我慢強い「いい子」だった人たちへ

やさしい語り口に油断していたら、強烈に心を抉ってくるお話です。
「毒にも薬にもならない」という言葉がありますが、この短編はその逆。心から血を流させる猛毒の刃でもあり、よく効く薬にもなり得ると感じます。

みーちゃんは、やさしい『いい子』です。温厚なお父さんとお母さんから愛されています。
これだけを聞くと、「素敵な家庭と両親に恵まれた幸せな子」というイメージが浮かぶでしょう。しかし彼女の生き様は壮絶です。
みーちゃんは、ずっと我慢をしていました。親にも先生にも同級生にも、腹が立っても言い返したりしない『いい子』なのです。
吐き出したい言葉を、ぐっと飲み込みます。両親もそうやって生きてきたから、みーちゃんはみんなそういうものだと思っていました。他の生き方を知らなかったのです。

だからみーちゃんの周りでは、喧嘩もあまり起こりません。彼女の世界は一見平和でありました。
でも彼女は心の中では「あるもの」を殺し続けていました。
高校生くらいの頃からみーちゃんは社会に適合できなくなり、大人になってからは悪い男の言うがままに生きるようになってしまいます。

一読して、胸がぐっと苦しくて苦しくて、みーちゃんに感情移入をしてしまって、とても他人のことだとは思えませんでした。
ずっと言いたいことを我慢してきたみーちゃん。
我慢し続けたまま大人になって、己の本当の気持ちがわからなくなっていたみーちゃん。
学校で家庭でいわゆる「いい子」だった人、そうして我慢を重ねてつらい人生を生きてきた人は、このみーちゃんの内に自分を見つけるのではないでしょうか。ごまかしのない心情描写がとてもリアルです。

〝もう自分をいじめるのはやめなさい〟
高校生になったみーちゃんは、初めてそう言ってくれる人に出会います。でも彼女にはその言葉の意味がわかりません。

ここで個人的に己の過去を重ねてしまい、なんてリアルな描写なんだろうと思いました。好きなことを好き、嫌なことを嫌だと判断することは、日々の訓練の積み重ねなのではないかと思います。
自分の「好き」を大事にする生き方をしてこなかったみーちゃんには、自分がどうしたいのかもわからない。自分が自分をいじめていることにも自覚がない。

過去に私もみーちゃんと同じように、生きるのがつらくて、他人が怖くてしょうがなくて、救いを求めて様々な病院にかかったことがあります。
病院で受けた検査でようやく原因がわかりました。いわゆる「アダルトチルドレン」だと。
「自由に行動するのが極端に苦手な傾向があります。大人の顔色を伺いながら生きてきたよい子に多いですね」と医師は言いました。寝耳に水でした。

そうか、もっと自由に生きていいんだ。
我慢する力が足りないから、生きるのが苦しいのだと思っていた。
目から鱗というか、心から汚れた膜がべりべり剥がれた気がしました。

みーちゃんや私のように、長年、自分の心に正直ではなく、周囲の目を気にして生きてきた人は、己の苦しみの原因がどこから来ているのかもわからなくなるのだと思います。
幼い頃から周囲に合わせて、自由な心を押し殺して生きてきたなら、自分の感情さえわからない大人になってしまう。常にもやもやとした不安と、自分はだめだという根拠のない負の感情に包まれた、得体のしれない自分になってしまう。

この短編は、非常にリアルに心情が描かれていますので、もしかしたら心にナイフを突き立てられるように感じる人もいるかもしれません。
でも、大切なことに気づけるかもしれない。
自分の心はよくわからなくても、自分に似たところのあるみーちゃんを見て、「そんなに我慢しないでいいんだよ」と言ってあげたい気持ちになるかもしれない。

そんなふうにして、このお話に救われる人もいると思います。「苦しいのは我慢のしすぎだったんだ」と気づき、さらにそれは「自分だけじゃないんだ」と。

みーちゃんはあまりに長い間苦しみ続けました。とうとうラストで彼女はある行動を起こします。長年ただ殺し、存在すら無いものとしていたものたちに向かい合った。殺し続ける日々をやめて、こんなのは嫌だと叫びをあげた。
その行く先はハッピーエンドではないけど、何かが変わっていく気配がしています。急に健康的で元気なみーちゃんになったわけではないし、積み重ねた傷も消えない。もしかしたら目に前に続くのは、さらなる地獄への道かもしれない。

しかし、大切なものたちを殺しつづけて得る平穏より、騒々しい地獄の方がまだいい。そう言ってみーちゃんを抱きしめたい。過去の自分にもそう言ってあげたい。

個人的には彼女の前には、いくつもの可能性があると信じています。
その中には、もう何も殺さないでいいような未来もあるはずです。
もちろん、私にも、このお話の読者の皆様にも。

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