第2話 白と黒の出会い

 表に出ると人通りはまだまだ多い時間帯。隊長の指示で脇道に入る。


 その瞬間、大斧を背負ったガタイの良い男が拘束しようと腕を回したが、片目の男は身軽にかわして剣を引き抜いた。俄かに殺気立つ隊士達を、隊長と呼ばれた男は眉間に皺を寄せてたしなめた。


「ラーゼス、指示を待てと言っているだろう。お前もやたらに得物えものを晒すな。それが闇の力に反応することは分っている」


 片目の男はその言葉に、姿勢を解いて剣を鞘に納めた。


「なぜおまえがそんなブツを持っているんだ? いや、なぜ扱うことができるのか聞きたい」

「別に。昔から俺の家にあっただけだ」

「そんなはずは無い。どうみてもお前は庶民の出。そんな曰く付きの代物を持てるだけの財力も血筋も持ち合わせていないはずだ」

「貴族じゃないからか。騎士団ってのは形だけで、貴族のボンボンの就職先ってわけだからな」


 その言葉に、隊士の闘気が再燃する。


「言葉に気をつけろ。死にたいのか?」

「我々を愚弄するとはいい度胸だな!」


「お前たちも少し落ち着け。そうだな。偏見に満ちた言葉だった。すまぬ」

「隊長、こんな奴に頭を下げる必要なんかない」


 だが次の瞬間、隊長と呼ばれた男の体からビリビリと聖なる闘気が溢れ出した。他の隊士達をも圧倒するような本気モード。波動は七色の光を揺らめかせながら左右の壁を伝って空へと立ち上っていく。

 武器に手をかけることなく、目の前の男を試すように発し続けていた。


 片目の男は少しだけ眩しそうに目を細めたが、恐れる様子も見せずに立っている。


「ほう。これだけの聖なる光ルミノーサを発しても大丈夫ということは、闇の者ではないようだな」

「……」

「なら、その眼帯の下を見せても大丈夫だろう?」

「見たいのか?」

「念のためだ」


 静かに睨みあう二人。真意の探り合いは周りをはねつけるような激しさを放つ。


 徐に男が赤い布を取り払った。そこには、無残に切り裂かれた瞼と、ただれたような形で辛くも再生した赤黒い傷跡が残されていた。


「……すまない。疑ったりして。そなたのそれは、盗賊にでもやられたのか」

「推察の通りだ」

「そうか。とは言えど、この剣は扱う人を選ぶ剣。黎明オルトゥス教会の許可なく使用を許すことはできない。我々と共にきてくれないだろうか?」


 わずかな表情からも相手を推し量ろうとする二人のピリピリとしたやり取りに、腕自慢の隊士達も言葉なく見守るばかり。


 片目の男はゆっくりと赤い布を巻くと、見定めるように隊長を睨み続ける。

 瞳が語る誠実さを何度も疑い、ようやく納得したように呟いた。


「……わかった。一緒に行こう」

「賢明な判断だ」


 隊長はようやく肩の力をぬくと、口元に笑みを浮かべた。


「私は聖光セントルクス騎士団、南門エスカルラータ隊隊長、ヴァールハイト・フォン・シュッツガルドだ。そなたの名前も教えてくれないか」

「俺は……レイル。ここから西に三千ガイルほど離れた貧しいクルヴェ村の出身だ」



 ヴァールハイトは他の隊士に市中警護の仕事を続けるように指示をすると、そのままレイルと並んで歩き始めた。

 二人の背恰好は良く似ており、髪色と服装が違うので醸し出す雰囲気は真逆ながらも、颯爽と歩き去る姿は妙に調和がとれていた。

 まるで白と黒が表裏一体となっているように。


 ヴァールハイトが真っ先に連れて行ったのは、エスカルラータ隊本部の武器庫だった。

 重い鉄の扉の向こうには、剣だけでなく槍や斧、弓や甲冑など、様々な武器や武具が並んでいる。そのどれもが良く磨き上げられ、聖なる光ルミノーサを宿していることが伝わってくる。

 

 レイルが踏み込んだ途端、腰の剣が小刻みに反応し始めた。

 共鳴しているような、静かな低音がレイルの体に響く。


「やはり反応するか」

 ヴァールハイトは確信したように頷いた。そして奥の一室にそのままレイルを案内した。武器庫の奥の小部屋では、シルバーグレーの頭髪を整えた老齢に差し掛かった男性が、一振りの剣に視線を向けて小さく呪文を唱え続けている。


 二人はひと段落するまで、横で静かに佇んでいた。


 呪文を唱え終わると、手の中の剣がひときわ青白く光り、やがて吸収されていった。


「バルザフ殿、流石です。この剣はまた聖なる光ルミノーサの力が強い剣ですね。何度も何度もバルザフ殿が力を授けられている記録が見えました」

「ああ、ヴァールハイト殿か。ちょうどよいところへ。やはりこの剣の記録が見えるのか」

「ええ」

「試してみるか?」

「よろしいんですか!」

「そなたのために鍛えていた剣だ」

「もったいないお言葉! 謹んでお受けします」


 ここへ来た理由も忘れたように、ヴァールハイトは少年のように顔を輝かせた。

 バルザフから受け取った剣を構えると、先ほどの七色の光が剣へと伝わっていく。やがて二つが一つになったような一体感を持って、ヴァールハイトは空へ向かって大きく一突きした。

 小部屋を揺らした淡い黄色の波動で、壁に掛けられていた様々な道具がガシャンガシャンと落ちてしまい、ヴァールハイトは慌てたように力を抜いた。

 バルザフが苦笑いしながらも、満足そうに頷く。


「私の目に狂いは無かったな。その剣は、もうそなたの物だ。後で、許可証を作っておくから安心して持っていくといい」

「ありがとうございました! こんなに体にしっくりときた剣は初めてです」

「そうだろう。『ディエナの心』だ。大切にするように」

「はい!」


 その時、レイルの腰の剣がブァンと唸りを上げて輝き出した。

 まるで、ヴァールハイトの剣に呼応したかのように、夜空のような濃紺の波動が小部屋を揺るがす。またしてもガシャンガシャンと道具が落ちる音がして、流石のレイルも焦ったような顔になった。


 そんな様子を驚きの表情で見つめていたバルザフ。つかつかとレイルに近づくと、物も言わずに腰の剣に手を掛けた。抑えるレイルの手と重なって、一瞬動きを止めたが、鋭い眼光がレイルを射抜くように放たれた。


「お前の剣か?」

「……」

「どこで手に入れた?」

「……」

「お前は生きているのか? それとも死者か?」

「……」


 その問答に驚いたヴァールハイトが、バルザフに事情を軽く説明した。

 ほうっと安堵の息を吐いたバルザフ。それでも表情を緩めること無く、レイルを見つめて言い切った。


「これは闇を祓う剣では無い。闇を吸い込む剣だ。こんなものを持っていたらお前の魂も乗っ取られてしまうはずだ。だが、どうやらお前はそうならずに今まで生きてこれたらしい。なぜだ? どこで手に入れた?」


 その時、ふと思いついたように乱暴にレイルの眼帯を奪い取った。

 その下から現れた無残な傷を見て、バルザフから力が抜けた。


「そうか……左眼が代償だったか……」

 

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