第4話 シュッツガルド家

 ヴァールハイトの生家であるシュッツガルド家は、三百年前の周辺諸国との闘いで武勲をあげた六公爵家の一つであり、王家とも血縁を結ぶほどの名門公爵家であった。


 王宮の南門直ぐ近くに居を構え、そこから扇形に広がる南側一体をシュッツガルド領として所有し、治安の維持に努めている。つまり、ヴァールハイトは生まれながらにして、聖光セントルクス騎士団エスカルラータ隊の隊長になる運命を持っていたのだ。


 現当主のシュタール公爵が養子縁組をする形で後見人となってくれたお陰で、貴族だらけの聖光騎士団へ入隊することができたレイルは、その日初顔合わせのために、書斎へ呼ばれていた。


「失礼いたします」


 大きな机と革張りの椅子。豪華というよりは重厚感ある造りで、歴史を感じさせる。

 そこへ深々と腰かけながら、顔を上げたシュタールは、ヴァールハイトと同じ銀髪碧眼。

 だが、品良く刻まれた皺が、その聡明さと頑強な意思を伝えていた。


「お初にお目にかかります。レイルです」

 視線を下に移して頭を下げると、シュタールの瞳が少しだけ驚きの色に変わった。

 だが直ぐに感情の色は影を潜め、見定めるようにレイルを見つめ、沈黙の時間が過ぎていく。

 目を合わせていずとも全身に感じる目力に、流石のレイルも気力を削がれていくのを感じた。


「顔をあげたまえ。レイル……お前はノクティウスの剣を扱えると聞いたが相違ないか?」

「……そう……らしいです」

「くれぐれも気をつけて扱え」

「はい」


 そこで少しだけ表情を緩めると、信頼を寄せた言葉を発した。


「騎士団の一員として、くれぐれも行動には気をつけてもらいたい。聖光騎士団はこの王都をはじめとする国の治安を守るために結成されている。悪には容赦なく、だが慈悲の心を持って任務に励むように」

「はい。肝に銘じます」

「よし。行ってよいぞ」

「は」


 背中を流れる冷や汗を感じつつ、レイルは敬礼してから部屋を出た。こんなことは珍しいと自分でも驚く。

 そんなレイルの様子を見て、横を歩くヴァールハイトが口の端を緩めた。


「お前も父上の前では緊張するんだな」

「……」

「心臓に毛が生えているガサツな奴と思っていたが、礼儀と礼節のある奴だったんだな。流れるような敬礼が様になっていたぞ。この一か月の成果は大きいな」


 この一か月の間、レイルは貴族としての礼儀や作法を徹底的に仕込まれた。と言っても教育係はそれほど苦労することなく、彼に様々なことを習得させることに成功していた。

 尊大な態度とぶっきら棒な話し方以外は。 

 貧しい農村の無学と思われた青年に識字力があったことは嬉しい誤算でもあった。


「父上の目にも合格だな」

「そうなのか?」

「ああ。良かった」

「俺は何もしていないぞ」


「別に、それでも父上はお前を認めたぞ。これで俺たちは兄弟だ。俺の方がほんの数か月早く生まれているからな。俺の方が兄だ。あと他にもう一人……」

 そう言い掛けたところで、廊下をこちらへ歩いてくる若い男の姿があった。

「いたいた。コイツがもう一人の兄弟。俺たちの弟にあたるルキフェルだ。ルキフェル、良い所へ来た。こいつが新しい兄だよ。レイルだ。よろしく頼むよ」

「はい。初めまして。ルキフェルです。俺もレイルさんと同じように庶民の出で、ヴァールハイト様に拾っていただいたんです。よろしくお願いします」

「というと、お前も養子縁組して入隊? 一体どんな力が?」

「拾ったわけでは無い。スカウト誘ったしただけだ。ルキフェルは聖なる光ルミノーサの力が大きくて、治癒にまで使えるんだ。だから彼が居れば安心して戦えるってことだ」

「ふうん」


 レイルは細くて小さいルキフェルを見下ろして、半信半疑に頷いた。

 サラサラな金髪を揺らしながら緑の瞳を細めて笑っているルキフェルは、どう見ても筋力が足りない。こんな細い腕で剣など振り回せないだろうと思った。

 いくら治癒の力があっても、戦えない奴を連れて行けばかえって足手まといになることもある。


 だが懐っこいルキフェルはレイルを怖がる様子も無く見上げたままだ。

「これから世話になる」

 調子を崩されつつも、言葉少なに挨拶をすれば目を輝かせて「こちらこそ、よろしくお願いします!」と返されて、心の中の不信感を申し訳なく思った。



「ちょっと二人とも部屋へきてくれないか」

 そう言ってヴァールハイトは二人を自室へ誘った。


 広い部屋には華美な装飾は無く、質の良い年代物の家具が並べられている。壁際には父シュタールの書斎のように本棚が張り巡らされ、古い神話の本から国外の書物まで、所せましと並べられていた。ヴァールハイトが知識欲旺盛なことが伝わってくる。


「そこへ座ってくれ」

 二人が席へ着くと、メイドが絶妙なタイミングでお茶と菓子を持ってきた。

 ヴァールハイトは慣れた笑顔で礼を言うと、メイドが去るまで待ってから話し始める。


「入団条件が貴族に限るとされている聖光騎士団に、ルキフェルとレイル、君たちをこんな形で入団させたのには、俺なりの考えがあってだ。黎明オルトゥス教会は、女神ディエナの聖なる光ルミノーサは、貴族の方が授かりやすいと思っている。その上で俺たちは、幼い頃から騎士になるために様々な訓練や試験をくぐり抜けてきているから、自然と聖なる光ルミノーサの量が増えてくるんだ。でも、そんな訓練をしていなくても光をたくさん持っている人がいることに気づいて、純粋に力を貸して欲しいと思ったんだ」

 そこで一度きると、二人の顔を見つめた。ルキフェルは明るい笑顔で、レイルは無表情で頷く。


「でも、騎士団の仕事は危険と隣合わせだ。君たちに国を守る手伝いをして欲しいとは言ったが、それで二人の命を危険にさらしていいとは思っていない。だから、そこはまず自分の命を守ることを優先して欲しい」


 ヴァールハイトの人柄が伝わってくる言葉に、ルキフェルは嬉しそうにもう一度頷いた。レイルは相変わらずの無表情だ。


「ルキフェルには、なるべく安全な距離が取れるように弓の練習をしてもらっている。なかなか筋が良くて命中率が高いんだぞ。レイルはこれからそのノクティウスの剣で戦ってもらうことになる。だが俺たちとはやり方が違うから、他の隊士との連携の取り方は、実践を通して掴んでいくしかないだろうな」

「他の隊士はどんな戦い方をしているんだ?」


 初めてレイルが口をきいた。ヴァールハイトがニヤリとする。


「興味を持ったか? 良い心がけだ。まずは味方を知らなければいけないからな。俺たちは聖なる光ルミノーサを武器に込めて、相手の心臓、ないしは眉間を切り裂くことによって、悪を祓い浄化している。と言っても、実際に肉体を切るわけでは無く、あくまでも精神を切り殺すだけのことだ。その後実際の体の方は、罪状に応じた罪を償ってもらうために、監獄に収容することになっている」

「そういうことか」

 レイルが納得したところで、ヴァールハイトが先を続ける。


「だが、レイルの剣は悪を吸収するとバルザフ殿が言っていたよな。それも、目の前で一閃するだけで」

「え! そんな剣があるんですか!」

 ルキフェルが好奇心いっぱいの瞳を向けてきた。

「そうなんだよ。俺も初めて見た時は目を疑ったぜ」

 ヴァールハイトが大げさに驚いた顔をしてみせると、ルキフェルはますます興味しんしんでレイルを見つめてくる。


「俺は適当に周りの奴らの悪を吸い寄せるから放っておいてくれればいい」

「この性格でこの剣の特性だ。どんな感じになるかわからないが、ルキフェルも頭に入れておいてくれ」

「わかりました」

「?」

「俺、一緒の班なので、よろしくお願いします!」

「班?」

 ヴァールハイトは続けて、隊の組織の説明を始めた。

 

 

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