第14話 俺はお前を手放さない
「ここは……」
「良かったです。目を覚ましました」
まだ意識が朦朧とする中、レイルは両手に温もりを感じることで徐々に感覚を取り戻していった。
「ルキフェルありがとう」
ヴァールハイトの声に頷いて、握り締めていた右手を離したルキフェル。
「もう死んじゃうかと思った」
涙声をあげたシエル。握っている左手にさらに力がこもった。
徐々にクリアになる視界と同時に、レイルの意識もはっきりしてきた。
窓際に佇むヴァールハイトの顔が、苦痛に堪えるように歪んでいる。
「気分はどうだ?」
その言葉に無言で頷くと、ヴァールハイトは小さな吐息をついた。
「俺は……幼い頃からノクティウスの脅威について何度も何度も聞かされて育ってきた。その悪意と対抗するためには、己の聖なる光を磨かねばならないと。将来はその力で皆を守れる人になりたいと、そう願い続けてきた。それなのに……お前の左眼を見抜けなかったとは」
そう言って端正な顔を更に歪ませる。
「お前はどこまで知っていたんだ? その左眼はノクティウスに通じていたんだな?」
鋭い視線を投げつけるヴァールハイトに、ルキフェルもシエルも驚きの表情になった。
「……見逃してくれ」
振り絞るように発したレイルの言葉に、ヴァールハイトが怒りを爆発させた。
胸倉を掴んで拳を振り上げる。
「貴様、何も言わずに逃げようなんて、虫が良すぎじゃないのか!」
ぶるぶると肩を揺らし噛みつくように告げる。抑えきれずに溢れ出した聖なる光が、部屋の物をガタガタと揺らした。
レイルが悲し気に視線を逸らす。
「見逃して欲しい? 何を? お前が邪眼の持ち主だったことをか? それともそれを俺に黙っていたことをか? ここまで知られてもなおお前がその剣を使い続けることをか!」
何の弁明もしないレイルのアッシュグレーの右目を、穴が開くほど凝視する。
真意を探るヴァールハイトは、恐ろしい形相で睨みつけながらも、救いを見い出そうとあがいていた。
急に突き放すように手を離す。
「お前のその左眼は脅威だ。俺たちにとってだけでなく、この国にとって。あの赤い眼に見据えられたら誰も動けなくなってしまう。全てを圧する恐ろしい目だ。お前がその気になったら、この国はお前に乗っ取られてしまうだろう。いや、お前とノクティウスにな。そんな危険を野放しにはできない。ましてや、お前にコントロールができないとなればなおさらだ」
「わかっている。俺が危険な人物だということは。でも! 俺は今まであの剣で、人々の悪意を吸い取ってきた。そして、これからも、それだけできたら、他は何もいらない。あの剣で悪意を吸い取ることさえできれば、俺は何もいらないんだ……」
ポロリと零れ落ちたレイルの本音を聞いて、ヴァールハイトはようやく力を抜いた。
少し身を離してから今度は静かに尋ねる。
「お前の目的は悪意を吸い取ることなのか?」
「ああ、それだけできれば後は何もいらない」
「それは……なぜだ?」
「……俺も悪が憎いから」
「それだけか?」
「……それだけだ」
「それはお前の過去に関係することなんだな」
「……妹がこの剣で殺されたんだ。だから……もう二度と、あんな思いはしたくないし、誰にも同じ思いをさせたくない」
その言葉に、ようやくヴァールハイトは得心がいった表情になった。
「そう言うことだったのか……その時に左眼も同時に失って……そしてノクティウスがその左眼を奪ったという訳か。お前は知らなかったんだな?」
「……知らなかった。ノクティウスだと言うことは。俺の体が乗っ取られたのは、今回が初めてだ。すまない。記憶が無いんだ。俺は何をしてしまったんだ?」
「お前のその目は恐ろしい闇を放っていた。見据えられた者はみな動けなくなってしまう。つまり、お前の左眼は『邪眼の力』を持っているということだ」
その言葉を聞いて、レイルは急に不安になった。
これから自分がライラの死を思い出す度に、この身がノクティウスに乗っ取られることになるのではないかと。
ライラを生き返らせるために受け継いだ剣で、今度は自分が第二のライラを生み出してしまうかもしれないという恐怖を初めて感じたのだった。
「だが、結果的に、俺たちはお前に助けられた」
「え?」
意外過ぎるヴァールハイトの言葉に、思わず聞き返す。
「お前はその邪眼で全ての者を凍りつかせた後、その剣で、あの場にいたすべての悪意を吸い寄せた。そして、炎の上がる監獄の中に飛び込んで、そこでは焔を吸い寄せてくれた。結果的に浄化に成功したんだ。お前のお陰で、今俺たちはこうして生きているというわけだ。それについては礼を言う。ありがとう」
驚きのあまりレイルは何も言う言葉が見つからなかった。
ノクティウスの剣と邪眼を持つ自分が、礼を言われる日が来るなんて思いもしなかったからだ。
そんなレイルの顔を見つめながらヴァールハイトの顔が少し柔らかくなった。
「お前は危険な男だ。だが……俺はお前を手放す気はない! 共に戦って欲しい!」
「ヴァールハイト!」
何か言い掛けたレイルを手で制して、ヴァールハイトは言葉を続ける。
「その左眼は強大過ぎる力だし、お前の意志で制御できないとなると厄介な力でもある。でも、俺はそれでも、お前は決して悪ではないと思っている。だからお前が完全にノクティウスに乗っ取られてしまうことは無いと信じているんだ。だがもしも……もしも万に一つ、お前がノクティウスに負けた時は……俺たちが絶対お前を取り返してみせる。信じて欲しい!」
レイルの胸に、熱いものがこみあげてきた。
ライラと別れてから初めて、自分のことを信じてくれる存在に出会えた。
そして押しつぶされそうな不安に共に戦ってくれると言う友ができたことが嬉しかった。
その時、ノックが響き、「どうぞ」と言う間も無く男たちが扉を押し開けてきた。
「ヴァールハイト隊長だけにその決断の責任を押し付けたりはしません」
そう言って現れたのはレティース班長。
「早く体を治せ。一人欠けたら戦力が落ちる」とラーゼス。
「また一緒に飯食いにいこうぜ」ユリウスがそう言うと、
「まだ借りが返せていないからな」以前助けられたことをまだ根に持っている様子のリオル。
でも、みなの顔は笑っていた。
彼らの後ろから、副隊長のエルンストも顔を出す。
「ヴァールハイト、これが俺たちエスカルラータ隊の本心だ。だから隊長の決断は俺たち全員の総意でもある」
ヴァールハイトの顔が嬉しそうに綻んだ。
「みんなありがとう。そう言う訳だ。レイル、これからもよろしく頼むぞ」
「……みんな……ありがとう」
レイルはふらりと起き上がると、深く深く頭を下げた。
『浮かない顔をしているな。ふっ。良心の呵責に耐えられないか』
すっかり回復して自室で竪琴を奏でるレイルに、ノクティウスが話しかけてきた。
『お前の本当の目的は、悪を無くすことでもなんでもなくて、妹を蘇生させたいだけなんてな。流石にその本音だけは言えなかったか』
レイルの顔が歪む。
だがすぐに表情を引き締めると疑問を投げかけた。
『ノクティウス、お前は悪意の神なのに、結果的に悪をこの世から無くすことに協力したんだな。なぜだ? 俺に悪を集めさせて一体何をしようとしている?』
心の中でそう問いかける。
『人々の記憶なんて曖昧なものだな。建国の神と崇め奉られていたのは遥遠い昔のこと。俺は今人々に、『悪意の闇の神』と恐れ罵られている』
『本当は違うのか?』
『……さあな。俺が何を言おうとも、聞く耳を持たぬ人々には、ノクティウスは『悪意の闇の神』でしかない。そうやってこの世の悪意が俺に向けられる。向けられ続けているうちは、変わらないのだろうな』
寂しげなノクティウスの言葉に、レイルの心がトクンとなった。
それは恐怖よりもシンパシーのような気持ち。
『ノクティウス。一緒に濡れ衣を晴らさないか?』
『ふっ。人の子が知ったような口をきく。だが、気にいった』
それっきり、ノクティウスの声は聞こえてこなかった。
レイルもまた竪琴の音を奏で始める。
今日は星の明かりが美しい夜だと思いながら……
ディルトルム大聖堂の教皇の間にて、今回の騒動の顛末が仔細に語られていた。
「ほぉう。あれだけの悪意に対抗できる者がいたとはな。それはずいぶんと
一瞬驚きの表情を浮かべたメリドゥス教皇は、聖職者らしからぬ危険な笑みを浮かべながらそう断言した。
プロローグ 完
【作者より】
ここまで読み進めてくださった皆様、ありがとうございました!
あれ? これじゃ謎を投げっぱなし。途中で終わりってどういうことだよ! と思われたことと思います。こちら『戦うイケメンコンテスト』へ参加しておりまして、その募集要項によると、文字数制限と共にプロローグ的な作品とありました。ですから、物語の完結は先であり、ここから始まる物語ということなのだろうなと思いまして、こんなところで完結ボタンを押させていただきました。お許しいただけたらと思います。
もしも、運よく選んでいただけましたら、この先が続けられる……いえ、難しいと思いますので、いつかゆっくりとこの先が書けたらいいなと思っております。
応援してくださった皆様、ありがとうございました。
いつの日かまた、お会いできる日を夢見て。感謝!
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