第8話 共に戦うということ

 最初は恐怖に引きつった顔をしていた女性だったが、白軍服に気づくと、即座に色気全開で礼を述べて来た。

 そんなことには慣れているのか、レティースは固い表情で頷いた後、ベルトに巻きつけてあったスカーフを外して彼女の肩にかける。感激して熱い視線をおくる女性に、先ほどまでの恐怖はもうこれっぽっちも残っていなかった。

 元々道端で男に声をかけて生計を立てていたのだろう。今回は運悪く襲われてしまったが。


 そんな女性の様子を見たレイル、剣を一閃した。


「きゃっ」

 悲鳴を上げた女性。

 他の隊士が身構える中、様子を見ていたレティースは顔色を変えることなくレイルを嗜めた。

「せめて声くらいかけろ!」

 案外素直にコクリと頷くレイル。

「な、なにすんのよ!」

 女性は驚きで声をあげたものの、急に涙をこぼし始めた。


「な、何よ。私だって好きでこんな商売しているわけじゃないわよ。両親もいなくて売られそうになったり殴られたりしながら、流れ流れてここまで生き延びてきたんだから、責められる謂れは無いわ。これしか明日のパンを得る手段が無かったんだから」

 

 その言葉に、レイルが顔を歪めた。

 失敗したと後悔する。彼がノクティウスの剣で悪意を吸い取ったのは、彼女にこれ以上の罪を重ねさせないためだった。

 組織的な色街がある一方で、止むに止まれず道端で色を売った女達は罰せられる。

 矛盾だらけの国情だが、それが今のヴェルトラーム王国の姿だ。だから、レティースへ色仕掛で迫る姿を見て、やめさせたかっただけ。

 だが、目の前の女は自ら罪を告白してしまった。これでは彼女も獄に繋がれてしまう。


 後悔しつつレティースに視線を移すと、何事もなかったようにルキフェルへ指示を出している。


 女性の目の前に立ったルキフェル。縄の代りに癒しの聖なる光ルミノーサをそっと贈る。

 女性の涙が次第に柔らかくなっていった。


 ユリウスが能天気に言った。

「この間ラーゼスと食べに行ったお店。手伝い募集してた。あの店の看板娘になりゃ、ばあちゃんが喜びそうだぜ」

「まだ決まっていないようなら、話してみる価値はありそうだな。ユリウス、後は頼んだぞ」

「了解!」

 レティースの言葉に驚く女性。今度は嬉し涙に変った。


 予想外の出来事にレイルの口元にも笑みが浮かんだ。

 この隊は確かに違う。想像しているような所じゃなかったと思った。


 女性の売春に気づいても咎めることは無かったし、当たり前のように彼女の身の振り方に心を砕いている。必要以上の罪は作らないようにしているのだと気づいた。


「これが……エスカルラータ隊なんだな」

 その言葉に、エルンストが頷いた。

「そうだ。これがエスカルラータ隊だ」



 初日から夜の勤務とはなかなかハードだった。悪事は闇夜に多いからだ。

 だがレイルは喜びに打ち震えていた。まだまだ剣の出番はあるはずだと。


 情報伝達の青年が、許可の無い賭け事が行われている店があると伝えにきた。

 レティース班は早速その店へと急ぐ。今まさに行われているところへ乗り込もうというのだ。古い建物の残る一角。辺りの明かりはめっきり減って空き家が目立つ。

 ここならバレないと思っていたのだろう。


「秘密の場所って雰囲気がムンムンしているね」

 相変わらず能天気なユリウスの言葉。


 賭場もまた、国が管理する公の場がありながら、庶民が勝手に開くと罪になる。

 どうみても、国庫として利益を独占したいがための決まりとしか思えない。全く持って理不尽だ。


 周りの寂れた様子とは打って変わって、賭場の中からは大声が聞こえてきた。その入り口には見張りのような屈強な男たちが二人立ちはだかっている。


「ルキフェル、見張りを狙ってくれ。リオルとユリウスは扉を開けて中へ突撃。レイルは残りの見張りと逃げ出す客に備えて俺と共に行動。行くぞ!」


 レティースの指示によって、ルキフェルが矢を放つ。暗がりの中、確実に見張りの一人の心臓を貫いた。それを合図に、残りの隊士は入口へと向かって駆け出す。

 慌てたもう一人の見張りの心臓を一突きしたリオル。素早く扉を開いて飛び込んだユリウスの横をすり抜けて、指示を無視したレイルは大金の積まれたカード台へと飛び乗った。逃げ出そうとした客たちの胸元を一気に切り裂く。体を素早く回転させて、一閃で何人をも仕留めた。


 だが、一番奥から現れた主催者と思しき男の禍々しさは、一太刀では到底倒しきれない。男の眉間際を切り裂いたが、不敵に笑う相手は、手にした剣をレイルに振り下ろしてきた。

 マントの端を切り裂いて、辛くも逃れたものの、態勢を立て直す暇も与えられずに剣が横に薙ぎ払われる。地を蹴って宙返りをして逆側に飛びのいて、すかさず心臓を突こうとすれば、今度は剣を止められた。

 ガッシーンと衝撃が右手に伝わってくる。左手も添えてビリビリと震わせながら剣を合わせ続けていると、横からレティースの剣が男の心臓を貫いた。


 動かなくなった男を確認してから、レティースが渋い顔でレイルを睨む。


「指示を聞け! 己の力を過信するな!」


 レイルの突撃で足りなくなった外を守るため、リオルが一人で奮戦していた。普段は余裕を湛えた優男の顔だちが、青筋たてて歪んでいる。

 いくら屈強な男相手とはいえど、剣技に優れたリオルが劣勢に立たされているのは珍しい。

 だが、その理由は直ぐに明らかになる。


「顔だけの役立たずの癖に」

「顔だけだの役立たずだの言うな!」


 リオルの美しい面差しに嫉妬を感じた男が罵声を浴びせているからだった。

 普段は何を言われても笑って流しているリオルが、『役立たず』の一言に激高した。上級貴族の家柄でありながら非嫡出の三男。家族から役立たず、いらない子と罵られてきていた。聖光騎士団の隊士になってからも、その劣等感を拭い去れずに今日まで来たのだ。

 

 心をえぐる言葉によって傷つけられた瞬間、リオルの聖なる光ルミノーサが弱くなった。相手に打ち込まれてしまう。


「くそっ」

「おや、図星だったようだな。へなちょこ野郎」


 歯を食いしばって耐えるリオル。だが、その光に黒い影が混ざり始める。心の闇が広がってしまったのだ。


 レイルは無言で駆けつけると、男に向かって剣を閃かせた。

 こちらも一閃では終わらない。だが、何度も振り続けると、男の力が小さくなった。膠着状態だったリオルが、相手の槍を跳ねのけて止めを刺した。


 だが、その顔には怒りが溢れている。


「おい、新人! 余計なことはするな! 俺は一人でもやれた」

 そう言い放つと、礼も言わずに次へと駆け出して行った。



 全てが終わって本部へと帰る道すがら、レティースがレイルへ静かに言った。


「俺たち隊士にとって一番厳しいのは精神攻撃だ。聖なる光ルミノーサは健全な心身にしか宿らない。だから精神攻撃を受けると光が弱くなってしまい、本来の力が発揮できなくなってしまうんだ。そんな時、お前のその剣の力はありがたい。己と相手の悪意を削いで貰えれば、実力が取り戻せるからな。だがな、乱用は意味が無いんだ」


 レイルは真剣な眼差しをレティースに向ける。


「精神攻撃を受けても跳ねのけられるようになるには、自分で自分の自信を高めていくしかない。それは危機に陥った時に、自分の力で何とかしたという実績が必要なんだ。だから、俺はその成長の機会を奪いたくないと思っている。もちろん、助けるべき命がある時は、そんなことは言ってはいられないからな。救済が一番だ。だが、隊士の学びも大切だと思っている。わかってくれるか?」


 レイルはようやく、共に戦う意味を見つけたような気がしていた。レティースの言葉を心に刻んだ。

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