第7話 初仕事

 四日後、ラヴィーナから渡された軍服に袖を通して驚く。

 それは正にレイルのためだけに作られた軍服だった。剣の動きを妨げることなく、体を締め付ける事も無く。彼に寄り添い共に動く服。

 仕立ててもらった服とはこれほど着心地が良いものなのだと感嘆した。


「気になるところはありますか」

「無い。まるで体の一部になったようにピッタリだ。ありがとう」

 ラヴィーナの問いに素直に感謝を述べると、彼女の顔に安堵の笑みが浮かんだ。

「お気に召していただけて良かったです。もし、後から気になることがありましたら、いつでもお越しください。それから……」


 おずおずと差し出された眼帯は、マントの裏地と同じ布が使われていた。


「差し出がましいとは思ったのですが、予備としてお持ちいただけたらと思いまして」

「ありがとう」

 言葉少なに受け取ったレイルの眼差しが一瞬だけ和らいだのを感じて、ラヴィーナの瞳も揺れた。

「ディエナのご加護をお祈りしております」



 真新しい軍服に身を包めば、もう一人前の騎士団隊士に見える。

 ルキフェルに連れられて向かった先は副隊長のもと。出動準備をしている隊士の中で、ひときわ大きな体が振り向いた。


「エルンスト副隊長! レイルを連れてきました」

「おう! ルキフェル、ご苦労」

 野太い声がルキフェルを労う。ギロリと見据える大きな双眸は、見定めるようにレイルをひとなめしたが、次の瞬間クシャリと笑った笑顔には包容力が滲み出ていた。


「副隊長のエルンスト・フォン・ランバルドだ。ヴァールハイトから聞いている。これからよろしく頼む」

 骨が軋むほど力強い握手に、レイルは反射的に手を離す。

「おっと、悪い。ついつい力が入った」

 ガハハと豪快に笑い飛ばす姿は、とても同い年とは思えない。貴族らしい優雅さも皆無だ。


「お前、今こいつ老けてやがると思っただろう」

 図星をさされて流石のレイルも誤魔化しきれずに顔を引きつらせた。


「ガハハ! 事実だがな」

 別に気にする風でもなく、細面の眼鏡をかけた男を呼び寄せた。


「お前はこのレティースの班になる。班長の指示に従って任務を遂行するように」


 レイルが無言で敬礼すると、レティースも敬礼してから班について説明を始めた。


「班長のレティース・フォン・アルバランだ。これからよろしく頼む。他のメンバーを紹介する。まずは大斧を扱うラーゼス。一度会ったことがあるようだな」


 その言葉に、初めてヴァールハイトに会った日だなと思い出す。


「あん時の男がまさか同じ班の隊士になるとは、思ってもみなかったぜ。これからよろしくな」

 案外人の良い奴のようで、あの時の事を引きずってはいなかった。


「後は剣使いのリオル、ユリウス、ルキフェルはもうわかっているな」

 

 リオルと紹介された優男は、前髪をかきあげながら、軽く会釈した。自分の魅力を知っていて、それを存分に見せつけてくるような男だとレイルは思った。

 ユリウスは小柄で反射神経の塊のような印象。キャッツアイの瞳をキラキラさせながら、「これからよろしくー」と手を差し出してきた。


「これから早速出動する。今日はまず班のみんなの動きを見て、覚える事だけに集中して欲しい」

 レティースは簡潔に指示を出すと、出発の合図をした。


「今日は俺も同行する。まあ肩の力抜いていけや。習うより慣れろだ」

 エルンストも共に歩き始めながら、バシンとレイルの背を叩いた。ちっとも加減ができない男だと思いつつ、レイルは諦めたように頷いた。



 宵闇に紛れることなく、白い軍服が街の中を闊歩していく。

 なんでこんなに目立つ格好なんだと、レイルはちょっとバカバカしく思う。

 抑止力にでもなると考えているのだろうかと。


 そう思った矢先、路地裏から女性の悲鳴が響いた。


 三人の男が女を襲おうと群がっている。その背後から大きな靴音を響きかせて近づけば、興奮に我を亡くした雄たちも、慌てて後ろを振り向いた。


 先鋒役のラーゼスが突進して力任せに斧を振り回せば、周りで歓声をあげていた男どもの胸元を一気に切り裂いた。

 ユリウスはそのラーゼスの背中を踏み台にして猫のように跳ね上がると、今まさに女に跨っている男の心臓を貫いた。


 事態は数秒で決着が着いてしまった。

 出番が無かったレイルは、心の中で舌打ちする。先に行けばよかったと。


 崩折れた男達を拘束してから、自力で歩かせるために目を覚まさせる。


「ラーゼス、そいつらを獄へ頼んだぞ」

「おうよ」

 班長のレティースへ、敬語を使うような雰囲気は無かった。レイルの想像していたような堅苦しい組織の姿ではなくて、少しだけ見直してやろうという気になった。


 それにしても一人で三人の男を監獄まで引き立てて行くのだろうか? 縄で拘束したとはいえ街中を歩かせるなんて危険過ぎると思った時、鉄格子のついた荷台を牽いた男達が現れた。


 エルンストが説明する。


「俺たちの仕事は隊士だけでこなせるわけでは無い。だからたくさんの人々に支えられている。監獄への護送、情報を収集する者、情報を伝達する者。飯を提供してくれる調理人。そのすべてが、聖光セントルクス騎士団の一員であり、隊士だけが特別な存在では無いことを肝に銘じておけ。そして貴族だけでは無く、街の人々も積極的に雇っているのが、シュタール様が作り上げたエスカルラータ隊と言う組織だ。覚えておくように」


「王都の騎士団はみなそうなっているのか」


 レイルの口から質問が出るとは思っていなかったようで、エルンストは驚いたような顔になった。


「……残念ながら、他の隊では違うだろうな」

「そっか、なるほど」

 口元をへの字に歪ませたレイル。道理で治安の改善が見られないんだなと一人納得したようだ。



 聖光騎士団の役目は、被害者の救済も含まれる。

 男達に襲われた女性は、引き裂かれた胸元の服をかき寄せて呆然としたまま座り込んでいた。差し出されたレティースの手をとって、ようやく起き上がる。

 色香溢れる美人だった。これは男達が放って置きたくなくなった気持ちもわからなくは無いと思いつつも、妙な違和感を覚える。


 次の瞬間、その理由に合点がいって、レイルは腰の剣に手をかけた。

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