」

「……………」

 サイモンと、ジルベールと、魔法使い二人はそれを黙って聞き届けた。


 いや、お前がやめろよ。


「自分はここを根絶しないのに、誰かがこういうのを無くしてくれたらいーなーって?そういう話です?」

「まぁ、そういうことだな。ハッハッハ!!!」

 ………なんて野郎だ。真剣に聞いて損した。主催者が溌溂と笑うのを、一行はげんなりした表情で見つめた。神経図太いなこいつ。

『ビッグケット。コイツ、ココヲ閉メル気ハアリマセン。自分ガ死ヌマデズットヤリマス。死ンダラマタ次ノ誰カガ引キ継グデショウ。デモ、イツカ闘技場ッテモノガ無クナッタライイナァ。ダッテ』

『はぁ?ふざけてんのかこいつ。今すぐ全身裂いとくか?』

『ナンカイイヨ!ッテ言イタクナッテキタ』

 ビッグケットが全身にざわりと殺気を纏い、それをサイモンが朗らかに許容したところで。主催者は身の危険を感じ、慌てて首を振った。

「待て、なぜこれがなくならないか教えてやろうか!これは人間ノーマンのせいだけじゃない!社会そのものの構造の話だ!」

「は?」

 サイモンが眉間にシワを寄せて主催者を見ると、主催者は真剣な顔をしていた。まっすぐこちらを見返してくる。

「差別というのは、全ての人間、全ての生き物に共通する根強い娯楽なのだ。闘技場、いじめ、そして一方的な殺戮。どの種族でもそうだろう!」

 サイモンはその言葉にドキリとした。そうだ、そういう意味ではビッグケットだって…。急いで小声で噛み砕いて黒猫に伝える。

『「差別ってのは全生物に共通する娯楽ダ。闘技場も、イジメも、一方的な殺戮モ」』

 ビッグケットの目が見開かれる。主催者は言葉を続けた。

「今人類の中では人間ノーマンがトップだ。しかし、人間ノーマンの上にはドラゴンがいるし、その上にも天使や精霊がいるし、そして神がいる。下に目を向ければ、人間ノーマンの下に亜人、獣人が来たとして、さらに下に動植物、下等なモンスター、死霊や怪物、最後に忌むべき悪魔たちがいる。強い弱いじゃない、誰だってこの意識の中で生きてる」

「…………」

 反論出来ない。悔しいが。

「私達のやっていることはエゴ100%だ。わかっている。だが、本当の意味でここが潰れることなど半永久的に来ない。この世から差別の意識が綺麗サッパリ消えることなどないからだ!違うか!?」

「…………確かにな。アンタの言うとおりだ」

 人種間、国家間なんつぅ狭い範囲の話じゃない。あらゆる世界、あらゆる社会から完全に差別が消えることなんて、あるのか?…それは、きっととても難しい。だから、ここはなくならないんだ。

『「人間ノーマンと亜人獣人だけじゃなイ。上から神、天使、精霊、ドラゴン、人間ノーマン、亜人獣人、仮にそういう順番だとしテ、下に動植物や下級モンスター、死霊に化け物、そして悪魔がいル。みんな差別の中に生きてル。闘技場がエゴ100%なのはわかってル、けど、この世から差別がなくなることはなイ。そうだろ?ッテ」』

『……………』

 ビッグケットも黙り込んだ。そうだ、こいつはまさに圧倒的な力で他の参加者たちを殺して回った。これだって立派なエゴだ。見下す喜びに満ちた娯楽を既に体感しているんだ。

「……小僧、聞いたぞ。この世から争いをなくしたい、悲しむ人間のいない世界を作りたいと吠えていたな。それがどれだけ難しいことかわかるか」

「……!!」

 主催者が静かにサイモンを見る。そうだ、確かに俺はそう言った。今考えると、そうだな。

「………まぁ、夢物語だってことは容易に想像出来るよ」

 どんなに武力を持っても、金を持っても。人が人を差別し笑い続ける限り、争いも悲しみもなくならない。…我ながら大変な夢を持ったものだ。

「でも、諦めない。世界中の全員を救えないからって、目の前の誰かを見捨てていい理由にはならない。俺は出来る限り誰かを救い続けたい」

 おお………。

 サイモンが言い切ると、二人の魔法使いとジルベールが感嘆の声を上げた。うん、恥ずかしいからリアクションしなくていいよ?まぁ無理だけど、無理だろうけど!頬を赤くしつつ、サイモンが唇を噛みしめていると。

「………。大志を抱いた若者は眩しいな」

 主催者は毒気が抜かれたように静かに笑った。それは本当に人のいい表情だった。

「お?何かあったらアンタも協力してくれていいんだぞ?ここをやめないにしても、金銭的援助とか、パイプを駆使してくれるとか。少しはビッグケットの言葉に思うところがあったんだろ?」

「…ふん、神経の図太い奴だ。金は充分すぎるほどあると言っていたのに、さらに私を顎で使うのか」

「もし拒否するってんなら、まぁ、ここに一応元気になったビッグケットがいるわけですが」

「更に脅すのか!?厚顔無恥な奴め!!!」

 にこり。サイモンが笑顔でビッグケットを指し示すと、主催者は顔を真っ赤にして怒鳴った。ははは、とビッグケット以外の一同が笑う。黒猫は話についていけず目を丸くしていたが…

「……わかったわかった。今回はお前にしてやられた。あの逃げた魔法使いじゃないが、お前の夢は大したものだ、感服した。今後一回くらいなら、何かで手を貸してやろう」

「マジ!?やった!!!」

 元は話の流れでテキトーに、のつもりだったが。本当にコネを作れてしまった。一回とはいえ、これは大きい。その一回、もし今後使う機会があれば大事に使おう。サイモンは全力で満面の。明るい笑みを浮かべた。

「ありがとうございます!」

「……殺されるかもしれなかった相手に『ありがとうございます』とか、よく言えるよねぇ……。サイモン君てホント懐広いんだか、ありえないレベルのお人好しなんだか……」

 気づけば、いつの間にかジルベールが隣に並んでいた。彼はよいせ、と肩先に落ちた髪を後ろに流す。止める物がないようだ。さすがのエルフも長すぎる髪を持て余していた。

「僕にはてんで理解出来ないね。誰かを殺すことも、関わることも、救うことも脅すこともまるで同列かのように扱う君のこと」

「うーん、人間って一つの側面しか持たないわけじゃないから。……エルフにはわかんないかもしんないけど、綺麗事だけじゃ出来てないんだよ、世界ってさ」

「……重いなーーーその言葉w」

 ジルベールは何か含むような言い方をした。エルフは、綺麗事だけで出来た世界にいるつもりなんだろうか?サイモンがジルベールを見ると、ジルベールは小さく笑みを浮かべた。空色の澄んだ瞳。亜麻色のウェーブがかった長髪。動きに合わせて揺れるローブ。まるで絵に描いたような「魔法使い」の出で立ちだな、と思ったところで。ジルベールが主催者を見据える。

人間ノーマン。私は322歳、純血のエルフだ。お前はせいぜい30歳か40歳といったところだろう、お前の何倍も長く生きている自負がある」

 朗々とした語り口。え、ジルベールどうした??思わず目を丸くしてしまったが、口は挟まなかった。彼には伝えたい事があるようだ。

「我欲に塗れた人間ノーマンめ。私達エルフはそのような存在を最も嫌う。大人から子供まで、エルフは皆欲に溺れる者を恥、忌むべき者と蔑み切り捨ててきた。…私が今このアヴァロンに居るのも、つまらない欲を押し通した結果、国から捨てられたからだ」

「………!」

 そう、今日その話をしたばかりだ。主催者は恐れるような目をジルベールに向けている。まさか、国からの追放者…いわゆるダークエルフがこんなところで楽しそうに人間ノーマンとつるんでると思わなかったんだろう。やや緊張した面持ちだ。

「私は自分がそうである以上、欲というものを悪と捉えていなかった。しかし、お前の話を聞いて、それはやはり悪と呼ぶべきだと再認識した」

 鋭い視線。ジルベールは主催者を睨みつけている。…いや。蔑んでいる。

「恥も外聞もなく、己の欲望を曝け出す醜い男よ。それが人間ノーマンの本質であり、改める気もないと言うのなら………人間ノーマンとは、正直相容れない。そう思わされた」

「「……!」」

 それは、恐らく異口同音に近い気持ち。サイモンとエリックは何者かに背中をぞわりと撫でられた気分だった。こんな所で種族の差を突きつけられるなんて。…ジルベールは、根本的に人間ノーマンと理解し合えない。雑に表現するなら「嫌いだ」。そう、再認識したんだ。

「もちろん、個人によってこころざしは違う。だからこの場の私の友人たちまで同列だ、忌むべき存在だとは思わない。……しかし、お前のような人間ノーマンがのさばる限り。同胞エルフとの争いは終わらないだろう。お前の醜さが戦争を生むのだ。忘れるなよ」

 そこでジルベールは口をつぐんだ。しん、と静寂が落ちる。ジルベールは一つ瞬きをして、俯いて、しばし無言を貫いた。

「………ごめん。僕先にあっちに行ってるね。待ってるから、話が終わったら来て」

 そのまま歩き出す。サイモンたちは追いかけることが出来なかった。彼は少なくともこの主催者が嫌いだ、もう話したくないと宣言したのだ。止める理由などなかった。見る間にひさし状の屋根をくぐり、柵をまたぎ、扉を抜けて…闇の中に消えていった。

『…あれ、ジルベールどうしたんだ?なんだって?』

『「……めちゃくちゃざっくり言うト、欲丸出しデエルフ的に恥そのもののあの貴族とはもう話したくないかラ、先にあっち行ってるっテ」』

 ビッグケットが目を瞬かせて尋ねてくるので、サイモンは急ぎかいつまんで答えてやった。…主催者の言うことは、サイモンから見て正しい。欲がこの世から綺麗に消えることなどありえない。けれど、ジルベールの憤りももっともだ。仮にそれが事実だとしても、それはドヤ顔で肯定することじゃない。理想と現実と。それが生む諍いと。……はーー、この時点で争いが生まれてるじゃないか。

(俺の理想ってやっぱ叶わない幼稚な夢なのかな)

 人間、エルフ、獣人、そしてその他のあらゆる種族。そこからせめて、戦争だけでもなくなればと思ったのに。前途多難だ。

「……………争いをなくすってのは、簡単なことじゃないんだな」

「残念ながら今この場で証明されてしまったな。まぁ、頑張れ若者。私は個人的に応援するぞ」

「闘技場は続けるのに?」

「ああ、それとこれとは訳が違うからな!」

 ははは、とまた主催者が笑った。サイモンはさすがに「これ以上話したくない」という気分になってきた。それにこの男の肩を持つことは、人間ノーマンからすれば潔癖に近くとも、確かな理想を抱いたエルフを、そこに属するジルベールを否定することに繋がる。いつまでも仲良くおしゃべりしてると彼の心証を下げてしまいそうだ。

「……オッサン、俺たちもう行くよ。ビッグケットと握手してくの?あんな無茶苦茶言っといて?」

 もう行こう。サイモンが主催者を見ると、主催者はなお笑顔を浮かべた。

「ああ、お嬢さんが許してくれるならな。完敗だ。そして今後君たちの行く末に神の祝福があるように」

 主催者が手を差し出す。サイモンは傍らの猫に静かに話しかけた。

『コイツガオ前ト握手シタイッテ。一応、オ前ニハ完敗ダ、コレカラ頑張ッテクレッテ言ってる』

『………ふーん』

 それを聞いたビッグケットは、冷めた表情で答えを返したが。意外にも素直に片手を差し出した。すっと主催者の出した手を握って……


 ぱきり。


「!!???」

『これくらいのお礼参り許されるだろ』


 あっ、と止める間もなかった。傍目にはそっと握ったように見えたものの、その実確かに嫌な音がした。主催者はわなわなと手を震わせている。…………折ったな、どこか。

「…………すんません、けど、まぁ、それで済ませたのは彼女の優しさなので………うん」

「……………くく、そうだな…………特にお嬢さんは殺されかけたんだからな、それくらいするだろうな…………」

 主催者は痛そうなものの、ビッグケットの凶行を許した。そもそもあんだけやっといてここに来た時点で、殺されても文句は言えまい。これで済まされた優しさを噛み締めてほしい。

「…じゃ、ビッグケット。エリックもジュリアナも行こう。出口まで出たら解散だな」

「……ああ」

 そこでビッグケットの肩を叩き、魔法使い二人に声をかける。ジルベールの言葉が堪えていたのだろうか、二人はやや気まずそうな顔で黙り込んでいる。ためらった様子があったものの、一人、二人、ゆっくり歩き出す。サイモンとビッグケット、そしてエリックとジュリアナは連れ立って扉に向かった。

 ………これで闘技場に通うのも終わり。あとは、あっ。

『ソウダ、コノ服。着替エナイト』

 そういえば、サイモン自身は着替えた記憶がないものの、ジルベールによって服を変えられていた。これを戻さなきゃいけない。そしてビッグケットも。身体はすっかり元気な様子だが、あちこちに赤い物がついている。

『ビッグケットモ、何カ拭ク物モラオウカ。ソレトモ湯浴ミッテ今日モアルノ……?』

『あー、さすがにちょっとな。服替えるだけじゃ足りないかも』

 しかし今日はもう金貨をもらった。後処理係はこちらに来ていない。てことは湯浴みはないんだろうか…こちらを本気で殺す気だったから。訝しみつつ扉をくぐり、しばらく歩く。全員で控室に戻ると、そこにはジルベールが居た。そして、

「………アンタ」

「やぁ、オルコットさん。結局してやられたな。大したもんだ」

 後処理係ではない。なんだかんだ因縁深い、案内係がそこにいた。ジルベール…こいつと二人で待ってたのか。気まずそう。

「遅いよ〜、この人と待ってるのめっちゃ気まずかった!」

「だろうな。」

「ほら、もう着替えて。帰ろう、みんなで」

 ジルベールはすっかり元の調子だ。朗らかな様子でサイモンの肩を叩く。しかしサイモンは魔法使い二人の様子が気がかりだった。若い少年とハーフエルフの身の上。さっきの言葉を受けて、エルフであるジルベールとどう接して良いものか…という表情だった。

「おやっ、二人共表情暗いね!さっき僕が言ったこと気にしてるの?」

「……そりゃ気にしますよ……」

「そうですよ、言い逃げであんなこと言われちゃ……」

 元々そういうキャラのジュリアナはともかく、萎縮したエリックまで敬語を使っている。ジルベールはそんな二人を見て、ぽんとそれぞれの頭に手を乗せた。

「あいつはあいつ。君たちは君たち。ごめんね心配させて。別に嫌いになったわけじゃないよ。特にエリック君は、もし良ければこれから僕と仲良くしてくれると嬉しいな。…まぁ、なんて都合のいい言い草だって思うだろうけど」

「いえ、とんでもない」

 エリックは両手を上げてふるふると首を振った。まぁ、突然オレ322歳だから〜とか言われたら、しばらくそれを乗り越えるのが大変だろうけど。…まぁ、ジュリアナと仲良くやってる彼のこと。いずれ受け入れていくだろう。

「てか、アンタはなんでここにいるんだ。なんか用でもあんの?いつも最後にやってくる奴はどうした?」

 一方サイモンは、案内係が今ここにいることが気になって仕方なかった。今日は後処理係が後処理をしないんだろうか。黒服の案内係に声をかけると、彼は軽く笑みを浮かべる。

「いや、大したことじゃないんだけどな。正直、今日はあんたらを本気で殺す予定だったから、いつも来てる奴はお役御免だったんだ。だって試合が終わる時には、二人共死んでるはずだったから」

「えっ、それって僕も!!??」

 突然放たれる重大事実。ジルベールが素っ頓狂な声を上げる。………ご丁寧に登録者オーナーも殺す予定だったのか………怖っ。

「まぁそのつもりだったんだけど、あんたたち入れ替わってたんだろう。突然知らないエルフがここに現れて、まぁオルコットさんの代わりに殺すのも忍びないから放置したのさ」

「あ、ありがとう……!!なんかおかしいけど、とりあえずありがとう!」

 ジルベールが慌てて両手を合わせる。案内係はさらに続けた。

「で、まぁ俺はいつもの奴の代わりに最後の挨拶に来たわけだが。これが殿堂入りした人たちに渡す書類。そんでこっちが元の服。帰る前に今着てるのを返してくれ。最後に……」

 そこでビッグケットを見る。あちこちボロボロ、赤い染みをつけた彼女を一瞥して…

「湯浴みは申し訳ないが用意出来なかった。代わりにお湯を用意したから、着替えついでに軽く拭いていってくれ。……こっちの想定より、男というか人が多いな……どうする?何かスペースを用意するか?」

「あ、いや……」

 サイモンがビッグケットを見る。彼女はまだ何を言われているかわかっていない。そして、傍らにはジュリアナ、エリック、更にジルベール。全員が見守る前で身体を拭かせるのは、本人は気にしないだろうけどこっちが気まずい。ジュリアナに任せよう。サイモンは小さな少女を振り返る。

「ジュリアナ、回復魔法の心得はある?」

「うーん、紛い物なら出来ますけど……」

「紛い物?いや、ビッグケットの腕や手が本当にちゃんとくっついてるか確認してもらいたいんだ」

「あ、はいそういうことなら。なんか突然運営の魔法使いが味方になってくれましたよね。実力的に大丈夫だとは思いますが、一応チェックしますね」

 ジュリアナはサイモンの提案を快く承諾した。黒猫に向き合ったところで、本人にも説明する。

『ビッグケット、運営ガオ湯クレルッテ。服替エルツイデニ身体拭イテ欲シインダケド、ソノ前ニジュリアナニ腕ヲ見テモラッテクレ。オレタチ男連中ハ外デ待ッテル』

『はーい』

「で、エリックとジルベールは…とりあえず俺着替えるから。それが終わったら一緒に外で待とう。ジュリアナ、よろしくな。ケットシー語がわからなくてもそれなりにやっといてくれ」

「はい、善処します」

 そこでくるりと振り返る。

「……もう話終わりでいいんだよな?言っとくけど、わかってるだろうけど、そこの女性二人は…ジュリアナすら多分俺たちより強いからな。下手なことすんなよ」

「大丈夫。俺には特別な戦闘力も技術も密命もない。運営の犬として最後に見送る職務があるだけだ。ああ、ビッグケットさんの裸は見ないようにするから心配するな」

「そんな心配はしてない……」

 案内係が微笑み、サイモンは思わずうんざりした顔をしてしまったが。そこまで言うなら安心だろう。軽く黒猫に手を振ったあと、さっと着替えて鞄に書類ともらった金貨を入れて。待ってくれていた男二人と連れ立ち、長い通路を歩き出す。

 ……これで、本当に。こことはお別れだ。長かったな。

 思わずうーん、と伸びをした。思い返せば、ビッグケットの腕が落とされてからまるで生きた心地がしなかった。帰ったら謝らないと…今後は何が一番大事かハッキリさせないとな。何が目の前の人間を救いたい、だ。危うく相棒を死なせるところだった奴が抜かしてんじゃねーよ。苦い顔をしていると。

「そういや、あの運営の魔法使いって何者だったんだろう。すごい強かったな、オレの知ってる人かなぁ?」

 靴を鳴らして歩きながら、エリックがウキウキした声で話しかけてきた。ああ、エリックは同業者か。レベルが高い仲間を見ると気になるんだな。

「あー、なんかテオ…テオなんとかって名乗ってたぞ。知ってるか?」

 てお、テオドールだったかな?サイモンがぶつぶつ言っていると、

「テオドール!!大物じゃないか!!」

 ジルベールが大声を出した。そういやこいつはエルフ仲間か。知っているのか?エリックも興味津々な様子だ。

「ジルベールさん、知ってるの?」

「ああ、テオドールは僕よりちょっと若いんだけど、まぁあ立派な人だよ。なんせ噂じゃ聖職者クレリックA級、迷宮踏破者ダンジョンアタッカーA級、その上植物学者で薬学にも精通してるって話じゃないか。…と言っても、僕が一方的に知ってるだけで、あっちは僕のこと知らないだろうけどね!」

 ははは!と笑うジルベールに、

「ふえええ、複数Aランク持ちか!レベル高ー!さすが長生きなエルフは違うなー!」

 目をキラキラさせて興奮するエリック。…ちょっと待て。

「クレリック?聖職者?あの人前衛バリバリの攻撃型魔導師じゃないの?すごい強そうだったぞ?」

 あんなに多彩な攻撃魔法を持ってる様子だったのに…専門は聖職者だって?ダンジョンなんたらは全く知らない職業だけど…どういうことだろう。

「いや、彼も僕と同じ。貴族出身なんだよ。まぁ地方を治めてるだけのうちと、魔法使い排出専門のあっちじゃ、権力が桁違いだけどね」

「へぇ〜」

「そんで、魔法使い排出メインの家ってのは、とにかく因子…魔法の属性の元を集めまくってるから。有力な家同士でどんどん血を混ぜて、四大元素は言うに及ばず、確か僕が国に居た頃でも、トレンドは属性50とかじゃなかったかな〜。エルフ魔法使い界のトップレベルは、それくらい属性を持ってないと誰にも相手されないんだよ」

「「うえええええ、すごーー!!!」」

 思わずエリックとハモってしまった。なんというか、過酷だ。エルフは魔法使いであることをとにかく極めてるんだな。…いや、人間ノーマンのトップ貴族もそうなのかもしれないけど……何せエルフの人生設計は千年単位だ。人間ノーマンとは格が違う。

「てゆーか、テオドールって言えば何より変身魔法の名手じゃなかったかな。ジュリアナちゃんが聞いたら喜びそうだね〜。サイモン君、話したの?話したんだよね?」

「ああ……銀髪赤目で、すごいキリッとした…ちょっと怖そうな人だったよ」

 ジルベールに問われてテオドールのことを思い出す。あの時、もし返答を間違えていたら…俺は殺されていたんだろうか。あの速さ、威力を考えると、いかに魔法使い二人の防御魔法があっても全く足りない。心臓が縮む思いだ。

「え、そんな見た目だったの?銀髪赤目でキリッと怖そう??」

「?記憶違いってことはないと思うぞ?」

「…じゃあ………多分それ、既に変身してる姿だね。僕の記憶にあるテオドールの情報と違う。あの人もっと……耽美〜〜〜って感じのおっとりした見た目なはずだよ。性格はキツイって噂だけど」

「……………そうなんだ…………。じゃあ次どっかで会ってもわかんない可能性が高いな」

「えーーっ、オレ会ってみたいのに!せっかくコネが出来たと思ったのにな〜」

 チェッ、とエリックが天井を仰いでいる。魔法使い、奥が深すぎる。あれは作られた偽の見た目だったのか。突然オーガを爆発させたり、ちぎれた腕を遠隔でくっつけたり、そうじゃなくても瞬間移動したり、そんで聖職者で植物学者?俺にはまだまだ知らない世界がたくさんあるんだな。

「………」

「………………」

 しばし会話が途切れる。ふいに思い出した。エリックもジュリアナも魔法使いだけど、本業は冒険者だ。せっかくだから“先輩”に少し話を聞いておこう。話が途切れたのをチャンスと捉え、話題を振る。

「…エリック、冒険者ってどんな感じ?俺たち、これからはそっちの道で食っていく予定なんだ。強いビッグケットがいて俺がサポートに回れば、なんでも出来るんじゃないかなって」

 それを聞いたエリックは、にやりと笑みを浮かべた。

「そんで“争いのない世界を作る”の?かっこいーい!」

「それは掘り返さないでくれ!!」

 茶化されて思わず拳を振り回したけれど。エリックもジルベールも明るい笑顔でサイモンを見ていた。

「いいんじゃない?今回は主催者がゴネたせいで最後までキメきれなかったけど、サイモンさん頭いいし、後衛サポーターの才能あると思うよ!いや、もし目指すなら前衛アタッカーでもいいと思うけど……うーん」

「いや、ビッグケットちゃんがバリ強なんだから、ここは後衛サポーターなんじゃない?回復とかバフとかあると百人力なんじゃないかなぁ」

 エリックとジルベールが何やら楽しそうに話している。さぽーたー?あたっかー??なんの話だろう。

「………いや、これはジュリアナも含めて大会議するべき。サイモンさん、今んとこなりたい職業ジョブないんでしょ?」

「えっ、ジョブって……?」

「うーんそこからか!ちょっと待ってて!!」

 気がつけば最後の扉まで辿り着いてしまった。あとは階段のあるスペースで女性二人を待つ予定だったが……あれっ?エリックがいない。

「あれ、エリックは?」

「今魔法で中に戻ったっぽいね。すぐ戻ってくるんじゃない?」

 サイモンがジルベールを振り返ると、彼もきょとんとしている。こんな細く長い一本道の通路で、目の前の扉も開いてない。なのにエリックの姿がないとなれば、確かに魔法で消えたんだろうけど……。とりあえず、広い所に出よう。扉を開けると。

「いえーいただいま!!」

「わぁーーー心臓に悪い!!!」

 さっき消えたエリックが目の前にいた。そしてビッグケットとジュリアナも。魔法で拾って先にホールに出たのか。怖い。怖すぎる。心臓がバクバクいっている。

「やめろおおお人を驚かすなーーー!!!」

 なおサイモン、びっくりとかドッキリとか突然とかが大嫌いな部類である。あまりの仕打ちに大声を出すと、

「ちょっとサイモンさん!!!テオドール様に会ったんですって!!??私も会いたかった!!ていうか、あのアナウンスがご本人様だったんですね!!ああーーっもうちょっと真剣に聞いとけば良かったー!!!!」

 それに負けないくらい、いや倍はでかい声が返ってきた。ジュリアナである。両手を組んで目をキラキラさせている。

「ふぁーーーっ、変化魔法界のトップスター!あの方なら人型からドラゴンでも、犬猫でも、鳥でも魚でも、もちろん人相だってなんでも変身出来ます!すごい実力です!なのにそれは趣味で、本命はダンジョンの植物研究なんて……渋すぎです!!人嫌いで有名ですが、一度でいいからダンジョン探索ご一緒したい!変化魔法界憧れの存在です!!!!!」

 ……つまり、すごいんだな。いつもローテンションでだるそうだったジュリアナが目をパッチリ見開いて矢継ぎ早に語るくらいすごいってことはよくわかった。思わず一歩後ずさってしまう。

「つーかジュリアナ、サイモンさん冒険者始めるんだって!職業ジョブは何がいいと思う?」

 そこでエリックが口を挟む。それを聞いたジュリアナは、ギラギラした目つきのままぐりん!とサイモンを振り返った。

「サイモンさんが冒険者!でしたらイチもニもなく回復師ヒーラーですね!ビッグケットさんに前衛アタッカーを任せて、傷ついたら即回復!攻撃の前衛アタッカー、回復の後衛サポーターはパーティーにおいて必要不可欠なパーツだと思います!お二人で始めるならなおさら!」

「ええー、回復師ヒーラーなんて外部委託でいいじゃん。どうせ二人じゃ足りなくて雇うんだろうから、だったらサイモンさんにオススメなのは加護者バッファーだな。加護者バッファーに必要なのは前衛アタッカーとのシビアな連携、そして互いに命を託せる確かな信頼。この二人にこんなにお似合いの関係もないはずだぞ」

「えええ、信頼が基盤なら前衛アタッカー同士もありなんじゃない?それこそ後衛サポーターを全部雇いのメンバーにして、道具師クラフターとか調教師テイマーはどう?ド素人からでも目指せて、最悪魔法が出来なくても大丈夫。知識欲もりもりなサイモン君に合ってると思うな〜」

「じゃあ全部乗せで符術師カードソーサラーはどう?今この業界すごい熱いらしいよ!」

「いっそ迷宮踏破者ダンジョンアタッカーで適正極めるのはどうでしょう?サイモンさん、知識素養が高いので絶対伸びます!」

「それはもったいない、むしろ得意分野は極めず無資格のまま兼任でいいんじゃないかな……!それより必要な技能もっとあるでしょ!」

 わいのわいの。正直、サイモンは3人が何を話しているのかまっっったくわからなかった。とりあえず、冒険者にはたくさんジョブ…職業があるようだ。………無職で旅に出ちゃ駄目なのか?

「あの、アタッカーとかサポーターとかって絶対ならなきゃ駄目なのか?俺、知識を深めるのは別に構わないけど、なんかの職業になるつもりはなかったんだけど……」

 かろうじて間に言葉を捩じ込む。するとエリック、ジュリアナ、ジルベールは一斉にサイモンを見た。

「世の中資格だよ、資格。どんなに能力が高いんです!ってアピールしたところで、『でも無資格なんでしょう?』ってなっちゃうからな!

 黒猫ちゃんはもう立派な肩書きがある。『シャングリラ闇闘技場殿堂入り』!これだけで武闘家ファイターとしてヤバいくらいアピールになる。でも、サイモンさんは?アンタはとても有能だと思うけど、猫ちゃんと二人で旅するならもっと極めるべき知識、技術がいーっぱいある!極めようぜ!色々!だってアンタも見ただろ?


 バフなしじゃボコボコにされた黒猫ちゃんが、ちょちょっとバフ乗せただけで逆にオーガを圧倒出来たんだ。並の単騎じゃあんな火力出ない、アンタたちにしか出来ないことだ!黒猫ちゃんにバフ乗せて攻撃も防御もバキバキに固めたら、大型ドラゴンだって一人で倒せるぞ!かっこいいだろ!?そんな猫ちゃん、見たくないか!?」


 キラキラした顔で熱弁するエリック。それを見たサイモンの脳裏に、未だ焼きつく左腕を豪快に千切られたビッグケットの姿。そして、魔法の加護をもらって見事なアッパーを決めたビッグケットの姿が蘇った。

 ……加護師バッファー、か……。


「いけません!サイモンさんは回復師ヒーラーになるべきですっ!大体 調教師テイマーとか、なんのギャグなんです?!あれは確かに魔法の素養がなくても出来ますが、最悪の時のデメリットが半端ないです!素人が手を出すべきではありません!」

「じゃあやっぱ道具師クラフターでしょ。サイモン君お金あるし、なんなら特注とかもいけるし、バフ盛りたいならビッグケットちゃんに特注の武器と鎧あげるとかどうかな〜。鉤爪系なら今すぐ使いこなせるんじゃない?」

「マジック装備買うくらいならやっぱ魔術加護エンチャントすればいいじゃーん、武器鎧は別個で特注して、そこにバフどーん!で無敵の猫ちゃんが出来る!」

「待って待って、議論堂々巡りしてない??やるのはサイモン君なんだから、本人に選ばせるべきだよ!」

「そうですね、ここまで聞いたらある程度絞れるでしょう!サイモンさん、何やりたいですか!?回復師ヒーラー加護師バッファー道具師クラフター調教師テイマーか!!」

 ずずい、とジュリアナ。そしてエリックとジルベールが迫ってくる。えーと何やりたい、と聞かれたところで………


「ごめん、今日初めて聞いたことばっかりだから………よく、わからない………」

「「「えーーーっ!!!!」」」


 率直な感想を述べたら大ブーイングを食らってしまった。そ、そんな事言われても困る。知らない単語が多すぎるんだけど。

「そもそもクラフターって何?」

「道具師って書くよ。武器や魔法じゃなくて道具、マジックアイテムとかを使って戦う前衛アタッカーの事」

「テイマーは?」

「調教師。人外の獣、魔獣神獣、幽霊精霊などを使役して戦う前衛アタッカーです」

「じゃあダンジョンアタッカーは?前衛アタッカーって入ってるけど攻撃するの?」

「いや、迷宮踏破者って書いて、昔は盗賊シーフって言われてたジョブだな。マッピング、罠解除、謎解き、その他ダンジョン攻略に必要な知識や技術を宝の略奪じゃなく、純粋にダンジョン攻略のために役立てる人のこと。今は特にパーティー全体のことを把握して戦闘の指示出したり、作戦立案したりってのもやるから、すごくサイモンさんに向いてると思う」

「へぇ〜。じゃあカードソーサラーって?」

「符術師って書くんだけど、ほら、君も見たでしょ。火をつける術符。あれのすごいのを使って攻撃したり回復したり補助したり。これは魔法陣が開発解明されてる範囲なら全属性だし、最近画期的な攻撃札が多数作られてるから、注目が集まってる職業ジョブなんだよ!元は道具師クラフターの1分野だったけど、最近独立する勢いで熱い!」

「へえええ。で、ヒーラーは回復魔法使う人だろ」

「はい、でも薬草薬学系なら全くの素人からでも今すぐ目指せて実践出来ます。お二人には火急必要な知識、技術だと思います」

「確かに………」

 怒涛の勢いで情報を叩き込まれた。世の中ホントにたくさんの職業があるんだな。一個一個説明されて理解してしまうと、これはなかなか悩ましい。どれも魅力的だな……ビッグケットを支援する後衛サポーターか。隣に並んで共に戦う前衛アタッカーか。

(………一緒に戦うなんて未来、全く予想してなかったな………)

 でも、目下武器も魔法も使えなくても出来る事がたくさんある。道具なり、精霊なりで……共に戦う………。ほわんほわん、と妄想が頭に膨らんでいく。




「大丈夫か!?ここは俺に任せろ!」

 どこかの何かとの戦闘中。傷つくビッグケットを背に、敵の眼前に立つ俺。

「ああ、頼んだぞ…!私はもう駄目だ、お前しか頼れない…!!」

「よし、俺の後ろにいろ!必ず守ってやるからな…!」

 苦しそうに血を流すビッグケットを守り、かっこよく戦う俺…!




(イイ、な???)

 正直長らくモヤシのガリ勉だったため、戦いというと苦しく悲しい印象しかなくて、見たくも触れたくもなかったけど。ビッグケットと共に大願を成就しようと言うなら、避ける理由などない。それにまさにさっき、生まれ変わろうと決めたところだ。

 守るべき者を間違えちゃ駄目だ。

 目の前の人間に同情して、大事な相棒を傷つけるなんて失態、二度と犯さない。そのためには力が。あの子を守る力がいるんだ。


 誰かを泣かせ、力任せに傷つけるための力じゃなくて。

 誰かを助け、守るための力が欲しい。


 そのための前衛アタッカーになるなら…!


(うん?でも、どのみち回復やバフはいるよな??…じゃあ、)


符術師カードソーサラー。面白そうだな」

 ぽつりと漏れた一言。ジルベール、ジュリアナ、エリックはぱあっと明るい顔でサイモンを見た。

「うんっ、そのチョイスイケてると思う!!魔法使えないの〜〜、ダサーい!って目さえ気にならなければ、全人類悲願の完璧オールラウンダー目指せるよ!」

「そうそう、みんな魔法使えないんだ!って言われたくなくてそこを避けるんですよね〜、大体の初心者が安易に戦士ウォーリアー魔法使いソーサラーを目指すので……本当はすごいポテンシャルですよねあれ!!」

「いーじゃん、符術師カードソーサラー:サイモン・オルコット!まぁ民間から強い魔法使いになる人だっているから、最低限そっちの練習や勉強もしておきつつ、これも視野に入れて……うんうん、いいと思う!!!」

 きゃっきゃ!!

 散々盛り上がったところで、エリックがビッグケットを振り返る。

「な、猫ちゃんもそう思うだろ!!ほらジルベールさん、通訳して!」

「あっ…………


 ビッグケットちゃんに何一つ通訳してなかった……………」


「「「……………………………」」」


 今更だけど、ビッグケットに視線を送る。もしかしても糞もなく、ジョブの話全部彼女だけ置いてきぼりだった。やっちまった。見れば、黒猫は壁に寄りかかり腕を組み、バンバン高速でしっぽをぶつけていた。…うん、めちゃくちゃ怒ってる。

『…………で?今の、何の話????』

『『ごめん…………』』

 さすがにケットシー語使える男二人で深々お辞儀した。











『はぁ、サイモンの職業ジョブねぇ』

『そもそも冒険者やりたいって言ってるのは知ってた?』

『あー、漠然と?闘技場始める前、私が戦うの得意って知った時からモンスター退治とかいいねって言ってたし。ついでに、ケットシー皇国や私の親父のところに行けたらいいなって話してた』

『え、お父さん、の所!』

『ああ、サイモンはいいって言ってくれたよ』

 今度はエリックとジュリアナを待たせ、しばしジルベールとビッグケットの会話が続く。暗く蝋燭の炎が揺らめく地下闘技場、に続く大階段の底。随分話し込んでいるが、話題はまだまだ尽きない。

『そういやサイモン君、誰も泣かせない争いのない世界を作りたいんだって!ビッグケットちゃん、この理想についていけそう?』

『ふーん。ま、お人好しのサイモンの言うことだ。そういうこと言い出してもおかしくはないな。わかった、ついていこう』

『だって!!良かったねぇサイモン君』

『ウン……アリガトナ…………』

 やっと話が一段落した。その最中、ジルベールはにやにや笑みを浮かべながらサイモンの「夢」をビッグケットに伝えた。…くそ、あいつ絶対「無理無理!こいつ子供みたいな事言っててウケる〜!」とか思ってるに違いない。対するビッグケットは、お人好しのサイモン。と一刀両断したものの、あっさりこころざしを共にすると約束してくれた。さすが一生の相棒を自認する女だ。

『…で、サイモン君の職業ジョブについてだけどね。僕たちは色々オススメの前衛アタッカー後衛サポーターがあって。でもビッグケットちゃん本人はどういうのが理想?これからサイモン君と、どんな関係でいたい?』

 ふ、と振られた話題。どういう関係でいたい……ってなんかえっちだな。いや、そう連想する俺がおかしいのかもしれないけど。真剣な話をしているジルベールとビッグケットをよそに、あらぬ事を考えてしまったサイモンは慌てて首を振る。…関係。俺とビッグケットの、冒険者としての関係だ。

『うーん、理想………特にないかな。私はやりたいことをやるだけだし。その時サイモンがどこにいても、まぁ前だろうが隣だろうが後ろだろうが、どこにいても。私はずっとサイモンと一緒にいられればそれで満足だ。場所を選ぶのはサイモン本人に任せる』

「……………」

「…………………」

 柔らかな笑み。黒髪と猫耳を揺らして笑ったビッグケットは、まるで女神のように清らかで美しかった。それを見たジルベールは、

「はぁあああああああ…………。」

 何故だろう、片手で顔を覆って長くため息をついた。

「………いいねええ、君たちのその信頼感はどこから来るの???いや、理由は一応聞いたけど。女神かよ。羨ましい。生まれて初めて女性関係で他人が羨ましい」

「………300オーバーのお前が言うと重いな…………」

 これは、嫉妬されてるんだろうか。居心地が悪い。普段大概のことを笑って済ませるジルベールの、ちらりと見える本気の苛立ちがちょっと怖い。サイモンは薄く笑みを浮かべたまま固まった。

 そもそも、なんでそんなに信頼関係があるのかと問われても。サイモン自身、腕を落とされても構わない!とか言うのを、本当に実行されるとは思わなかった。ましてや、腕二本捩じ切られても耐えて待つその忍耐力。信じられない。

「………いや、ホント、すごいよなぁ?俺だってそこまで出来るか自信ないのに……ビッグケットは実行しちゃったもんな………すごいな……………」

「サイモン君、ホント、マジでマジで大切にしろよ。次泣かせたら本気で承知しないからな」

「いや、まだ泣かせてません。あっいや…」

「うるさいこんなにいい子を苦しめるな!大体あんな穴だらけの作戦だったから、いや最後の詰めが甘いからビッグケットちゃんは─!!」

「もうやめましょう、ジルベールさん。終わったことを責めるのは」

 そこで割って入ったのはジュリアナだ。共に180センチ程度、長身二人が睨み合う空間の真ん中に身体を挟み込み、両腕を突っ張る。ジルベールはまだ何か言いたそうだったが、渋々口をつぐむ。キャラがキャラなら、舌打ちの一つでも飛んできそうな苦ーい表情だ。

「…さて、大体の話は終わったみたいですけど。ビッグケットさん、さっきなんて言ったんです?」

「………二人はこれから冒険者になるけど、理想の関係はある?色んな前衛アタッカー後衛サポーターがあるけど、どうなって欲しい?って聞いたら、サイモンとずっと一緒にいられるなら、彼の場所なんてどこでもいい。隣でも前でも後ろでも、だって!はーーぁ、羨ましい」

「ジルベールさん、お言葉ですが、男の嫉妬はみっともないのです。お二人はこれから新たに冒険者となり、羽ばたいてゆきます……私達がそれを応援できなくてどうします。なんです、あなたも冒険者になりますか?着いてきますか?」

 ジュリアナの静かな声に、ビッグケット以外全員がハッとする。……それ、アリなのか??一瞬アリかもしれない、と3人が思ったところで。

「いや、無理。」

 ジルベール本人は断固否定した。澄み切った綺麗な目を全員に向けている。

「だって危ない事したくないもん。死にたくないし。痛いのヤだし。僕、エルフの冒険者の知り合いそれなりにいるけど、みんなよくやるよなーーって思ってる。だから無理」

「……………そうですか………………」

 エルフというのは、基本思慮深く冷静沈着。愚かな蛮勇は振り回さないと聞いている。しかし、ジルベールはとりわけそういうのを嫌がるタイプのようだ。おや、仲間が増えるのかと一瞬期待したサイモンも、そして話を振ったジュリアナも肩透かしをくらって唖然としてしまった。

「……まぁ、こればっかりは本人の自由ですから仕方ないですね」

 こほんと咳払いひとつ。そしてジュリアナは改めて、傍らのサイモンとビッグケットを見た。 

「じゃあお二人共、これから頑張ってください。正直私は研究がメインで、冒険者は副業なんですが……何かあればお供します。声かけて下さい」

「あれ、そうなんだ。冒険者は副業?」

「はい。調教師テイマーをやっているのは、亜空間における魔力生成生物がいかなる変換を辿るのか、という研究の一環です。ざくっというと、魔法で生命体を作ってそれが亜空間の中でどれだけ生きていけるかの研究をしています。これによって、魔法で変身に使うパーツを作って必要があれば取り出す、ってことは出来るのかを試してるんです」

「へぇーーっ、面白い!頑張ってな。じゃあなんかあれば声かけるよ」

「はい」

 そこまで話すと、向かいのエリックが手を上げる。

「はい、はい、じゃあオレも!今解散したら王都の仲間のとこに帰るけど、オレたちもなんかあったら呼んでくれよ!聖職者クレリック見習いの回復師ヒーラー武闘家ファイター戦士ウォーリアー加護師バッファーのオレの四人で組んで色々やってる。みんなC級以上だから、パーティーとしてはなかなかのレベルだと思うぞ!」

 そこで、はたと唐突に言葉を区切る。顎に手をあて………

「そういやサイモンさん、いつから活動開始しようとかある?」

「うん?どうだろ…」『ビッグケット、冒険者イツカラ始メル?俺ハトリアエズシバラク準備ヤオ前ノ言葉ノ勉強ヲシヨウト思ッテタケド』

『ええ、しばらく家に缶詰!?そんなのつまんない!!どっか行って暴れたい!!』

『ダヨナ、オ前ハソウイウたいぷダヨナ……』

 エリックに問われ、サイモンがビッグケットに尋ねると。ビッグケットはきゅっと眉をしかめて声を張った。お勉強より身体を動かす方が好きな彼女のことだ、当然そう言うと思った。

「…俺はしばらく準備してから始めようと思ってたけど、ビッグケットは退屈だから嫌だ、どこかで暴れたいって」

「うんうん、猫ちゃんはそういうタイプだよな!」

 満面の笑みを浮かべるエリック。それを見たサイモンは、彼の意図が掴めなくて眉をしかめる。

「……それがどうかしたか?」

「ううん、もし二人が良かったら、今日これから冒険者登録して、オレたちと合同でクエスト受けないか?C級が選ぶ程度の難易度だから、多分猫ちゃんには歯ごたえないだろうけど…パーティーの連携とか、各 職業ジョブがどう動いて戦闘するとか、具体的に見れて参考になると思うんだ」

「おー、面白そう!」

「だから、なぁ!ジュリアナも来いよ、久しぶりにオレたちと外行こうぜ!調教師テイマーの実力見せてやってよ」

「ええー、やっと帰れると思ったのにまた仕事ですかぁ?………うーーーん………」

 話を振られたジュリアナはちらりとジルベールを見る。

「な、なんで僕を見る?冒険者は冒険者だけで仲良く出かければいいじゃない」

「いえ………あの、もうすっかり過去の事扱いですが、今日の闘技場。みんな頑張ったので、慰労会としてピクニック的にジルベールさんも行くのはどうかと…」

 言われて思い出した。サイモンにはジルベールにまだ返してない借りがあった。買い物の分。せっかくだ、これで返してしまおう。

「あ、そうだ。ジルベール、まだ買い物で世話になった分返してなかったよな。クエストはクエストでやるとして、お前も来いよ。えーと、王都?行って一緒に遊ぶとか」

「王都観光かぁ……!」

 そこでジルベールはいそいそとビッグケットに話しかけた。ふんふん、と猫耳を揺らして黒猫が頷く。

『この国の王都!行ってみたい!!』

「わかった、旅行兼ねてなら行ってもいいよ。クエスト受注中は僕は別行動フリータイムだよね?」

「お前、どんだけ危険なとこ行きたくないんだよ…なんならビッグケットを専属の護衛にしてやるから大丈夫だよ」

「そうだよー、オレたちC級ったってB級目指して研鑽中だから、そのへんのC級より強いよ!最悪うちのリーダー回復師ヒーラーで、蘇生も出来るから安心して!」

「えーーっ嫌な保証!!」

 ジルベールは顔を歪めたが。

「大丈夫です、私も行きます。そんなに怖いならジルベールさん一人、後ろで震えてて下さい。私とビッグケットさんがいれば余裕で指一本触れさせません」

「てか、最悪黒猫ちゃんの手借りればそのへんじゃ敵なしでしょ。ビビる理由がないって」

 62歳のジュリアナ、15歳のエリックになだめられて322歳のジルベールが肩を落とす。さすがにこれで渋るのはかっこ悪いと覚悟を決めたようだ。うん、と唇を引き結ぶ。

「もう、わかりました!行きます!僕も!!」

 わーーーっ!

 思わず全員で拍手してしまった。ビッグケットもよくわからないながら手を叩いている。

「じゃ、早速登録行こう。冒険者ギルドは夜9時まで開いてるから余裕だよ」

「つってももう8時過ぎてる。行こう」

 エリックに言われてサイモンが時計を見ると、けっこうな時間が経ってしまった。まだ話すにしても、もうここを出よう。歩きながらでかまわない。行こう、と声をかけてようやく一歩踏み出す。長い長い螺旋階段を、もう二度とくぐらない出口を目指す。

(………闇闘技場での金稼ぎは成功。さて、これからは何をしようかな)

 目下エリックに誘われて王都に行くことは決まったが、その先。冒険者としての二人。出来ることがたくさんある。今まで予想だにしない未来がそこに広がっている。

(……楽しみだなぁ!)

 思わず笑みが溢れた。

『ビッグケット、エートジルベールカラ話シテモラッタ?王都行クコトニナッタカラ』

『ああ!楽しみだな、王都もエリックたちとの冒険も!』

 ビッグケットの気合も充分だ。














「はい、ここが個人情報、アピールコーナー、登録条件の項目、クエスト受注に関する希望」

「お前職員ばりに詳しいな」

「そりゃあ。冒険者の先輩ですから!」

「はいはい、よろしく頼むぜ先輩」

 すっかり暗くなったシャングリラ東部の北エリア。未だいくらかの冒険者が行き交う冒険者ギルドのカウンターにて、サイモンは書類を書かされていた。魔法の照明が灯っているとはいえ、下を向いてしまうと明かりが遮られて書類が見えにくい。こういうのは昼間来た方がいいんだろうなと若干後悔しつつ、エリックが教えてくれた通りに必要事項を埋めていく。

 自分の名前、年齢、住所(拠点)、職業。

「職業ってこの場合なんて書けばいいんだ?」

「無職の空欄より、なんか書いた方が客の心象いいよ。サイモンさんだったら、迷宮踏破者ダンジョンアタッカー適正有、符術師カードソーサラー見習いって書いとけばいいよ」

「見習いでいいのか?まだなんにも知らないのに」

「え?サイモンさん魔法の基礎知識はバッチリだよ。ガチ素人よりよっぽど詳しいから大丈夫」

「あーなるほど…」

 そこで口をつぐみ、残りの項目を書いていく。魔導鳩の連絡頻度…クエスト受注間隔…パーティー指名のありなし…このへんはやってみないとよくわかんないから、最初はやる気マックスってことにしとこ。

「…あれ、サイモンさん18歳なんだ」

 書類を書いていると、横からエリックが話しかけてきた。サイモンは手を止めないまま返事を返す。

「あー、今年19だよ。随分ぷらぷらしちゃったな〜」

「そうなんだ。でも遅咲きでも全然大丈夫だよ。魔法系は肉体使わない分、長く冒険者やれるから。…あとは猫ちゃんの年齢によりけりだけど…」

 …ビッグケットの、年齢。仲間の情報として書き込む欄がある。てことは堂々と聞くことが出来る…!些細なこととはいえ、今まで謎だった部分が明らかになることに興奮してしまった。恐る恐る後ろを振り返る。

『ビッグケット。オ前ノ年ヲ書カナキャイケナインダケド、オ前今何歳?』

『15歳』

 何気なく聞くと、さらっと返答が返ってくる。ん?てことは……思ったよりいってる?いや??こんなもんか??見た目と種族と年齢イメージがぐちゃぐちゃになる。えーと、ケットシーの寿命が40だから、その中ではかなり大人ってこと…?

『エ、ソウナンダ…ケットシーノ成人年齢ッテ何ダッケ?』

『10歳。あと親父の種族だと14歳』

『エエエト……ソッカ、アリガト』

 10歳。一応知ってたけど聞いてしまって、改めてビッグケットは規格外なんだなと思わされた。申し訳ないけど彼女の裸をちらと思い出す。そこから考えるに、「とっくに大人を過ぎていて」という感じには見えない。恐らくやはり父親の種族の特徴が濃いんだ。今さらっと父親の種族だったら14歳って出てきた。14で成人ってことは、今15という実情にかなり即している。人間ノーマンと同じ。そろそろ肉体が熟する、というタイミングで大人になるということだ。…しかし、そうなると父親の種族…天使悪魔系は除外か。ドラゴンもない。てことは……………

 サイモンは黒猫の口から漏れたわずかな情報を元に、彼女の父に関して思い当たる種族名を一つ見つけ出したが、その瞬間ツバを飲み込んで思考をかき消した。自分の無駄な知識量がこんなにも恨めしいと思ったのは初めてだ。ビッグケットもまさか、ずっと隠していたそれがまさかそこからバレるなんて、夢にも思わないだろう。

 ……まだ。彼女の口から詳しく語られるまでは黙っておこう。それまでは。自分の中できちんと受け止められるよう噛み砕いておこう。

(そっか………アレか…………)

 ペンを持つ手が知らず震える。知らなかったとはいえ、随分互いに気安く接してきたものだ。それを黙っていた彼女も、恐らく隠すよう指示していただろう彼女の祖母の選択も、正しいと認めるしかない。のっけからそれを伝えられていたら、さすがの自分も正気で接することが出来たとは思えない。………怪力にして残虐。快楽的で奔放なその種族の名は。

「へーっ、猫ちゃん15歳なんだ!タメだな!」

 また突然エリックに話しかけられた。サイモンが書き込んでいるビッグケットの情報を見ていたようだ。彼の言動は実に素直で無邪気だ。

「生まれ年にもよりけりだけどな」

「ねぇねぇ猫ちゃん、今年何歳?オレ今年16!」

 サイモンの葛藤をよそに、エリックが全力でのんきな話をしている。今は彼の無邪気さがありがたい。無意識にほっと息をつき、ビッグケットに通訳してやる。

『ビッグケット、今年何歳?誕生日過ギタ?エリックガ今年16ニナル15ダッテ言ッテル』

『ふぅん、じゃあ私と同じだ。私も今年これから16』

 ニッと牙を見せて口角を上げる黒猫。端から見る分には、ただ背の高い少女、なんだけどな。

「エリック、ビッグケットも同じ。今年16の15だって」

「わーっ、タメだー!じゃあサイモンさんが引退しない限り全然バリバリ活躍出来るな!楽しみだな〜っ、二人共今度職業試験受けなよ、猫ちゃんならぶっちぎりSクラス狙えるぜ!」

「一番上のランクがSなの?」

「ああ、ここに選ばれるのはほんと一握り。でも猫ちゃんならちょっと鍛えればすぐここに入れる!伝説の女 武闘家ファイターになれる!!」

 伝説の、冒険者かぁ。目指してもらうのも悪くないな。にまりと笑みが漏れる。貧弱なサイモンには出来なかったことが、ビッグケットなら出来る。自分はその手伝いが出来る。

(さて、最後にパーティー名…………)

 ペンが止まる。とりあえず二人だし、名前と言われても……

「サイモンと猫。とかどう?」

 エリックはまだ書類を覗き込んでいる。こいつ全部終わるまで見守るつもりか?

「超安直」

「だって猫ちゃんの名前、ビッグケットでしょ?名前にするには長い。サイモンとビッグケット」

「ダサダサじゃん」

「だからさ、『猫』ならスッキリして可愛くない?」

「んー、まいっか。特にこだわりもないし、とりあえず二人だし」

「わーい、名付け親になった〜!」

 エリックが手を叩く。


 Simon&Cat


 書類に燦然と輝くパーティー名。これが今後二人の代名詞になる。これで書類は全部埋めた。サイモンは満足げに書類を掲げ、ざっと目を通した。

(そういやビッグケット、普通に年下だったな。まぁいっか…)

 書類不備なし。提出。職員がそれを眺め、ハンコをぽんと押す。

「はい、特に不備はありません。パーティー結成おめでとうございます。明日からよろしくお願いしますね」

 その言葉に、エリックが。遠くで蜂蜜水セルヴォワーズを啜っていたジュリアナとジルベールが。大きく拍手をくれた。ビッグケットを見る。黒猫は金の瞳を瞬かせてこちらを見ていた。

『ビッグケット、今日カラオレタチハ冒険者。パーティー名ハ“サイモント猫”ダ。改メテヨロシクナ』

『ああ、冒険者。これから楽しみだな、楽しいこといっぱいしような!』

 殺しも暴れることも楽しいことにくくってしまうこの少女と俺は。いつか戦のない世界を見るために、今歩き出す!

『ソウダナ、色ンナ事シヨウ!』




 冒険者パーティー、サイモンと猫の大いなる冒険が。今始まる。


 

 

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