第13話 開眼

 フツフツと湧き上がる怒りがレイルの全身を駆け巡った。


 これは―――そうだ! ライラを喪った時の怒りと同じだ。

 悲しくて悔しくて許せなくて、報復してやりたくて、相手をめちゃくちゃにしてやりたくて我慢ができない怒り。

 いや、あの時以上だ! 爆発しそうだ!


 また左眼がドクンと鳴った。


 その瞬間、体が消滅してしまいそうな不安定な感覚に襲われる。

 それほど激しい怒りの熱が体の内側から燃え広がり、レイルを包み込んでいった。 


 

 これはノクティウスの怒り―――なぜかそう思った。



 と言われているノクティウス神。

 その彼が目の前で行われている悪行の数々に怒っている。

 

 不思議だ……でも……

 その気持ちがレイルには痛いほど分った。


 外せ! 俺にその目をよこせ!

 お前の左眼の眼帯を外せ!


 その声に抗うこともできず、レイルは自ら眼帯をむしり取った。


 再びドクンと左眼が脈打つ。


 そして―――血のように真っ赤な瞳が



 邪眼が開いた!



 ドクンと波打つ度に、重低音が四方へ響き渡る。その波動が空気を揺らし、浴びた者は恐怖に押しつぶされ動けなくなった。


 レイルはゆっくりと回転しながら波動を放ち続ける。

 周りが次々と凍り付いていった―――




 心臓をグワッと締め付けられるような恐怖を感じて、ヴァールハイトはその恐怖の源へと必死の思いで視線を移した。


 目の端に捉えたのは、真っ赤な邪眼を晒したレイルの姿。


 片手にノクティウスの剣、片手に鷲掴みの赤い眼帯。


 そして怒りに燃えたその瞳は、監獄の炎よりも、赤く熱く燃え滾っている。

 そこから放たれているのは、身の毛がよだつような怒り。あれ程鍛え上げてきたヴァールハイトですら、畏怖の念に押しつぶされた。


 カチコチに固まった体は、まるで氷漬けにされたよう。もし今無理に体を動かしたら、体がバリンと音を立ててちぎれてしまうのではないか。そんな絶望を感じる。


 だがらせめて、レイルの動きを漏らさず目に焼き付けようとしていた。


 一体何が起きているのか?

 レイルの無残に傷つけられていた左眼がなぜ開いているのか?

 その瞳の奥から発せられる赤い邪悪な光は何者の視線なのか?


 そう思った時、あり得ない結論に辿り着いて驚愕する。



 レイルがノクティウスの剣を得た時に失った左眼。その持ち主は、ノクティウスに移っていたんだ!


 ヴァールハイトは自分の愚かさを呪った。

 

 なぜ気づかずに彼を聖光セントルクス騎士団に誘ったのだろうか?

 見抜けなかった己の未熟さに落胆しつつ、心を占めるのは悲しみの方が大きかった。


 レイルを信じていたのに裏切られた……

 いや、そうでは無い。彼は誠実だった。そして悪意も感じられなかった。

 だから信じたのだ。信じたいと思っていたのだ。


 ヴァールハイトはこれまで、様々な知識に触れてきた。様々な立場の人とも交流してきた。

 そして、自分の目を養い、広い視野を持ち偏見を持たずにすむように自分を鍛えてきたつもりだった。

 だから、自分の目を、感覚を過信していたのかもしれないと後悔の念に苛まれた。


 でも、それでも、今この瞬間にも、俺はレイルを信じたことが間違いだったとは思えない……


 ヴァールハイトは心の中でそう思いつつも己の感覚を信じ切れなくなって、これから起こるであろう最悪の事態を憂いていた。

 

 

 まるで時が止まったようだった。


 これが邪眼の力というものなのか。人々を恐怖に陥れて動けなくする眼力。

 だが、彼はこれから何をしようと思っているのだろうか?


 ふと沸き上がった疑問は、ヴァールハイトの心を少しだけ冷静にさせた。レイルの一挙一動に目を凝らす。



 ゴウゴウと炎を上げる監獄を背に、レイルは四方へその邪眼を巡らせて、全ての人の動きを封じた。

 そしてゆっくりとノクティウスの剣を掲げると、素早くそれを振り回し始めた。



 その場に渦巻く悪意の闇が、竜巻となって巻き上げられていく。

 空へと突き抜けるようにどす黒い塊が立ち上ったかと思えば、今度は強烈な風圧を伴って地へと落下してきた。それが全て、ノクティウスの剣に吸い込まれていく。


 ものすごい勢いを物ともせずに、掲げ続けるレイルの顔は無表情。

 握り締めた剣を高々と掲げて、仁王立ちで耐えている。

 やがて全ての黒風が吸いこまれたところで、今度は荒れ狂う監獄の炎の中へと歩みを進めて行った。


『レイル! 待て! 危険だ!』


 思わず心の中で叫んだが、相変わらず動けないヴァールハイトはどうすることも出来なかった。



 監獄の中へ入ったレイルが何をしたのかはヴァールハイトの位置からは見えなかった。

 ただ、吹き荒れる狂暴なオレンジの光が、徐々に徐々に小さくなり、やがて全ての火が消え去った時、暗闇に浮き上がる不気味な石造りの監獄と、立ち上る白い煙の残骸だけがゆらゆらと揺らめいていた。


 その瞬間、全ての人々が力尽き、その場に一斉に頽れるのが見えた。

 ヴァールハイトも同じように、その身を地面へと叩きつけられた。

 

 意識が飛ぶ刹那。

 城からよろめくようにして出てきたレイルが、気を失って倒れるのを確認した。


 レイル……無事で良かった。


 ヴァールハイトはそう心の中で呟くと、全てが終わった安堵感と共に眠りの世界へと導かれて行ったのだった。


 小さな疑問を抱いたままに。


 ノクティウスとは、本当はどんな神なのだろうか―――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る