第3話 剣の謎
バルザフが安堵したように呟いた。
「そなた、その剣と出会ったのと、左眼を失ったのは同時では無いか?」
「……確かに」
「この剣は元々、ディエナの力では無くてノクティウスの力を宿した剣と言えよう。本来であればとても危険な剣なのだが、私の見立てでも、話に聞いた様子からも、悪用された形跡がない。むしろ、この世から悪を無くすという点では、同じ働きをしていることになる。それは使い手のそなたの力によるところが大きいとみた」
ヴァールハイトが驚いたようにバルザフに尋ねた。
「ノクティウスの力を宿した剣なんてあるんですか!」
「私も初めてだ。ただ、これは彼が使う限りは危険が無いと言えるだろう」
その言葉に、今度はレイルが驚く。
「俺だから危険が無いのか?」
「そうだ。そなたはこの剣を得た時、左眼を差し出した。だから剣が聖なる力に傾いた」
「左眼? 俺は別に盗賊にその剣で刺されただけだ」
「それでもだ。その左眼にはそう言う意味があったということだ。自分の体の一部と入れ違いに得た武器は、決して主人を裏切らない。だから、悪の力を宿した剣も、そなたとそなたに関わる人々には悪の力を発揮しないということだ。だから……そなたはその剣を決して手放してはならないぞ。そなた自身のためにも」
当のレイルさえ驚くような秘密が明かされて、ヴァールハイトと思わず顔を見合わせた。事実の重さにおののきつつも、いち早く立ち直ったのはヴァールハイトだった。
「バルザフ殿、そのためには彼にこの剣の許可証と騎士の身分を授けなければいけないのではないでしょうか?」
「その通りだな。私からシュタール殿へ事情を説明しよう。そして保証人になってもらって、騎士団への入隊を許可するように働きかける。剣の許可証は私の方でなんとでもなるからな」
「わかりました」
本人に関係なく、話がどんどん進んでいく。
「おい! ちょっと待てよ」
驚きから覚めたレイル。慌てて二人の話を遮った。
「俺は騎士になんてなる気はない。今まで通り気ままに旅をして過ごすつもりだ」
「だめだ。そんな剣を野放しにはできん」
「は、教会の監視下に置きたいってか」
「どう思ってくれても構わない。だがそなたに万が一のことがあった時、危険すぎる剣だ。だから今のうちにそなたと剣の絆をディエナの加護の元におく必要があるということだ」
レイルは改めて確認するように言葉を継いだ。
「この剣は俺以外が使うと悪の作用が大きくなってしまうということなんだな。俺だけは正しく使えると」
「そう言うことだな」
「
「ああ。私が許可証を出すからな」
「じゃあ、悪を切りたい放題だな」
「正確には、悪を剣の中に吸い込むという力だがな。浄化がされているわけでは無いが、剣という牢に繋がれた状態になっているわけだ。いずれノクティウスの脅威がなくなれば、自然と浄化されると思うが」
その言葉に、レイルが初めて口角を上げた。
「わかった。協力しよう」
「聖光騎士団に入ってくれるんだな。良かった」
ヴァールハイトが真っ直ぐな瞳を向けてきた。あまりにも真摯な思いを向けられて、一瞬レイルの顔が苦痛に歪む。だが、それもほんの一瞬のこと。
「断っておくが、誰かのためになんてこれっぽっちも思っちゃいない。ただ、悪は憎い。悪をこの剣でバッサバッサと切りたいだけ切りまくってやりたい衝動だけは押さえられない。だから、そのお墨付きをもらえるなら聖光騎士団に入ってやろうってだけだ。間違っても、俺に
その言葉に、ヴァールハイトが笑い出した。
「お前は正直な男だな。気にいった。まあ建前としては、聖光騎士団は国民をノクティウスの放つ悪の闇から救うのが役目だ。だが、実際にその使命を忠実に実行している隊員がどれだけいるかと言われたら、残念な結果になるだろう。出世の一段階、あるいは地位の証明くらいにしか思っていない連中がほとんどだろうからな。だがな。忘れるな。俺の隊にはそんな奴らはいない。いや、いても俺がその性根を叩き直してやる。だから……ちゃんとついて来いよ」
貧しい農民の子レイルが、ヴァールハイトと兄弟の縁を結び、正式に聖光騎士団隊員になったのは、それから一か月後のことだった。
白い軍服に身を包み、ノクティウスの剣を振るう黒髪の騎士。
それはレイルが真の目的を果たすための手段であったことに、この時ヴァールハイトは、まだ気がついてはいなかった。
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