第5話 新しい妹
ヴァールハイト率いる南門を守る騎士たちは、『エスカルラータ隊』と呼ばれている。
隊長のヴァールハイトの下に、二人の副隊長。それぞれ二つずつのグループを率いていた。
一つのグループには、六人ずつの班が四つあって総勢二十四人。
朝、夕、夜の三つの時間帯を交代に守り、残りの一つの班は非番。つまり、三日に一度の休日があるということだった。
「ずいぶん待遇がいいんだな。貧しい農民に休日なんてものは無い」
「騎士は体が資本だからな。それに精神も充実していなければ
「でも、実際には、何か事件が起これば駆けつけなければいけなくなりますからね。勤務の三交代も入り乱れて、非番の日も呼び出されるなんてこともありますよ」
ルキフェルがいたずらっぽく言えば、ヴァールハイトは真面目な顔で謝っている。
「それに関してはすまない。
まだまだ少年の幼さが残る庶民出のルキフェルが、言いにくいこともズバズバと隊長に向かって言っている姿を見て、ヴァールハイトの器の大きさとエスカルラータ隊の風通しの良さを感じた。レイルは内心安堵する。
レイルは今まで一人で生きてきた。だから、誰かと歩調を合わせたり、協力したりすることは苦手だった。騎士団と聞いて、最初は規律ばかり厳しくて役にたたないポンコツ集団だと思って断ることに必死だったが、今では悪くない選択だったなと思うことができた。
「で、俺たちの班はレティースさんって言う、めちゃくちゃ頭のいい人が班長ですよ。作戦の立案も適材適所の見極めも完璧な人で、貴族でない俺を偏見無く使ってくれた人ですから、レイルさんも安心していてください」
「副隊長のエルンストは俺の幼馴染で信頼している奴だ。多分レティース班長とも打ち合わせ済みだと思う。レイルの事情は全て話してあるから、お前のやりたいやり方を、遠慮なく相談してくれてかまわない」
レイルはまた無言で頷いた。
自室として与えられた部屋は大き過ぎて、レイルは居心地の悪さを感じていた。窓の外に見える王都の街並みを見つめて、ようやくここまで来れたと心の中で呟いた。
故郷のクヴェル村を出てから目標としていたこと。それを叶える為に、一人で旅をしてきた。だが考えてみれば、王都の聖光騎士団に入ることが一番手っ取り早いことに気づいた。だが、入団条件に貴族と明記されている聖光騎士団に、ド田舎の農家の息子がなれるわけが無いと、最初から選択肢の中に入れていなかったのだ。
だが、こんなにとんとん拍子にことが進むとは……戸惑いつつも感慨に耽っていた。
そんな物思いは、鈴が鳴るような少女の声で中断された。
「失礼します」
柔らかなノックの後、そっと開けられた扉。そこからひょこっと顔を出した少女は、探検するかのようにレイルの部屋を覗きこんでいる。
「あ! あなたが新しいお兄様ね!」
そう言ってこちらが「どうぞ」と言う間もなく入り込んできた少女は、物怖じすることなくレイルの目の前までやってきた。
そうして、品の良いドレスに手を添えて優雅に御辞儀をしながら名を名乗った。
「初めまして! 私はこの家の娘、シエル・フォン・シュッツガルド。あなたの妹です。以後お見知りおきを」
面倒くさそうな表情で振り返ったレイル。だがその少女を見て、思わず小さな声をあげた。
「ライラ……」
「?」
「いや、すまない。なんでも無い」
言葉を濁して顔を背けたレイルだったが、驚きの表情はそう簡単には隠せなかった。銀色碧眼の少女は美しく愛らしかった。だが、黒髪ではない。
妹のライラと顔立ちが似ているわけでも無い。なのに、なぜ、ライラを思い出させるのか。妹という言葉の響きのせいであろうか? そう心の中で誰にともなく問う。
今は亡き妹を唐突に思い出して沈んでいく心を、無邪気な声が引き留めた。
「誰かに似ていたんですか? まさか……恋人とか言いませんよね。私、レイルさんの妹になりましたけれど、血は繋がっていませんから、恋人にもなれる立場です。でも、恋人の代わりにはなりたくありませんので」
そう言ってにっこりすると、臆すること無くレイルを見上げてくる。
あまりにも純粋で真っ直ぐな視線に、レイルはドギマギして顔を背けた。
「こ……怖くないのか? 俺の……眼帯が」
「怖いことなんてありません。だって、レイル兄さん優しいお顔していますもの」
「ぐっ」
久々に聞いた『兄さん』の言葉に、熱いものがこみあげてきた。寸でのところで飲み込む。
「馬鹿真面目で面白味のないヴァールハイト兄さんですけれど、連れてきてくれる新しいお兄様たちは個性的でいいですわ。ルキフェル兄さんは癒し系、レイル兄さんは無口で照れ屋さん」
その時、慌てたようにレイルの部屋の扉が開かれ、年配の小太りな女性が驚いたように目を見開いた。
「失礼いたしました。空き部屋と間違えました。あの……こちらへシエルお嬢様はいらしてないでしょうか?」
慌ててお辞儀をしながら尋ねてくる女性に、レイルは無言で首を左右に振った。
視線端には、風のごとくテーブルの布の下に隠れ込んだシエルが、必死の目で訴えてくる。内緒にして欲しいと。
やれやれと思いながらも、企てに加担したレイルは、女性が去っていった扉から窓の外へと視線を移した。
「ありがとうございます。助かりましたわ」
いつの間にかテーブルの下から這い出してきたシエルが隣に佇んでいる。
「とんだはねっかえり娘だな」
「しかたありませんわ。貴族の娘なんて窮屈なものなのです。今度生まれたら鳥になりたいです」
「鳥には鳥の苦労があるだろう」
「そうですね……それでも、憧れて試してみたくなる心は、逃げているだけじゃありませんわよ」
そう言ってウィンク一つ。
長い睫毛を瞬かせてから、シエルはまた優雅なお辞儀と共に礼を述べた。
「レイルお兄様、今日は庇ってくださりありがとうございました。これからよろしくお願いいたします。それから……騎士のお仕事、どうかお気をつけて」
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