第15話 二人の魔法使い


『というわけで、僕の知人に来てもらいました。ハーフエルフのジュリアナちゃんです!』

『展開早イナ!!?』

『だって、そこそこ急いでるんでしょ?せっかくさっき連絡鏡使ったから、ついでに…と思って』

『「ついでの定義とハ」』

 呆れるサイモンをまっすぐ見据えたジルベールがえへんと笑う。涙の再会から30分ほど経っただろうか。サイモンはずっと気になっていたことを口に出した。

『「あの魔導鳩とかいうのはなんなんダ?」』

 さっき連絡を取ります、となった時、ギルド職員が颯爽と取り出した物。…いや、物と呼んでいいのかわからないが、とにかく見た目はごちゃごちゃ装飾具をつけた白い鳩だった。それに手紙をくくりつけて外に放つ。しばらくして鳩と共に戻ってきたのが、件のジュリアナとやらだった。

『あの鳩はねぇ、特定の住所もしくは拠点を登録すると、そこに手紙を届けてくれるマジックアイテムだよ』

 え、アイテム?あれが?動いてたけど?しかしこの間約15分ほど。あっという間に本人が現れてしまったため、

『マサカりあくしょんガかっとサレルトハ』

『メタ発言はよして下さい』

『ソウダケド…』

 展開が、あまりにもスピーディー。いやありがたいけどさ。そして改めてジュリアナを見て。ジルベールに言いたいことがある。

『アノサ、』


「…お前ロリコンだったのか?」

「違いますうううう、彼女はハーフエルフだから普通の人と肉体年齢の流れ方が違うんですぅ!!!」


 サイモンの目の前に立っている女性は、てっきり女性だと思っていた魔法使いは、まず間違いなく少女と呼べる外見をしていた。灰がかったアッシュブロンドの直毛ちょくもうを耳下くらいの高さでぱつりと切り落とし、三日月の髪飾り。フード付きのマント。膝丈のワンピースを身に着けている。

 ハーフエルフと言われて思わず耳を見てしまったが、丁度 人間ノーマンとエルフの中間。短い耳の先が尖っていて、サイモンは内心 (おお…)と感嘆してしまった。とろりと半分伏せられた蒼碧の瞳が印象的だ。知的にもだるそうにも見える。その、どう見ても10歳くらいの少女が…魔法使い、だって?

「あの、名前、ジュリアナだっけ。来てくれてありがとう。でもその、えーと…もしかして、見た目は子供でも中身は大人とかそういう感じです?」

 サイモンは色々考えたあげくそう聞いた。彼女が子供ではなく立派な魔法使いだとしたら、正解はそれしかない。呼びかけられたジュリアナはいかにも。と言いたげな顔で頷いた。

「はい、一目で当てていただきありがとうございます。いつも子供だと思われるのがめんどくさくて…すっかり敬語で話すのが癖になってしまいました」

 そう言うなりすっと居住まいを正し、スカートの両端をつまむ。ジュリアナは良家の娘のごとき優雅なお辞儀をした。

「私はジュリアナ。…というのは冒険者としての登録名で、エルフ語の名前がジュリエット、共通語の名前がダイアナで、2つを合わせてジュリアナと名乗っています。人間ノーマンの父、エルフの母から生まれたハーフエルフで、今年62歳になります」

「62歳…!!!」

 人間ノーマンならぼちぼち天からお迎えが来る年齢…つまり普通なら死んでる。なのに、このジュリアナはまだ子供の見た目でしかない。ハーフエルフ、凄まじい。

「父は私が大人の見た目になる前に死んでしまいました。美しい娘となった姿、見せてあげたかった。今はそれだけが心残りです…」

 うわーーっ切ねええええ…!サイモンは内心冷や汗をかくが、もう何も言えない。しかしなるほど、追放されたエルフと普通の人間ノーマンとは同じ時を歩めないハーフエルフか。親しい知人になった理由がわかった気がした。ついでに一瞬会話が途切れたので、ビッグケットの方をちらりと見る。

『コノ人、ジュリアナッテ名前。ハーフエルフノ魔法使いデ、62歳ダッテ』

『へーっ、ハーフエルフ面白いな〜』

 ビッグケットは彼女の外見に対する感想を一言で終わらせた。この清々しさ、ちょっと見習った方がいいかもしれない…。サイモンが薄く苦笑したところで。

「さて、ジルベールさん。突然呼び出したと思ったらなんなんです?この方たち。私の変身魔法が要ると聞きましたが」

「ああその。彼が今回の依頼人的な人で、サイモン君っていうんだけど。…とりあえず状況説明してもらおうか」

「ああ、えっと…」

 ジルベールに片手で指し示されたサイモンが、これまでの経緯をかいつまんで説明すると。

「…つまり、お二人の見た目を入れ替えればいいんですね?」

 ジュリアナがうんうんと頷いた。一行は長話になりそうなので、ギルド一階の歓談スペースの隅、一番奥のテーブルセットに移動した。四角い机。壁を背にした一方がジルベールとジュリアナ、その向かいがサイモンとビッグケットという形だ。ギルド職員が運んできた蜂蜜水セルヴォワーズをすすりつつ、喧々囂々今後の予定を詰めていく。

「そう、なんだけど!出来れば!サイモン君が危ない事をする時には僕の見た目じゃない方がいいなぁ!途中で元の身体に戻るとか出来る…!?」

「うーん、舞台と原理とタイミング次第ですけど…それって、運営の魔法使いの元に迫った見た目ジルベールさん、中身サイモンさんの見た目をサイモンさんに戻すってことですよね。それは…厳しいかなぁ…」

「なんで?!」

 今、淡々と話すジュリアナに半泣きのジルベールが縋り付いている。ジルベール曰く危険なことには巻き込まれたくない。よって替え玉自体は了承するが、出来れば土壇場で元の状態に戻りたい、つまりいざ魔法使いやら主催者やらを急襲するのはサイモン本人がやってくれという話。なのだが…

「ざっくり魔法の理論の話をすると、身体に魂を戻すのは簡単です。魂は肉体に惹かれるものなので…つまり、ジルベールさんの肉体にジルベールさんの魂を戻すなら私だけでも容易に出来るのですが、その逆…魂の方に肉体を合わせるとなると、私の魔法の範囲外になってしまいますね」

「そんな!!」

「何せ、私の本業は人間の肉体を弄ることなので。研究の結果魂の移動も出来るようになりましたが、それはあくまで『魂という人体を切ったりくっつけたりの範疇』。『肉体の物理的移動』じゃないんですよね」

「辛辣だけどわかりやすい説明ありがとう…!」

 そこでジルベールががくりと机にうつ伏せる。えーと、要するに…いかにジュリアナが手助けしてくれたとしても、替え玉作戦を決行すると見た目ジルベール、つまり観衆にとってジルベールが魔法使いを襲って脅すように見えるわけで。話してる内容から中身がビッグケットのオーナー、要はサイモンだとわかっても、まぁ最終的に衆目に晒されるのはジルベールの見た目って事だな。

「…やだぁ!そんなのやだぁ!!ねぇジュリアナちゃん、なんとかならない!?この際他の魔法使いとタッグ組んでもいいよ、サイモン君弩級の金持ちだよ、いくらでも払ってくれるよ!?」

「ちょっと待て、俺はそんなことに金払うとか言ってないんだけど!」

「やだー、この条件が揃わないとやだーー!!そりゃ君には恩が出来たけど、それとこれとは違う…ッていうか、無事生き残る予定ならなおさら僕のその後を気にしてほしいな!?」

「そりゃそうだけど…!」

 そりゃあサイモンとて、全方向に後腐れなく事を終わらせたい。しかし物事には限界がある。現状、全員の命を守るためにはこれしかない。サイモンに化けたジルベールの変装が途中でバレても詰むし、そもそも替え玉作戦がないとビッグケットが死ぬし。

「…………ジルベール、耐えろ…………」

「うわああああああ、どうにかなってよおおおお」

 サイモンはこれ以上ないくらい悔しそうな表情を浮かべ、ジルベールの肩をぽんと叩いた。しかしジルベールは当然納得しない。さてどうしたものか…議論が平行化したところで。

「あの、依頼者さん…サイモンさんがその気なら、方法はなくもないです」

「「えっっ」」

 突然ジュリアナが口を挟んだ。少し伏せられた目を瞬かせ、静かに蜂蜜水を啜っている。

「さっきの案件、私一人きりでは無理です。でも知り合いに空間転移の得意な魔法使いがいるので、彼に頼んで連携すればもしくは…」

「お願いします!!」

「依頼者より行動が早い!」

 ジュリアナがもしくは、と言いかけたところでジルベールが爆速で頭を下げた。サイモンのツッコミも追いつかない。

(でもまー…もし出来るなら、それが一番いいよな)

 魔法使いの元に駆けつけてる間はジルベールに完璧なサイモンの代役をしてもらって、いざ危険なミッションが始まるという時にはお互い自分の身体に戻る。そんなことが出来たらどれだけいいか。

「…うーん、それが無理なく苦労しすぎない範囲で出来るなら。お願いしたいですけど」

「わかりました。ではまたギルドに鳩を借りましょう」

 サイモンが顎に手をあてつつ呟くのを聞いて、ジュリアナが席を立つ。…ちょっと待って。

「その空間転移の得意な知り合いとやら、今どこに居るんですか?あの、夕方までに合流出来ますよね?」

 思わず気になってしまう。するとくるりと振り向いたジュリアナがふん、とため息をついた。恐らくせせら笑っている。

「あなた、自分が何を言ってるかわかってないんですか?空間転移の得意な魔法使いですよ?すごいんですよ??…魔法で、一瞬で来るに決まってるじゃないですか」

 …いや、別に決まってないしわかるわけないんだけど。それだけすごい人が来るのか。…なんか話がでかくなってきたな。






 銅貨2枚を払い、「急ぎ」と書かれたマジックアイテムの鳩を飛ばして待つことしばし。ビッグケットに状況の説明をしたり、世間話をしたりしていると。

「…待たせたな!」

 突然どこからか声がして、サイモンの目の前の空間に揺らぎが生じた。思わず上半身を反らしてそこを見つめる。ちょうど突き当たった壁の前。ジルベールとジュリアナが腰掛けた隣あたりに、もやもやと何かが広がっていく。

「あっ、お疲れ様でーす。じゃ、どうぞここ。端っこ座ってください、まだ椅子あるので」

「ねぎらいが軽いな!もっと感謝してくれよ、急ぎだっていうから慌てて来たのに…!」

 揺らぎの中から若い男が出てきた。こちらではもはや珍しい、ただの人間ノーマン。サイモンより年下だろうか、少年めいた雰囲気のやや小柄な男が、たっぷり布を使った袖と長衣を翻す。ベタベタな魔法使いというよりは、術師といった印象。白目がちな青鈍あおにびの目…緑がかった濃灰色の目でこちらを見つめ、赤銅色の髪をかき上げる。後ろは長い髪が団子にまとめられていて、なんだか見た目だけなら粗野な女のようにも見えるが…普通に男の声だし上半身がまっ平らだから、不思議な印象だ。

 その術師の男は、サイモンを見るとにかっと笑みを浮かべた。

「えーと、サイモンさん?がオレを必要としてるって聞いたんだけど。…そこの金髪兄さんがそうなのかな?」

 なんだか馴れ馴れしいな…。サイモンが気圧されつつ軽く会釈すると、男は先程ジュリアナが指定した椅子に腰を下ろした。どかっと脚を組む。

「オレはエリック、15歳だ。年は若いがこれでもランクC、冒険者としてはそこそこ実績あるから安心してくれ。得意なのは空間転移、防御、そして少しの回復。さて、オレは何をすればいいんだ?」

 ぺらぺら自己紹介された。今までたくさんの人間の前で同じことを言ってきたんだろう、なるほど「冒険者としては実績がある」。これは信用出来そうだ。

「えーと、俺たち…闇闘技場でオーガに勝たなきゃいけなくて。力を貸して欲しいんだ」

 自己紹介を受けて、サイモンがおずおずと説明すると。エリックと名乗った男は

「んッッッ」

 と唸って固まってしまった。…あ、ヤバい案件に首突っ込んだって顔してるな。

「…ちょ、ちょっとジュリアナ?こいつら何??とりあえず闇闘技場ってのがヤバいし、なんでオーガ?ヤバくない?何オレ、この兄さんを勝たせなきゃいけないの?」

 エリックがやや声を潜めてジュリアナに話しかける。するとジュリアナはしれっとした顔で正面のビッグケットを指さした。

「いえ、むしろ勝たせるのはこの方です。サイモンさんはこの方の登録者オーナーとして同行するんです。…まぁ、話せば長くなるので蜂蜜水でも飲みましょう」

「………はぁ????」

 丁度職員が飲み物を持ってきた。さて、どこから話せばいいのやら。

「……………。

 馬鹿強獣人の特別な相手としてオーガが用意されて?さすがにそれには勝てないから、判定勝ち狙いで運営の魔法使いを襲うって?その替え玉作戦にジュリアナが駆り出されて?最後の詰めのためにオレが必要だって?ふーーーん???」

「…ま、そういう感じですね」

「………危ねーーなぁーーーそれ!!!」

「ですよね!!!!」

 一通り説明を終えると。エリックが頭を抱え、ジュリアナが同意し、ジルベールが拳を握る。作戦立案者のサイモンは二の句を告げない。

「…そんなに駄目かな…やっぱ脱出に重点おいて作戦練り直すべきかな…」

「いや、勝ちを狙うならそれしかないと思うけど!ここでオレが噛むのに最後の空間転移しか関わらないってのはなんか…プライドに触る…!」

「あ、それわかります。もっと何か出来る気がします…運営の検査を掻い潜ってもっと守備固めしたり、いざとなったら一瞬で逃げられるように準備したり…」

「それな!!!」

 気がつけば、エリックとジュリアナの目がめらめらと燃えている。え、えと…。気圧されるサイモン、状況を把握できていないビッグケットの両者を見つめ、二人の魔法使いがバン!と机を叩き立ち上がる。二人は異口同音にこう叫んだ。

「「それならもっとやれることがある、もっと準備しよう!!」」

「……へっ……?」

 目を丸くするサイモンの前で。エリックとジュリアナは怒涛の議論を始めた。

「となればマジックアイテムを買いましょう、この方お金はたくさん持ってるらしいので!」

「じゃあ反射のお守りとかどうかな…!」

「いえ、あからさまに何かたくさん持ってると怪しまれるので、少数精鋭でバレない感じにしましょう!とりあえず短剣を買って腰に差しつつ、それを没収されても大丈夫なように、髪飾りにしか見えない隠し武器を買ってですね!」

「なら魔法守備はアイテムより身体に書き込む方が良さそうだな!えーと、オーナーは身体検査されるんだっけ?あれ?最初はエルフの身体で入って、最後本人に戻るんだっけ?」

「だから、ジルベールさんの身体に髪飾り状の仕込み武器を持たせて、それを外すのを合図に武器のみ空間に残して肉体を転送交換して…」

「座標指定、肉体転移、魂の交換とタイミング合わせて対消滅しないように亜空間に目印タグ付け…あとは魂が肉体に帰る方が若干速度上がるから、えーと…魂の帰還速度が…肉体の転送速度がオレだとこんくらい…」

 云々カンヌン。

 会話の速度と専門用語の登場回数が比例する。最初はふんふんと耳を傾けていたサイモンも、最終的には理解することを諦めた。普段サイモンの会話がわからないビッグケットの気持ちってこんな感じかな?とか考えながら。……やがて。

「…だから!そこは速度威力共に古代語呪文こそ至高でしょう!?何よその弱々エルフ魔法!魔法ってのは歴史的に神、精霊、エルフって降りてってんだから、せめて精霊魔法にしてくれないと困ります!」

「はーー?!古代語呪文とかイキったベテラン気取りがドヤ顔で使うもんだろ、エルフ様が何千年もかけて魔法体系洗練してくれたんだから、乗っからないと損だろうが!!」

「いーえそんなしょっぱい魔法、ダサくて連携出来ません!」

「んなこと言うなら、そんなドヤった奴と息なんて合わせられないね、やってられっか糞が!!!」

 フン!!!!!

 …なんか喧嘩始めた…。全く何を話してるかわからないサイモン、内容は一応わかるがどっちに肩入れしても血を見そうだから黙ってるジルベール、そしてそもそも全てがわからないビッグケットはそれをぽけーっと見つめた。…これ、大丈夫か?今日全員で力を合わせて勝利もぎとること出来んのか??

「…あの…何揉めてるんです…?もし無理なら無理でいいんですよ、当初の予定通りジルベールの見た目で決行するだけなんで」

 埒が明かない二人の議論にしびれを切らしたサイモンは、最終兵器「だったらもう頼まない」を発動した。それに待ったをかけるのは当然ジルベールだ。

「やだー!勘弁してー!!お願い二人共、喧嘩はやめて!…えっと、素人意見だけど古代語呪文によるメリットはエルフ体系呪文の安定感を捨てるデメリットに比べると微々たるものだから、多人数で複合魔法を使う際はエルフ魔法で安定を図った方がいいと思うなー!!」

「「……………」」

 ジルベールの言葉に二人がぴたりと動きを止める。ジルベールは本人曰く「魔法に興味なかった」そうだが、それはあくまでエルフ社会における英才教育の範囲内の話だ。さっきの会話の中身がわかって意見を出せるとは、一般 人間ノーマンのサイモンよりよっぽど魔法に詳しいようだ。もっと言えばプロを名乗る二人を黙らせたんだから、それだけ的を射た内容だったんだろう。ジュリアナとエリックはバツが悪そうにお互いを見やった。

「く…………安定性、確かに他人と連携するなら最重要ポイントですよね。仕方ない、依頼者クライアントの望みを叶えるために私が折れましょう。ただし、だったら完全完璧な術式を用意してくださいね!?」

「ったく、オレを誰だと思ってるんだ。平民出身でオレを超える使い手はいないレベルの転送魔法使いだぞ。ミスなんて絶対しない、確実にミッションをこなしてみせる!!」

 …なんかよくわからんけど和解した…。二人は熱い仲間意識を確かめ合い、がっちりと互いの手を握った。これで大丈夫かな…?サイモンが胸をなでおろす横で、ビッグケットはまるで興味をなくして欠伸あくびしている。むにゃ…と唇をすり合わせ、時計を見た。

『もうすぐ昼か…昼飯どうするんだ』

 その言葉に、ケットシー語がわかるサイモンとジルベールだけが時計を振り返った。もうとっくに11時を回っている。おお、もうそんな時間か。

「あー、もう昼ですって。あの、まだ話もあるし買う物とかあるんですよね?昼、一緒に食べます?俺奢りますよ」

「「食べるー!!!!」」

 さっきまで喧々と喧嘩していた魔法使い二人は、昼と聞いた途端息ぴったりに返事を返してきた。そのシンクロ具合に笑うのを堪えつつ、サイモンがジルベールを見る。

「お前は?今回も前回も世話になったし、そろそろ奢らせてくれよ」

「…じゃあ、お世話になろうかな。ご馳走になります」

「うぇーい!!タダ飯サイコー!!」

 微笑むジルベール、拳を突き上げるエリック。計5人、なかなかの大所帯だが…たまには悪くない。賑やかで楽しい食事になりそうだ。

『ビッグケット、全員デ飯食ウゾ。ドコ行キタイ?』

 そう話を振ると、黒猫は。目を喜々と輝かせてこう叫んだ。

『じゃあ、三つ葉食堂がいい!!』










 全員でわいわい話しながら移動し、東部の北から中央南へ。そして何度も来た三つ葉食堂…サイモンの行きつけの店…の扉をくぐる。カランカラン。ベルが鳴り、明るく応える店員の声が響く。

「いらっしゃいませー!…おっ」

 がやがやと賑わう店内で、机を拭いていた一人の店員が顔を上げる。ニコラスだ。

「よう!今日はまた…人数多いしバラエティに富んでるな…」

「あーうん、成り行きで…色々知り合って…」

「へー。毎日楽しそうだな、仕事順調そうで良かった」

「おう、どうもどうも」

 獣人、エルフ、冒険者らしきハーフエルフ、魔法使い、…なんかパーティー一行で飯食べに来たみたいだな。この中でパワー担当が一人だけで女のコってのがアレだけど…。

「へー、シャングリラの飯屋ってこんな感じなのか」

「ここは人間ノーマン御用達のエリアです。でもあまり騒ぐといかに人間ノーマンの貴方でも嫌がられますよ?」

「わーってるよ。…わぁ〜、美味そうだなー!」

 ジュリアナとエリックがひそひそ話し合っている。やがて席が空いたようなので、全員で卓についた。サイモンはビッグケットにメニューを渡す。

『ハイ、今日ハ何食ウ…』

 しかしそこでニコラスが飛んできた。息を切らせてサイモンの隣に立つ。

「あの、悪いんだけど!そこのネコチャン、チャレンジメニュー禁止ね!!チャレンジじゃなくて絶対食べきるのがわかったから、毎回完食されちゃ赤字になるから!たくさん食べたいなら正規の値段で注文お願いします!!」

 …あっ、禁止くらっちゃった。まぁ当たり前だけど。サイモンはビッグケットにニコラスの言葉を伝えた。

『ビッグケット、チャレンジメニューハモウ頼ムナッテ。食ベタイナラ普通ノ飯頼ンデクレッテ』

『えっ!?もうあのピラフもコートレットも食べられないのか!?』

『イヤ、チャレンジメニュートシテ無料タダデ食ベルノガ駄目ナンダト思ウケド』

『じゃあお金払ったらいける…?』

『アア。同ジノ頼ム?』

『うん、あれがいい!』

『ワカッタ』

 ビッグケットはまた山盛りのピラフと肉を食べるようだ。俺はどうしようかな…サイモンがメニューを眺める。その横でゲスト3人もわいわい話し合っている。

「なー、注文いいか?オレローストビーフとライスの定食で!水つけて」

「私はトーストセットにします。飲み物はオレンジジュース、ドレッシングアリで」

「じゃー僕は鹿の煮込み。パンとシードルをつけて」

 店員がやってきたので、それぞれ注文を始めてしまった。仕方ない、サイモンも慌ててメニューを見る。

「あー、ビッグケットの分は金払うからチャレンジメニューと同じのを出してくれ。そんで俺は…じゃあ、鴨と野菜のドリアでエールをつけて」

「はーい!えーと、ローストビーフとライスの定食、水、トーストセット、オレンジジュースドレッシングアリ、鹿の煮込みとパンとシードル、チャレンジメニュー有料、鴨と野菜のドリア、エール…」

『アッ、ビッグケット、何飲ム?』

『じゃあシードル』

「ニコラス、シードルもう一個頼む」

「はーい!」

 さらさらとメモが取られる。ニコラスは長いメニューの復唱が終わると顔を上げた。

「ご注文以上でよろしかったでしょうか!」

「大丈夫」

 それぞれが返事を返すのを聞き、頭を下げる。

「ではごゆっくり〜」

 そして去っていった。気がつけば、周りの客達が遠巻きにサイモン一行を見ている。が、エルフも人間ノーマンもいるので、前ほどビッグケット一人に対する侮蔑の言葉を口にしていなかった。集団相手なら言わないってか、陰湿だなぁ。

(…ま、人間ノーマンなんてみんなそんなもんだけどな)

 偏見。差別。無知からくる拒絶。もっと知ったら怖がるようなもんじゃないってわかるのに。…そうさ、獣人だって亜人だって。これまで知り合ったたくさんの人の顔を思い浮かべる。みんなクセはあっても良い人たちだったのに。

「じゃあサイモンさん、さっきの続きやりますよ。作戦をもう一度確認させて下さい。基本は魔法使いの急襲、そして上手く行かなかったら脱出ですよね」

「あっ、ああ…」

 注文が一段落したところで、ジュリアナが話しかけてくる。サイモンが返事をすると、ジュリアナは荷物からメモ帳とインク、ペンを出した。

「だったら脱出の方も強化しましょう。せっかくエリックさんがいるので、何かあれば一気に外に出られるような細工をして…安全対策を万全に」

「えっ、そんなこと出来るのか?!すごい!」

 驚くサイモンに、得意げなエリックがにんまり笑う。

「このオレを誰だと思ってるんだ?オレさえついてれば大丈夫、全員一瞬ですぽーんと外に出してやるよ!」

「「神………!」」

 思わずサイモンとジルベールの言葉がハモった。とにかく最悪の場合の脱出が心配の種だったが、そういうことなら安心だ。

「ていうかそもそも。私達も行きます、闇闘技場」

「えっ!?」

 ジュリアナが口にした言葉。エリックもうんうん頷いている。

「これ、後から発動する仕掛けを施してあとはバイバイ!でもいいんだけど、一番はその目で見て現地で魔法かけることだから。会場に入った方が早い。オレも行くよ」

「えっでも、エリックは未成年だよな?」

「そこは私の魔法でなんとでも。老夫婦にでも扮して二人で入ります。ねっエリックさん」

「あっんー、まぁ安全に入れるならなんでもいっか。ジュリアナに任せるわ」

「…では、そういうことで…」

 ジュリアナが高速で紙にメモをとっていく。プランA急襲、プランB脱出、その内容…。

「あっあの、多分内部に生贄というか…ビッグケットが逃げた時代わりになる対戦相手が二人はいるはずなんだけど。会場に一人、控室にもう一人。この人らを一緒に逃がすにはどうしたらいい?」

「じゃあ、会場の方はオレが探して抑えとくよ。オレの場合、目視さえ出来れば目印タグつけて魔法かけられるから」

「すごい!じゃあ控室の方は…」

「物理的な目印タグをつけよう。魔力込めたアイテムを、えーとエルフの方に持たせるから、控室のその人に渡してあげてくれ」

「了解。…だってよジルベール、頑張れよな」

「ひぃん…やることたくさんある…怖いよぉ」

「今からそんなビビリでどうすんだよ、どんなに外見完璧でも挙動が怪しかったらアウトだぞ?」

 それぞれが言葉を、意見を交わしあう。ジルベールは都度都度ビッグケットに通訳していたようだが(ありがたい)…とにもかくにも、少しでも危険な事を怖がる。ったく、こいつ立派に替え玉やりきれるんだろうか?

「…よし、じゃあ今から練習しましょう!」

「えっ?」

 そこでジュリアナがぽんと手をうつ。小さな手をサイモンとジルベールに差出し、静かに笑顔を浮かべた。

「お二人、今から入れ代わりましょう」

「「えっ!?」」

「それで、それぞれの役を演じる練習をしましょう。ボロが出そうなら演技指導します。それで夕方に備えましょう」

「「…………!!」」

『わー、面白そう!』

 時間差でビッグケットが反応を返してくる。先程絶句した後。ジルベールはちゃんと黒猫に会話の内容を通訳した。ビッグケットが猫耳を震わせてにやにやしている。

『私はどっちとも知り合いだからな、ちゃんとそれっぽいか判定してやろう』

「そうですね、それは心強いです。私はジルベールさんの分を判定しましょう」

 ジルベールの通訳越しに二人が会話する。女性二人、うんうんと頷いて。ジュリアナは両手を上げた。眉間にしわを寄せ、小さく呪文を唱え始める。

「えっ、もう?!もう変えちゃうの!?」

「まぁ練習はした方がいいよ、特にお前心配だし」

「そんな…!」

 ジルベールとサイモンが囁きあうその横で。ジュリアナの手が光を帯びている。なんらかの魔法反応が起きている!

「…この者らの魂を交換せよ、魂開放エスプリリベラシオン!」

「「!!」」

 …………。……………?

 痛みはない。しかし、えっ。

「うわ、位置が変わってる…俺がそこにいる…!」

「うわーーっ僕が俺って言ってるー!!野蛮ー!!!」

 二人は見事に入れ替わった。サイモンの視点だと、さっきまでビッグケットの隣に座っていたのに、気づけばふっと一瞬で場所が変わり、ジュリアナの隣になっている。視界に入る腕もサイモンのものではない。エルフの普段着ってこんな着心地なのか。ふわふわと少し柔らかくて、元貴族のジルベールのこだわりが感じられた。一方ジルベール(見た目サイモン)は、おろおろしてビッグケットに肩を叩かれている。そうだ、二人はケットシー語を通して会話が出来る。やっぱり全く知らない人やら、ましてやケットシー語を話せない人に頼まなくて良かった。当然の話だが、替え玉は精神的に負担があるのだ。

「え、これ、サイモン君の腕だよ?僕本当に入れ替わっちゃったの?えーと、サイモン君っぽくってどうすれば…えーと…」

『ジルベール、落ち着け。サイモンの見た目で情けない顔をするな』

『ううっ、だって…』

 10代の女の子に縋り付く年齢3桁のエルフ…しっかりしろ。ていうか人の身体でビッグケットにベタベタしないでくれ、心臓に悪い。

「…これ、事前にテストして良かったね。寸前だったらサイモン君が混乱して失敗するとこだった」

「そうですね、最初にあちらに潜入するのはサイモンさんですから、それがシャキッとしないことには…」

 中身サイモンが隣のジュリアナと会話する。せっかくなのでジルベールを演じた状態で、だ。それを聞いた中身ジルベールは、べそをかくのをやめて上体を起こした。気持ち居丈高な様子で。

「はァン?馬鹿にしてもらっちゃ困るな、お、俺にかかれば闇闘技場なんて?ちょちょいのちょいだっつの。見てろよ、絶対成功させてみせるゼ」

「…………」

 無言の空間が少し生まれた後。

「噛むな」

「男っぽさの表現がオーバーな気がします…サイモンさんは今日さっき出会ったばかりですが、さすがにそれは挙動不審です」

「いや、マジでさっき会ったばっかのオレでもそれはないわ」

 それぞれから酷評された。中身ジルベールがギュッと胸を掴み、眉間をキュッと寄せる。

「難しいよ〜!僕元々普通にお坊ちゃんなんだよ、そんなガラの悪い話し方したことないよ!」

「…いや、俺も元上寄りの中流なんですけど。むしろ、ガラ悪くなったのここ数年の話なんだけど。…初めてマトモに『俺』って言うようになったのいつだっけなぁ、けっこう遅かったんだけどなぁ」

「へぇ、サイモンさんて僕っ子だったんです?」

「僕っ子ってなんだよ、子って年じゃないだろ。うーん、…12歳くらいまでけっこう普通に『僕』だったなぁ、なんかみんなが続々オレに変わってくのが逆にダサい気がしてさー」

「あー、逆に?突っぱねちゃうと変えるタイミング失うよな、わかる」

「それで…あっ」

 話が逸れ過ぎた。ビッグケットが耳を捻ってイライラしたようにこちらを見ている。こっちでぺらぺら盛り上がってるのについていけないから御立腹だ。

『…ナ、共通語ワカンナイト大変ダロ。早ク覚エヨウナ』

『そんなことより、飯は?いつ来るんだ』

 あっ、そっちか。そういや遅いな。こないだはあっという間に来たのに。なんとなしに厨房を見ると、丁度ニコラスが慌ててワゴンに料理を乗せ、運んでくるところだった。

「悪い!!昼時で厨房がてんやわんやになっちゃって。ここのことすっかり後回しになっちまった。はい、頼まれてたメニュー!冷めてるわけじゃないから食べてくれ!」

 続々料理が置かれていく。ビッグケットはそれを見て心底嬉しそうな笑顔を浮かべたのち、ハッと何か気づいた顔をした。隣の中身ジルベールの肩を叩く。驚く中身ジルベールの目の前でこっそりニコラスを指差す。口の前で指を開いたり閉じたり…そうか、俺の…サイモンのふりをして何か言ってみろとジェスチャーしてるんだ。中身ジルベールはそれに気づいて一瞬焦った素振りをしたが…やがてこほんと咳払いし、ニコラスを見た。

「全く。困るぜ、みんなお腹ぺこぺこなんだからさぁ。今度から気をつけてくれよなぁ」

「え?あっ、ああ…悪いな…」

 それを聞いたニコラスはあれ?という反応。訝しげな表情を返した。…失敗。中身サイモン他、魔法使い二人と黒猫は各々無言であちゃー…というリアクションをした。まさか、ジルベールがこんなに大根だったとは。いや…演じるっていうのはある意味特殊な動作だ。本気で「誰かになりきる」という気概がないと、必ずどこかでボロが出る。独特の羞恥心があるからだ。さてこれをどうやって克服させるか…。

「さ、とりあえずご飯食べよ。詳しい話はまたあとで。はいみんな食事タイムーっ」

 一方、中身サイモンによるジルベールのフリはそこそこ安定している。ジルベールとの付き合いもそれなりの深さだし、何よりサイモンには「人を騙す心得」が備わっている。それすなわち動揺しないこと。堂々としていること。ハッタリに欠かせないのは度胸だ。

(…演技指導…本当なら時間かけて慣れてもらうのが一番なんだろうけど。ザクッと完成させるためにはどうしたらいいんだろ)

 全員でわいわい食事を取りながら。中身サイモンはひたすらあれこれ考えていた。タイムリミットは今日の夕刻。それまでに詳しい作戦を詰めてアイテムを揃えて、演技指導も終わらせなければならない。

(…あーーーっめんどくせえええ!!!)











『ご馳走さま!!』

「…すごいな…アレを食べきるなんて…」

 食後。例によってチャレンジメニューと同量の食事を完食したビッグケットに、エリックがドン引きしていた。黒猫は言葉が通じないにせよ、その表情すら意に介さない。満腹まんぷく!と嬉しそうに腹を叩いていた。

「じゃ、お会計サイモン君よろしくね」

 金は中身ジルベールが持っている。なので中身サイモンが支払いを促すと、ぎこちない笑みを浮かべた中身ジルベールが鞄を漁り、なんとか金貨袋を取り出した。チャリンチャリン。今日は人数もいたおかげで銀貨の支払いだ。それを見届け、三つ葉食堂をあとにする。

「まいどあり!また来いよ!」

「ああっ、またな…!」

 ニコラスが手を振っている。中身ジルベールはまた鈍い反応を返した。店を出てしばらくして…ジュリアナと中身サイモンがじとりと彼を睨む。

「なーんかしっくり来ないですね、受け答えが」

「お前はまず“サイモン”って呼ばれるのに馴れないとだな」

「うう…頑張ります…これ、僕の命にも関わるもんね…やるよぉ、やりますよぉ…」

 中身ジルベールは相変わらず腑抜けたリアクションだ。しかしこれにばかりかまっていられない。これから今日の作戦に必要なアイテムを集めなくては。

「えーとジュリアナちゃん、結局何が必要なんだっけ?手分け出来そう?」

「そうですね…細かいところは私とエリックさんで話してマジックアイテム屋に行きます。具体的にはナイフ、仕込み武器、肉体移動に必要な術式原料いくつか、あとは…?」

 中身サイモンがジルベールのフリをしつつ尋ねると、ジュリアナが答え、隣のエリックを見る。

「あとは全脱出用、そして魔法防御を固めるための術式原料、オレたちの変装道具だな。その辺は素人に説明してもわからないだろうからいいよ。とりあえず、まず二人の肉体を交換します。しました、そんでオレたちが集めたアイテム及び魔法で現地解除出来るようにします、あと万が一相手が強い魔法で反撃してきてもサイモンさんが即死しないよう色々弄くります。最後に最悪ヤバヤバのヤバだったら、合図ひとつで全員+生贄枠とやらごと逃げ出せるようにします。以上!って感じ?これを叶えるためのアイテムを、買います。馬鹿みたいに高いのは買わないから安心して」

「はい、わかった。じゃあ僕達に出来ることはなさそう?」

 エリックの説明を聞いて、中身サイモンがジュリアナに視線を送る。小さな魔法使いはふむ、と考える素振りをした後、静かに人差し指を上げた。

「とりあえず演技練習を兼ねて3人でしばらく一緒に行動してて下さい。アイテムが全部集まったら準備タイムに入るので」

「おっけー。だってさ、サイモン君。僕がみっっっちり演技指導してあげるから、楽しみにしててねぇ♥」

 甘い声。中身サイモンによる、渾身の優しい笑顔。しかし中身ジルベールにとっては、死刑宣告のごとき恐ろしさだった。思わず口元が引きつる。

「あ、ああ…わかった…」

「じゃあ解散!準備が終わったらギルドの鳩を飛ばします、とりあえず屋外にいて下さいね」

「わかったー」

 その会話を最後に、魔法使い二人はサイモンたちと別れて歩き出した。また防御が障壁がと魔法の話を始めたが、喧嘩しないだろうな…。それを見送りつつ、中身ジルベールとビッグケットを見る。ビッグケットはまるで話がわからないままなので、勝手に歩き出した二人をぽかんと見つめていた。

『ホラサイモン君、ビッグケットチャンニ説明シテ』

『…ジルベールが片言のケットシー語話してるの、ウケるな』

『ちょっとー、勘弁してよ発音酷いよぉ』

『オ前ハ俺ノフリヲモット頑張レ』

『はい…』

 しおしおする中身ジルベール。しかし彼自身の命がかかったミッション、嘆いてばかりもいられない。すっと視線を上げると、隣のビッグケットの肩をパンと叩いた。

『とりあえず、二人は今日の準備に必要なマジックアイテムと原料を買いに行った。俺たちは演技練習兼ねて一緒に行動してろって。あっちの買い物が終わったらギルドの鳩で連絡するから、外にいろって言ってたぞ』

 おお…。

 思わずビッグケット、中身サイモン共に感嘆の声を上げる。その気になれば出来るじゃんか。しかし…

『…これこっ恥ずかしくなぁい?!やだなーっ僕のキャラじゃない!!!』

 言い終わった途端、両手で顔を覆って身悶え始めた。これは…慣れがいるな…。とにかく話して話して話しまくるしかない。何を相談したわけでもないけど。ビッグケットが中身ジルベールの左手を。中身サイモンがその右腕を。がっしり掴んで歩き出す。

『ヨーシ、ジャアチョット外歩イテコヨーカ』

『話し続けるためには何か話題がいるな、昔の恥ずかしい話とかどうだ?これは絶対誰にも言えない!!って奴をここで披露しようじゃないか』

『えーーっ、そればあちゃんとしか暮らしてないビッグケット有利すぎないか?!こっちがどれだけ生きてると思って…っ』

 あーだこーだ。3人でじゃれ合いながら歩いていくのは…まぁ、悪い感覚ではなかった。ビッグケットがご機嫌で長い尾を揺らし、中身サイモンが屈託ない笑顔を浮かべ、中身ジルベールは柔らかな表情かおで過去を振り返る。

 結局街をふらつきながら、どれくらい話していただろう。最終的にビッグケットは森で拾い食いして大層下痢した話、中身ジルベールは貴族のパーティーで男を女と見間違えて惚れかけた話、中身サイモンは12歳で大規模な寝小便をしてしまい、それを隠そうと奮闘した話を披露し、げらげら笑いあった。その頃にはそれぞれを演じるのがだいぶ板についた気がする。ふと見上げると、二人からの連絡鳩がこちらに向かってきていた。買い物が終わったようだ…よし、合流しよう。 













「ほい、領収書」

「そういや金渡さなかったけど、どうすんのかと思ったら…きっちりしてんなぁ〜」

 鳩に導かれ、移動した先。サイモン達三人はまた冒険者ギルドの前まで戻ってきた。魔法使い二人が戦利品をどっさり抱えて立っている。お互い歩み寄ったところでエリックが購入品一覧と金額が書かれた紙を出してくるので、咄嗟に中身ジルベールが応対すると、二人は見事に「?!」という顔をした。

「あれ、ジュリアナ、魔法解けてる?」

「いえ、多分…中身ジルベールさんのままのはずなんですが…」

 見るからに動揺する二人の様子に、ずっと話していたビッグケットと中身サイモンは肩を震わせて笑うのを堪えた。驚いてる驚いてる。しばしの間。やがて中身ジルベールはにっこり笑って両手を上げた。

「大丈夫、ぼっくでーす!」

「うわーーっ、脅かさないでくれよ!なんだ、演技上手くなったじゃん!」

「わぁ、すっかり騙されて焦っちゃいました。これなら大丈夫そうですね!」

 エリック、ジュリアナが各々笑顔でコメントを返してくる。二人共ネタばらしに満足してくれたようだ。さて、ここまできたらもう一息。細かい準備に入る。ジュリアナは全員の顔を見た後、中に入りましょう。とすぐそばの建物を見た。

「じゃあ、ギルドの二階に上がりましょう。二階は旅支度を整えるためにスペースを借りることが出来るんです。サイモンさん、また銅貨を1枚払ってもらえますか?」

 先頭を歩く小さな少女が、扉を潜りつつナチュラルに中身ジルベールを振り返る。さぁ、中身がわかってこれということは、改めて演技の評価をしたいということだ。きちんと受け答え出来るか?魔法使い二人と中身ジルベールを追って歩きながら、中身サイモンとビッグケットが固唾をのんで見守る前で。

「ああ、わかった。金はどこに払えばいいんだ?一階の受付か?」

「はい、受付嬢に一言『二階のスペース使います』って言ってお金を渡すだけです」

「わかった、じゃあ払ってくる」

 中身ジルベールは実にナチュラルな様子で歩いていった。鞄から袋を出し、受付嬢に話しかけ、銅貨を1枚差し出す。そして戻ってくる。そこでじいっと見つめる他のメンバーの様子に気づき、少しぎくりとした顔をするものの…照れたような、苦いような表情で上を指さした。

「ほら、急ぐんだろ。みんなぼーっと見てないで上へ上がれ」

『ビッグケット、上行くぞ。準備のために二階のスペース借りたから』

 …合格!やり取りを見ていた全員が明るい笑顔を浮かべる。中でもビッグケットはとりわけ妙に嬉しそうだった。跳ねるようにダッシュし、中身ジルベールの隣に並んだ。

『よしよし、確かにサイモンって感じだな!これなら私の試合が始まるまでの間くらい、普通に気づかれないだろう!』

『うう…そうだといいけど…はぁーー不安だな〜、生贄さんにちゃんとアイテム渡せるかなぁ〜…』

 階段を登り始めた途端、ジルベールは演技のスイッチを切ってしまった。また情けない表情で弱音を吐いている。…とはいえ、その内容がわかるのはサイモンとビッグケットだけだ。魔法使い二人は全くわかっていないので、鼻息も荒くこれからの説明をしてくれた。

「サイモンさん、二人で色々話し合ったんですが、対魔法防御レベルは惜しまず私達が出せる最大のものにすることにしました!その上で、敵の魔法を弾いたら視覚効果エフェクトが入るように調整するので、これを撤退の合図だと思ってください!一回魔法弾いちゃうと、私達の実力だともう丸腰状態になるんですすみません、でも一撃死よりマシだと思うので!」

「全然大丈夫、一撃死よりよっぽどマシだし撤退出来るなんて夢みたいだよ」

 適当に開いてる部屋に入る。がらんとした空間に椅子と机、空の棚がいくつか置いてある。これを準備に使えということだ。もう演技は要らない。中身サイモンがジュリアナの言葉に返事を返した。それを聞いたエリックがさらに説明を続ける。

「んで、そのエフェクトが見えたら大きく手を上げてくれ。オレたちだってサイモンさんの事を見るようにしてるけど、念の為わかりやすいようにな。で、サイモンさんが手を上げたらオレが転移魔法を発動する。そしたらサイモンさん、黒猫ちゃん、エルフさん、オレが目付けした生贄1、エルフさんがアイテム持たせた生贄2、そしてジュリアナとオレ。全員すぽんと闘技場の外に出る。でも、出るだけだ。オレの魔法が効くのは。だからその先は各々逃げることになるんだけど、大丈夫か?」

「ああ、とりあえず生贄さんたちはきっと弱い女の人だと思う。ビッグケットと手分けして抱えるよ。ジルベールは自分で自分のことをどうにかしろ」

「ええーーっ、そうなの…!?でも一瞬で外に出るならかなり有利だよね、頑張る…!」

「あとそれビッグケットに通訳しといて」

「はーい」

 とりあえず目下急いで作戦内容を詰めなくてはならない。ビッグケットへの説明は中身ジルベールに一任して、中身サイモンはとにかく魔法使いたちの言葉に耳を傾けた。

「で、最初のリクエストの寸前入れ代わりですけど。ジルベールさん、髪長いですよね。なのでこれをくるくるっと上に結って、そこにかんざしを挿してもらいます。その簪はさっき用意しました。先端に猛毒を塗って、少なくとも人一人なら即死レベルに仕上げたので、いざという時ブスッと刺して使ってください。これを引っ張って髪を解いたら、私達が魔法を発動してお二人の肉体を元に戻します」

「はい、ちょっと待って」

「はいなんでしょう」

「なんでその髪飾りそんなに物騒なの?もうちょっとさ、痺れて相手の動きを止められるとかじゃ駄目なの?」

 よくわからんけどさ。そう付け加えつつ中身サイモンが尋ねると、ジュリアナは目をまん丸にした。出会って以降初めて、魔法少女がぱっちり目を開いた姿を見せたので、中身サイモンも思わずびっくりしてしまった。

「え、だ、駄目なの…?そんなに…?」

「サイモンさん。甘いですね。相手は人間とは限りません、最悪オーガ御本人と貴方が対峙するかもしれませんよ。そうなったら足止めすら出来るか危ういです。何せオーガですから、何が効くもんだか」

「うっ…」

「それに、いざとなったら本気で殺せるって大事なんですよ。脅しに使うも良し。いざ何か揉めて止む無く相手勢力と交戦する時だって、最初の一人を瞬殺すれば残りへの抑止力になりますし。とにかく武力は持って損なしです。そうだ、誰かに毒を使ったところで刺突武器としての性能が残ります。上手く使えば毒がなくても戦えますよ」

「…俺、戦ったこととかないんだけど…」

「そこは頑張りましょう。せっかく尖ってるんですし、目潰しとか金的ダイレクトアタックとかするととっても有効です」

「うう…怖いよ…このハーフエルフ可愛い顔でエグいこと言ってくるよ…」

 淡々とされる説明に、ついに中身サイモンが頭を抱えてうずくまった。奇しくもそれは見た目と言動が一致して見えて、周りは失笑してしまったけれど。

「…ま、とりあえずそうならないことをオレたちも祈ってるから。で、こっちとアンタらの連携に関しては以上だな。あとは単純に準備…あ、猫ちゃんの方からもSOS出せるようにしとく?」

「そうだな、最悪時間稼ぎが思うように出来なさそうな時は命大事に。一発離脱でかまわない」

 エリックと中身サイモンがふっとビッグケットを見ると、黒猫は驚いたように両耳をピンと立てた。横で中身ジルベールがさっきまでの言葉を通訳している。全部訳し終わると、こちらの話の流れが理解できたようだ。ビッグケットもうんうんと大きく頷いた。

『そうだな、私も正直オーガ相手じゃ上手く立ち回れるかわからない。最悪助けてもらえるとメチャクチャありがたい』

「…ん、じゃあ猫ちゃんはもう限界!これ以上やったらマジで死ぬ!って時は、大きく両腕でバツを作ってくれ。試合の様子は大きな鏡とやらで見れるんだろ。必ず気づいてやれる。そうなったら全員で離脱だ」

『おっけー』

 中身ジルベール越しに会話する二人。…さて、確認事項はこれで全部かな。改めて準備に入ろう。ここで示し合わせたように魔法使い二人が買い物袋を引きずってくる。そしてジュリアナが告げた言葉は。

「じゃ、サイモンさんとジルベールさんは二人共全裸になって下さい」

「なんで?!」

「誰得!!!??」

 思わず名指しされた二人同時に叫んだ。しかしジュリアナはしれっとした顔のままだ。

「いえ、正確には上半身、下半身で分けてもいいんですけど。めんどくさいでしょ、一気に行きましょう。大体私だって62歳です…いくら見た目若い男性相手だからって、一々なんとも思いませんよ」

「いや、俺ピチピチの18歳なんで!ここで突然裸になるのはその、貴女の前って意味でもビッグケットがいるって意味でも恥ずかしいです!!」

「僕は300歳超えてますけど無理です、家族以外の婦人の前で服を脱いだことないので!!!」

 あまりにも平然とした様子のジュリアナに対し、二人の口から異口同音に拒否の言葉が飛び出した。中身サイモンが内心(へぇ…こいつ童貞なのか…)と思ったのはなんとか黙っていたが。とにかく突然裸になれだなんて。ジュリアナはむう…と唇を曲げた。

「あのですね、こっちは馴れない連携魔法、しかも口頭発動じゃなく紋章術で組み上げるために、脳みそフル回転させてるんです。設計図は先に描いてきましたが、実際の人間相手に上手く完成させられるかどうか…。

 それにサイモンさんは登録者オーナーですが、今日が闘技場最終戦であることを考えると、最悪オーナーも身体チェックが入ります。お話を聞く限り、ひと目で人体に魔法を描き込んでるとわかる人材はいなさそうですが、怪しいだなんだと他人を呼ばれないために、これはオシャレの入れ墨です。で通さなきゃいけないので、カッコよく描きあげなくてはならない。正直人の裸がどうのとか気にしてる余裕ないです、私は。エリックさんに至っては同性だから尚更でしょうしね」

「「はい…すみません…」」

「でも、ビッグケットさんの目が気になると言うなら衝立を立てましょう。これでいいですね?」

「「はい………」」

 押し切られた。ジルベールが軽くビッグケットに説明して、その間にエリックが部屋の隅にあった衝立をずるずると引きずって設置して…いざ。

「…最悪最後繋がれば発動しますよね」

「それな。何せ実物で試す事が出来ないからな〜。あ、理論的に発動するかどうかはさっき別の物使って試したから安心して欲しいんだけど。再現性がなー、不安なんだよなぁ…」

 おずおずと男二人が服を脱いだところで、中身サイモン肉体ジルベールをジュリアナが。中身ジルベール肉体サイモンをエリックが担当し、それぞれの裸に謎のインクで直接何か描き込んでいく。魔法使い二人は事前に決めた設計図とやらと、目の前の人体を交互に眺めながらすこぶる真剣だ。しかしただ黙って裸で立たされている二人は非常に気まずかった。気にならないと言ったら嘘になるが、互いの名誉のために互いを見るわけにもいかないし…なんだこの時間。

「サイモンさん、股関隠さないでいただけます?万が一のために、重要な部分は下着に隠れる範囲に入れておきたいんです。貴方は最初客として闘技場に入ります。よってさすがに素っ裸にされることはないと思いますが…最悪パンツ一丁くらいにはなるかもしれません。なので、怪しまれないよう術式をここに集約させたいんです」

 おまけに拷問みたいなことを命じてくる。中身サイモンは震える声でジュリアナに返答した。

「ごめんなさい…すごく真剣な話をしてるのはわかるんですけど…結果的に女性にこんなにまじまじここを見られるなんて…ホント、ホントに耐えられません…っ」

「サイモンさん大丈夫か?この儀式、実は魔法使いあるあるなんだぞ。ついでに魔法使いは女のコも多いから、こういう事故もマジで多い…だから、うん、勃っても誰も笑わない。大丈夫」

「嬉しくないよそのフォロォオオオオオ!」

 開き直れたらどんなに楽か。エリックの慰めが逆に辛い。仕方ないので、中身サイモンはとにかくこれ以上目から辱めを受けないよう両目をきつく閉じた。さわさわぺたぺた、体を触る気配はあるがこれで少しは…

(いやっ気にならないとか無理だけどな!!でも最悪勃った自分のを見なくて済むからいい、かな、いや解る、自分の具合いくらいわかる意味ない、でも見られてるのを見るくらいなら目を閉じるーーー!!!)

 彼の必死の抵抗も虚しく、目を閉じたら閉じたで結局、外部からの刺激を遮断して鋭敏になった股関節の上を筆が這い回るのを感じるわけで、「そういうプレイ」のようでゾクゾクしたが。

「…ていうかジルベールは大丈夫?生きてる?俺は死んでる。応答しろ」

 黙ってると気が狂いそうなので、気晴らしに隣に話しかけた。すると本当に蚊の鳴くような声が隣から聞こえてくる。

「…女性に見られてるのもかなりヤバいと思うけど、男の人にじーーっと見られてるのもなかなかキツイよ…。うん、仕事だから真剣にやってるだけなんだろうけど…うう、むり、死にたい、やだ…」

「悪いな、この身体はサイモンさんだからマジで念入りに書き込まないと。身体に色々描くだけで高威力攻撃魔法のエネルギーを弾き飛ばす障壁発動してくれるんだからすごいことなんだけど〜、まぁやられる側のメンタルはキッツいよな…」

「つらいです…」

 隣は隣で地獄らしい。見ることこそ叶わなかったが、エリックと中身ジルベールの間にも色々あるようだ。

「…あとで描く人を交代します。股間周りが終わったらズボン履いていいです、胸部への書き込みに移ります。サイモンさんの肉体は魂交換、脱出転送の目印タグ付けと高度魔法防御、ジルベールさんの肉体は同じく魂交換、脱出転送の目印タグ付けと多少の魔法防御。これだけ描ければ終わりです。頑張りましょう」

「ふぁい……うん?」

 そこでふと気づいた。脱出転送にも何かの描き込みが必要なら、ビッグケットはどうなるんだ?すでにあちらに素っ裸を披露している。今夜突然、裸に何か増えていたら警戒されるんじゃないだろうか。最悪仕込みありとみなされ、強制退場ギロチン刑だ。

「あれ?じゃあビッグケットはどこに魔法描くんだ?ビッグケットはもう運営の前ですっぽんぽんになってるぞ」

「それ、色々考えたんですけど」

 ジュリアナは既に身体検査を通して全身見られているだろうと予測した上で。

「幸い彼女には大きな猫耳があります。あの中まで調べる人はいないでしょう、どうせ口と下の穴が関の山ですよね?なので、耳の中のスペースに描きます。なるべく目立たないように」

「ふーーーん、それなら良かった」

 確かに、どんなに魔法の鏡に大写しにされたとしても、耳の中までチェックする奴は稀だろう。…判定係がどこかにいる?だとしても、遠目に何かで見ている状態なら判別はかなり難しいはず。…多分、大丈夫。

(とりあえずこの拷問終わってくれ…!)

 ぺたぺたさわさわ、ぺたぺたさわさわ。ひたすら何かで何かを描かれることしばし。

「………っ、出来た…!!!」

「こっちも!」

 二人が開放されたのは同時だった。中身サイモンが急いで下着を身に着けていると、

「あっ、ジルベールさんはまだ股間の分終わってないですよ。私が描き込むので」

 …なんと、中身ジルベールはこれから股間部分に着手するようだった。可哀想すぎる。同情しつつちらりと隣を見れば、中身ジルベール肉体サイモンの身体は上半身…心臓を中心に、左胸からヘソに向かってびっしり何かが描き込まれている。ぱっと見は炎の絵のようだ。

(うわっ…)

 うねるように大きく、そして小さく。確かに芸術的と呼べる図柄。これはどうも、呪文で絵を作っているようだが…すごいデザイン力だ。思わずエリックの方を見てしまう。

「あれ、アンタが見た目考えて描いたのか。すごいな」

「あーこれ?どうもどうも。好きな人は魔法陣の見た目とかメチャクチャ凝るんだけどさ。オレは専門じゃないからちょっと緊張したよ。あれならオシャレ入れ墨です!で済むかな」

「ああ、少なくとも俺が検査係だったらそう思うね。かっこいい」

「わーーっ、素直に嬉しい!」

 中身サイモンが忌憚なく褒め言葉を口にすると、エリックは嬉しそうに破顔した。こういうところは素直で15歳らしい。これまで立派に仕事をこなしている分、顔立ちよりずっと大人びた印象だったが、今はなんとなく彼も少年なんだなぁとしみじみしてしまった。そのエリックが、中身サイモンの肩をぽんと叩く。

「んじゃ、サイモンさんはちょちょっと残り終わらせような。アンタも魔法防御の図柄書き込まなきゃ」

「えっあれを!?」

「あれのちっちゃいのだから大丈夫」

「あっそう…」

 てことは30分かからず終わるんだな。サイモンがそう計算し、そして実際10分ほど経ったところで中身サイモンの分が終わった。服を着てしばし待つ。やがて中身ジルベールも開放され、地獄の裸祭りは終わりを告げた。

「…じゃ、サイモンさんは髪を整えましょう」

 最後にエリックがビッグケットの耳に魔法を描いてる間。中身サイモンはジュリアナの前に椅子を置き、髪を結われていた。ジルベールの緩くウェーブした長い髪。丁寧に梳いてせっせと編み、くるりと頭の上で捻って丸める。最後にぶすりとかんざしとやらを挿して終了だ。

「…これが猛毒のついた髪飾り…」

「今はそれと分からないようキャップをしてありますよ。有事の際はキャップを取ってください。ハチャメチャに研いで尖らせておきましたので、刺さるはずです」

「あの、はい、ありがとうございます…」

 これが正しい返事なのかわからないが、とにかく。準備が終わった。ジュリアナが鏡を持ってきたので覗き込む。すると中に居たのは、空色の瞳を持った美しいエルフの顔だった。…あっそうか、今ジルベールの見た目だった。今更だけど…てことは、さっき見られてたのはジルベールの股間なのか。…てことは……………ジルベールの反応がサイモンの身体で再現されてたわけで……

(うわああああああああ…!!!)

 恐ろしい、考えたくもない。が、もう終わったこと!忘れよう!!!頭をぶんぶん振る。二人もプロだ、大丈夫…きっとすぐ忘れてくれるさ…!もうそれに賭けるしかない。

『おっ、サイモン男前じゃないか〜。裸こんな感じなんだな、でもこれで少しは飯食って太ったのか?っそいな〜〜〜』

 ふと気づけば、向こうの方でビッグケットが呑気な声を上げていた。えっ待って、裸って下まで見てないよな!?慌てて駆け寄ると、

「おお…」

 さっきも見た自分の身体。炎の意匠をイメージした魔法が描き込まれた上半身を露わにした、中身ジルベールがズボンを履いて椅子に座っていた。中身サイモンの声に気づいたようだ、こちらをじろりと睨む。その荒んだ瞳はなんとなく、ジルベールというよりサイモン本人に近い印象に思えた。

(いや、俺ここにいるんだけど)

 とにかく、ビッグケットが感嘆の声を上げたのもわかる気がする。…ちょっとかっこよかった。まぁ、単純に女の人に股間撫でくり回されて疲れ切っただけなんだろうけどな。

『サイモン君ドウシタノ、目ェ死ンデルヨ?』

 茶化すように声をかければ、中身ジルベールは一層こちらを睨んだ。

『…うるせぇな、こちとら大変だったんだよ。中身俺なのに…っ、くそ、なんなんだよ!

 ちょっと!体が人間ノーマンだからか知らないけど、偉い大変だったんですけど?!すごい引きずられたんですけど?!!』

 中身ジルベールは途中までサイモンの素振りで返事をしていたが、途中から諦めた。…というのも、ははぁ?精神、魂はエルフのジルベールだったが、肉体が人間ノーマンのサイモンだと…ふぅん。肉体の反応は精神関係なく肉体の方に引っ張られるのか。

 つまり、メチャクチャ勃ったか勃ちそうだったんだな。

「ふくっ…ふふ、ふふふ…!!」

『笑わないで!本気で大変だったんだからー!!!!』

『イヤ…ゴメン…人間ノーマンガソノ…浅ハカデ…ゴメッ…』

『もーーー勘弁してよ!!!!!!』

 必死に笑うのを堪える中身サイモンと、ぷりぷり怒る中身ジルベールを見つめるビッグケットは、全く事情が飲み込めてなかったが。


「これにて全準備完了です。お疲れさまでした」


 ジュリアナとエリックが頭を下げ、サイモン、ジルベール、ビッグケットがそれに応えて礼をする。

「…って、二人ももう変身したのか」

「そうですね、私達も演技に慣れておかないといけないので」

 「一旦全裸組」が全ての衣類を身につけ、中身サイモンが腰にナイフを差している間、魔法使い二人もまた変身という形で支度を整えていた。ジュリアナがノームの女性に扮し、小さな老婆に。エリックは人間のままだが少し前傾姿勢を取り、やや小柄な体格が丁度いい塩梅だ。優しそうな老人男性の姿になっていた。

「…この見た目で闘技場に行くんだ…」

「そりゃまぁ、娯楽は娯楽ですから…」

 そりゃあ真理だが。どう見ても人の良さそうな異種夫婦。これで二人が連れ立ってあそこに行くのかと思うと、ちょっと笑ってしまいそうだった。

「サイモンさん、笑いごとじゃないぞ。ここまで来たら、あとはサイモンさん、アンタの推理と交渉に全てがかかってる。運営に何を言うか知らないけど…魔法使いを脅して反則負けを認めさせるとこまで持ってくんだろ。頑張ってくれよな」

 しわがれているが、確かにエリックの声がする。…そうだ、準備して終わりじゃない。本題はここからだ。

 会場に入ったらまず運営本部までひたすら近づく。試合開始前なら、良い席を探しているだけにしか見えないはずだ。そして、試合が開始したら本部に急襲をかける。サイモンの見立てだとここからオーガが暴れ始めるから、時間との戦いになる。ビッグケットがオーガを引き付けて観客と自分の命を守ってくれている間、なんとか運営と駆け引きして判定勝ちをいただく。…そこまで持っていかなくては。

「…ああ。今回たくさんの人の手を借りた。絶対成功させてみせる。目指すは判定勝ち、殿堂入り、そして金貨50枚!!!」

『ヤロウゼビッグケット、今日ガ最後の戦イダ!』

 中身サイモンが拳を出すと、サイモンの予想通り中身ジルベールが通訳してくれていた。ビッグケットはニヤリと笑い、同じく拳を突き出す。

『…どこまでやれるかわからない。けど、私はお前を信じている。…やろう、勝とう、最後まで!生きて帰ろう!!』


 こつん。


 二人の拳がぶつけられた。それを二人の魔法使い、そしてサイモンと肉体を交換したジルベールが見つめている。全員力強く頷いた。



 ただ今の時刻、午後3時半。



 運命の勝負開始まであと2時間半。


 


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